俺の紹介、青田買い
「こんなの、悲しいです」
伝わって来たというイメージを話し終え、締めくくりに少年騎士は我が身の事の様に呟いた。
「あの人も、元々は何処にでもいる幸せな家庭を築いていただけだった。それさえあればもうあの人にとっても十分満足出来る第二の人生だったのに……。それが、こんな」
「アイツも、最初から望んであの姿になった訳じゃない。反逆者になったんじゃない。そうなんだな」
アレイクは目元を手の甲で拭う。他人なのに、さっきまで敵だった奴なのに、此処まで親身になってやれる優しい奴だ。
あの時アレイクが聞いたワームの襲撃を警告した声というのも、あの場で騒いでいた竜馬からの物だと考えると、もしかしたら魔物の声や記憶をアレイクは読み取れるのだろう。鑑定眼や解読眼の類のものだと。
魔物の声や心に触れる事が出来ている事実には驚かされたが、それはアレイク・ホーデンが転生者として備わった力だと仮定すれば、自然と納得がいく。
「もう殆ど燃え尽きるかのう」
「ああ、あっという間だった」
光の泡はもう殆ど浮かんでこなくなっていた。
あの巨大な蛇竜の亡骸は依然として燃え盛ってはいるも、確実に面積を減らしている。十分の一にも満たなくなっているだろう。
その有り様を見届けながら、俺は一つの事実に気付き、受け止めた。これは火葬で、弔いだ。
そして、俺は今生まれて初めて、人を殺した。
自爆したゴラエス、退いたヴァジャハ、破滅したペンドラゴンの時とは違う。直接、俺が手にかけた。
反逆者で、ドラゴンで、化け物だったとしても、元はただの人間だ。その命を俺は奪った。アレが人ではないと形容するのなら、亜人としての自分を否定することになる。
傍らで俺の手と繋いだままの少女トリシャも、自分を食らおうとしていた奴の最後の姿から目を離さなかった。
これで、呪いを解く手掛かりは振り出しに戻った。
他に宛は今のところ無い。もしかしたら、俺にとって最後のチャンスだったかもしれない。
だが、後悔はしない。自分以上に、この娘の命の方が救う価値がある。たとえ俺と同じ呪いに蝕まれた身であったとしても。そして、必ず--
「トリシャは、これからどんなところへいくの?」
「広くて色んな奴がいるところだ。あんな森に囲まれた村の人間だけの窮屈な場所とは違う」
「ひろくて、色んな……」
「ふざけるなよ貴様ら……!」
憎悪に塗りたくられた言葉が、俺達に届いた。
振り返れば、遺跡の案内人だった村の男がぜいぜいと息も荒くして立っていた。地下遺跡を誰よりも早く抜け、外に出ていたのだろう。そして、俺達を追って来たと。
「巫女の生け贄の邪魔をしちまうどころか、せっかくの村の救世主まで殺しやがって! どう責任を取ってくれるんだ! おいテメェ! テメェもいつまでそんなところにいんだ! 村に戻ったら覚悟しろ! 今回の話はしっかり長に伝えるからな!」
怒号と共に、来いと脅す村の男。そうして伸ばされた手にビクっとトリシャは反応した。
「と、トリシャは……」
「あァ!? のうのうと生き延びて更に口ごたえまてすんのか!? どんだけ厚かましいんだよ!」
唇を震えさせて、少女は黙りこくった。それが男の言葉に拍車を掛ける。
「テメェに選ぶ資格なんかねぇんだよ親殺しがっ! 誰のおかげでそこまで生きてこられたと思ってやがる!? 巫女じゃなかったら野垂れ死んでたっていうのに、村の皆で世話してやったというのに! 後ろ砂を掛ける真似しやがって! この恩知らず--」
「ギャーギャーうるせーなぁアンタ」
怯える少女を背後に回し、俺は進み出た。
「おたくらの勝手な都合でゴミみたいに処分しようとしておいて何様だ? アンタらに何も謝る必要が無いのが良く分かった」
「うっせぇんだよっ。よそ者がでしゃばって偉そうな口利いてんじゃねぇ! 関係ないクソゴブリンが身内の問題を引っ搔きまわすな! 一族の呪いは、これでまた続けなければならねぇ! その為にはそこの巫女ガキが受け皿に必要なんだからごちゃごちゃ言わずとっとと渡せェ!」
唾と悪態をありったけ吐き飛ばす。俺は肩を竦めて笑い飛ばしてやった。
「そうだ、関係ない。俺もこんな胸糞悪い村のご都合なんて知ったこっちゃない。トリシャがいないと呪いが村に降りかかる? ハァ? どうでもいい。だったら滅んじまえよそんな村。自分達の村の尻拭いなんざ自分達でやってろ。もうトリシャにも関係ない。死んでも良いって言った様な奴を今更取り返そうとするなよ」
「この野郎ォ--ッ!?」
襲いかかろうと迫った男の前に、レイシア達が立ちはだかった。竜人もいるこちらの勢力に、息を詰まらせる。
「もうこの娘には指一本触れさせない。被害者ぶった、加害者には」
「去ね」黒鱗の竜人オブシドの少ない言葉と共に放った何かに当てられ、男の矮小な気性は委縮し、背中を見せて走り出した。
「撃っていい?」
「ダメ」
「手加減するから」
「やめなさいそれじゃこっちが完全に悪者だ」
古木の杖を出すロギアナが結構えげつない申し出をするので、それは流石に却下した。震えるトリシャを見るに、日常的に言われていたのだろうか。
「もうベナト村に戻る必要ないか。トリシャ、お前も構うことねぇから。ろくに世間を知らず、お前が悪いことを信じて疑わない様な連中だ。あれじゃ滅びちまうのは時間の問題だ。付き合う必要なんてないぞ」
「……うん」
「では、これでお前のやるべきことは終わったのだなゴブリン」
「ひとまず、だけどなヘレン。また一から始めないとな。それに今度は俺だけの為じゃない。……あーそうだ、おほん。皆にも言っておかないとならん話がある」
改めて俺は彼女を皆の前で紹介した。旅の連れになるならそういう所はしっかりとだな。
「元巫女のトリシャだ。今日から俺が引きとる事にした。皆仲良くしてやってくれ」
驚く様子はあまりなく、一同は納得した様子でうんうんと頷いた。
「まぁ、そうですよね。この子、行く宛も無いしグレンさんならやりかねない」
「アレイク、俺を何だと思ってんのよ」
「青田買いをしたゴブリン」
「…………おい、おいロギアナ。それどういう意味だい? 人聞きが悪すぎやしないかい?」
「養子にした先……不潔」
「うるせェー!」
そんな事まったくもって毛程の先も企んでないから! 手なんか出す訳ないから!
「グレン様、トリシャちゃん。お力添えが出来ず申し訳御座いませぬ。お怪我は御座いませんか?」
「平気だよ。俺もコイツも何も悪いところは無い」
「しかし精進不足だ愚か者め。貴様がもっとしっかりすればグレン殿があの様な危険を冒さずに済んだのだぞ。そこは忘れるなよ」
「っは、はい! 今後は足は引っ張りませぬゆえ、反省の極みに御座いまする! 平にご容赦を!」
オブシドに嗜められ、パルダがぺこぺこと何度も謝る。トリシャが食われたのも不可抗力だったんだけどな。
そうしている内に、ようやくシャーデンフロイデを焼き尽くしていた炎が息を潜め、火葬は終わった。
しかしその場には遠くからでは点の様に小さな肉塊が残っている。まさかと思い、俺は走った。
「あれは」
肉塊と思っていた物は、きちんとした生き物の姿形をしていた。それは皆も知っているメジャーな魔物だった。
羽と鱗の隙間にふわふわした毛のある小さな黄竜。角が生えている様子も無いから竜人ではない。変哲の無い赤子のドラゴンだ。安らかな寝息を立てているところからして、まだ生きていた。
俺達は距離を置きながらじりじりと近寄る。奴から出て来た魔物だ。見た目に騙されず、危険があるか警戒する。
「アディ、あれは何て種類のドラゴンだ?」
「羽毛もあるから毛鱗種の赤ん坊じゃろうかのう。比較的温厚な類じゃが果たして……」
「今のうちに絶って置きますか? 竜の赤子と言えどあの中から出て来た存在。脅威の可能性のある物は取り除く事に越した事はない」
「待ていオブシド。調べてからでも遅くはない。倒せたグレンがおれば、なんとかなろう」
シャーデンフロイデは色々な物を食って来たと言っていたが、その内容物と考えていいのだろうか。
「…………ギュ? ギュゥゥ」
パチクリと赤い瞳を開けた子竜は、己が今までどうなっていたかなど知らぬ存ぜぬ様子で小さな手足を使って起き上がり伸びをした。愛嬌を振り撒き、一見なんら危険性の無い子竜がトテトテと歩き始める。
「ギュゥゥゥゥ」
「お、何だ? や、やるか?」
俺の足元にまで近づいてくるのでファイティングポーズを取ると、
「やぁゴブリン。ご機嫌如何かな?」
「…………」
信じがたい事に、聞き覚えのある男の声が、足元の方から俺を呼び掛けて……来たような気がした。
「うん、気のせいだ。気のせい気のせい」
「おや? 竜の形で言葉で話すのは初めてではない筈なのだがな。きちんと話せていなかったのかな? なぁ、吾輩の言葉は通じているのなら返事して貰いたいのだが」
「現実逃避してんだっ。すぐに壊すな!」
「一分を続かぬ逃避だろうに」
羽を広げ、小柄な体躯が跳ねた。飛び出した奴をトリシャが反射的に受け止める。
しまった、人質か。迂闊に手出しが出来ない。
「生きてやがったかシャーデンフロイデ。まだトリシャを諦めてねぇのか」
「ふむ、では先ず二つ訂正させて貰おうか」
クルクルと喉を鳴らして嘲笑う。それから奴は少女の肩によじ登った。
「一つ目に生き延びた、という表現は似つかわしくない。吾輩はシャーデンフロイデではあるが、かつてのシャーデンフロイデとは異なる物」
「?」
脅威が差し迫っているのに気付いてないのか、乗っかられたトリシャ当人は頭に疑問符を浮かべている。
「あくまで吾輩はゴブリン、君の手によって確実に死んだ。此処にいる吾輩は吾輩の妄執を受け継いだ子竜だ。飢喰の残滓の力で、シャーデンフロイデの記憶と知識を消化しそびれた内容物に宿した様だな。さながら、別のハードウェアにデータを移し代える様に」
「つまり、別人なのか?」
「スワンプマンの思考実験を存じないかね? まぁそれもさしたる問題ではない。吾輩は吾輩、それだけのこと」
混乱を極めたのは、奴の解説の内容というより奴が度々漏らした言葉尻だった。ハードウェアやスワンプマン。どれも近代的な言葉だ。
コイツは俺の良く知る現代的な単語を利用した。だが、聞けば奴がこちらの異世界に転生したのは百年二百年どころではない昔の筈だ。
時間軸が合わない。俺が前世で死んだのは21世紀。計算なら奴はこちらで千年以上生きてる以上、最低でも10世紀よりも以前に前世で亡くなっていなければならない。
それとも、時間の流れというものは俺の考える常識には計り知れないのか。
「二つ目に、巫女を諦めるも何も吾輩はもはや固執する必要性が無くなっている。反逆者の楔から解き放たれ、この肉体も時間が経てばいずれ朽ちる身だ。残りは余生を楽しむだけであるのに、死を追求する理由は無いだろう?」
「そうかい、じゃあ何ですぐにトリシャにくっついた? 人質だろ?」
「否定はしないよ。すぐにその必要はなくなるがね」
からかう様に、子竜は言った。
「何、話し合いの場を設ける為だ。こちらの言い分に耳を傾ける前にとどめを刺されては、君達の方が後悔すると思ってね。ゴブリン……いやグレン、君の様にいつ己が死のうと構わぬ身だ。だが、せっかく吾輩の悠久の苦痛に終止符を打ってくれた君達への感謝の気持ちと老婆心から一つ提案をしたい。それを聞けば、嫌でも吾輩の命をすぐには絶とうとしなくなるだろう」
「へぇ、随分自信ありげだな」
「当然だ。しかし取引という形にしよう。吾輩が子竜に残ってまでの執念を晴らす為にも、諸君らの力は有能だと判断した」
神をも裏切った元転生者の成れの果ては、遠回しに俺達に話を持ち掛ける。
そんな姿になってでもまだやり残した事があるということか。話だけは聞いてみる価値はあるだろう。
「言ってみろ。用件はなんだ」
「そうだな。先に見返りから話そう。その方が姿勢も変わるだろう」
シャーデンフロイテは言う。
「吾輩の微かながら残された『飢喰』の力。これで、君達の呪いを食ってやっても良い、と言ったらどうする?」




