ヒトリノ夜
2017.3.13 改行位置修正
やがて日は落ち、静寂の夜が訪れる。だが、洞窟は眠らない。夜を迎え、月が天頂を超えて尚、鳴動は未だ続いている。
「おおおぉぉ…………」
骨の唸りは、止まらない。正直不快な感じには慣れつつあったが、力の筋を動かそうとすると、どうにも声が漏れてしまうのだ。そういう意図は全くないのだが、何だかちょっと恥ずかしい気がする。
洞窟の中は、ひんやりとしていた。現実的に考えるなら、小さな恒温動物が一匹いるかいないかでの気温の変化など、誤差レベルですらありはしないだろう。
だが、いつも元気いっぱいに笑っていた少女がいなくなったとなれば、その心理的な温度変化は、砂漠の昼夜の如しである。
今頃ケモ子は、母子水入らずで幸せな時間を過ごしているだろうか?
事あるごとに、それが頭に浮かぶ。こんな得体の知れない骨といるより、母親といる方が幸せなことなど自明の理であり、タイミングこそ唐突だったが、ケモ子のことを考えるなら、これはいずれ訪れた必然の別れであった。
寂しくなどない。孤独に生まれた骨男に、寂寥感などという繊細な心理があろうはずがない。
……嘘である。超寂しいのである。今世紀最速の手のひら返しである。あんな可愛らしくて人なつっこいお嬢さんが突然いなくなったら、石仏だろうが寂しさにむせび泣くはずである。
物理的に弱った骨に、精神的にもクリティカル。弱り目に祟り目、駄目押しの満塁ホームランである。
せめてもの救いは、これが不幸な別れで無かったということだ。無力な骨が打ち倒されてさらわれるとか、あまつさえ怪我が悪化して死に別れだったりしたら、今頃スッカラカンの頭蓋骨は、己の手によって粉々に打ち砕かれていたであろう。
とはいえ、寂しい……そうだ、腰を治したら、私の方から会いに行ってみよう。出会ったあの場所辺りを彷徨えば、普通に出会えるかも知れないし……うん? そうか。そうだな。別に嫌われて出て行かれたとかではないのだ。森に住んでいるであろうケモ子と森で再会することは、そこまで難しいことではないはずだ。あれ?何か意外とすぐ会える気がしてきたぞ?
孤独を気取ってハードボイルドを演じていた骨の魂が、帽子とジャケットを脱ぎ捨て、浮き輪とアロハシャツを装着し始めている。
深く海に沈み込んでいた鈍色の気持ちが、絵の具で色づけしただけの発泡スチロールであったかのように、もの凄い勢いで浮かび上がる。
そうと気づけば、あとは努力あるのみ。私は有言実行の男なのだ。骨のある骨なのだ。
「おおおぉぉぉ…………うおぉぉぉぉ…………」
今までより幾分気合い乗った呻き声は、いつの間にか夜が明け、朝になって尚、辺りに重低音をまき散らし続けていた。




