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俺の入村、呪いの巫女

 人里から外れた密林の村は、ベナトとは打って変わって物の水準が著しく低下した文化である様だ。

 まず民家と思わしき建物は茅葺かやぶき屋根に泥壁で出来ていて、木の柵に囲まれている程度の発展度が、それを伺わせる。


 と言ってもそこの住民も、さすがに部族の毛皮や葉っぱで出来た格好という訳でもなく、デザインのある布の衣服を着ている。外界との交流もある証拠だ。

 竹槍を持った見張り番が飛び出し、一度俺に突きつけようとするも、背後のオブシドら竜人に気付くなり矛を収める。

 やはりこんな場所でも、竜人と人の格差があるらしい。向こうも無碍に出来ない訳だ。


「これはこれは、竜の国の方々が我等の村までいらっしゃるとは。歓迎いたします」

 すぐにビレオの村の白眉と髭に埋もれた顔をしたよぼよぼの長がやって来て、うやうやしく挨拶してきた。俺を差し置いて、オブシド相手にだ。

 まぁ良いか。俺は肩を竦めて、オブシドに任せたと合図する。そっちで円滑に話を進めてくれるならそれに越した事ないし。


「どうぞ中へ。何も無いところではありますが。道中お疲れでしょう、もてなしをさせてください」

「その前に本題に入りたい。この村では確か、不思議な信仰を持っているそうだな。今日はその神秘について学びたくて参った」

「ほうほう。私どもが奉る冥府の精霊について、ですか。良いでしょう。でしたら巫女様の元へお連れ致します」


 竜人にも何の後ろめたさが無い様子で、村長は俺達を村へと招き入れる。

「しかし竜人様方が、我等の信仰にご興味がおありとは、初めての事ですな」

「そうだな、だが警戒しないで頂きたい。そなた達が何を崇めようと咎めるような真似はしないと約束しよう。だが冥府の精霊とは初耳だ」

「ええそうでしょう。我等の祖先は遥か昔、この大陸を渡っていたようでしてな。竜の方からすれば何の接点も無くて当然です」


 木の上にも建てられた家や、見張り台などを物珍しく見上げながら、奥地まで案内されるとひと際大きな建物に向かっているのに気付いた。おやしろに見えた。

「こちらにいらっしゃる当代の巫女様に面通し致します」

 俺達が老人の顔パスにより、そこの警護も素通りし中に入る。


「竜人様、こちらが冥府の精霊から祝福を頂いた巫女様でございます」

 おやしろ内で、透明な布越しに小さな人影が鎮座している。


「ビレオの村によくおこしくださいました」

 舌っ足らずな声。奥で見える少女は金飾や法衣に包まれて、部族風のお雛様みたいな恰好をしていた。齢からして、まだ十にも満たない幼さだろうか。

「当代の巫女をまかされたものです。本日はどういったようけんでしょうか?」

「それは俺の方から話しても良いかな?」


 外部との交渉は済んだので、俺は口を開く。何せ、これまで他ならぬ俺の問題の為に旅をしてきたのだから俺が話すべきだろう。


「やってきて早々不躾な質問になるが、この村には呪いのあざがあると聞いてきたんだが、何か知らないか巫女さん」

「あざ、ですか? めいふの精霊様からのごしゅくふくならありますが」

「祝福? 呪いなんじゃないのか?」

「え? のろい?」

「え?」


 いまいち噛み合っていない。何というか、同じ物を認識はしているが捉え方が異なっているようなそんな感じだ。

あざというと少し変わっていますが、恐らく貴方がおっしゃっているのは我等一族が代々受け継いでいる紋様の事でしょう。それを精霊様からの祝福としてありがたく頂戴しているのですよ」

 見かねてか此処まで連れ出した村長が代わりに説明する。そして俺達と巫女の間を仕切っていた布が開けられた。


 ぼんやりとしていた少女の姿が鮮明になる。頭巾をかぶったあどけない顔は無表情。碧い双眸はジト目になっている。前髪は藤色ふじいろで、ラベンダーを彷彿させる。

 特に見た目は巫女と呼ぶには神秘さも感じられない村娘だが。


「我々が冥府の精霊と呼ぶ存在について、まずお話した方がよろしいでしょうね。ほら、奥の壁画に描かれている御方です」

 老人が指で促した先には、岩壁に油製の塗料で塗り描かれているのは、白と黒の人とはかけ離れた形の姿であった。

 俺の息が詰まる。忘れようもない、思い出しただけでも恐ろしい怪物が描かれているのだから。


「……ヴァジャハ……!」

「おお、冥府の精霊の真名をご存じなのですね。ですがあまりよろしくありません。畏敬を込めて呼ばなければ、命を奪われてしまいますよ」

 耳に入るが頭に入ってこない。それどころではないほど、俺は壁画の敬われるヴァジャハに目を奪われていた。

 タナトスのヴァジャハ。そもそもコイツのせいで、オーランドを殺され、そして因果な呪いを埋め込まれた。辻褄があうはずだ。村の受け継がれた紋様と、俺の呪いの痣が似通う理由も。


「巫女様は精霊様と一度会合を経て、祝福を授けられたのです。頭巾を取りなさい」

 巫女は言葉に従い、無言で頭部から布を取った。ラベンダー髪が肩に広がる。そして、次の指示を待つ間もなく自分で己の額を掻き分ける。


「それがこの村に一族に伝わる紋様か」

「ええ、ええ、そうです。これが精霊ヴァジャハ様と我々を取り持つ証であり、贖罪の契約印でもあるのです」


 幼い少女のおでこには、黒い痣が広がっていた。しかも、俺以上に肌を蹂躙している。

 黒い蚯蚓みみずのようないくつもの細い線が、中央を目指してのたくっているように見える。俺の呪いの痣と似通う面影は、先端がかろうじて唐草みたいに丸みを帯びている所だ。


「昔、祖先は大罪を犯しました。たくさんの争いを起こしたとされ、それを自戒としてこの地へ移住したと言われています。しかし、この罪は時間だけでは赦される物ではないと精霊様はおっしゃられました。それは--まぁ呪いと言って良いでしょう--いつか、一族の身に災いを及ぼし、やがて村を滅ぼすだろうと」


 おぞましいとさえ表現できる額の歪な紋様を指し、これは贖罪の印であると言う。

「代々、ヴァジャハ様に選ばれた巫女様はその一族の罪という負担をその身に一心に受けて浄化していっております。しかし罪を背負った影響か、巫女達は短命で年老いる前に命を落としてしまいます。さらにそこまでして一族の為に命を賭けた巫女の魂は、死後も永遠の苦しみに囚われてしまう。それをヴァジャハ様は巫女様が命を落とす直前に救済してくださるのです」


 なんとなくだが、村とヴァジャハを取り巻く様相を微かながらに理解し始めた。

「つまり、冥府の精霊という恩恵で、村は太古の罪による災いから守られていたんだな」

「その通りです。おかげで、この近隣は緑に恵まれ、皆健やかに暮らせております」


 多分違う、俺はすぐにそう結論付けた。あのヴァジャハが此処で崇められていたのと同じ存在だったのなら、そんな神様じみた真似をするとは考えにくい。

 あの紋様が俺と同じ物であるとすれば、それは間違いなくタナトスのヴァジャハの手で付けた呪いだ。短命の原因が罪の負担などという曖昧な物ではなく、ヴァジャハの呪いによるものと考えて良いだろう。


 マッチポンプだ。目的は不明だが、この村で生け贄の魂を搾取さくしゅしていたと推測。

 だが、それを村の人間に話したところで耳を傾けてはくれないだろう。奴を神聖視している連中と、死闘を繰り広げた俺とでは価値観が違い過ぎる。

 そもそもヴァジャハはもういない。俺達によってどうにか倒した。その事実を、向こうが信じてくれる訳が無い。


「その紋様は、一生外れないんだろうか」

「外す必要が無い、という方が正しいでしょう。これは罪を引き受けた証です。死後は自然に消え、次世代の巫女様に宿るようですが」

「……そうか」

 ダメか。村の人間でも、どうしようもない概念だったのだ。俺は身体中に余計に入った力が抜ける。

 此処までの苦労は、つまるところこの為だったのに。解呪の方法を探して此処に来たが、唯一の手掛かりすらも費える。


「しかし、実は新たな活路を先日見出せたのです。この短命の巫女達による悲しい連鎖を今代で終えられる唯一の方法がありましてな。近日の内に8の齢を迎え、外出の掟が許された巫女様と罪の恩赦を受けに行くおつもりでした」

「ん!? マジで。でも急だな」

「私どもの先祖の罪を知り、それを晴らす方法を知る者が貴方達が来る以前に村にやって来ておりまして、我々はそこへ取引をしに向かうのです。ヴァジャハ様への恩赦の確認が欲しいところですが、やむを得ないでしょう」


 なんというめぐり合わせか。呪いを解く光明がまだ残っていて、しかも手かがりどころかその手段を有してる相手に会いに行くタイミングだったとは。


「なぁ村長っ。その人に会えないか? 是非話を伺いたいんだが!」

「そうですねぇ。特に制限された話ではありませんし。むしろ、村はずれの荒地にある地下遺跡にあの人は用があると言っておりまして。魔物から巫女様を守るのに、腕の立つ者が欲しかった所なのですよ」

 俺は後ろの皆に振り返る。断る者はいない。よし。


「なら俺達も護衛として同行させてもらえないだろうか? こいつ等は腕の立つ冒険者だ。大陸を横断出来るくらい訳ない実力がある」

「おおそれは心強い。構いませんぞ。私どもからもお願いしたい。しかし報奨のお話になりますと、何分この村はあまり金になる物が……」

「必要ない。ただ、その人物とも対面したいだけなんだ」


 交渉は滞りなく完結した。俺達の滞在も考慮してか、明日にでも発つ手筈となった。

 やしろを出、晩餐をもてなそうという村長の言葉を聞きながらも俺は。

「よし。よしよし! ここまで来たかいあったぞ。呪いが解けるかもしれねぇ!」

「ああ良かったなグレン。上手くいってウチの姫様も我が身の事のようにお喜びになるぞ」

「待てレイシア殿。逸るのは分かるがまだ解決した訳ではないのだぞ。そういうのは済んでからだ」


 なんてたまには正論を説くヘレン。そうだな、この機会を絶対に逃す訳にはいかない。本当に命が懸かっているからな。


「……」

「どうしたアディ。昨日の件まだ拗ねてるのか? なら謝るよ。今の俺なら、大抵の事が許せそうだ」

 神妙な表情で黙りこくっていた彼女にふと声を掛ける。人前であるので完全に人の姿だ。


「それより気になってのう。あの巫女とやらじゃ。儂、一度お忍びで以前も此処に来た事があるんじゃよ。ちょうどオブシドからぬしらの大陸を渡る以前の時じゃがのう……ほんの10年前だったんじゃが、もう入れ替わっておるとは」

「言ってたろ。巫女さんも俺と同じ呪いで短命なんだろう。……そういや俺は十字架持ってて呪いの侵食を抑えてようやく数年なのに、こっちはそれ無しでも良く保つな。やっぱり施され方とか違うのかな」

「重要なのはそこじゃなくてのう」


 アルマンディーダはゆっくりと村の人間に聞かれないように小声で俺に語り掛けた。

「あの巫女の目、凄まじく濁っておった。ロギアナ以上よ。あの幼さでようあんな光の無い瞳になるのか見当もつかん。相当な地獄の経験をして、それでもああはなるまいて」

 現実に絶望しきった瞳だ。そう竜姫は締めくくる。人を見定める力のある彼女がそこまで言うとは。何かあるのだろうか。


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