骨、倒れる
2017.3.13 改行位置修正
「おぉぉぉぉ……おおおぉぉぉぉぉぉ…………」
洞窟内に響き渡る、骨まで揺らす怨嗟の声。それは生者に対する嫉みであるか、それとも世界に対する恨みであろうか?
「おぉぉぉぉぉぉ……」
「ホネー? ヨーヨー、ヨーヨー」
心配そうな顔で、骨頭をぺしぺしするケモ子。それに対して骨男は、地に伏してただ唸るのみ。
やってしまった。やってしまったのだ。大いなる悲劇。逃れ得ぬ災厄。
腰である。腰をやってしまったのである。軟骨とかが有るわけでは無いのに、何故そうなるのかが皆目検討も付かないが、とにかく腰をやってしまったのである。
痛くは無い。骨は痛みを感じない。だが、不快なのだ。自分で決めておいて忘れかけていた、BPと呼ぶことにした骨体を維持するためのパワーラインが、何かこう、引っかかったりこんがらがったりした感じで、うまく体を維持できないうえに、何とも言えず不快なのだ。
原因は、やはり農作業であろう。農作業と言っても、鍬などがあるわけでもないし、そもそも本格的な畑を作ろうとしたわけではない。洞窟前の草原の一角に、花畑を作ろうと考えたのだ。見た目にも綺麗だろうし、そこで花と戯れるケモ子は、4K画質で録画したら日刊PVが2兆を超えるであろう愛らしさだと思われたので、張り切って地面を掘り返してみたのだが……中腰で穴を掘るというその作業中に、ピキッと来たのである。腰が。
「おおおぉぉぉ……何故だ……何故スケルトンの私がこんなことに……」
「ヨーヨー。ホネ、ヨーヨー」
ケモ子がぺしぺししてくれる度、心のパワーの方は沸き上がってくる気がするのだが、骨のパワーの方は一向に沸き上がってこない。というか、これ自分でほぐさないと駄目な気がする。
「ケモ子よ……私はしばし、治療の専念する。その間は……」
「ホネー?」
「おとなしく一人で遊んでいてくれ」と言おうとして、ふとケモ子の家族はどうしたのかと思い至る。あの傷であれば、ケモ子は死んだと思われていても仕方ないだろうが、逆に言えばそれ以外の家族は普通にいて、何なら巣というか家というか、そういうのもあの森にあるんじゃないだろうか?
「ケモ子……お前、家はあるのか? 家族は?」
「ンー?」
「あー、家族だ、家族。ファミリー。父、母。トーチャンカーチャン、パパママ……」
「マー?」
「うむ? ママのマーか? ふむ。そうだな。マーだ。マーはいるのか?」
「マー? マー!」
マー!マー!と叫びながら、ケモ子がはしゃぎ出す。この様子なら、おそらく母親は存命しているのだろう。心配している様子もないから、家に帰すと危険という感じも見受けられない。
「ケモ子よ……帰るのだ。マーのところへ」
「マー!…………ホネー?」
「大丈夫。私は大丈夫だから」
安心させるように、私はケモ子の頭を撫でる。その手が離れると、ケモ子は自らの頬を、私の頬に擦りつける。骨の頬に、ゴワゴワの温もりが伝わる。
「ホネ-、マ!」
顔を話すと、ケモ子はその場で両手を挙げ、ひときわ大きな声でそう言ってから、一目散に森へと駆けていった。一度たりとも、一瞬たりとも振り返ることなく。
「……ああ、この別れこそ、最大の悲劇であるか……おおおぉぉ……」
熱を発する者がいなくなり、冷たくなった洞窟に、骨の声だけが木霊していた。




