表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/89

骨の誓い

2017.3.13 改行位置修正

 誰もいない。それを認識するのとほぼ同時に、私は獲物を放って駆けだした。掛け値無しの全力疾走。音速ハリネズミも真っ青なスピードである。

 たどり着いて、ベッドを見る。血は付いているが、襲われたとか暴れたような、不自然な量の流血は見られない。手を触れる。まだ温かい。これならまだ近く……


「フッー!」


 横から聞こえる、小さなうなり声。顔を向ける。子ギツネがいた。ベッドの横、僅か数メートル。壁を背にし、体は可能な限り小さく丸められた体は、壁際に出来た影にいい具合に収まっていて、流石野生動物と納得できる、見事な隠れっぷりである。それでいてうなり声で自分の位置を知らせてしまう辺りが、子供の子供たる所以なのだろう。


 とりあえず、襲われたり逃げ出したりしたのではないとわかって、ほっと肋骨をなで下ろす。いや、正確には逃げようとはしていたのだろうが、この洞窟内にいてくれたのだから、それはいい。

 生存が確認できたことで冷静になった頭で、さてどうしようと考える。


 目の前には、傷ついた子ギツネ。辛うじて意識が戻ったというだけで、まだまだ瀕死であることには違いない。そして、そんな子ギツネの目の前にいるのは、骨。

 そう、骨である。生きて動く、骨。不審人物以外の何者でも無い。そりゃこんなのが目の前に現れたら、唸るしかないだろう。むしろ何の警戒も無く骨を受け入れたりされたら、その後の野生生活に心配しか生まれない。


 だが、その骨こと私は、子ギツネを……ケモ子を心配している。助けたいと思っている。ならばどうするか?

 慣れさせて少しずつ警戒を解かせるというなら、このまま距離を置いて静かに見守るのもありだろう。あるいは、思わず放り出してしまったが、さっき狩ってきた獲物の肉を使って、餌付けを試みるのも有効だと思われる。


 でも、それは選べない。相手が慣れるまで様子を見るということか、衰弱した状態のケモ子に、長時間の緊張を強いるということだ。それは許容できない。そんな穏当なジブリ的ファーストコンタクトなど、骨のこの身が望むことではない。


 ゆっくりと、歩を進める。手を伸ばし、近づいていく。


「ヤーッ! ヤーッ!」


 さっきのうなり声と違い、明確な拒絶の声をあげられる。丸めていた体が、さらに小さく、固く引き締まる。怖いのだろう、痛いのだろう。その思いは、如何ばかりか。

 だが、そんなこと私は気にしない。全部無視して、そのまま近づく。近づいて、近づいて……そして、私の骨の手が、ケモ子の頭に触れた。

 最早声も出せないほどに怯え、震えるケモ子の頭を、ゆっくりゆっくり、数度撫でる。


「私はお前を害しない。誓おう。この魂に賭けて」


 もしも私が骨でなかったら、優しい視線で見つめることも、微笑みかけることも出来ただろう。だが私は骨である。この状況で顎をカコカコ鳴らしても、笑いがとれるとは思えない。

 どうやっても、私には安心を与えることはできない。だから言うのだ。絶対に傷つけないと。それが、骨が示せる最大限の誠意である。


 ケモ子の体から、力が抜ける。どうやら意識を失ったらしい。それが私の言葉が届いたからだったら嬉しい限りだが、実際には緊張しすぎて意識が保てなくなったというところだろう。


 そっとケモ子を抱え上げ、再び草のベッドに寝かせる。知識が足りねば、言葉は届かない。だが、知性があるなら心は届く。苔の一念が岩をも通すなら、骨の一念が子ギツネに届くくらいは造作も無いだろう。細かい意味とかはいいのだ。大事なのは語感であり、フィーリングなのだ。


 ケモ子が規則正しい寝息を立て始めたのを確認して、私は放り出してしまった獲物を回収すべく、草原へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ