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俺の沈黙、無垢な質問

 夜宴の席から離れた俺は、オブシドから借りた筆記の一式を手頃な机代わりの岩に置く。今日は重要な情報が手に入ったので、それを整理する時間が欲しかった。


 大罪を犯した先祖。ヴァジャハによる村の統治。祝福と称される俺と同じ紋様。贖罪として死の運命を与えられた巫女。そして、呪いを解く事が出来るという村の先客。

 単語を羅列しただけでも、これだけの量か。まぁ、村の事情や背景は二の次だな。重要なのは、この先客の事だろう。


 村の人間からは詳しい情報を得られなかったが、見慣れぬ服装をした旅人だったらしい。しかし何者だろうか。そんな都合の良い輩が訪れ、しかもわざわざ外で取引を乞う様な真似までする。おかしな話だ。

 その部分に疑問を文字として付け足す。

 ソイツの素性は何者なのか。目的は? 村と関わる事で何のメリットが?


「んー、謎が多すぎる」

 俺は名探偵じゃない。推論にしても抽象的過ぎて、納得のいく事情を組むことが出来ない。会ってみないと何とも言えないな。


「おい、そこの緑の」

 村の隅でひっそりと--向こうからすればこそこそとが正しいか--やっていた俺に、お声が掛かった。何だい? と努めて気さくに振る舞う。

 年端もいかない子供だった。ガキ大将の様な威勢の良さで、俺に物怖じせず言い放つ。


「お前ゴブリンって生き物なんだろ? 聞いた事があるぞ。ずる賢くて嘘つきで悪さばかりするって。何企んでるんだが知らないけど、変な事したら許さないからな」

「おいおい、皆が皆悪いゴブリンじゃあ無いんだぞぉ? 俺は良いゴブリンだから人に迷惑なんて掛けないし嘘だって吐かないぜ」

「ウチのかーちゃんが嘘つきほど嘘は吐かない、っていう嘘を吐くって言ってた」

「おや凄いな坊主、その歳で良くそんな事を知ったなぁ。飴があったらあげたいねぇ」

 と少年を拍手で称賛する。良い顔はされなかった。


「この村に何しに来たんだよお前」

「ん? 後学の為かな」

「コウガク? って何だ」

「勉強だよ……これでも伝わんないかな。要するにだ、色んな事を知って自分をより良くするのに村に来たの」

 嘘は言っていない。呪いを解く手掛かりを知りに此処に来たんだからな。本当に人を騙す奴というのは、虚偽の発言を使わずに相手をたぶらかすものだ。


「という事はお前も巫女の事を知りにやって来たクチなんだな。前に来た奴も知りたがってたから」

「前に来た奴、ねぇ。俺はそいつの事も知りたいんだけど」

「知らねーよ。すぐに出て行ったもん。物好きな奴等だなぁ、あんな巫女の事を知りたいだなんて」

「あんなって、大丈夫なのか坊主。奉ってる巫女さんに悪口言ったら、大人に怒られちゃうぞ」

「良いんだよ。皆、アイツの事嫌いだし」

 同い年くらいの少女を、この男の子はけなした。


「でも巫女さんは村の為に身を捧げてるんじゃないの? そんな偉い人に対して酷くないか?」

「お前、アイツが何したか知らないからそういう事を言えるんだよ」

「へぇ、どんな? そんな大袈裟な」

 その何をしたのか知りたくなって、俺は追求する。こんな子供から情報を貰えるとは。


「役目を終えた巫女は、精霊様に迎えられて死んだ後も安らかな場所に連れてって貰えるんだよ。だから、村の為に命を捧げるのは名誉なことだし、そしてとっても幸福な事だって言われてる」

「死後の幸福、ねぇ」

「だからアイツ、自分が巫女になるのに前の巫女様を殺したんだ」


 物騒な話が、耳に届いた。


「前の巫女を、本当にあんな小さな子が?」

「それも自分の母ちゃんをだ。アイツ、親子であるのを良い事におやしろに忍び込んで刃物で殺したんだよ。そこに精霊様が現れて、代わりにアイツを巫女として選んだ。そうなるのを知っててアイツは……」

 そういう経緯によって巫女になったあの少女だが、ヴァジャハに選ばれた以上、村としても奉らざるを得なかったと。


「でも今回で巫女という宿命が終わるからスッキリするって皆言って--あっ」

 口が滑った様子で、少年は口元を自らの手で塞いだ。「とにかく変な真似すんなよ! さっきの事は忘れろ!」と言い捨て、俺から逃げていく。


 どうやら俺があの子の親だったら生尻叩く様な話だったみたいだな。まだこの村全員で俺達に隠してる何かがありそうだ。


「……で、良いのかい? あんなこと言われちゃってさ」

 背後の木々に俺は呼び掛ける。あの子供と話してた頃から何となく気付いていた。


「知ってますから、べつにかんけいありません」

「おやしろから出ても大丈夫なの? 村長に怒られるんじゃない?」

「トリシャが出てはいけないのは村の外です」


 トリシャって言うのか、頭巾を被った巫女が木の陰から姿を現わす。

「お前さんまで俺に何か用でも? この村にゴブリンはよっぽど珍しいと見た」

「ゴブリンさんはどうしてせいれいさまのことを知ろうとしているの?」

「そりゃ珍しいからだよ」

「そんなことのためにこんな村に来るなんてとてもかわってますね」

「そっちこそまだお子様の癖にマセてるじゃないの」

「マセてる?」

「大人っぽいってことだよ」

「トリシャは大人になれませんよ」

 冗談にも取り合わない。いや、取り合えないってところか。


「それ」

 トリシャは岩場に置いた紙に関心を寄せる。俺は差し出した。

「情報整理してたの。読むならどうぞ」

 読めるならな、と腹の内でからかう気満々に勧める。この村では子供に読み書きが出来る水準まで達しているとは到底思えない。


「よめます」

「え?」

「これはトリシャのごせんぞさまたちのことですね。これはせいれいさまの名前。そしてもんよう……だから呪いじゃなくてしゅくふくです」

「ほんとに読めんの、お前?」

「さっきよめるってトリシャは言いましたよ」


 唖然とした。あり得ない事だ。いくら読み書きが出来たって普通の人間には読む事は出来ない。だって現代の文字で羅列していたのだから。


「まさか転生者か?」

「てんせいしゃって何ですか?」

「じゃあ、前世を覚えているか? これが読めるってことは日本人だろ?」

「ぜんせ? にほんじん?」

 キョトンとした仕草で、少女は首を傾げた。まるっきり心当たりも無さそうだ。その様子からして、嘘を吐いている気配もない。


「トリシャは知らない文字もよめます。はじめて見てもわかります」

「じゃあこの漢字もひらがなも、知らなくたって分かると?」

「どこの国のことばなのか、わからなくても」

 ロギアナが持つ鑑定眼かんていがんの様に、強いて言うなら解読眼かいどくがんの様な物を彼女は持っているという事か。まさか読み取られるとは思ってもみなかった。


「でもこれってゴブリンさん。せいれいさまのごしゅくふくをときたいって話ですか? どうして? トリシャはとく気はありませんよ? それが知りたかったの?」

「あーそれは」

 質問責めに言葉に迷いながら、俺はトリシャの顔を見た。子供なのに無邪気さは無く、ぼーっとした表情にジト目で俺を見返している。他の村の奴等と比べて、好奇心はあれど蔑みや侮蔑の感情は見えない。


 こういう子供には、誤魔化さなくても大丈夫だろうか。もしかしたら情報を開示すれば、向こうも更に何か秘密を提供してくれるかもしれない。あのガキが言っていた、母親殺しとやらについても。

「実は俺も似た紋様を付けられてな……」

 俺は肩の呪いの印をトリシャに見せた。ことほか、彼女は驚きはしなかった。


「ゴブリンさんもせいれいさまに?」

「色々あってな。このままじゃあ俺は数年の内に死んじまうらしい。だからこの紋様を取る為にはるばる村までやって来たのよ」

「そうでしたか。でも、どうして?」

「どうしてって何が?」


 表情一つ崩さず、トリシャは言う。


「どうして死のうんめいをうけいれないの?」

「……え? 何?」

「せいれいさまがゴブリンさんにしゅくふくを与えたのだから、ゴブリンさんは死ぬうんめいなんでしょう? どうして、あきらめないで生きようとするの?」

 平坦に、何の感慨なく、巫女は言うのだ。本気で、言っているのだ。


「ゴブリンさん、トリシャと同じ。だったらトリシャはわかる。みんなトリシャのことがきらいなように、ゴブリンさんもきらわれてるんでしょ? そういう風にきいたことがある。だから、生きていたっていいことないよ」

「お前……良い事が無いって……」

「トリシャは、今までそんなことはなかった。トリシャがいてよろこぶ人はいない。トリシャが死んでもだれも泣かない。きっとよろこぶ人のほうがおおい」

 絶句した。村にはいるのに、誰にも認められていない。

 アルマンディーダが気がかりとしていた言葉の意味が、分かった気がした。


「なのにそれでも生きていたいの? トリシャにはわかんない。だってこのもんようをもらって死ぬのは、こうふくなことなんだよ。ふこうなまま生きてるより、しあわせに死んだほうがいいでしょ?」

「死ぬことが、幸せって何だよ」

「え? だって」


 むしろ向こうが何を言っているのだろうと言わん気に。

「らくになれるんですよ? しあわせじゃないですか」

 ヒロイズムに酔い、相手の反応欲しさに言ってる訳ではない。ただ、余命の限られた己の現状を淡々と受け入れている。


 その抑揚のない口から出る言葉から伺える、心の闇の深さ。どんな経験をしていたのか、俺には想像だに出来ない。

 俺も、相当な迫害や蔑みの視線を受けて来たが、それに匹敵するほど……アディが評した生き地獄という物を経験してるのか。



「ねぇ、ゴブリンさん教えて」

 恐ろしい事に、コイツは俺が憎くて嫌いで傷付けたくてこういう事を言ってるのではない。


 同じ様な立場だからこそ、逆に不思議でならなくて聞いてくるのだ。

 少女の無垢な質問に、その時の俺は答えられなかった。


「何であなたはそんなに生きていようとするの?」

 まともに聞くことなんて出来なかった。お前は自分の母親を、ほんとに殺したのか? なんて。危険じゃないのに、怖くて。


「わりぃ、その返事はまた今度だ」

「ゴブリンさん?」

 道具を早急に片付け、俺は足早にその場を立ち去る。

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