俺の到着、予定変更
航海が始まって五日が経過した。水の付与の修得--実は魔物狩りのゴラエスとの戦闘で咄嗟に使う事が出来た--によって船内での目標が早々に達成してしまった。
だからといってやるべき事が無くなった訳ではなく、レベルを初期に戻してからの筋トレと魔力の容量を増やす鍛錬に力を入れる。勿論他の属性への開眼を期待して枝葉流しも定期的に挑戦する。
他には休憩代わりにリューヒィと牙駒棋を指したりして過ごした。全敗だったが、前よりは手加減出来なくなったとは言っていた。
元々の到着予定では既にドラヘル大陸に辿り着いていてもおかしくなかったのだが、海賊船の騒動で時間を食った。翌日の昼間ぐらいにはちゃんと上陸出来るそうだが、寄り道は勘弁してもらいたい。
そして六日目の早朝。いつもより早めに食事する部屋にやって来ると、何やらカチャカチャと中から音が聞こえて来た。
何だろう。大した警戒心を持たず、扉を開ける。
「あ」
「…………」
その正体はテーブルに食器を並べている物音だった。しかもそれは、首狩りパルダの手による物だった。
暗殺者の出で立ちをした人物が、白いお皿を均等に置き、スプーンを並べ、食糧庫に保存されていたパンを持ち出している。
黒づくめの物々しい姿で朝食の準備をしていたパルダと目が--こっちは見えないが--合った。いつも用意してたのはコイツだったのか。
両者は硬直し、居た堪れない空気が流れる。この間の悪さを例えると、遊園地に入園して喫煙所に入ったら、不用心にも着ぐるみがマスコットの頭部だけを外して煙草を吸っているところに鉢合わせしてしまった様な気まずさだった。
「…………」
「……ご、五分後にまた此処に来るね」
パルダにそう告げて、俺は扉をそっと閉めた。見なかった事にしよう。あのS級まで登りつめ、戦力としては非常に心強く、そして謎多き人物の行動を俺は未だ知らない。そういう判断が一番だ、うん。
予告通りに戻り、パルダが消えているのを確認して食事の席についた。
「ああ、おはようグレン。相変わらずお前は騎士より早いな」
「おふぁようございまぁす」
「うん。お二人さんも」
レイシアとまだとろんとした表情のアレイクも入ってくる。先にパンを咀嚼していると、ううん? という声でくっころ騎士が迫る。
「何か浮かない顔してるな。どうした、また何かあったか」
「さぁな。朝だからぼんやりしてるってだけじゃない?」
「いや、何かを悔やんで頭がいっぱいいっぱいというのを食事で誤魔化そうとしている様な雰囲気だ。絶対何も無かった筈がない」
コイツホントに変な所に勘が鋭いよな。触れなくて良いことだっつの。
「あー、ハイあったよありましたよ。でもすっげぇどうでも良い様な事だし、気にしないで放って置いてくれ」
「そうは行くか。仲間の内で不安の芽があるなら早急に摘んでおくべきだろう。共用しよう、ほら言え。誤魔化そうなんてするな」
「だーから! 言わんで良い様な話なの! 親しき仲にも礼儀あり! 全部を開けっ広げに話すべきじゃあ無い」
「いや! こういう時のお前は何か企んでる事が多い、騎士の馬にマンドゴドラをやった時のと同じだ! 怪しい! 素直に吐け!」
「うるせー! 何でも無いったら何でもねぇ! 仮にあっても話せば好転する訳でもねーんだ!」
朝から言え言わないの問答をしてると、燃える様な髪を綺麗にまとめたリューヒィが顔を出した。
「おやおや何やら元気じゃのうお二方。こんな朝早くにもう夫婦喧嘩か?」
からかう様な指摘に、レイシアが反応した。ちなみに矛先は俺だった。
「誰が夫婦だー!?」
「モルスァ!」
「こんなゴブリンとどうしてつがいにならねばならない! 私は騎士だ! 国に捧げた身だぞ!? そんな余裕あるかぁ!」
「その前にいきなり俺を殴った理由を言えやくっころ! ねぇ今の俺は悪くないだろ、殴られて良い訳無いよねぇ!?」
高レベルのレイシアの鉄拳を受けながらも、俺は抗議の声をあげた。硬御をすれば手を痛めるからな。感謝してもらいたい。
「ハッ!? す、すまん。生理的に拒否反応が出て、思わず身体が動いてしまって……て誰がくっころだ」
「いいやくっころ! お前生理的に無理とかかなり失礼だよね。何、お前さん脳が筋肉なの? だから身体が反射的に動くの? それで勝手に相手を攻撃してしまうんだ、へぇ騎士失格じゃないかね」
「か弱い人々を守るのが騎士だ。お前は知らん! どうせそこら辺にほっぽり出されても生きていられる様な奴だ。それにだな、私の脳が筋肉で出来ているだなんてそんな訳無いだろう。脳は物理的に鍛えようが無いから筋肉なんてつけようが無い。だが、貴様私を馬鹿にしてるな? そうなんだな?」
「そうだよ言葉の綾も把握出来ねぇのかバーカ! 額面通りに受け取るとか阿呆の極みだよ。……あー、埒があかない。外行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「良いだろう、どうやら私をいつも馬鹿だ馬鹿だと扱き下ろしてくれている様だからハッキリさせた方が良いらしい。覚悟しろ」
俺とレイシアがガンをくれ合いながら部屋を出ていくと、
「朝ごはんどうするんですか二人ともー、グレンさんもまだ残してますけど」
「後にする! コイツをしごいてからだ。五分もあれば済む」
「おーおー言うじゃない。吠え面かかせて気分良く朝飯再開してやんよ」
「あやつら、これで船にいる中で三回目じゃないかえ?」
「リューヒィさん大丈夫。暇だからアレでストレス発散してるんですよ、きっと」
10分後。俺は口から煙を吐いて食卓に戻った。レベル1に戻ったのをすっかり忘れていた挙げ句、硬御でも付与でも防御不能な電撃の魔法攻撃に黒焦げにされた。
とはいえ、素の耐久も伸びている為か、弱体化しているのに思っていたよりダメージが無い。鍛練に効果が出ていると受け取ってよいのやら。
しかもレイシアは以前より格段に強くなっていた。レベル上昇もそうだが、魔法と剣技のキレも前とは比べ物にならない。
それにね、シレーヌとの稽古の時もそうだが仲間に対して崩拳なんて使える訳がないんだ。アレは人の身体なんて簡単に壊せてしまえる代物だ。だから必然的に手加減を強いられる。
ちきしょう、それに比べて手加減出来ている雷天撃破は厄介だな。こうなれば次はそれに有利な風属性の魔力を優先的に使える様にしたい。紅蓮甲と水衝甲の二種類を習得して分かった事だが、付与の利点に各々の属性の魔力の操作が幾分か出来る様になれば魔法を覚えるより簡易的に覚えられるという点だ。つまり、属性の魔力さえ使えれば理論上は付与が可能だという事。
問題はその属性の魔力が使えるか否かが、個人の才覚に左右されるという所だが。
「よし、今回の喧嘩は私の勝ちだ。さて訂正してもらおうか、私を馬鹿というのは取り消せ」
「……へい。訂正します、レイシア聖騎士殿」
「そして隠し事も洗いざらい吐くんだ」
「それは、内緒で」
「話が違ーう! 吐けぇ!」
いいや、俺はどんなに痛め付けられようと手酷い目に遭おうと、くっころ騎士からパルダの名誉は守って見せる! それが俺があの光景を見てしまった責任だ。
というポンコツなやり取りが続く間、リューヒィとアレイクは呑気に食事をしていた。全く意に介していない。日常茶飯事に受け取られている。
「そういや、先ほど船員から大陸が見え始めたと言っておったぞ」
「ほんとですか。ちょっと見てきます!」
葡萄酒を口に付けたリューヒィのふとした言葉に、食事の席を立って駆け登る少年騎士の後ろ姿を見送る。さっき俺も外に出ていたが、レイシアとの決闘で全然気付いていなかった。
「もうじきドラヘル大陸に到着するので、この船旅も終わりじゃのう。そろそろ準備した方が良いぞ。ロギアナとヘレン兄弟にも話して置くとよいじゃろうて」
ドラヘル大陸の漁港はひっそりとしていた。リゲルとは偉い違いで、街というより村の規模での建物が閑散として建っている。その建築の雰囲気も、若干異なる。
錨が降り、荷が運び出される頃、俺達もようやく揺れない地面に足を着くことが出来た。久しぶりでまだ小さな地震が起きてる様な錯覚に見舞われる。
「お前ら、戻りもこの船に乗るつもりか?」
「そうしたいところだけど、何かご不満? 護衛の役割はそれなりに全うしたつもりだけど」
そうじゃねぇ、と呼び止めた船長が首を横に振った。それから親指で背後を指す。
「見ての通り船にぽっかり穴が開いちまってるんでな。航海の途中だったからそのまま進んだが、このまま出航なんてする訳にはいかねぇだろ。修理に時間や資材と職人が必要だ」
「ああ、期間なら二週間くらいは見てるから平気だよ。もしかしてこの港で必要なもんを揃えられないのか?」
「察しが良いな。建材はまだしも、この港はあくまで中継地みたいなもんで船大工が居やしねぇ。俺んとこの船員も乗る側で直す立場のは乗せちゃいねぇからな。もう少し内陸の人間の首都の方から適当な大工を連れてきてもらわねぇと、お前等も帰れねぇぞ」
「船の大工じゃなくて大丈夫なのかそれ? 家建てるのとは違うでしょ」
「壁の修繕程度なら同じだ。船の機構とは関係ない。だが水漏れを避けるとなると、素人じゃあどうしようもねぇよ。だからそっちを連れてこい。蓄えも限られてるから、時間を掛けすぎるなよ」
自分たちで行って来れば良いのに、と思ったがそれは俺達の本領である事に気付いた。ドラヘル大陸は、魔物の出現頻度や脅威度が俺達が来たルメイド大陸の基準を大いに上回ると聞く。戦闘に慣れた冒険者でないと、無謀も良いところだろう。
急がないとならない旅では無いが、面倒だな。だが仕方ない。
「と、船長さんがおっしゃってる様だし、一度もっと人口の多い街に当たってみるか。リューヒィ、何かアテはある?」
「そうだのう、大勢の人がいる街となると此処からだとベナトが最寄りじゃな」
「じゃあそこ行こう。そうしないと向こうに戻れないんだが、異議ある奴は?」
挙手する奴はいない。……と思ったら、一人いた。
「はいヘレン」
「我等の目的がいまいち分からぬ。本来の行き先は何処なのだ?」
「……お前何も分からずに此処に来たの」
募集書に書いて置いたのに全く目を通してないなコイツ。
「兄者、グレン殿はこちらにある呪いの手掛かりを求めてその発祥の場所を確かめに此処まで来たんだ」
頭にバンダナを巻いて男装に戻ったクライトがフォローする。皆は彼女の事情に深く触れない。
「ある呪い? 誰が掛かっている? 解く保証は?」
「他ならぬ俺だよ。前に色々あってな、いずれ死に至る可能性のある呪いらしい。そこに行ったからと言って解く方法を見つけられる保証は無い」
「難儀だな」
両腕を組んでうんうんと唸っているヘレン。異論ではなく疑問だけなので俺達はリューヒィの案内の元ベナトという街へ赴く事になった。
馬を借りるつもりで村の借馬屋を尋ねたが、此処で使われているのは馬ではなかった。
「おいおい、ドラゴンって借りるもんなのか普通」
骨格は似てるが首から先は完全に竜の顔で、二本の長い髭が伸びている。緑の鱗がびっしりと生えた体躯で、藁の床をのっしのっしと俺達の目の前で闊歩していた。そんな魔物が何頭も厩舎の中で鎖に繋がられていたのだ。しかもそれを柱に適当に結んだ程度の無防備な格納具合だ。
「馬竜種じゃな。ドラゴンの中でも特に温和な生き物で、人にも慣れて飼いやすい。こっちの人間が乗る主流の魔物かのう。しかもそこそこ知能があるから、自分達で厩舎に戻っていくから儂らがわざわざ村まで戻さんで済む」
「魔物だからといって、害を為すだけじゃないんだな。まぁそれも当然の話か」
店の人に頼むと、頭絡を付けた馬竜を四頭借りることが出来た。一頭に二人と荷物を乗せる事となる。羽の無い背中に、各自で跨る。
「わ、うわわ。鱗がざらざらするー」
「ああ、凄いな。こんな生き物に乗れるとは考えた事も無かった」
レイシアとアレイクを乗せた竜は会話を気にすることなく道端の草を食んでいる。雑食らしい。
「よーしよし。初めは驚いたが馬と要領は同じか、結構こっちの方が良いんじゃないの。よろしく頼むぜ相棒」
「手慣れてる、不思議」
俺と乗ることになったロギアナは人前でのクールな振る舞いをしつつ、端的に俺の扱い方へ感心を寄せた。
「どうやら家畜というか人の扱う動物とは妙に波長が良いみたいでさ。馬に乗るのも全然苦労しなかった」
「……似たもの同士」
口元に手を当てて背後で魔導士は言う。内心ほくそ笑んでるなこりゃ。
ヘレン兄弟が三頭目、そしてリューヒィとパルダが四頭目に乗って出発を始める。
「では、参ろうかの」




