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俺の命名、竜姫の満悦

 ベナトの街でもう少しだけの滞在を決めた。これまでの旅で、俺達は大人数で長らく寝食を共有していた分、ストレスなり鬱憤なりが溜まりに溜まっている気がした為の措置である。

 あの銀髪の少女の爆発も、それを考えてみれば当然だ。だからガス抜きに、皆に自由時間を設ける事にしたのだ。


 レイシアとアレイクの騎士勢はこの旅の同行を許された目的でもある、別大陸でのエルマレフ信仰の布教をしに街へ回っている。竜姫アルマンディーダという立場が認可している以上、竜人からは何も言われないだろう。

 クライトは旅先で射って戻ってこなくなった矢の補給を主に買い出しへ行き、ロギアナも行く先を告げずに出掛けて行った。


 宿に残ったのはアルマンディーダとその御付きのパルダ。そして俺とヘレンである。俺は大した用事もないので鍛錬を続ける。ついでに牙駒棋がりゅうぎの勉強。リベンジを模索中だ。

 竜人のお姫様はというと真昼間からまた酒をあおっていた。どうやら待ち人がこの街にやって来るそうだが、大丈夫だろうか。パルダはもちろん、色々な世話に奔走している。


 そしてヘレンといえばうんうんと悩み、一階でうろうろしていた。

「むー」

「…………」

「むむむー」

「……あのさぁ」


 アルマンディーダが街から取り寄せた(厳密にいえばこの街を管理している竜人ジェイドに使い走らせた)教本を玄関口で読んでいるので、嫌でも目に入る。自分の部屋に戻ろうかと思ったが、店にも迷惑になりそうなので一言申す事とした。


「何を昼間から悩んでますよオーラを振りまいてんだよ鬱陶しい。暇なら街でも見て回れよ」

 ちなみにベナトの街並は赤い瓦のある屋根の建物が連なり、和の匂いをところどころに匂わせる。窓ガラスも多い。レイシアやクライトからすれば、相当物珍しい景色の筈だ。この男にとっても。


「むっゴブリン! いたのか」

「ずっといたわ、お前が玄関に来てウロウロし始める前からな。何だよ白々しい。用があるならハッキリ言え」

「……ううむ。そこまで見抜いたうえで何故すぐに声を掛けなかったのだ」


 めんどくさいからに決まってんだろ。しびれを切らすのを待ってた癖に。


「まぁ良い。ゴブリン、貴様を見込んで頼みがあるのだが……よし、よし、いないな」

 あたりをキョロキョロと目配りしながら、俺の耳元で小声で囁きかける。


「実はだな、我等の報酬を一部でも構わないから前金として渡してもらえないだろうか」

「何だ? まさか今の内にトンズラこくから少しでも金を足して置く算段か?」

「そんな訳ないであろう! 俺は未来の英雄ヘレン! そんな汚名を被る真似をする訳なかろう!」

「おーい声デケーぞ。内緒話じゃなかったの」


 その線はまず無いから冗談で言ったんだけどな。船は修理中。今逃げ出そうにもルメイド大陸には引き返せない。タイミングからしていくらコイツでもそんな愚行は犯すまい。

 それに、アルマンディーダの言葉に乗っかるつもりは無いが、ヘレンは裏切る様な真似を何においても嫌うだろう。そこは何となく分かる。


「じゃあ何の為に金がいるんだ? 必需品買うくらいの持ち合わせならあるだろ」

「いや、そうではない。俺は周囲に気配りが出来る男でな、重要な所に気付いたのだ。ふっふっふっ。ゴブリン、貴様などでは到底至らない境地だぞ」

「へぇへぇそりゃどういう事ですか英雄殿」

「貴様も仮にも男であろう。冒険者と言えど、我等男という生き物には女性への気遣いが必要になるのだ。すなわち、プレゼントといったアプローチで精神的均衡を保つ通過儀礼と言っても過言ではないぞ。ついでにどうだゴブリン? パルダ殿も女性と分かった事だし分担して--」


 とりあえず、金貨の入った小袋を投げつけて追い出した。確かに奴の取り分の使い道は自由だし、そんなんだから金が無くなるんだよとは言わない。遅かれ早かれ渡す物だったから、そんなしょうもない下心で俺にお駄賃ねだるなよとも言わない。とにかく鬱陶しい。


そうして読書を再開していると、二階からアルマンディーダとパルダが降りて来た。

「そろそろ頃合いじゃろうな」

「言っていた待ち人が来てるのか? にしちゃあ街から誰も入って来てないぜ?」

空け広げの玄関口から外を見ても、特に人がこっちにやって来る気配は無い。俺の五感では捉えられない物を察知して降りて来てるんだろうけど。


「入って来るというより、降りてくるんじゃよ」

「降りてって、何処から?」


 外に出た彼女が指を上空に立てた。俺もつられて屋外に出て青空を仰ぐ。遠くから複数の黒点が俺の目からでも見える。最初は鳥か何かだと思った。

 徐々に黒い影が大きくなった。翼はあるが、鳥ではない。ハッキリとしたシルエットは手足と翼を併せ持っている。


 こちらへ一直線にやって来る影達は、音もなく地面に足を降ろし、アルマンディーダの元へと降り立つ。

 鱗に包まれた亜人--竜人の群れが一斉に竜姫の前で片膝を突き忠誠を示した。

「お迎えに上がりました、アルマンディーダ様」

「よりにもよっておぬしが直々に来るとはのう、オブシド。てっきりトパズあたりが来ると思っておったんじゃが」


 一体だけ、目を引く程に全身に漆黒の竜鱗を覆ったリーダー格と思わしき竜人が進み出る。低く、太い声でアルマンディーダに諫言かんげんする。

「私は貴女様を連れ戻しに参った次第です。彼女では言いくるめられてしまうでしょう。それに翼のある私の方が早いゆえ」

「ほう、おぬしならば言いくるめられることは無いと? 大した自信だのう」

「私は王の意思を映す鏡です。王の望みを捻じ曲げる真似は出来ませぬ」


 と、竜人間でのやり取りに俺は置いてきぼりにされた。こっちの傍らでパルダが居心地が悪そうにしている。見計らう様に、オブシドと呼ばれた黒竜の亜人は黄色い瞳でじろりと睨む。俺というよりパルダに対してだ。

「……あやつの様に、私は軟弱ではありませんぞ。そうであろパルダァ!」

「ひゃ、ひゃい!」

 割れ鐘の様な竜の怒号に空気がぴりぴりと震えた。俺まで、身が竦みそうだ。

「この数年音沙汰なく何をしていた! 王の付き人とあろう者が竜姫様の所在を隠匿するとは何事か!」

「も、申し訳ございませぬ申し訳ございませぬっ」


 烈火の叱責しっせきを受け、パルダは細い体で恐縮した様子でぺこぺこ頭を下げた。

「まぁそうパルダを責めるな。儂には逆らえぬのじゃから」

「そうであっても立ち回るのが分相応という物、こやつを甘えさせてはなりません」

「相も変わらず身内に厳しいのー」


 叱責の元凶アルマンディーダは唇を尖らせ、オブシドは溜息を吐いた。

「話は後に致しましょう。戻りますぞアルマンディーダ様」

「嫌じゃ断る」

「我が儘を申されないで下さい。王が……貴女の父上がお待ちですぞ」

「確かに父上は呼び戻しに参れとは言ったのじゃろうが、無理矢理連れ戻せと言っておったか? その返答に対して、儂はノーと言っておる」

「そんな屁理屈を……私も貴女様をお連れせねば帰れぬのです」


 つーんと顔をそらしている彼女にオブシドは困り果てている。このやり取りは恐らく以前から幾度となく繰り返されていそうだ。


「儂にはのう、こやつらを目的地へと導く役目があるんじゃ。竜人の王族ともあろう者がその約束を反故にしては面子が立たぬ。代替の者を寄越すのも同じよ」

「つまり、こちらの御仁は」

 黒竜は俺の方に意識を向ける。思わず俺も蛇に睨まれた蛙みたいに硬直する。


「儂の連れじゃよ。向こうの大陸の出身でのう、此処まで契約しつつ護衛を頼んでおった」

「そうでしたか。……確かにパルダだけでは心許ない。申し遅れました」

 俺のところに竜人はやって来る。良いよ来なくて、おっかねーから。


「私はペイローン王に代々仕える黒の一族の出、名をオブシデアドゥーガという者です。そこの白の一族のパルダと対を為しております。ゴブリンの御仁、お見知り置きを」

「あ、ああ、ハイ」

 俺に対して恭しく彼は頭を下げた。


「呼びにくいじゃろ? こやつの名は。だから人間界の愛称に習いオブシドと呼んでおる」

「貴殿も御自由にお呼びください。この御方の護衛を賜って頂いた事、代わって感謝を念に堪えませぬ」

 オブシドの物腰は柔らかい。俺とパルダとの扱いの差は天と地ほどにかけ離れている。

「俺はグレン・グレムリン。色々あってアルマンディーダ、様と同伴してこのドラヘル大陸にやって来たんだが……」

「おいおぬし、様はよせと言っておろうに」

「だって、ねぇ」


 と竜の頭のオブシドを一瞥する。無礼な! みたいに怒り出すかも分からないので判断に困る。下手な真似したらその顎で噛み付かれそうだ。

「他ならぬ儂が許す。好きに呼び、好きな態度で構わぬよ。オブシドの様に儂をニックネームで呼んでもええぞ? アルマンディーダというのも呼びにくかろう。儂もそれでこやつに愛称を付けたんでのう。というか何か考えてくれ」


 そんな無茶ぶりな。ニックネームの命名を要求されるなんて。しかも王族のお姫様に。

「グレン殿、私からは何もお咎めは致しませぬ。貴殿が普段振る舞っている通りにしてくだされ」

「じゃあ参考にする程度にしてくれよ」

 まぁ確かに、リューヒィと呼んでた頃と違い、今の彼女を呼ぶ時皆は少し余所余所しくてどこかぎこちなかったしな。でも、愛称かぁ。

 

「……アルマンディーダ、アルマンディーダ……アルマ……うーんディーダ? アルマンディー……アルディーダ…………アディ」

 ぴくりと、竜姫アルマンディーダは反応した。最後のつぶやきに何か思う所があったのか。

「アディ。うむ、アディか。それは呼びやすいのう! そうじゃろ? オブシド」

「竜姫様にお任せいたします」

「グレン、ではそれで()こうか採用。儂をこれから親しみを込めてアディと呼ぶのじゃぞ? 皆にもその方が親近感が湧きそうだからの」

「お、おう」


 自ら愛称を求めたアディはご満悦気味に自分の呼び名を反芻させている。何か気に入ったらしい。

 するとオブシドは何かを嗅ぎ付けた様にドラゴンの顎を上げた。


「来訪者の様ですな。グレン殿、甲冑の具足が歩く音がこっちにやって来ております。歩幅からして人間の騎士……貴殿のお知合いですかな」

「ああ、それは多分俺達の仲間だ。オブシドにも紹介……」


 俺は口を止めた。何かを忘れてる気がする。大事な事がある様な……竜人……騎士……そして……

「おーいグレンさーん、何してるんですかー? こっちはダメですー。エルマレフ信仰はどうもこちらではピンと来ないみたいでして……ってあれ? また竜人さんが増えてますねレイシア隊長。黒い鱗でカッコいい……レイシア隊長?」

 アレイクが大手を振ってこっちを呼びながら戻って来る。その傍らで、聖騎士の足が歩みを止める。


 金髪碧眼の少女は、獣であれば全身の毛を逆立てていそうな程に殺気立つ。端麗な顔が引きつり、目を見開いて細剣を抜いた。

「……ああァ」

「ど、どうしたのじゃレイシア」


 アディの言葉も耳に入っていない。意識はただ、黒い竜人であるオブシドに向けられていた。

 突如として臨戦態勢を取ったレイシアに、一同は戸惑う。俺はようやく思い出す。


 かつて、タナトスのヴァジャハが襲来した時、彼女は奴に精神的な攻撃を受けた。彼女のトラウマを周囲にも見せつけ、精神をボロボロにしようとしたのだ。

 その光景を俺は見ている。彼女の記憶にあった、屋敷を襲う竜の化け物の姿を。


 アレは確か、黒い竜鱗を身に纏っていた。アレは確か、片折れの兜の角を冠していた。

 オブシドの頭部にも、兜状の立派な角が生えている。完全な竜の姿ではないが、俺が見た記憶と酷似していた。

「ああああァ、貴様ァ……! 貴様ああ! ああああああああああああああああああああァッ!」

 失念していた。彼女の家族のかたきであるという可能性を。


 刀身に雷光が伝った。聖騎士はかつての忌むべき過去の虚像と竜人の彼を重ね、怒りを奮い立たせて飛び出した。

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