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父の忠告

それなら君が5歳になったらばね、と指切りをして、その日は結局一歩も外に出ないまま馬車は屋敷に戻った。この世界に庭の概念はないのかと思う程、とやたらと生い茂るハーブは人の歩く道だけ、石畳で舗装されている。


…しかし、あの街道にそんなものあったろうか、と思い返してまたげんなりとした。母が滅多なことでは自宅の下層にある店からすら出ない理由も、宙を滑る靴が開発された経緯も今なら分かる。きっと投げ捨てられた汚水は、そのまま地層を成していることだろう。


これはもしかすると、国だってこの惨状をどこから手を付けていいのか分からなくなっているんじゃないだろうか。何せこの国の大工を魔法使いが担っていること自体が、とてもおかしいらしいから。


『まともな神経があったら、舌なしに家を頼むことなんかないよ。この国にはろくな木がない。あっても農地の連中が使ってしまうさ、クソの始末もちゃんとしてる賢い文明人だからね。こっちはそんな技術はない。独立国家だからね、敵が多くて外から学者も技術者も呼べないのさ』


だから家だって農地近くにあるだろう?こっちのが土地の値段が高いのさと、窓からちょうど小麦の取れる時期の農地を指す。陽光にきらめく麦穂が美しい。薄汚れた茶が目にこびりついたような気分だったのが、少しばかり洗われる。


この国の富裕層とされる連中が高いところに住みたがるのも、きっと汚水の臭気が届かず、街明かりだけを楽しめる位置が一番贅沢だからなのだろう。きっと金があっても、出すところが限られるのだ。


「まほうでみずをどうにかはできないの?」


『国を綺麗にってのは無理だよ。それは科学とか建築の領域だ。いちいちどうにかしてたらこっちが廃人になってしまうからね。だいたい、捨てるべき場所も決めてるってのに、それでも道に投げ捨てる連中の世話までしてられないよ!なんでそいつらのために骨を折らなけりゃならないんだい?鼠の方がまだ賢いぜ』


じゃあどうやって風呂など作るのだ、とふくれていると、渡されたのは一冊の本だった。刻銘式魔導具学、と題されたそれは読みこまれて端々がほころびている。


『サロメ、お前が何か失敗して心身を損なっても、元に戻すこともできない連中の為に精神を削る必要はないよ。かあさんが何を言っても、これだけは覚えておきなさい、考えるのは自分のためだけでいい』


自分のことを考えて生きる。その反語が貴方のためを思って、というのは既に知っていたので、珍しい父の真面目な顔に素直に頷いた。


ちょいちょい混じる廃人、との言葉がたいへん気にかかるが、先程までサロメの年も忘れているような男である。通りすがりの執事にお昼寝の時間では、と声をかけられてようやく思い出してしまったようだった。まだおちびちゃんには聞かせるのに早いね、と言い置いて、早々にベッドに追い立てられてしまったのである。


…なお、身体に精神が引かれてしまうのか、年相応の自制心と振る舞いしかできなかった透子を誰も怪しまなかったし。というか女子大生の時分のつもりで行動したところで、こちらでは幼子程度の振る舞いとしか見られなかったのが最大の落ち込みポイントと言えよう。


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