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俺の乗馬、ドラヘル大陸

 野を疾走する馬竜の上に乗っていると、自分が風になっている様な気になれた。

 普通の馬では上下振動で長時間は辛いところもあるのだが、このドラゴンにはそういうものが無い。駆けるというより、蜥蜴みたいに地を這っているからか滑る様に緩やかに進む。そして何より、


「騎士団の馬よりずっと早ーい!」

「グレン貴様、皮肉か!」


 隣で並走するレイシアが、俺の感想に噛み付く。

「いやいや、結構快適だよこの乗り物。こっちの意図に合わせてくれるし、これ持って帰りたいわー」

「まぁ確かに、騎馬としてはとても優れているのは認める。だが馬だって良いところがあるんだぞ。愛嬌のあるところとか」

「こっちも結構可愛いじゃん。目元とか」

「……爬虫類を可愛いと言えるのか」


 なんて軽口を交わしているが、内心良かったと俺は安堵している。

 レイシアはこれまで魔物に対して過剰な敵意を持っていた。以前の彼女だったのなら、この馬竜に乗ることなんてあり得なかっただろう。

 今では共生出来る魔物という存在を認め、何ら抵抗感無く利用している点を見るに、それは大きな進歩だと思った。コイツも能力だけでなく他も成長してるんだな。


「そんで、ベナトの街までどれくらい掛かるんだ?」

「この足なら半日あれば到着するぞい。馬だと一日以上かかるやもしれんな」

「結構遠いな。こっちの大陸って人少ないのか?」

「ううむ。それもあるが、この地は許された人間のみが踏み入れる場所だからのう。よそ者は基本的にあの港村の近辺までしか迂闊に来れんのじゃ。危険な魔物やドラゴンもわんさかおるしのう」

「げぇ、俺達だってよそ者だろ。大丈夫かよ」

「ベナトに行くのには儂やパルダもおるから大丈夫じゃろうて。どちらかというと道中を如何に安全に通れるかどうかが問題じゃな」


 なんて俺達にとっては未開の地を慣れた様子で悠々と進むリューヒィ。思っていたより、怖いところなのかもしれない。


 びゅんびゅんと四頭の馬竜がドラヘルの陸地を走った。内陸に近付くにつれ、激しい自然の変化を俺達は目にする事になった。

 渇水でひびの割れた荒地を走っていたと思っていれば、周囲が鬱蒼とした森林になっていたり、荒涼とした岩肌の地帯を通り過ぎたりした。これがわずか十数キロの移動で景色が変わる。気候が違い過ぎる。


 時折、こちら独自の生態系の生物達とも出逢った。始祖鳥の様な鳥と爬虫類を足した姿の数羽の魔物が飛び去ったり、陸なのに原始的な人型のわにみたいなのが槍を振り回しながら追いかけて来たりした。馬竜種ドラボニーの方が圧倒的に早く、置き去りにしたが。


陸魚人サハギンじゃ。ぬしらの大陸でいうゴブリンやコボルトみたいなもんじゃのう。脅威はそれらより上かもしれんが」

「おや、てことは俺のお仲間だったかな? ちゃんと挨拶しておけばよかった」


 なんて冗談なやり取りをして数時間。緑の無くなる平地には、また荒野の世界が広がっていた。赤褐色の砂丘のある景色が数キロに渡って俺達を迎える。天気は雲が多く、灼熱とまではいかないのが救いか。

「熱帯と荒野が交互に切り替わるな。相当激しい気候だな。やっぱりこっちの島の方が熱いし」

「皆、水分補給はこまめにのう。まぁ儂は……」

「やっぱり酒か」


 にっこりと、わざわざ水割りの葡萄酒を荷物から出して見せびらかした。戦闘に参加することは無い事を良い事に、酔っぱらう気満々だ。

 とはいえ、リューヒィは酒気を含む時はあっても本格的に酔っぱらっている所を見たことがない。当人としては本当に水感覚なのだろう。


 傾斜のある砂地だが、馬竜は何ら支障を来すことなく速度を落とさずにこの荒れ果てた地を走った。これなら日が暮れる前には乗り越えられそうだ。

 岩場やサボテンみたいな植物はちらほらあるが、生き物の姿は無い。俺達が乗っているドラゴンも大きな足音を出さないのでとても静かな横断が続く。


 そこで、先頭を走っていたリューヒィとパルダ組の馬竜が急に走るのをやめて立ち止まった。俺達の馬竜も足を止める。

「どうしたリューヒィ殿。何かトラブルか?」

「静か過ぎる」


 レイシアの質問に、彼女はぽつりと言う。

「生き物が全くおらん。変じゃのう、ここいらには齧歯げっしの類の魔物がチョロチョロ見えるんじゃが」

「キュィイ、キュッキュ」

 馬竜が俺を一瞥して裏返す様な声音で鳴いた。何かを訴えている様にも見える。


「何か察知したんじゃないか、コレ」

「察知って……何をですかグレンさん」

「少なくとも、良い事じゃなさそうだ」


 周囲に鈍く小さな地響きがあった。乗っていた俺達にも伝わってくる。皆のドラゴン達も仕切りに騒ぎ始める。

「うむ、不味い」


 リューヒィの背にいるパルダが振り返り、俺達にジェスチャーを送る。戻れ、と言わん気な動作に俺達は従った。

 元来た道をさかのぼり、先ほどまで進んでいた場所を俺は見送る。

 その行く手に変化が訪れていた。砂の地面が、陥没していく。


 アリ地獄の様にぽっかりと穴が空いた地面。地響きはそこを中心に徐々に大きくなっていった。

「ありゃ何だ!?」

無翼無脚種ワーム、野生のドラゴンじゃな。退こう」


 穴から砂塵と轟音をまき散らして顔を出したのは、俺達が乗っている馬サイズの竜を丸呑みに出来てしまう程の巨体の魔物だった。しかも、全身を這い出したその姿はあまりに不気味だ。

 芋虫の様に円筒の体躯に尻尾はあるが、手足も羽も無い。ワームという言葉だと蚯蚓みみずを連想させるが、外見はツチノコをドラゴンに見立てた様な魔物。


 ただ、その開いた口は横楕円に広がり、左右には昆虫の顎板がくばんの様な物が伸びていて、それで獲物を挟みこもうといわんばかりにしきりに開閉している。


「ギョォォォォォオオオオオオオオオオオオ!」

 砂と一緒に吐き出した奇声。俺達は一目散で走った。わざわざ闘う必要は無い。リューヒィの迂回の提案を快諾した。



「おっかしいのう! 確かにワームは岩も掘削する事が出来るが、こんな岩砂漠よりもっと砂地の進行した所に生息するんじゃがなぁ」

「生き物なんて予想外の事をすんのが当たり前だっ。海でもそうだったろ。とりあえず逃げるぞ」


 四頭の馬竜を追ってくるワーム。足はこっちの方が上だ。このままなら撒けるだろう。徐々に俺達から遠ざかっていく。

「ま、待てぇゴブリン! 正面にも同じ穴が出来てるぞぉ!」

「ああ!? 予想外過ぎるわそんなん!」


 ヘレンが叫ぶ通り、前方の地面が陥没し始めている。しかも、それが二つ。

 同じ姿のワーム達が地中から顔を出し、俺達を阻む。

 こりゃあ待ち伏せか。見た目はヘンテコなドラゴンだが、追い込み漁をするだけの知能があった。


「やるしかないよな。乗ってる組からひとりずつ降りてくれ。援護出来るやつは馬竜の上から頼む」

「……ちょっと、私こういうの運転したことないんだけど……!」

 小声で後ろのロギアナが抗議をしてきた。当然機動力を考えれば、降りるのは俺だと分かっているんだろう。

馬竜種ドラボニーは馬より賢いから合わせてくれるから大丈夫だ。……頼むぜ」


 乗っている馬竜に対して最後にそう言い加えると、こちらを向いて一瞥する。了承と取ってくれたか。

 地面に降りた四組は俺とレイシア、ヘレンにパルダ。その内リューヒィを除く馬竜に乗っている奴等は魔法や弓で支援が出来る。


 計三頭のワームとの会敵。後方から追いかけて来ている一頭は首狩りパルダと自称英雄ヘレンに任せた。

「レイシア。俺達は一人一体で相手取る形になるがいけるか?」

「甘く見るな。岩竜の時とは違う。むしろお前が大丈夫か? 確か今……」

「分かってるって。だけどよ」


 会話の猶予も無く、二頭が差し迫った。俺もそれに迎え撃つ。

 身体付与フィジカルエンチャント水衝甲すいしょうこうを発動。

「レベルが足りなかろうが、魔力特性の影響は変わんない筈だ」


 接近戦で噛み付きを避けながら、懐に入り込んで水衝甲すいしょうこうを構える。

水衝すいしょう多連崩拳たれんほうけん!」

 ワームの胴体にめがけ、数発の水属性を付与エンチャントした崩拳ほうけんを撃つ。ワームの巨体が跳ね上がる。


 狙いは時間稼ぎ、昏倒させて残りの二頭を叩いてから後で処理する算段。


 ギョロ、と闘技とうぎを叩き込んだドラゴンが俺を睨む。怯んだ様子も無く、反撃に体当たりを仕掛けて来た。


「だ、駄目……がっ!」

 全身を硬御こうぎょで身を守るも、数トンにも及ぶ魔物にねられた重みは打ち消せる物ではなかった。硬御こうぎょはレベルに応じて耐久力を引き上げる闘技とうぎだ。

 迂闊な事に、俺は船旅の途中で秘跡ミサによってレベルを初期にしたまま大して魔物と闘っていない。だから崩拳ほうけんにも威力が伴っていなかった。


 砂地に転がりながら、悲鳴をあげる全身に堪える。多分どこも折れてはいない。むしろ痛感してるのは、結果の思わしく無い事の方だ。

 確かに崩拳ほうけんが効いていないという点については諦めもつく。問題は付与エンチャントの作用までもが全く通じていなかった点である。


 水の付与エンチャントには、レベルに影響されることなく鎮静の作用がある。それを一瞬で数発にかけて敵に与えた筈なのに、ワームには効果が見られない。

 腐ってもドラゴンだからか、魔力への耐性があるのか。それに、知識の索引によれば奴は地属性。水属性に強い属性。それが効かなかった要因だろうか。


「……たくっ、俺としたことが……なんで相手にとって強い属性をぶつけちまうかね」

 俺だって地属性ではあるが、水属性の鎮静に効果があった。ちくしょう、これが種族の強さの差ってやつか。


 起き上がろうとしている俺に、ワームがずるずると滑走しながら大口を開いて襲って来る。

 態勢を立て直す暇が無い。このままでは食われる。俺は覚悟を決めた。自分の判断ミスだ。

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