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俺の呼称、シングルファザー

 シャーデンフロイデの要求の内容は、至極単純ではあった。

 まず彼の目的が達するまでは子竜ファードラゴン……つまり自身を同伴及び世話をしてもらうということ。


 そしてその目的というのが、己をあの様な姿におとしいれた者への復讐。それを俺達に手伝えという物だった。

「吾輩もそうではあるが、意図的に転生者を反逆者側へと引き込む存在がいる。生まれ変わった上で、現実に絶望した者。来世への望みが失せた者。そういった心の闇を膿んだ者達に、甘い言葉を囁きかけ、そして身を堕とす事の出来る者だ」

 タナトスのヴァジャハや飢喰ハングリードのシャーデンフロイデ等に、事象外の異質な力を与えている者がいると。


「吾輩であれば飢え。埋まらない喪失感を食欲へと変え……その本能を肥大させられ、あのような異形の姿となった。ヴァジャハは死を恐れ、二度と繰り返したくはないという己の身勝手さから、死を己以外の他者へと押し付ける死神の様な者へと成り果てた。その存在達は輪廻の流れに逆らい、世界の秩序を乱す。そうして転生者の役目を放棄したという意味で反逆者と呼ばれている」

 では、反逆者とは他にもいるのか? そういった疑問には、


「吾輩も面識があるのはヴァジャハだけだった。それも千の年月の中でも二度三度の頻度だ。他にどの様な反逆者がいるのかは分からない。その大元の反逆者を生み出す黒幕がどのような者であるかも。だが、吾輩は聞いた。反逆者に堕ちたあの夜、悲劇で狂い無力に苦しむ一人の男に都合良く囁いた子供の声達が。あの声は間違いなく、吾輩だけでなく、他の誰かにも……」

 子竜の言葉の端から滲み出るのは、怒りであった。自らの感情を利用され、そしてこれまでの俺達では想像だに出来ない程の時間に縛られた恨みが伝わって来る。


「吾輩も己の死になるきっかけを見つけるのと共に、声の主を探していた。あの嘲笑に、一矢報いてやろうとした時期もあった。一度も影も形も見せなかったがね。それは諦めていた決意だった」

 しかし、シャーデンフロイデの声には何か確信めいた響きを取り戻す。再燃している。


「そこの騎士の少女、君はエルの血統の末裔だ。その巫女と同じな。すなわち、二人は人の身から女神となったエルマレフの子孫なのだよ。ヴァジャハがあの村を呪いや信仰といった手法であれほど腐った情勢に仕立てあげたのは、エルの血統をゆっくりと廃れさせる為だったからだろう。あの遺跡の石碑は、女神の一族を根絶やそうとする存在がいるという警告だった。解読したとして、もう後の祭りだったがね。だが騎士の少女が見せたあの時の変貌、相対した事のあるエルマレフと同じだ。色濃く受け継いでいると言っても過言ではないだろう。反逆者の天敵だからな」

 キーパーソンは、聖騎士レイシア。彼女が、女神の血統? 突拍子もない事実だった。


「恐らく反逆者を産み続ける奴--予言の影と呼ぼう--にとっては、由々しき事態の筈だ。天敵の子孫が同じ力を発現し、反逆者を滅ぼし始めた。当人としては、このまま高みの見物をしている訳にはいかないだろう。君もだグレン。今回の功績も、間違いなく奴は何処かで見ている。君達といれば、いずれは奴との接触は避けようにも避けられないだろう」

 予感しているのは、反逆者の大元との対決。シャーデンフロイデは復讐の為に俺達と同行したいそうだ。

 そして、肝心な条件に具体性を開示し始めた。


「君達の呪いを吾輩が食う為に、反逆者を一人倒すごとに一人でどうだろうか? 反逆者は、転生者から変化するという前提からして数は限られる筈だ。君達は最低、二人の反逆者を倒す。そうすれば、死の呪いから解き放たれる」

「今更だが呪いなんて曖昧なもんを食えるのか? そこにデメリットは? その時俺やトリシャの身体は無事なんだろうな?」

「吾輩の『飢喰ハングリード』は、概念の次元で食う事が出来る。炎も、光も、呪いでさえも。そして、他の物とは切り離して食らう事も可能だ。君達の肉体に後遺症どころか傷一つ無く食す事を保証しよう。以前とは異なり、食欲を抑えられた今ならそんな緻密な制御が可能だろう。何、呪いは消化しなければ吾輩の肉体には反映されない。どちらが先でもストック出来る」


 シャーデンフロイデは俺達の指針をいざなう。だが、まだ肝心な事がある。

「ちゃんと間に合うんだろうな? 俺達は時限爆弾持ちだ。長い目で反逆者とやらを待つにも限度ってもんがあるぞ。数年以内には、二人共死ぬんだ。それまでに呪いを消さないとならん」

「言っただろう? 奴も悠長にはしていられない筈だ、と。今日明日の話ではないだろうが、近い内に奴も何かを仕掛けてくるだろう」

 いや、襲って来られても困るんだけど。お前らの親玉と闘うなんて正直勘弁してもらいたい。


 だが、そうしなければ俺は兎も角トリシャの命は助けられない。それに、反逆者を倒している俺達も目をつけられているとするなら避けようが無い、か。


「ゴブリンのグレン、君なら察しは付くだろう。吾輩達は一蓮托生。選択肢はこのまま呪いの破滅を待つか、吾輩に力を貸して生き残るか、だ」

「他に呪いを解く手立てを探す、という選択肢もあるんじゃねぇかな?」

「確実な手段を手放してまで一縷の望みに掛けるのかい? 呪いそれは人の手ではどうしようもない代物だと思うがね」


 ごもっともな指摘だ。光属性の魔法での解呪でお手上げで、身体を蝕む死の侵攻を遅らせるだけでも精一杯な現状。藁にもすがらざるを得ないのは頭では分かっている。

 だが相手は反逆者。信用に足るかどうかはもちろん、元とはいえアホ女神を裏切った様な奴と手を組む様な事をして大丈夫なのだろうか? また天国に行けなくなるとか、無いよな?


 いや、それなら考え方を変えよう。俺は、コイツに協力しないと生き残れない状況だ。このまま大人しく死を待つ事を、善行とは言えない。それに、反逆者を滅ぼす事に貢献するというならこの世界的にもプラス方面だろう。


「かと言って納得出来る訳なかろう! 貴様は先ほどまで我等の敵だったのだぞ!? そんな相手と生活などしていて寝首などかかれない保証がどこにある!?」

「クックックッ。君はあまり賢明とは言えない様だな。だから身の保証の為に条件を付けたのだろう?」

 なにおう!? と小馬鹿にされたことは自覚した様でヘレンはムキになっている。俺は注釈を入れてやった。


「コイツは俺達にトドメを刺されない様に呪いを解くっていう見返りの手札をちらつかせてんだろ。逆に言えば、そうしないと自分の身を守れないからそうしてんだ。実際、もう人を襲えるだけの余力も残っちゃいないんだろうよ」

「やり残したことが終われば、いつ滅んでも構わない身だがね」

 ちらりと横目でロギアナを見る。鑑定眼(かんていがん)を持つ彼女が沈黙すると言うことは、脅威になり得ない事を意味する。


 悩む必要は、本当は無かった。いくらかこちらが有利になる様に口先で丸めようとも思ったが、この取引は向こうが圧倒的に有利。ごねたところで困るのはこちらだと、シャーデンフロイデも分かりきっている。

 だが収穫はあった。有益になる情報を一度に多く手に入れることが出来た。


「……分かったよ、シャーデンフロイデ。俺達に同伴しても構わない。だが『約束』は守れよ。それと、俺達に危害を加えたり窮地に追いやる様な真似をするなら手は貸さない」

「なんら差支えも無いよ。そちらも忘れずにいたまえ、吾輩が君達の助かる為の手綱を持っているという事を」


 こうして、油断ならない旅のお供が増えた。うさん臭くて可愛げのない竜の赤子だ。

 やがてオブシド率いる竜兵達とも合流し、この場からそろそろ引き上げようとする頃合いになり、俺は何かを忘れている様な気がしてならなかった。


「では皆の者、オブシドが旅の目的が終われば国に戻れ戻れとずーっと催促してくるんじゃが、どうじゃろうか? もてなしてやりたいんでなぁ、儂ら竜の国に寄ってはいかぬか?」

「えっ!? てことは、美味しい料理もたくさん出ますか!?」

「お望みとあらば。ご馳走だけでなく金銀財宝の褒美もとらそう」

「--乗った」

 異世界でご無沙汰だった和食という誘惑にアレイクが、金銭絡みの報酬にロギアナが食い付いた。

 というか勝手に決めるなよ、俺が判断してからだろ。


「ま、せっかくだから行ってみようか。寄り道に異議ある奴どーぞ」

 まさかとは思っての提案だが、手を上げた奴がいた。くっころ騎士だった。

「……いや、私としては道草はあまり気が乗らないんだが。こうしてる間に騎士の皆が鍛錬を怠っていないか、もしくは己がくつろいでいる時に汗水流して民の為に動いていると考えていると……」

「あのなレイシア、お前は真面目過ぎ。皆だって疲弊してんだ、そういう所で休める時には休んだ方が良いの」

「それは、そうだが。皆と違って私は騎士の端くれで、騎士たるものがそうたるんでしまっては民衆にも示しがつかないというか」

 同じ騎士の端くれのアレイクは、完全に食い気に負けてるんだけど。


「レイシア様、それならこう致しませぬか? 竜人の兵達の鍛錬を見学しにこちらへいらっしゃるというのは? きちんとした目的があれば良いのでしょう?」

 パルダのフォローに、一考して渋々と頷く。お堅い彼女を上手く誘導出来たな。


 まだ、何だか引っかかる物がある様な気分がしながらも、そろそろと発とうとしていた時だった。

 のし、という背後から俺達に続く足音があった。竜人達の脚よりも重い。


 振り返ると、至極当たり前のように人面獅子が俺達についてきていた。

 すっかり忘れてたよコイツの事。

「エ? ナニ?」

「いやなにじゃないよ何で当たり前の様について来てんの」

「ダ、ダッテ!」


 狼狽した様子で遺跡を失った番人スフィンクスが、すがりつこうとする。

「遺跡ガ埋モレチャッタシ我ダケジャ元通リニスルノ大変ダモン! コノ際番人辞メチャオウカナーッテ」

「ハッキリ言うけど、連れてかないから。こんなデカイ図体した魔物連れて来れないし。ペットなんざ一匹で十分だから。長年の役目なんだろ? そんな簡単に放棄しちゃダメだろ」

「ん? 吾輩はペットなのか?」

「うん。トリシャのペット」


 突き放されたスフィンクスは、とても悲しそうな顔をしている! 視線を背け、とぼとぼと踵を返していった。……あれ、なんかわるいこと言っちゃった感じ? いや、でも無理だしあんなおっさんライオン。

「確カニ、ソノトオリダ。遺跡ガ壊レタラ建テ直スノガ我ノ与エラレタ役目。エルニ叱ラレル前ニ直サナイト」

 まぁ一応、納得はしたらしい。あの図体でどうやって地下遺跡を元に戻すのか気になったが、声を掛けても面倒事になりそうなのでそっとしておくことにしよう。


「よし、行きましょか」

「うん。パーパ、トリシャもおなじ馬車に乗る」

「パパ? パパかぁ、まぁそういう事になるのかなぁ。独り身で子持ちになるとは」


 頭に子竜を乗せたまま、トリシャが歩き始めた仲間達の確認を始める。

「くろいドラゴンさん」

「オブシドだ」

「パルパル?」

「パルパ……それって、もしかして私でございますか?」

「うん、パルパル」

 パルダの呼び名が追加された。印象を覚え、区別をつける為には愛称付けを行っているんだろう。


「俺の名はヘレン! いずれは英雄となる男なのだぞ! この名をしかと覚えるのだ少女よ!」

「おじさん」

「ぬおおおお!? まだそんな歳ではなあああい!」

「フフ兄者、髭の手入れを怠っているからそう言われるんだ。トリシャ殿、俺はクライト。ヘレンおじさんの弟だ」

「おとうと。あっちの人は、クールメガネ」


 無口なロギアナの特徴をそのままに呼ばれ、彼女は一瞥するもそれで終わる。

 次いで、騎士二人。


「ネーネ?」

「ああ、私のことか。私とお前は遠い親戚の様だから、そう呼んでも構わないぞ」

「ニーニ」

「あ、お兄さん……ですか。まぁ今の僕だと、そうなりますよね」

「のう、儂はなんじゃ? もしかしてママ役かえ?」


 まだ呼ばれていないアディが、進んで自分への呼び名を求める。

 だが、何故かトリシャは目を細めて竜姫を指差す。


「バーバ」

 もわっとしていた空気が、凍り付いた様な気がした。俺達の誰もが、息を止める。

 アルマンディーダは、ニッコリと相好をどうにか崩して口を開いた。それでも頬が引きつっていた。

「……トリシャよ。もうちょっと良い呼び名は無いんか? 流石に儂もそれは嫌じゃのう」

「じゃあババア」

「い、いや……そういう事でなくてのう。認識を改めて欲しいんじゃが--」

「バーバようきゅう多い」


 --コイツ、タブーに触れやがった……! 俺は戦慄する。竜人の姫君にこんな爆弾発言をもたらすなどとは想像だにしていなかった。

 確かにアルマンディーダは外見とは裏腹に、恐らく俺達以上に長い年月を経た亜人だ。年齢からしても、三桁を越えているのだろう。古風な口調としても、年寄り臭いという見方になる大きな要因だ。

 微笑のまま石化した彼女が、小刻みに震える。


「お、おいアディ。落ち着け大丈夫だ皆はそんな事思っちゃいないから、な? 落ち着こう、な? トリシャだってそんな悪気があって--」

「まぁ……我等竜人としても……くっ、人からすれば皆老いぼれ……くっ、でしょう……くくっ……。しかし竜姫様は先代に育てられておりましたからなぁ……くふっ……言葉遣いが移ってしまっては仕方ありま……くく……」

「何を笑っとんじゃクラァ!?」

 オブシドが噴き出すのを堪えきれていなかったのが火に油を注いだ。完全に煽ったよね? 俺フォローしたのに。

 普段の穏やかな振る舞いを忘れ、アディが喚く。


「儂まだ竜の中じゃ成人になりたてじゃもん! ピチピチじゃもん! ババアじゃないもん! こんの小娘がァアアア!」

「ひ、姫様相手は子供、子供です! お気になさらずとも大丈夫でございまする! 私の方が年上ですから--」



 こうして、遺跡での一件は収束した。


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