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とある夫婦のお嬢さん(語弊)

やたらと揺れる寝台に横たえられている、と感じたのが、押見透子が死んで生まれ変わった最初の感想である。


開いた目に状況を把握する前に、眼鏡を手放したようにやたらとぼやける視界と、むせるような体臭を覆う香水の匂いにまずえづいた。


耐えきれず吐き出したものは、今一つどこにあるのか分からない手足ではぬぐえなかった。自分を抱いていたらしい若い女によって布でこすり取られ、丁寧に服を取り換えられていく。


ありがとう。臭いすごいけど、ここってお風呂はないのかな、なんて。


思ったように回らない舌は何の意味も作らない。世話になっている、とは分かっていたけど。ただひたすらふやふやと落ち着かない首を駆使して、抱き上げた女の臭気の強い首筋から、何とか顔を反らすことだけに必死である。むずがった、と判断した別の誰かが、柔らかに空気の抜けるような言葉で何か言っている。


またゆっくりと身体を揺らされながら、彼女はため息と共に締まりの悪い口から唾液がこぼれたのを感じた。何か不幸な事故に遭って死んだ自覚はある。自分の名が、押見透子だということも。


だからこうして自我を持ち、甲斐甲斐しく世話を焼かれて、ありがたくも不愉快な目に合っているのが解せない。オカルトもSFも、区別がつかない程に興味がなかった、とも思い返す。


揺らされるのにつられてか、とろとろとまぶたが落ちるのを感じた。いっそ何もかも忘れた方が幸せだったんじゃ、なんて思い悩む彼女は、そのまま意識を手放すことにした。


どうせこの後時間をかけて、心底思い知る羽目になるだろうし。今はそれどころじゃなかった。ひたすらに眠い。






茸型の家が、川沿いにひっそりと寄せ集まり、周囲を広大な農地に囲まれた国。ラカサイト・ランバー・スロート。【舌なし】ブランヴィル夫妻の元に、娘が生まれてまだ間もない。


深夜。場所は件の夫婦の寝室である。紳士の装いを悪ふざけの過ぎる装飾で崩した男が、そうっと息を殺してゆりかごに眠るあかんぼうを覗き見た。


世を苦悩するように寝ている、やたらと頬のふくふくしたのが、愛する妻と自分の娘だった。

まだむくんで重たく開いたまぶたの下に垣間見えるのは、自分と全く同じ色味の原生林の如き深い緑である。むやみやたらと、少し横に裂いたような目の面立ちは自分に、耳の形が妻にと探していくのが楽しくてしょうがなかった。聞き手は大抵運悪く捕まった使用人たちであるが、たまに時間があれば妻も乗ってくれた。


今日はどこか不機嫌な顔で眠る娘が、ぽあ、と小さくあくびをする度に。意味もなく手足を振る様に。なんだかよくわからない高揚を覚えて、あくびをしたよ、舌が小さいと感嘆しては語りかけた。それが父性であるとの考えに至るこれまでではなかったので、現状共有を楽しむのに忙しい頃合いである。


あなた、寝たばかりだから頬はつつかないで、と亜麻色の髪を鏡台で髪をとかしていた妻は即座に釘を刺した。赤ん坊が愛らしいが故に予想だにしない理不尽を兼ねそろえている、なんて。仕事で留守の多い夫はまだ思い知っていないのだ。急に吐き戻したかと思えば、身をのけぞらせてむずがったのを、何とか宥めた後である。


けして眠り妨げることなかれ。まるまるした頬目がけて迷いなく伸びた夫の指先を、叩き落とす手にも自然と力がこもった。


妻が怒っていると判じたのか、途端いつも口うるさく言っていること…たとえば、やたらと趣味の悪い宝石で飾った帽子を珍妙な石像に被せないとか、絨毯に点在するカフスボタンを拾い集めるとか。それら全てを滞りなくこなして、大変物悲しそうに高い位置から様子をうかがってくるので。仕方がないと頷いて、夫の紫色のスカーフを解いてやった。


即座に顔を明るくして額に唇を落としてくるので、甘いとも思うが。まさか犬のしつけのように夫をたしなめる訳には行かない。


共にベッドに沈み込む前に、もう一度だけ一緒に可愛いのを覗きこむ。しばらくお嫁に行かないでほしいな、とぼやく夫に、お嫁に行かないと孫が見れない内に死ぬわよと伝えておかないと大変なことになりそうである。色々と。

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