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俺の回答、先取り

 前世で人間だった頃、印象に残る出来事があった。

 ひぐらしが鳴き始めた真夏の夕方、避暑のがてらに立ち寄った近所のコンビニエンスストア。自動で開閉する透明扉の玄関口で小さな生き物がいた。


 生後1ヵ月ぐらいのクラシックタビー柄の子猫だった。首輪は無い。都会の汚れをつけた、アメリカンショートヘアの特徴を持った猫の赤ん坊。親とはぐれたのか、それとも拾ってくださいの段ボールから出て来たのかは分からない。だが、その子猫は人の集まる場所に来店する。


 みぃみぃと店を行き交うお客さんを見上げ、つぶらな瞳で訴える様に鳴いている。

 素通りする者もいれば、時折その猫に気付いて子猫に構う者もいた。

 若い女性客が立ち止まり、愛おしい眼差しで可愛いーと言いながら子猫を撫でる。子猫は目を細めながら、自分の頭より大きな手にすり寄る。


 ひとしきりの接触を終えると女性客は触れていた手を離し、折っていた膝を戻し、ヒラヒラと手のひらを振って別れを告げた。一時いっときの愛情どころか関心すらも、既に無くなっていた。もう、脇目を振る事も無く自分の生活へと戻っていく。


 置き去りにされた子猫は親がいないせいか鳴き続ける。やがてコンビニで働く人間も猫の元へやって来た。やはり看板猫ではないようで、居られる事に困った表情をしていた。

 さらに店内に入ろうとしていくのを見かねて、傷付けない様に気を遣いながらも靴でゆっくりと店外へと押しのけていく。


 そんな光景を見、過ぎ去りながら俺は思った。残酷なのはどっちなんだろう? と。可愛がるだけ可愛がった後は、もう用が無いと言わんばかりに置いてきぼりにした事。それとも情が沸かない様に自分の仕事の邪魔にならない様に追い出す事とどっちが。


 みゃお、と俺の背後で子猫が鳴いた。振り返ると、玄関マットの上でつぶらな瞳が俺を見ている。そんな目で見ないでくれよ。俺だって飼えないよ。

 傍観者として俺は子猫に救いの手を差し伸べる事はしなかった。

「どうして生きているの?」


 少女の声で、子猫が俺に問いかける。そのクリクリした瞳は巫女の様に碧かった。子猫は皆キトンブルーの目で生まれ、成長すると色が変わるという。

 しかし、この子猫は瞳の色が変わるまで生きていられるのだろうか? 



 冷や汗に包まれて目が覚めた。心臓の動悸が身体の芯まで広がっている。

 なんとも心地の悪い夢だ。昨夜のやり取りのせいか。ビレオ村の家の中で俺は起き上がる。

 頭を振って切り替える。今日は呪いを解く手立てが見つかるのだ。それさえ分かればこの村ともおさらばだ。あの巫女だって、解けるのだからそれでいいじゃないか。



 支度を終えた俺は入り口に出る。レイシア達は既に出発を待っていた。

「随分遅いお目覚めだな。普段のお前はもっと早かったじゃないか」

「悪い悪い、ちょいと悪夢にうなされたせいかもな」


 村の方も支度は済んでいた。年老いた長では歩くのは厳しい様で、代わりに村の若者が付き添うするらしい。頭巾を被ったトリシャも勿論俺達と同行する。

 何を見ているのか分からない碧い瞳。一瞥された時ふと俺は目をそらした。


 村長と巫女トリシャを連れた一同は一度ビレオ村を出た。村を囲う鬱蒼とした森林から離れると、乾いた荒地が現れる。

 岩と砂地の入り混じった人の気配の無い極地。やはり変だ。村まで十数キロ程度しか離れていないのに、ペンペン草も無い此処まで自然の環境が変わるのか。


 そんな砂漠気候の真っ只中、一際目立つ物が奥手に見えた。

「アレです。アレが遺跡の入り口になります」

 村の男が指差す場所。環状列石が積まれていて、明らかに人為的な配置がなされている。


 砂漠のストーンヘンジの様な遺構いこうの中央に、地下へと続く階段があった。

「地下遺跡、か。ううむ、よもやこんな地にこの様な場所があるとは知らんかったのう」

「全員で行くより、少数勢で向かった方がよろしいでしょうな」


 オブシドの提案により、竜兵達は入り口で待機。十数名で下へと潜る事となる。

 当然、下は真っ暗だった。空気はあるようだが、一寸先は闇。俺は夜目が利くので辛うじて進めるが、人間はまともに歩けないだろう。


「グレン、松明を持て。ご丁寧にも壁に立て掛けてあるじゃろう」

 アディに促されて見つけた火の無い松明を取り、魔力を使って灯そうとしたところ。

「フゥー」

 アルマンディーダが顔を近づけた。焦げない様に赤髪を掻き分ける。そんな艶やかな動作をしつつ、松明に息を吹き掛けた。

 次いで吐息が真っ赤に染まる。熱を帯びた小さな火の息吹が松明の先端を包んだ。


「こっちの方が魔力を使わんじゃろ?」

「お、おおう」

 彼女は竜人。当然、火も吹けるという訳か。くすぐる様に小声で俺に囁く。本気になれば、ものの数秒足らずで俺も消し炭に出来るのだろう。


 岩で出来た地下遺跡内部は、相当な年月を語る様に埃が堆積している。100年、1000年、どれくらい古い歴史があるのか。


 らせん階段の様に四隅をぐるぐると回る様に降りながら、先導する村の男が口を開いた。彼は何度かこの遺跡を訪れているらしい。

「この先は一族の碑文が残されている様なのですが、昔から番人がそこを守っていて通れないのです」

「何だ番人って、倒せばいいのか?」

「とんでもない。番人は神域に敵を寄せ付けない様にしているだけで、正しい方法を踏めば通ることを許して貰えるのですよ?」

「でも今まで通れなかったんだろ?」

「はい。それは私どもにも分からなかったからです。そちらの壁に灯りを」


 言われるがままに松明をかざすと、壁に象形文字に似た物が彫り込まれているのに気付いた。

「巫女様にその解き方を解読して頂ければ、前に進められましょう。巫女様はあらゆる文字を目を通しただけで読み解く異質なお力があります。これは先祖の血を色濃く反映した者が持っていたとされる物だそうです。しかし巫女様は幼く、今まで外界には出られなかったもので」

「そんな出たところ勝負みたいなので大丈夫かよ」

「では巫女様、どうぞ」


 壁画の前に立ったトリシャは彼女の解読眼により、文字を翻訳し始める。

「この先のけもの、げんごをかいするけものなり。けものはかしこき者をゆるし、おろか者のあたまをくらう。なんじ、かしこきちえを身につけ、けものとことばをかわすことで道をしめすだろう」

「どういう意味だ?」

「人じゃないのとお話しろって事だろ。バカは食うとよ、お前気を付けた方がいいぜ」

「なるほど。って、誰がバカだ!」


 ヘレンの疑問に俺が適当な解釈をしてやった。しかし重要なことが書いてない。どう話をすれば、道を示してくれるんだよ。ダメだったら戦闘を覚悟しないとならないな。


 一本道の通路を通り、さらに広い空間に出た。灯りが天井に届かない。大分深いところまで来たらしい。

 奥の夜陰に、金色の光が二つ現れた。俺も、何か大きな影が立ち阻んでいるのを確認。

「グルルルル」


 獣の唸り声に、俺達は身構える。すると周囲に灯りがひとりでに灯った。かがり火が四方八方に燃え上がる。それはオブシド達竜人の仕業ではない。

 遺跡内が光を得て、鮮明になる。そして皆が目の前にいる何かの姿を遂に捉え、どよめいた。


 獅子の体躯に、人の顔。頭部にはエジプトのファラオとかが付けてそうな飾りを被る巨大な獣が鎮座していた。

 彫りの深い顔と、剥き出しになった犬歯。心当たりのあるその魔物の名前を思わず口に出した。


「スフィンクスか……!」

「汝ラニ問ウ」


 怪物は、人の言葉をその口から唱えた。壁画の意味を理解する。話をしろって事じゃない。正しい受け答えをしろって意味だろう。

「心セヨ。答エラレネバ食イ殺ス」

 ひえっ、と背後でアレイクが息を呑んだ。喉を震わせて威嚇してるし、迫力あるからなぁ。


 要するに謎掛けだ。答えられれば此処を通れるって訳だ。

「デハ行クゾ」

 尊大に構えたスフィンクスは、俺達を見下ろしながら問いかけを始める。


「朝ハ四本足。昼ハ二本足。夜ハ--」

「人間」


 ベッタベタの謎掛けだった。スフィンクスと言ったら、これだ。


 しん、と音が静まり返った。皆が考える間もなく思わず俺が回答した事で皆硬直する。何先を突っ走ってるの!? という感じで。

 スフィンクスの言葉も途切れる。恐る恐る奴は口を開いた。


「……エ? モウ一回、モウ一回言ッテクレル?」

「だから人間」

「…………ア…………待ッテ……! マダ問題言イ終ワッテ……!」

「人間!」


 人面獅子は顔を反らした。めっちゃ悲しそうな顔してる。顎は梅干しシワを作ってる。そして観念した様子で、

「……正解」

「ハアアアアアアアアア!?」

「ええええええええ!?」

「何いいいいいいいい!?」


 遺跡内部で驚愕による絶叫が響いた。理由は言うまでも無く、俺の謎掛けの先取りが原因だろう。


 朝の四本足は赤ん坊のハイハイを表し、昼の二本足は自立を表し、言おうとしていた夜の三本足は老いの杖を表す例えであった。だから、その答えは人間なのだ。


「何でだ!? 問題言う前に解いちゃうってどういう事だグレン!?」

「さすがの儂もおぬしにはたまげたぞ! とんでもない奴じゃ!」

「いや、だって、ねぇ」

 救いを求めて転生者組に視線を送る。二人とも目を反らしやがった。


「--ハァ、モウイイ……通レ……行ケヨ……モウ……」

 スフィンクスはそう言って猫みたいに手足を折って座る姿勢から立ち上がり、横に退いた。その先にまた通路が見える。


「ともあれ、これで無事進める様だから行こうぜ」

「…………」


 スフィンクスはまだ、悲しげな表情をしている!


 通り過ぎる時、番人は俺達を見送る様に視線で追っていた。特に俺に向けては、何だか恨めしげにずっと見ている。せっかくの謎掛けを自信満々に言い切る前に打ち砕かれた事が、悲しくてプライドを傷付けた様だ。

 ……帰りが、怖いな。


 悪夢と言い、今日は猫との厄日らしい。

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