転-06
「名前は?」
「……すいません、思い出せません」
「生前の住所」
「……すいません、それも」
「家族や親しい人間」
「……すいません」
「自分の死因」
「…………」
「はぁ? アンタ、何にも覚えてねぇじゃねぇか。もういっぺん死ねよ、バァカ」
「す、すいません、ごめんなさい……」
「ちょっと統堂さん、言い方! 怯えちゃってるじゃないですか、この人」
日当たりも見晴らしも良い、広いリビングの端。ガラスのローテーブルを挟んで、私は統堂さんに抗議した。
そして、すかさず隣に座る『人物』に「大丈夫ですからね。あなたは何も悪くないですからね」とフォロー。今にも零れ落ちそうな涙を、ギリギリのところで止めることができた。
……はぁ、どうしてこんなことになったんだろう?
「……え? どうして?」
とは、突如として現れた女性が発した言葉。乱れた長髪の隙間からは、混乱の表情が見えていた。
そして多分、私も似たような顔をしていたんだと思う。
だからそんな私たちに、統堂さんは親切――ではないし、それどころか説明するつもりもなかったかもしれないけれど、教えてくれた。
「はぁ? バカか、アンタは。そっちが『霊障』なんて物理的痕跡を残せるんだ。こっちから触れねぇ道理はねぇだろうが」
霊障とは、たしか幽霊が何かをした跡。私の肩に残る手形みたいなもののことだ。
だから、それは一応筋の通った理論だけど、どうにも統堂さんが言うと暴論にしか聞こえない。人間性の問題な気がする。
そしてそんな問題の塊みたいな人は、殴られたであろう頬を押さえ、未だ壁際でへたり込む女性へとズンズンと近づいていった。
「それじゃあ、綺麗に引っぺがせたことだし、もう二・三発ブン殴っとくか。そのほうがアンタもペラペラ喋りやすいだろ?」
ものすごく物騒なことを言いながら、女性に迫る統堂さん。
というかこの人さっき、乱暴なことは専門外だとか言ってなかった? 思いっきり殴ってるし、まだ続けようとしてるんですけど?
だから思わず私は、二人の間に割って入ってしまった。
「ちょっ……そ、そこまですることはないんじゃないですか」
「はぁ? 何でだよ?」
「いや、ほら、相手は幽霊? と言っても女性ですし」
「安心しろ、俺は男女平等主義だ」
「いや、なんか全然安心できないです!」
これもまた、統堂さんが言うと危険思想にしか聞こえない。
そしてそんな危険人物は、間に入る私のことなど気にも留めず、どんどんと歩みを進めてくる。
ダメだ。この人、本気だ。
私なんかじゃ止められない。耳を貸す気すら、おそらくない。
だから私は増援を求めた。
もうこの際、相手が生きてるかどうかなんて気にしない。そういう常識的な何かは、ここは一旦置いておこう。
「ね、あなたも別に問題ないよね!? 聞かれたことには素直に答えるよね!?」
首だけ振り返り、そう問い掛けると女性は頷いた。幽霊なのに、それはもう必死に何度も何度も。
……という感じで、私たちは謎の連携により、ようやく統堂さんの進軍を止めることができたわけだけど(また舌打ちされたけどね!)、その関係は今も続いている。
乱れていた髪を整え、服装も特に白装束とかではない普通の格好な幽霊と、言葉も表情も暴力的で、それどころか本物の暴力をいつまた繰り出してくるか分からない生身の人間。
どちらのほうが怖くて、どちらのほうの味方をするべきかは一目瞭然で、その結果、私に取り憑いた人を私が守るという、なんだかもうよく分からない構図が出来上がっていた。
「じゃあ……仮称・B子。アンタの望みは何だ? 可能な範囲で叶えてやる」
何でA子じゃないんだと思うが、もうこのくらいなら口にはしない。下手なことを言えば、どれだけバカにされるか分かったもんじゃない。
そして、女性――B子さんもそれには納得したようで、ゆっくりと口を開いた。
「あ、あの……できれば、私がどうしてこうなったのか、知りたいです」
こうなった理由。それはつまり、どうして死んでしまったかということ。
それを聞いて私は、自分が今、置かれている状況を改めて理解した。
こんなにも普通に見えて、普通に聞こえているけれど、この人はもう死んでいるんだ。死んでしまっているんだ。
統堂さんのペースに巻き込まれて、完全に忘れてしまっていたけれど、私は――
「なに落ち込んでんだ、バカ女。アンタの行為はバカそのものだったが、それとB子の死は関係ねぇ。勝手に悲劇のヒロイン気取ってんじゃねぇぞ、バァカ」
「そ、そんなにバカバカ言わなくても……」
とりあえずそう反論してみるけど、これは明らかに慰めだった。
当然のことながら言い方には問題があるし、もしかしたら統堂さんにはそんなつもりはないのかもしれないけれど、それでも私の中のモヤモヤは、少しだけ軽くなった気がする。
そうだ。
これはもうどうしようもない話なんだ。これからどうにかできる話じゃないんだ。
だけど、B子さんの望みを叶えてあげるくらいは、できるはずだ。
――と、思った矢先だった。
「おい、バカ女。アンタ、もう帰れ。用済みだ」
いとも簡単に突き放された。
「……え? どうして?」
「いらねぇからに決まってんだろ。アンタに憑いてたB子は引き剥がした。あとはもうこっちの――交渉人としての仕事だ。B子の死を調べるのに、アンタは必要ねぇ」
「そ、そんな――」
ことないじゃないですか、とは言えなかった。
統堂さんの言っていることは正論で、何一つ間違っていない。それを否定しようなんて、それこそ暴論だ。
バカなことをして、B子さんに取り憑かれたバカなヤツ。それが私。
B子さんの死には何の関係もないし、それを知る義務もなければ資格もない。
ここで言われた通り帰ったって、それは私が少しモヤモヤするだけの話。きっと統堂さんは専門家として仕事をやり遂げるんだろうし、その結果、B子さんはきちんと終われるんだろう。
そこに、私は必要ない。
必要も関係も、義務も資格もない。
だけど――
「責任」
「はぁ?」
「責任があります、私には」
そうだ。義務もなければ資格もないけど、責任はある。
バカなことをして、B子さんを『取り憑かせてしまった』責任が。
「お願いします、統堂さん。私にも最後まで見届けさせてください」
そう言って、私は頭を下げた。
そのせいで、二人の表情は見えない。
もしかしたら、B子さんは迷惑そうな顔をしているかもしれない。専門家でもないヤツが、自分勝手なわがままで、ノコノコついてこようとしてるんだから。
だから、B子さんにもお願いしなきゃと顔を上げると、
「はっ、アンタも物好きだな」
統堂さんは笑っていた。
もちろん笑顔とは呼べない、そんな表情で。
「それじゃあ、さっさと行くぞ、麻北」
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