骨の限界
動物を裁く描写があります。
苦手な方はご注意ください。
2017.3.13 改行位置修正
「ぬーん……」
獲物を拾い集めた私は、それを前に唸っていた。困っていた。あまりに首をひねりすぎて、何なら骸骨からろくろっ首にクラスチェンジするのではないかというくらい悩んでいた。まあ、その場合はきっとキリンみたいに首の骨だけ伸びるのであろうが。
困っているのは、獲物の処理である。いわゆる解体とか、はぎ取りと言う奴であり、別にファンタジー世界に限らず、北の方の試される大地に住んでいる者とか、熊っぽい名前の冒険家辺りなら普通に身につけていたりする、必須技能の一つである。
必須なら当然骨も習得しているはず、などと突っ込まれる前に言ってしまうが、骨は飲食が不要なので、獲物の解体方法など、全くもってわからない。犬が空の飛び方を知らないのと同じで、必要無い技術など身についているわけがないのだ。
そう、決して骨が無能だからではない。骨の生存スキルは、常識の一段上にあるのだ。
……自分で自分に言い訳を続けてもむなしくなるだけなので、事実と向き合い、現実を検討することにする。
獲物は兎。これはまあ、特に何の変哲も無い兎である。角とかも生えてないし、耳が鋼鉄を切り裂いたりも、多分しない。骨が捕まえられる程度なのだから、まず間違いなく普通の兎であろう。
で、処理としては血抜きとか皮を剥ぐとか、内臓を捨てるとか、そういう大枠でやることは、何となくわかる。ならそれを順次実行すれば良いのでは、となるのだが、ここでの問題は、この場に刃物となるようなものが一切無いということだ。
そう、素手である。一応とがった石を使ってもみたのだが、この手が骨であるが故に指を普通に使った方が効率が良かったので、完全な素手である。
指を皮に突き刺し、そのまま引っ張って破く。ぐにゅぐにゅした内臓やら脳みそやらも、当然素手で掻き出して……うぁー……何かもう、SAN値がピンチである。せめてもの救いは、むせかえる血の臭いを嗅いだとて、骨故にリバースするようなものがないことだ。生身だったら、多分吐いてるだろう。
アッタカイ……ヌルヌルする……ニュルネバする……ああ、指に直接まとわりつくこのカンショクが……オオオォォォ…………
泣きそうになりながら、何とか3羽の兎を処理し終える。処理といっても、喉の辺りから指を突っ込み、そのまま下に動かして腹側の皮を引き裂いたのち、内臓なんかをおおざっぱに掻き出しただけの、売り物などと考えるなら落第どころか買い取り拒否レベルの仕事であろうが、正直素手ではこれが限界である。
そんな渾身の作品を手に、洞窟へと戻る。と、すぐにケモ子が声をあげて、うっすらと目を開いた。おそらく血の臭いに反応したのだろう。近くに水場など無く、唯一洞窟内の亀裂からちょろちょろ水が流れてくる場所がある程度なので、これもまた仕方が無いのだ。
「チー……?」
僅かに顔を上げたケモ子に、裁いた兎をそのまま与えようとして、ふと思いとどまる。野生の生き物なのだから毛皮付き生肉でも問題は無いだろうが、とはいえ内臓の負担を軽減できるなら、そっちの方が良いに決まっている。
私は骨の指で肉をこそぎ、肉の付いた指をケモ子の口先に近づける。
フンフンと臭いを嗅いで、ケモ子の小さな舌が、肉にまみれた指を舐める。骨の体にあるはずも無いナニかが反応している気がするが、そんなものはガン無視である。黒くて丸い一つ目野郎と友達になる気は無いのだ。
肉をこそぎ、食べさせる。幾度となくそれを繰り返し、ちょうど1羽分を食べきった辺りで、ケモ子は再び眠りについた。起きる前よりも、随分と呼吸が安定している気がする。食べてすぐ元気になることなどないだろうが、食事が出来たのだから、間違いなく前よりは回復速度が向上するはずだ。
眠ったケモ子の頭を2、3度撫でると、残った2羽の兎を洞窟の奥まったところに保管し、私も眠りに……はつけないので、ケモ子の側に静かに座り込む。
優しく洞窟を満たす、スゥスゥという小さな呼吸音に耳を傾けながら、しばしの休息を楽しむ骨であった。




