俺の乱戦、仲間の活躍
「尖翔!」
俺の頭上を一本の矢が通り抜けた。風を斬り、飛び出したワームを狙う。
しかしワームは巨体に似合わぬ挙動で身をそらし、紙一重で矢を避けた。
が、飛んで行った矢が軌道を曲げ、弧を描き、戻って来た。芋虫状の背に矢じりが鈍い音を立てて刺さる。甲殻を突き破った。ツチノコもどきのドラゴンが苦痛に吠え、怯んだ。
「グレン殿、今のうちに体勢を!」
後方で馬竜の上から次の矢をつがえて警戒するクライトが言った。あの矢の不自然な挙動も、アイツの闘技によるものか。
「何をやっている馬鹿者! 策があると思って突っ込んでいたかと思えば、早速ピンチになる奴がいるか!」
もう一頭のワームと相対しているレイシアが、俺の無様な様子に叱咤する。お前にだけは言われたくねぇ。
身を起こして立ち上がった俺は砂のついた口を拭う。まだ大丈夫、問題なく動ける。
だがどうやら俺は現在レベル不足で、ワームへの有効打が殆ど無い。あるとすれば、紅蓮甲による火力を引き上げた崩拳でようやくダメージがあるかどうか。
試しにレベルとは関係の無い籠手弩を射るが、クライト程の威力は出ない。竜鱗に弾かれる。
肝心のクライトの闘技ですら、ダメージを入れられても決定打になりうるかどうかの次元だ。ドラゴンとはどの種類であれ、相当に脅威になりうる。どうしたものか。
「そこ、邪魔」
言葉の後に後ろから冷気が身体を舐める。馬竜に残ったロギアナが杖を構えて何かを念じている。
「零度の反乱、蠱惑なる透明、滅亡の冬、縁取られた一輪の花」
ワームの再接近、銀髪の魔導師の詠唱途中に彼女を押し潰そうとする。
「あと数秒、早く」
ロギアナは紡ぐ言葉の合間に俺達に足止めを要求した。仕方ない、乗ってやる。
「クライト! 目だ!」
俺の指示にクライトは尖翔を幾つか放った。それぞれが独自に生き物の様に動き、ワームの顔に集中する。
身をよじって抵抗するも軌道を変える飛矢に急所を突かれ、ツチノコもどきは失明の悶絶に攻撃を中断した。ロギアナの詠唱が締め括られる。
「今一度汝の元にて返り咲け」
樫の古木の杖を前に突きだし、彼女はそこに練り込んだ魔力を解放した。次の瞬間、景色の一部が吹雪の世界に移り変わる。
「凍柱氷華葬」
白銀の冷気の雪崩が前方にいる巨大なワームを包み込む。激しく亀裂の走るような音と、怪物の断末魔が真っ白になった行く手から沸き上がる。
やがて露になったそこには、うだるような熱気の中に氷のオブジェが鎮座している。薔薇の様な花弁のある氷の花。それはワームを閉じ込めている。
「念の為トドメ」
「うむ、剛天!」
弦を力強く引いたクライトが放つ矢の一撃は、氷の花へと届きワームの頭蓋を貫通する。やがて花は崩れ、その竜の全貌もシャーベットみたいに粉々になった。
氷の魔法か。相克の五属性と光と闇の相属性が基本であり、本来なら自然界には存在しない属性だ。水と風の複合で産み出したのだろう。
シレーヌも、付与で氷属性を使っていた。属性の複合という点では魔法としても可能であるというのに納得がいく。
兎に角まず一頭。俺は一番近いレイシアの方に応援に行こうとした。彼女も実質一人で、援護はアレイクの下級魔法程度。心許ない。そう思っていたが、
「かくて集え、かくて満ちて、かくて落ちよ怒濤の雷斧」
次いで天から暗雲が立ち込め、雷鳴が大地に響き渡る。レイシアの方の詠唱。細剣に雷火が纏う。俺はこの上級魔法を知っている。
「輝く雷光の刃!」
剣先から迸ったおびただしい電撃は、天の雲にまで届きその下にいるワームを貫いた。質量化した刃となり、竜を標本の虫の様に大地に磔にする。
「柔いな。岩竜の方がもっと手強かったぞ」
蛇の様にのたうつワームの前に出、くっころ騎士は付与として再び剣に帯電させる。
「付与、雷光剣・飛刃」
空を振るうと、雷光剣の軌道から三日月状の斬撃が飛んだ。縫い止めていたワームに届き首をすっぱりとはねる。鈍い音を立てて、ワームの頭部が転がる。
「おいおいおい! まさか付与と闘技を組合わせたのか!? 素手でやるのとは違って、それとんでもなく難易度高いんじゃ無かったのかよ!」
「違う、あくまで付与の応用だ。雷光剣の範囲を伸ばして剣から射出させてるだけに過ぎない。雷属性の鋭化の特性だからあんな切れ味が出せるんだ」
なんて、物の見事に一人で片付けてしまったレイシアは自慢するでもなく、至極当たり前の様にケロリと言って退けた。
以前ならあの魔法で魔力切れを起こしてぐったりとしていたのに、現在の彼女は全く堪えた様子はない。応援は必要無かったらしい。
これであと一頭。最初に遭遇し、追い掛けてきていた後方のワームだけだ。相手をしているのは確か、
「ぬぉおおおおおお! 兜割り! 兜割りィ!」
雄叫びをあげながら剣でワームの頭部へ切り込むヘレン。いや、剣であるのにも関わらず刃物で斬るというより鈍器で叩く様に闘技と思わしき一撃を繰り返す。
「兜割り! 兜割り! 兜割り!」
その単調な攻撃ながら、以外にもワームの巨体が怯み、更に動きが明らかに鈍くなっている。しかも、闘技を繰り出す毎に、その衝撃は増していく様にも見えた。
「もう一息だパルダ殿! 兜割りは一撃一撃を経る度に威力を増していく闘技。これならば、如何に堅牢な竜の鱗でも叩き潰してしまえるぞ!」
なんてこのまま大人しくやられるほど都合良く倒せる訳もなく、ワーム側も反撃に出た。細い鞭の様な尾をしならせて、ヘレンに放つ。
「むっ、砦反衝!」
しかしヘレンも負けていなかった。剣を盾として前に出すと、しなる尾の衝撃が正反対に弾き返されたのだ。
俺の硬御と同じような防御系の闘技か。しかもあちらは半減するというより、相手に威力をそっくり返している。
アレ? ヘレンって結構強かったりする? 口だけ達者な冒険者だったと思っていたが、下級とはいえドラゴンとも普通にやりあえている。
「いまだパルダ殿ぉ!」
「…………!」
籠手と剣が一体化した様な形状の武器、ジャマダハルを握った黒装束が縦横無尽に周囲を駆け巡る。ワームの死角から斬り込み、まな板の食材の様になます切りにしていく。
苦痛を孕む奇声。容赦のないパルダの一撃離脱の攻撃が次々とドラゴンの全身を引き裂く。
「トドメのォ! 兜割りィィイイイ!」
助走をつけて飛び上がったヘレンは、その勢いに任せて頭蓋をミシミシと叩き割る。竜の鱗と骨格の耐久を越えた一撃が決まる。
そこに続いて飛び込んで来たパルダが、短剣で確実に息を止めた。ワームの顔が縦に二分された。
「のおぉおお!? パルダ殿ぉ!? おいしいところを持っていくなど酷いではないかぁ!?」
悲痛に訴えるヘレンに対して、着地したパルダは戸惑った様子で首を傾けている。多分、えーでもきちんと仕留めないといけないでしょ? みたいな感じだ。
事態は収束した。三頭のツチノコもどきは掃討され、全員の無事を確認。怪我もない。
それにしても急ごしらえで集ったパーティーだったが、思っていた以上に戦力として皆申し分ない。俺とアレイクがお荷物になるくらい優秀だ。
「こんなレベルの魔物がわんさかいるのか。確かにレベルが20以上も要求される訳だねぇ」
「だから言うたであろう? 人数を雇う必要があると。こういう戦闘は、此処じゃ珍しい物でもあるまい。ところでおぬし、ワームにはねられておったが大丈夫かのう?」
馬竜から降りて俺の具合を伺いに来るリューヒィ。砂のついた服を払い、俺はひらひらと手を振る。
「五体満足だ。むしろ良いきつけになったよ。次からは気を抜かない、あんな愚策には走らないさ」
「そうか。その様子なら問題なかろう。男はそうでなくてはな」
なんて、彼女が言っていると。
「駄目ですよ! 皆!」
まだ馬竜達が興奮冷めやらぬ様子でしきりに鳴き続けている。騒がしいなと思っていると、アレイクがそう警告を発した。
「まだワームが近くにいるのか? 地響きも穴もなさそうだが」
「でも聞こえるじゃないですかっ。まだ終わってないって!」
何を聞いてるんだ? そんなアレイクの切迫した様子に気を取られていると。
俺とリューヒィの間で、影が差し込んだ。
「ギュイイイイイ!」
知らぬ間に接近していたワームの顔が、襲い掛かる。周囲に新手の様子は無かったのに。
「二人共! 尖しょ--ぐっ!?」
一早く対応しようとしたクライトが弓をつがえるも、海賊船での一件で負傷した腕が原因で動きが鈍る。治癒魔法をかけていれば、避けられた事態だった。
間一髪、俺はリューヒィを抱えてその場から離れる。その背後で、地面が噛み砕かれた。俺達が一歩間違えていれば辿る筈だった末路。
「……あぶねぇ。どこから出やがった。……て、何だあれ」
「ふぅむ、これは討ち漏らしだのう」
俺達に迫ったワームは新手の四匹目では無い。倒した筈の一頭だ。それを証拠に、そのドラゴンは頭だけで動いている。レイシアが首をはねて倒した筈の個体だ。
数十分も前に頭を落とした蛇が、突然襲い掛かって来たという事故があったと聞いた事がある。コイツらもそれと同じか。
「いやぁびっくりした。ワームめ、首だけで動きやがった。アレで生きてるなんてとんでもねぇ……」
「あやつら、生命力はとんでもないから頭をきちんと潰さなかったのが失敗じゃな。すまんすまん、儂もすっかり忘れておった。それと、そろそろ良いのではないか?」
「え?」
「美女を押し倒していては、おぬしもあの女騎士から大目玉であろう?」
言われて下を見る。倒れているリューヒィに、俺が跨っている構図だ。
「グレェエエエン!? 何をしてるぅううう!」
「やべーぞレイシアだ!」
すまん、とリューヒィに一言詫びて逃げながら、俺はワームに向かっていく。よくもこんな目に遭わせてくれたな。
動いたとはいえ、首だけワームも虫の息。今なら俺でも仕留められる。そして、レベルを取り戻す糧にするのにぴったりだ。
「紅蓮・多連崩拳!」
魔力が切れるのも構わない勢いで、ありったけの付与した崩拳を両拳で振るう。牙を折り、眼球を潰し、顎を砕き、頭蓋を潰す。
脳内ファンファーレを受けながら、MPの枯渇した弊害で倒れる。やはり初期レベルでこのクラスの技を何度も使うもんじゃないな。
時間を経て気分が回復した後、俺はアレイクに尋ねる。
「さっき、何が聞こえたんだ? 誰かからの警告みたいだが」
「警告というか、言葉というか、声というか……本当に聞こえなかったんですか?」
「馬竜の鳴き声ならうるさいくらいだが、それとは違うの?」
「うーん。違うと思います……なんというか、感情が伝わる様な感じで」
ますます意味が分からない。天の声か? アホ女神からの。
「とにかく危ない、ってそういう意図があったので思わず僕が声に出してみた次第ですハイ。こういう事は初めてですね。何だったんでしょ?」
「今は聞こえないんだろ。なら、耳を澄ましてたって仕方ない。ま、おかげで助かったという訳で。それでよしとするか」
ワームの解体などの途中でクライトが頭を下げて来た。さっきの件の謝罪とみる。
「グレン殿、リューヒィ殿。すまない、すまない。俺がきちんとフォローすべきだった。怪我で遅れるとは情けない」
「今のはどうしようもねぇ。残った首だけで飛び掛かって来るなんて事早々無いからな。それでも非を追求するなら、仕留めきれてない聖騎士様にするよ」
「私のせいか!?」
竜鱗にワームの牙など、近くで売れそうな部位を剥ぎ取るレイシアが喚く。
「っだが、確かに一理あるかもしれない。……以後気を付ける」
「それにだ、クライト。まだ足りないなら治癒魔法、後でレイシアに掛けてもらいな。怪我を治せて痛みも伴うから戒めに丁度良いだろう」
「分かった。そうしよう」
今度こそワームの襲撃を無事乗り越え、馬竜に乗った俺達はベスタの道のりを再開する。




