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俺の贈与、ハチェット

 付与エンチャント雷光剣らいこうけんを施した剣を振るいこちらへ接近するレイシア。殺傷力を極限にまで特化した刃は、並大抵の鎧を容易く引き裂く。今の彼女の技量ならば、恐らく鉄の様な鱗を持つ竜人にすら届きうる。

「おおおおおおおおおォ!」

「乱心か……!」

「おいオブシド」

「分かっております姫様。殺しませぬ、手荒くなるやもしれませぬが」


 オブシドは当てられた殺意にも動じることなく、己に対して襲って来る人間の聖騎士に受けて立つつもりだ。

 その前に俺が走る。パルダも追走した。

 俺は踊り掛かった彼女の全身をがっしりと抑え込もうとする。動きを制約する着物姿とは思えぬ挙動で、パルダは彼女の手元の剣を掴んだ。


「離せェ! グレン! 離せぇえええ!」

「落ち着いてくださいレイシア様。どうなさったのでございますか!?」

「レイシア違う! アイツは違うんだ! 多分違う!」


 俺の必死の呼び掛けを耳にしてか、荒い呼気を続けながら茫然ぼうぜんと俺の顔を見た。

「…………違、う……?」

「よく見ろ! 確かに似てるかもしれないが、アイツの角は折れちゃいない! あのドラゴン(竜人)を見たのは数年前の筈だっ。そんな簡単に角が治るかよ!」


 促され、のろのろと視線を動かすレイシア。事態を呑み込めずに竜姫アルマンディーダを守りながら、こちらを伺うオブシドの頭部の角には傷一つない。


「なぁアンタ。これまでルメイド大陸を渡った事あるか?」

「……ございませぬ。産まれて数百年、私は王の御前を守る事にのみ生きておりました故に」

「こやつの言葉は本当じゃぞ。だから儂が大陸を渡っているのにも関わらず、出張ってこんかったんじゃ」


 剣を包んでいた稲妻が消え、彼女は脱力して地面に膝をついた。他の竜兵達が集まって来る。

「やめよ。手違いじゃ。どういう事じゃグレン。どうしてこやつはこうも……説明せい」

 もっともな疑問をアディから投げかけられ、俺は未だトラウマから解脱出来ずにいる彼女の代わりに話すことにした。此処までの騒ぎになっては、俺の口から話す訳には……などとは言っていられない。



「街にドラゴンが攻め行った事件か。儂の耳にも入っておった。しかし角の名残のある竜--すなわち竜人であったとは」

 宿内に戻って話す場を設けた俺達は、アディに彼女の過去の悲劇を代わりに語る。席に座り、深々と頭を下げるレイシア。

「……申し訳ない。つい、私は、あの仇敵と遭遇してしまったと……」

「致し方ありません。その様な出来事があるなら、責めませぬ。もし本当に我等の同胞であったのなら、こちらこそ詫びねばなりません」


 レイシアとオブシドの確執は常温に置いた氷の様に溶けて行った。だが彼女はまだ、過去のくびきを乗り越える事が出来ていない。ゴブリンの俺に、馬竜、そして竜人と徐々に見境の無い憎悪は無くなって来ているが、根本的な部分は解決できていない様だ。

 だからこそ俺も問わねばならない。仲間同士でわだかまりを産む可能性を摘む為に。


「また質問いいか? 単刀直入に答えて欲しい。レイシアの街を襲ったアンタに瓜二つの角折れの黒い竜人、心当たりはないか?」

「…………」

 オブシドは何かを躊躇う様に頭を垂れた。肯定と受け取って良いに違いない。


「こやつには弟がおった。フェーリュシオルという黒い竜人がのう」

 アディが代わりに答える。もしかしたらタブーの話か?

「百年も昔の話です。とうに勘当したゆえ、あやつとはもう他人です」

「フェーリュシオルは黒の一族の中でもとびきりの実力を持っておった。当時のオブシドと同様に王を守る盾に相応しき逸材と周囲に期待されてたぞい。あんなことさえ、無ければのう」

「あんなこと?」


 懐かしむ様に、だが名残惜しそうに竜姫の美女は語る。

「大罪を犯し、角折りの刑を施して放逐された。二度と王の元へは足を踏み入るなと言い加えてな。それからあやつがどうしておるかは分からぬがのう。生きているならば、あやつの仕業やもしれん」

「追い出されたって何を、したんだ」

「食ったんじゃよ、人を」


 部屋の空気が凍りついた。レイシアの顔が緊張を帯びる。当事者の一人だ。

「儂らにとって人間を食うのはご法度じゃ。同じ知能を持ち、同じ心を持ち、交流の出来る者を普通は餌とは考えんよ。しかし、あやつは人の中の魔力に目を付けおった。己の力を高みへと伸ばす糧としてな」

「畜生になった我が弟は竜人にあらず。角が治ろうとも、もう二度と我等の国に敷居をまたがせるつもりは無かった。しかしその結果、他の大陸を渡り、無辜むこの人々を犠牲にしているとは……やはり私の責任だ。あの時、殺しておくべきだった」

 獣にも似た声が喉奥で唸る。それから、くっころ騎士の前で再び頭を深々と下げた。


「オブシド殿、今回は私が取り乱しただけだ。貴方が無関係である事が分かれば、それで良い」

 先程の絶叫で喉の枯れたレイシアだが、彼を責めるつもりは無いらしい。己をかえりみて、次に生かそうという姿勢があるのは良い傾向だろう。

 問題は、彼女がもし本当に悲劇の張本人と対面した時、完全に復讐心に囚われて身を亡ぼすやもしれないという事。岩竜の時と同じ目に遭わないか気がかりだ。


「おおーい! 何なのだー!? 外に竜人がとてつもなくわらわらとー!? ぬああああ! 此処にもおおお!」

 ドタバタと帰って来たヘレンが袋を担ぎながら宿に上がり込んで来た。席に鎮座するオブシドの姿を目にしてさらに騒ぎ立てる。

「うるせぇぞヘレン、こちらはアディの使いだ。これ以上粗相をすれば噛み付かれるぞ」

「なさりませんぞ。グレン殿のお仲間にならばその様な真似はけして致しませぬ。御仁、私はオブシドと申します」

「そ、そうか。それなら良かった。……アディ? はて、それは一体誰のことなのだ?」


 買い物の荷物を降ろして聞きなれぬ呼び名に彼は首を傾げる。その怪訝な反応を待っていたとばかりに、愛称の張本人が名乗り出た。

「儂じゃよ儂。アルマンディーダことアディと呼んどくれ。グレンから貰った愛称じゃ」

「ははーん。ゴブリン、お前も隅に置けぬなぁ。親密度を上げる為にニックネームをつけるとは」

「御本人の要望だっつの。で、お前は何を買ってきたんだ?」


 ヘレンは鼻高々に小包を開け、先程までの事情を知らずにレイシアへと何かを渡す。

「のうヘレン、それは?」

「俺もアディ殿、と呼ばせていただこう。貴殿達女性陣への心ばかりの贈り物を用意した。まずレイシア殿に」


 分厚い本。図録らしい。鼻高々に値が張った事を自慢しながらヘレンはタイトルを謳った。

「実録! 危険な魔物図鑑・ドラゴン編! 特集は伝説の人食い黒竜--」

「……ひ、人、食い…………こ、黒竜…………!」

「いろんな意味で空気読めテメー!」


 またや本を手にわななき始めるレイシア。俺も思わずこのバカ野郎の頭部に拳を入れた。

 しかし何だこの誰得な毒キノコ図鑑みたいなのは。


「痛いではないかー!? 何をするのだ貴様ぁ! せっかくこのドラゴンが蔓延する大地で実用性のありそうな物を選んだというのに殴られねばならぬ!?」

「お前アレだろっ。ワザとやってんだろ! こんなピンポイントな内容の本をこんなタイミングでよりにもよってレイシアに授けるなんて確信犯だろコラ!」

「これあやつの全身模写にしてはちょっと背が低くはないか?」

「人の技術による記憶を頼りにした絵でございますから仕方ありませんな。とはいえ、やはり翼の形状が、こう……」


 俺とヘレンの喧騒をよそに、図鑑の絵を覗き込む竜人二人が、身内の実物との違いを列挙して評論している。呑気な。

 そして当のレイシアに至っては、不意に微かながらクスリと吹き出した。

「……どうも皆に気遣われていて面目ない。ヘレン殿もありがとう。実戦で役立てられる様に私の性分を理解した上でこの図鑑を選んでくれたのだろう? 前回、ワームの討ち漏らしをしたのも私だからな」

「おお! 分かってくれたか!? 俺の思いやり!」

 嘘こけ。そこまで考えてやってねぇだろ。


「のうヘレン。儂、儂にもなんかあるんかえ?」

「うむ、アディ殿は酒をよく飲んでおられるようだから、女性人気があるという高そうな物を選んでみたぞ」

「それはええのう。して、何の酒を買ってきたんじゃ?」

「どぶろく、という物であるぞ。美容に良いそうだ。俺も初めて見る物なのだが如何かな?」

「……濁り酒……さ、サンキューのう」


 大福の時と言いこちらの大陸では米の類が作られている様で、米を発酵させた酒の入った瓶がアディに行き渡る。本人的にはほんの少し微妙な反応だ。チョイスがズレてるんじゃないか?

「パルダ殿はお近づきのしるしに蜻蛉とんぼ玉を。どういう物を好まれるか悩んだ上で『ぎやまん』とやらで作られたこれを」

「あ、ありがとうございまする。私などにまで」

「いやいや、パルダ殿も女性である以上、除け者にしてはならぬからな。ロギアナ殿にも帰ってきたら同じ物を用意した」


 受け取ったパルダにギロリと目を運ぶオブシドであったが、さすがにこの場では何も言ってこなかった。女性に贈与しているのを眺めていたアレイクが思わず口を開く。

「あ、あの、僕には……」

「何を言っておるのだ? 男ならばあるわけなかろう」

「……そう、ですよね」

「クライトには何かあんのか」

「ゴブリンまでおかしなことを。あやつは弟だぞ?」

「あ、そう」

 あくまでクライトは男扱いか。それに兄弟だしな。


「だが、ゴブリン、貴様には実は用意して……おい、なんだその顔は」

「男の俺に……お前ホモかよ」

「ホモとは何だ? まあいい。これだ」


 一番大きな布包みから顔を出したのは、贈り物としては少々物騒な道具であった。四角板の真っ黒な鉄の塊。内側には刃がある。

「ハチェット、という手斧の一種だ。ドラヘル大陸は先ほどの『ぎやまん』といい、炉による産業が多いようだな。武器の種類も我等が訪れて来た街以上にあってな、素手の貴様にもこしらえてやった。ここで開閉が出来る。」

 指示通りに開くと、片手で持てる長さの斧に変形した。後ろ腰にひっかけられるホルダー付きの可変式ハンドアクス。

 

「まぁ確かに、必要な時と素手で戦う時に合わせるのに小型の武器は良いかもしれんが、何で斧?」

「ゴブリンと言えば斧で戦うであろう? それに斧は良いぞ、俺はきこりの出だから分かるが生活に関わる物で訓練など必要なく高い攻撃力を誇る優秀な道具だ。鎧相手には効果が薄いが、貴様は例の拳があろう? 使い分けが出来る貴様なればとコレを選定した」

「そりゃどうも。とりわけ俺には値の張るもんを寄越すなんてどういう風の吹き回しなんだか」

「弟が世話になったからな。俺は恩を忘れない男だ」


 斧なんて自作した石器の斧以来だな。しかも今度のは携帯性がある。スクロールでどんなものか見てみた。


 鉄のハチェット 攻撃力+42 効果 なし


 まずまずの性能。素直に受け取っておくとしよう。どうやら俺は剣はあんまり向いてないみたいだしな。

 そんなこんなでヘレンによるプレゼント会が終了した。そして、明日俺達は今度こそ目的地への出発する事となる。

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