俺の口論、疑惑と信用の板挟み
お開きとなり、皆がそれぞれの用意された個部屋に戻っていく。
だか食事部屋には俺とロギアナが残った。片付けていたパルダは場の空気を察してか、手早く仕事を終えると姿を消した。
「アンタが言いたいことは分かってる。あの二人の正体について私が何も言わなかった事。そうでしょ?」
「お前には鑑定眼て能力がある筈だったよな。種族や能力を一見しただけで見抜く力が。姿形を偽ったくらいじゃ、誤魔化せないんだろ。あの船での話の時、何で不安要素を話さなかった?」
そうだロギアナはそれで俺という存在への不審を抱き、接触してきた。他にも要素はあるだろうが、何より鑑定眼があるからこそ転生者という疑惑に漕ぎ着けた。
「……あのね、鑑定眼て常に発動してるもんじゃないの。スイッチのオンオフみたいに、確認の意思を以て初めて識別が出来るのよ。ノーマークだった相手の正体に気付かなかっただけなのに、そんな言いぐさは無いんじゃあ無いの?」
「嘘だな」
俺はその言い分を斬って捨てた。紫水晶の瞳が揺れるのが伺える。すぐさま平静を取り戻し、彼女は両腕を平たい胸の前に組む。精神的自衛の仕草だ。
「相手の素性が看破出来るそんな便利な力を持ってて、同業者や依頼に関わる相手を確認しないなんて線は無いな。ましてやパルダなんか怪しいにも程があった。鑑定眼を使わない程、お前は無防備じゃない」
「随分知った口を聞くのね」
「常に誰かに不利益を被られない様に目を光らせてる。俺と同じタイプだから分かるよ。でもだからこそ解せねぇ」
畳み掛けながら俺は主観ながらに違和感を述べる。
「パルダやリューヒィ--いやアルマンディーダだったな。二人の竜人って情報は知ってしまえば言い方は悪いが、警戒要素だった。なんせ俺達からすれば未知の亜人で、更にお前からすれば旅するまでは初対面の相手でどんな人物かも分からない相手だ。転生者同士の話の中でそれくらいの情報提示してくれても良かったんじゃないか? 俺達に隠す理由が、あったのか?」
「だから、私が既にあの二人が竜人だと知ってるなんて前提で……」
「ロギアナ」
俺が向こうの目を直視すると、ロギアナは弁解を止めた。
「……そう。知ってたわよしっかりと。一目見た時から鑑定眼でしっかり確認してて目を疑ったわ。普段の様子を観察しててもとても竜人とは思えなかった」
「だったら何で」
「アンタ鑑定眼がただの便利な能力扱い出来るからそういう事言えんのよ!」
声を荒らげ、椅子から立ち上がる。初めて見せる激情。
「知り過ぎて良い事なんて無いの! 出来るからって何でも遠慮なしに人の秘密を引っ掻き回して良いって事にはならないでしょっ!? アンタはもし自分に心が読める力があったら触れられたくない人の秘部を聞き出すの!? 暴いた秘密をベラベラ話すほど私は心無い人間にはなれない! そうかアンタはゴブリンになったから非情なのかしらね!?」
「そういう話をしてんじゃねぇ。俺が言いたいのは」
「何が言いたいのよ!? 私は自分の役割以外利用される気なんて更々ないんだから! 欺かれるくらいならこっちが欺いてやる!」
「だから落ち着け、お前だって口論がしたい訳じゃないだろ」
「そうなるのはアンタのせいじゃない!」
宥めようにもロギアナの息は荒い。向こうに反芻出来るように言葉を選ぶ必要がある。
無意識に出たであろう言葉から、彼女の背景が微かながらに見えた気がした。
秘密の暴露、裏切り、利用、欺瞞。生前の彼女が自殺を選んだ道との関わりを匂わせる。
「ロギアナ、お前が俺達をどんな風に思っているかはこの際構わない。ただ、この世界じゃ冒険者は横の繋がりの細さは命取りなんだ。前世の人間関係とは違い、裏切られてあーあショックだったなぁで済むとは限らないからな」
「だから、何……!」
「レイシアともやり取りしたが不審なしこりのある問題に気付いたのなら話すに越したことはない。でないといざって時、お前が俺達を騙したのか? って周囲に思われる。とはいえ、本当に話さなくて良いのかしっかり吟味した上で沈黙するならして良い。そうでないのならただの怠慢になる」
「お説教なら結構よっ」
怒り肩に壁に立て掛けていた杖を取り、ロギアナは足早に去ろうとする。俺は最後に言い加えた。
「これだけは肝に銘じておけ。自分を追い詰めて良いことなんて無いし、俺達はお前を信頼しようとしてるだけだ。今回は俺の内で消化出来たから良いけど、今後はこんな不和を招かない様にして貰わないと困るぞ」
「……フン」
一度だけ足を止め、ロギアナは後ろを向いたまま言った。
「あの二人が竜人だと言うのは知っていた。でも悪い連中だとは思えなかったし、無理に隠し事を啄む真似はよそうと独断で黙ったわ。でも身元までは鑑定眼じゃ分からない。今回の一件でアルマンディーダが王女だって初めて知ったのは本当よ」
「そうか。そうやって話す努力を今後もしてくれればそれで良い」
そして部屋に戻っていく。彼女にも整理の時間が必要だろう。
俺も深く息を吐いた。問題児として扱って良いのか分からない所が些か困り者だ。能力は優秀と思って雇い入れたが、メンタルにやや難あり。それは何より団結力に支障をきたす。いずれそこを改善させないと。
若干問い詰めただけで癇癪を起こした所を見る限り、転生者とはいえ彼女もまだ心が未熟だ。俺よりも年齢を食ってる筈なんだが。
アレイクやロギアナと接していて感じたのは、子供が赤ん坊にまで戻ったからと言って子供の内から歳を経た分大人になれるという訳ではなかったという事だ。だが子供達の中では若干大人びてるぐらいで、その範疇を出る訳ではない。精神の成熟とは社会を経験し、人と関わることで学んでいく物であり、逆にレイシアの様に若くして社会を学んでいる方が身体の年齢よりも成長するのだろう。
少し物思いに耽っていた所、見計らった様にパルダが現れた。俺の心証として暗殺者の黒装束だった彼女に白桃髪とアオザイ似の着物姿にはまだ慣れない。
「よろしければ、落ち着かせるのにお茶は如何でございますか?」
「そうだなぁ、うんと熱く頼む」
承ったパルダは、部屋の端で常に熱せられていた鉄瓶の中の白湯を急須に流した。煙をくゆらせて湯呑みに緑色の鮮やかな茶が注がれる。
「火傷にお気をつけてください」
「うん」
三杯目だった。口に付けながら灼熱の液体をゆっくりと啜る。味どころではない熱さの中でも、ほんのりとした香りが鼻に届く。一口飲んで温まった呼気を吐くと、胸の奥も少しほっとした。あ、でも言ってるそばから舌が痛い気がする。
「グレン様、あの時は、ありがとうございました」
「あの時?」
「私が朝食の御支度を陰ながらに行っていた所を鉢合わせになった時、貴方様はこちらの事情を慮ってその場を去り、さらには他の方に追求されても黙秘して頂きましたね」
「ああ、アレね。いやいやそんな大袈裟な」
「ご謙遜なさらないでください。ゴブリンという種族とは思えぬ程、貴方様は聡明で他者への配慮が行き届き、何より相手の身の上を考えた上での対応が出来る優れた御仁であると私は存じております。これまで、幾度も御側におりながらお礼を申し上げられなかった非礼、お詫び申し上げまする」
「まぁ、盛り過ぎだけど、うん」
深々と、頭を下げる。律儀であり、難儀だ。これまで沈黙を貫いていたのは主君の命令によるものだっただろうに。パルダに非は無い。俺がたまたま場が悪い時に行っただけの話だ。
「それと、主からグレン様にお伝えする様に御達しがございます。もしよろしければ今晩も『指さないか?』と」
パルダに案内され、二階のアルマンディーダの部屋の前までやって来た。
「竜姫様。パルダでございまする。グレン様をお連れしました」
「む、来おったか。入れ入れ」
扉の向こうから二つ返事で許可が降りる。侍女に先導され、俺は部屋に招かれた。
「待っとったぞいグレン。儂にとっては旅路のささやかな楽しみなんでのう」
天蓋付きのベッドに腰かけていた艶やかな女性は、竜翼と角のある姿で俺を迎えた。別のお誘いに勘違いしそうだ。だが、俺は自分を鑑みてその線は無いなとすぐに打ち切る。背後には凄腕のパルダが控えてる事だし。
「では牙駒棋の時間じゃな」
「仰せの通りにお姫様」
「なんじゃい、秘匿にしておった皮肉かえ?」
「いえいえ滅相もねぇですよ。ただ、これまでみたいな接し方じゃあいけないと思って絶賛検討中でね」
「だーから言っておるじゃろうに。普段通りにしとくれ」
背後で紅の尾がゆるりと振るわれるのを横目に俺は頬を掻く。
「普段通り、ねぇ」
「気になるかのう? 儂の竜人としての姿は。嫌ならば引っ込められるが」
「そっちこそ好きにしてくれ。どっちでも良いよ」
「うむ。ならこのままにさせてもらうぞい」
満足気に頷きながら、アルマンディーダは盤上に駒を並べ始めた。俺も自分の陣営に駒を置く。配置はもう覚えた。
「ではこれまでの様に先手は譲ろうか」
「お言葉に甘えて」
それからの会話は一手一手毎に交わされる。
「竜のお姫様のお散歩にしては、こっちの大地までだとかなり遠出だったんじゃあないか?」
「言うな。どの身分であれどういった者であれ、往々にして事情という物があろう。--弓兵を歩兵の盾にするとは破天荒じゃのう」
「事情か。でも、伝えないといつまで経っても理解できないと思うんだが」
「やり方という物もある。おぬしも手探りの様相が否めなかったな。信頼の為に越えてはならぬ一線を踏み越えてまで把握するのは悪手じゃよ。あの魔導士の言葉にも一理あるぞい」
打つ手を思わず止めた。
「お前、聞いてたのか」
「竜人の聴力からすれば、この部屋からぬしらが話しておった部屋までの壁など、障子越しに聞き耳を立てるのとおんなじじゃ。そういう話は地下でやるべきじゃったのう」
苦々しい表情を上手く隠せなかった。陰口と捉えられても弁解の余地の無い部分まで聞き取られていたに違いない。
「そんな顔をするでない。儂らは今回おぬしらを騙した形になるから仕方なかろうよ。今のおぬしは色々と聞きたくもあり、糾弾したくもあると見受けられる。だがすまんがあまり答えられるものは少ない。儂にも整理が必要でな、いずれ話す事は約束しよう」
「それなら良いよ。俺も、やり過ぎたかもしれない。ロギアナを追い詰めたのは、間違いない」
「そうだのう。やはり触れられたくない物や心の奥にしまっておきたい物は付き物じゃ。暴こうというエゴはそやつらとの関係の破綻を生む」
ようやく一手を打てたと思えば、息をするようにアルマンディーダの駒は既に動いていた。早すぎて考える暇もない。
「思っているほど、上手くいかないもんだ」
「そうじゃろうそうじゃろう。理想的であれば全てが滞り無く円滑である訳ではあるまい。今回も互いを知り尽くしているのと互いを理解し合うのは別だからのう。知り過ぎて良い事なぞ無いとはおぬしも重々承知の筈。見極める事が大事じゃ」
「そうかー、駄目だなー最近の俺。しっかりとやらないといけないのに」
試行錯誤で駒を動かす。追い詰められているのは目に見えて分かる。だが打開策が分からない。今の俺と同じ状況だ。
「ん……? ほほう。しかし良い傾向だと思うぞい」
「何で?」
「それはおぬし一人で全てがどうにでもなってはいかんからじゃ。せっかくの仲間がおろうに。おぬしはこれまで、己だけでも此処まで来れたと思っておるのかえ?」
俺の駒を見てこれは良い手じゃ、と言われるが実感が無い。御世辞か?
「聞いた話によれば、確かにこれまでグレンは自ら一人の力で生きて来れたのじゃろう。しかし、この旅ではその見るべき視野が増えた。最初から上手くいかないのは当然じゃろうて。じゃがおぬしには今、仲間がおる。そやつらに至らぬ部分を任せても構わないのではないかえ?」
「仲間、ねぇ」
「保証しよう。おぬしの集めた者達は裏切らぬ。信頼しても構わぬ。良い目の輝きをしておるからな。それぞれが理知や道徳に光る瞳じゃ。一人は難があるようじゃが、悪い者では無い」
居ずまいを正して浅く息を吐き、真正面からアルマンディーダは俺に諭した。体感以上に時間が経過している。
「グレン、おぬしもじゃ。儂はおぬしの瞳の奥にも光が瞬いておるのが見えたぞ。今回の失敗じゃが、それは信頼を望んだ裏返しじゃよ。信じる事は疑う事でもある。そやつの確証を求めて真か偽かを疑い、信じた上でそれでも尚確認をするのも必要な事だからのう。手探りでもええ。おぬしは学んでる途中じゃからな」
王手を受けながら、彼女の言葉を俺はゆっくり吸収する。発展途上か。それなら、完璧には出来なくても仕方ないのか。
「牙駒棋も、だな。もう一局だ」
「よかろう。その調子でじゃんじゃん学び、励んどくれ」
何だか上手く言いくるめられた気もしながら、今夜の対局も幾つか嗜む。




