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我が輩は骨である  作者: 日之浦 拓


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骨の生き様 俺の死に様

2017.3.13 改行位置修正

 助けると決めたその瞬間、体中の骨という骨に、白い稲妻が駆け抜けていった。一瞬のホワイトアウト。瞬き一つ分にすら満たない自失の後に感じたのは、自分の何かが決定的に切り替わったという、確かな感覚。


 だが、それは今はどうでもいい。そんなものは、路傍の石と変わらない。今必要なのは、目の前の子ギツネを助ける、その手段だけなのだ。


 さて、助けると決めてはみたが、ではどうすればいいかとなると困ってしまう。どうしてこうも私の選ぶ選択肢の先には、とりあえずこうしておけば~のような答えが無いのでろうか。

 嘆いたところで結果は変わらず、今回ばかりは本当に時間が無い。


 どうしすればいい? どうすればいい?


 頭蓋骨が蛸壺に変化するほど、高速で思考を回す。傷が治れば助かる。なら、どうやって治す? ここには手術道具も医療品も、包帯どころか布きれすらない。既知の手当の手段が無い。確実は治療は不可能。ならばまずは応急処置。傷口を塞ぎ血を止める。いや、だから止血するための道具すら……


 ここまで考え、目の前にある肉厚な草に目を向ける。濃い緑の葉に、白い斑点。縁取りに赤いラインが入っている。見た目は、全く似ていない。似ていないが……


 葉を手に取り、力を込めて半分に折る。断面から、やや白濁したとろみのある液体がこぼれる。


 これなら、迷うことはない。何もしなければ、すぐに死ぬのだ。これ以上悪くなる余地などないのだから、出来ること全てをすればいい。

 私は葉からこぼれ落ちたその液体を、丁寧に丁寧に、傷口を塞ぐようにかけていく。葉もまた手の一部であるように考え、少しでも痛みを感じないように、繊細に精密に動かす。

 降り注ぐ雨粒の一滴すら止まって見えるであろう、極限の集中力。それを用いて行う作業は、体感としては永遠にすら感じても、実際の経過時間としてはほんの数分のことであった。大きな傷とは言っても、そもそも子ギツネの体自体が小さいのだから。


 とりあえず、これで止血は終わった。終わったと、考えるしか無い。だが、そもそもの傷の治療としては、何もしていないに等しく、そして何も出来ないというのが正しい。

 ならばどうする? これ以上できることは無い、手は尽くしたとここで放置?

 あり得ない。論外。ならばここに自分も残る? 一考の余地はある。だが、弱い自分ではこの場で子ギツネを守れない。それでは意味が無い。

 ならば運ぶか? 洞窟まで運べれば当面の安全は確保できる。だが、この状態で抱えて動かすことなどできるのか? せめて担架のような物が作れれば……


「アー……」


 逡巡する私の耳に、弱々しい声が聞こえた。

 さっきと同じだ。この声は、きっと苦痛のあまりに漏れ出た音でしかないのだろう。あるいは、朦朧とする意識のなかで呟いた、何らかの言葉だったかも知れない。

 だが、きっと「助けて」ではない。見ず知らずの骨に、助けを求める者などいるはずがない。


 でも。それでも、もうそんなことはどうでもいいのだ。この子が実際に何を思って声を発したかすら、今の私には大事なことではないのだ。

 人はいつだって、自分に都合の良い現実を解釈し、自分の満足を追求していく。助けられた喜びも、助けられなかった悲しみも、何もかも結局は、自分で自分を満たしているだけなのだ。

 だから、私は自分の思うように生きる。自己満足を追求する。自分のために連れて行く。自分のために助ける。その結果が成功でも失敗でも、感謝されようと恨まれようと、それが自分の決断だと、笑って受け入れる。それが自分の生き様だ。その先にあったのが、自分の死に様だ。


 大事な大事な宝物を抱えるように、子ギツネをその腕に抱え込むと、骨はゆっくり歩き出す。ゆっくりとだが、歩き出した。

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