転-07
「じゃあ、B子さんはあのトンネルで亡くなったってことですか?」
「はぁ? 違ぇよ、バカ女。少しは自分の頭で考えろ、バァカ」
あれ? もしかしてさっき名前で呼んでくれた?
なんて幻想は、あっさりと砕け散った。多分あれは私の空耳だ。
だから、せめてこれからは聞き逃さないようにと、私は姿勢を正した。
「自分で言ったんだろうが、B子と遭ったのは帰り道だった、って。てことは、トンネルは現場じゃねぇ。というか、あのトンネルにB子みたいな霊がいるはずねぇんだよ」
「どうしてそんなこと言い切れるんですか?」
「有名な心霊スポットはな、どこも『掃除人』っていう専門家の管理下にあるんだよ。でもって、あのトンネルを管理してるのは完璧主義者の変態だ。あの変態が、こんな自我の強い地縛霊を見逃すはずがねぇ」
「はぁ……」
「つーか、地縛霊ってのは基本、現場からそう遠くへは行けないもんなんだよ。まぁ今回は、アンタというバカな目撃者を見つけて、憑く対象を場所から人へと乗り換えたわけだけどな。だろ、B子?」
「えっ? あ、はい。ぼんやりとしか覚えてないですけど、私がいたのは普通の道でした。それで、その……目が合ったような気がして、つい麻北さんの肩を掴んでしまって……」
と、急に話を振られながらも、B子さんは後部座席からしっかりと答えた。
……そう、後部座席から。
――現場に行く。
あのあと、そう言う統堂さんに連れられて、私たちが辿り着いたのはマンションの地下駐車場だった。
そして、そこで統堂さんの車(車に詳しくない私でも知ってるほどの大型高級車だった)に乗り込むと、早速あのトンネルに向けて出発。一昨日の私たちとは違い、それほど遠くもないのに贅沢にも高速道路を使っているので、今のところ日が暮れる前には余裕で到着できる予定らしい。
「あ、あの……今さらですが、すみませんでした、麻北さん。私のせいで怖い思いさせてしまって」
本当に申し訳なさそうに言うB子さんに、私は助手席から振り返って「いえいえ、なんかこっちこそ巻き込んでしまって、ホントすいません」と返す。実際、取り憑いた相手が私じゃなかったら、そしてそんな私が頼った相手が統堂さんじゃなかったら、B子さんは殴られることはなかっただろう。
それに、さっきだってそうだ。
こんなことにならなければ、後部座席で発車を待っていたB子さんが、
「おい、B子。シートベルト締めろ、シートベルト。死にてぇのか、バカ」
なんて、幽霊的に理不尽に怒られることもなかったはずなんだ。
……まあ、統堂さん曰く「以前、後ろに幽霊を十人くらい乗せていたら、たまたま『視える』お巡りさんに見つかって、違反切符を切られそうになった」そうなので、厳しく言いたくなる気持ちも分からなくもないような気もするけど(いや、やっぱり分からないかも)、言い方ってもんがあるでしょ、言い方ってもんが。
というか、B子さんがシートベルトを締めているこの状況、全く視えない人が見たらどうなるんだろう?
シートベルトが宙に浮いてるように見えるんだろうか?
「――って、なんか私、普通にB子さんのこと視えるようになってますけど、これ大丈夫なんですか、統堂さん!?」
「はぁ? バカか、アンタ。今さらかよ」
「ええ、そうですね! 今さらですね! だけどなんかもう、他のことでいっぱいいっぱいで!」
主に統堂さんのことですけどね!
とは、やっぱり言えなかったけど、それでも統堂さんは「まぁ、安心しな」と返してくれた。
「さっき殴ったときに俺の魂と触れたせいで、B子の存在がちょっとこっち寄りになってるだけの話だ。アンタ自体に大した変化はねぇ。今は少し『欠点』体質が強くなってるけど、それも一時的なモンだ」
「え? 私、そういう体質なんですか?」
「はぁ? 気づいてなかったのかよ?」
「いや、だって私、こういうの今回が初めてですし……あ。でも、そういえば、なんかちっちゃい頃、おばあちゃんのお葬式なのにおばあちゃんと話をした、みたいなことを私が言ってたって、お母さんが言ってたような」
「ふぅん。おばあちゃん、ね……」
「あ、そうだ、このお守り。これ、私が産まれたときにおばあちゃんが作ってくれたヤツなんですよ」
ちょうど高速の出口に近づき、車の速度が落ちたので、私はスマホにつけているお守りを統堂さんに見せた。
正直、もう二十年以上も持っているものなので、いくら大事にしてきたとはいえ、かなり色褪せてしまっている。だから内心、何て返されるかかなり不安だったのだけど、しかしそんな私に対して統堂さんは、
「へぇ、なるほど。良いおばあちゃんだったんだな」
と、まるで予想に反した常識的な反応だった。
……むぅ、これはこれで調子が狂う。なんだか肩透かしを食った感が否めない。
というか、これではまるで私がおばあちゃんを利用して、統堂さんから非人道的な言葉を引き出そうとしたような印象すら残る。
違うよ。違うんだよ、おばあちゃん。別にそういうつもりじゃなかったんだよ。
この人がたまたま何かの気まぐれを起こしたせいで、こんなことになってるだけなんだよ。
本来のこの人は、人のことを徹底的にバカにするわ、平然と女性(幽霊)を殴るわ、それはもう悪意の権化のような人なんだよ。
だからそれを今から、証明してみせるからね!
たとえどんな手を使っても、この人に罵詈雑言を言わしてみせるからね!
なんて、もう自分でも収拾のつかない決意を固めたときだった。
「――あ」
と、か細いながらも確かに、B子さんは声を上げた。
「私……ここ知ってます。そこの道、車で通りました。そうだ……そうだった」
そう言うB子さんの視線の先には、私たちが一昨日、明かりを見て一安心したコンビニ。
そりゃあ、知ってるし、通っただろう。なにせ、あのとき私の肩にガッチリと掴まって、一緒に下山したんだから。
しかし、続くB子さんの言葉は、またも私の予想に反するものだった。
だって私の予想なんて、ろくに当たりはしないんだから。
「私、あの山に車で行きました――自殺するために」
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