俺の密談、転生者の集い
「こんなかび臭い場所で何を話すんですか? どうしてみんなには内緒に? ……って、ロギアナ、さんがいるじゃないですか」
「まぁな。今回の話はコイツが関わってくる」
アレイクを呼び出し、ロギアナと俺の三人は倉庫で密談する場所を設けた。といっても、そこらへんの木箱を椅子代わりにする程度の物だ。
未だに銀髪の魔導士を敵視している少年騎士の嫌そうな表情を差し置いて、俺は無表情の仮面を被ったロギアナにアレイクの事を紹介する。
「まだロギアナにはどういう奴なのか話してなかったな。コイツはアレイク・ホーデン。見ての通り騎士をやってて、アルデバラン国の良いところ出だ。そしてお前と俺の、同類だよ」
「必要な所だけで良い。後半は知ってる」
「あの、何ですかこれ。もしかして僕と和解でもさせようとしてるんですか?」
「そうだ。お前等を敵対させるのにはメリットがない。命を預け合う仲で、そういう不和をほっとく訳にはいかないからな」
さっきの海賊船に乗り込んだ時だって、二組に分かれるのにアレイクとロギアナを能力配分を考えながらも意図的に離したが、そういう感情的な譲歩をいつまでもしてやる訳にはいかない。
たちまちアレイクは渋面を見せた。命令でも納得がいかないという本音が、顔に書いてあった。
「同類、ですか。どういう意味かは分かりませんが僕はこの人と一緒にされたくないですけどね。いくらグレンさんの言う事でも、感情までは変えられないですよ」
さて、どんな風に本題を持って行こうか。タイミングに悩んでいると、
「あのさぁ」
口を開いたのはロギアナだった。あの無機質な口調が砕け、呆れた様にアレイクに投げかける。
「生まれ変わったってことは、精神は以前の年齢を加えて大人なんでしょ。そんな子どもみたいに拗ねてどうすんのよ。めんどくさい」
「……生まれ変わ……え? あの、それは、つまり」
「そう、本題はそれよ。同類って言うのはそういう事」
指をさして硬直するアレイク。鼻を鳴らしながら、不愛想にロギアナは言った。
「アンタ、間抜け過ぎ。人前でペラペラ平然と現代を匂わせる言動をしてて丸わかりだったわ。誰が自分と同じなのか分からない上、それで不利益を被ったらどうしようとか考えない訳? ま、こっちで知られて困る様な事は無いと思うけど、それにしたって不容易にも程がある」
一方的にまくしたてられた言葉に当てられ、パクパクと口を開閉しながら俺を見た。助け舟を求めてやがる。
「ロギアナは転生者だ。勇者カイルと同じくな」
「カイルの馬鹿はこっちがそうだとは知らないけどね。アイツはアンタ以上に間抜けで、自分から俺は特別な人間で前世を覚えてるとか仲間内に宣ってたけど。ホストやってたらしいわ。貢がせてた女に刺されて死んだんだって」
野郎の好色は元からって訳だ。彼女もやはり奴に隠すというのを徹底していたらしい。
しかし結構喋るなぁコイツ。さっきの鉄面皮が嘘みたいだ。愛想が悪いのは元からの様だが。
「で、アレイク、だっけ? アンタが因縁つけてくる事だけど、あの場で暴君に逆らう意味分かってる? アレは一応ペテルギウスの秘蔵の勇者よ? それを下手に刺激したらアルデバランがどんなデメリット負ったか分からない事ぐらい分かるでしょう。私が機嫌を損ねさせれば、当てつけにそっちに嫌がらせをしたかも分からない。ゴブリンが貴族になった以上、カイルも挑発が関の山だったの。そっちが何もしなければ皮肉だけで済んだの。それを踏まえた上で私に庇わないから許さないんだって言うのかしら。むしろ何あっちに手を出す様な口実作ろうとしてんの馬鹿なの」
「……あ……うう」
「どう思ってようが別に良いけど、少し考えなさい。そっちのゴブリン……グレンね、グレンはまだきちんと状況や事情を理解出来ていた。だから私を雇うのにもあの出来事を天秤に掛けなかった。そういうの見習ったらどう? 直情的に動いてるのは大抵周囲に迷惑かけてるから」
第三者として聞いていた俺も耳が痛い。全然気にせず振る舞っていたことで、俺もアレイクに気付かれた訳だし。
説教を受け、アレイクは消沈した。まぁ、多分わだかまりはこれで無くなると思いたい。ロギアナは恐らく毒は吐くが後に引きずらないタイプだ。
「一応、今回集まったのは転生者としてお互いの情報共有と整理だな。勿論、協力してくれるな?」
「仲良しこよしは好きじゃないけど、メリットがあるなら構わないわ」
「と言っても、僕が知ってる事はたかが知れてますよ」
「いや、そうでもない。共通点とかでいろいろ分かる事があると思う。過去に触れられたくない部分もあるだろうから、そういうデリケートな部分は除去して話そうと思う。例えば、俺達が天国にも地獄にも行けなかった各々の理由とか俺は整理しておきたいな。地獄に行かずに済む酌量の要因とか把握しときたいし。俺の最終目的は天国に迎えられる様点数を稼ぐことだから」
「身も蓋もないわね」
呪いを解く事も考えているが、第一の目的を忘れてはならない。ゴブリンにされた俺は、もうこんな理不尽な想いを繰り返したくない。
「……まぁ良いわ。それくらいなら教えてあげる。じゃ、私の来歴をざっと話すわ。二人は以前それなりに話してるんでしょ? それにそちらの懐事情にはあんまり興味ないから割愛しても良い」
木箱に腰を据えた彼女はローブ姿で腕と足を組んだ。
「私は生前学生だった。日本の女子高生ね。死因は自殺。練炭の有名なやつ」
「自殺、か。それはまた、重いな」
自殺は宗教観からすれば、必然的に地獄へと落とされる行為と言われている。自分から命を絶つというのは、どんな理由があったとしても愚かであると。
だが、現実を苦にする者の気持ちを否定は出来ない。楽になりたいという想いは、程度やその領域に達するかどうかはさておき誰にだってある。
「厳密にいえば集団無理心中だった。自殺サイト巡りをしてたら同じ事考えてる人達で集まって話をする事になって、本当は一度考えてからのつもりであいさつ程度に行ったの。そしたら同意もなく知らぬ間に練炭焚かれて、巻き込まれた感じだったかしらね。我ながら呆れた、死ぬつもりでいざ死にそうになったら生きたいって思っちゃったんだもん」
あっけらかんと己の最後の顛末を語る。それは自分から死を選んだ判定としては、シロだったのだろう。それで彼女は地獄を免れたのではないかと予想。
「……ありえない。そんなの私からしたらありえないよ」
「私?」
「ああ、アレイクは前世が女だったんだ。だから素の一人称は私。それにコイツ病死だったから」
最初から最後まで生きたいという気持ちがあって、それでも生きられなかったアレイクからすればとんでもない話だろう。
信じられないと左右を首を振る少年騎士を見て、ロギアナは息をつく。
「そうね、軽率で浅はかだったのは認める。でも生きるのが辛くて辛くてしかたなくて、誤るくらいに弱ってた。言えるのはそれだけよ。悪いけどこれ以上はプライベートだから話せない。今回の話には関係ないだろうし。善行と言える評価は、女神からは何も聞いてないわね」
「良いよそれで。しかし見事にバラけてるな、死んだ時の過程」
俺は交通事故、アレイクは病死、ロギアナは巻き込まれながらの自殺、カイルは他殺。やはり生前の行いが天秤に乗って、皆この世界に送られているのか。
「それと不思議に思ってたんですが、グレンさんは数か月前にこの世界にやって来たんですよね」
「そうだよ。気が付いたらこの外見さ。すげぇショックだった」
「ロギアナさんはどんな形でやって来ましたか?」
「普通にこっちの赤ちゃんとしてだけど? 四つぐらいになった辺りから記憶というか自我がハッキリした感じね」
「僕もなんですけど、転生者って赤ん坊に産まれてくるのに、グレンさんはその姿形でやって来た。これって何かあるんでしょうかね。僕は言葉も学んで覚えたのに、グレンさん誰からも習わずにこっちの言葉を話してるんでしょ?」
言われてみればそうだ。アレイクやロギアナは家庭に生まれ育っているのに、俺は普通に転移みたいな形で目が覚めた。誰にも養われる事なくやってきている。
「親のゴブリンに産み落とされて置き去りにされたんじゃないの?」
「どんな親だよこのサイズを産むとか。こっちの俺の母ちゃんは巨人かトロールか?」
目が覚めたら服とか来ていたしそれはどうなる? わざわざ着せてってくれたのか?
「出産して間もないという線は無いだろ。以前実験された時成体だって確認されたし」
実験って何よ? という懐疑の視線を向けられたが触れずにいた。トラウマの一つだ。
「出生はもうこれ以上確認しようがないな。じゃあ、スクロール羊皮紙はどうだ? 俺は荷物の中に入っていたが、お前等はどんな感じで手に入れたんだ?」
「最初は、無かったですね。物心つく年齢になった時、目が覚めたら枕元に」
「同じね。どうやらあの紙、一般人には読めない様だけど。ただの白紙の紙切れに見えるみたい。まぁ、見ると日本の文字になったしどっちにしろ分からないでしょう」
あの自分のステータスを可視化する紙は、アホ女神からの贈り物ってところだろう。これがあるから、俺は自分の成長限界を知り、リセット法を編み出せた。最弱の魔物という枠から逸脱出来るきっかけになった。
「死後、天国と地獄からあぶれた立場の人が転生者としてこっちにやって来る。転生者には自分の状況を把握させる為のスクロールが与えられる。確実に言えるのはこれくらいか」
「前世と同じ性別で産まれる保証も、まともに人として転生出来る確証もないのよね、アンタ達を見てると」
「現代から異世界に行きたいという願望のある人がいるみたいですけど、現実はそこまで甘くは無かったって事ですね。むしろ前より残酷で、厳しい面が目立ってる」
それには全面同意だ。鉱山ではロックリサードの群れに追い回されたり、最奥では岩竜という規格外の生物と対面したり、ゴリラにアームロックされたり、髑髏の怪物に霊魂を食われ、呪いを浴びせられたり。思い出すだけで現代では体験し得ない事ばかりだった。いや、出来れば経験しない方が良い事なんだがね。
「俺とお前等との相違点が、まずこっちに来た時点で人じゃなくなっていたところ。赤ん坊から始まっていないところ。元からこちらの言語が理解出来ていたこと。列挙するだけでもあのアホ女神の息が掛かっているとしか思えないな。意図的に俺をこういう風にしたとしか思えないレベルだ。本人からすれば悪意満々だよ」
「ご愁傷様ね。確かにスタートラインをワザと変えている様にしか見えない。それで頑張れって事なんでしょう。でも、変なのよ」
「何が変なんだ?」
「私がギルドの受付って副業でちょくちょくやってるのは知っている筈ね。それをやる為には条件があるんだけど」
「ああ知ってる。鑑定眼って能力だろ」
対象者の実力、レベル、そして冒険者としての情報などを見ただけで識別することが出来る力。ギルドはそういった能力を持つ人材を使って、詐称や犯罪者、危険人物のギルド登録を防止する様な対策を行っている。
「アンタに鑑定眼を使った時、正直驚いたの。何でかって言うと、アンタは外見はゴブリンだけどその識別では人間という判定になっていたから。でも、かえって辻褄が合うのかも。生態は魔物でも転生者だから人として扱われたって事なのかしらね」
「もしかして、今回の旅に同行した理由って」
「ええ。最初はアンタがその転生者である線を考えて見極めるべく、コンタクトを取るつもりで参加を希望した。勿論報酬も要るけど」
そうして今回得た内容は、転生者としての身の上話と各々の原点ぐらいの物だった。だが収穫もあった。転生者という側面での味方が増えたというのは大きい。しかも強力な魔術師だ。
「あの、ロギアナさん。これまで失礼な態度取ってすいませんでした」
「だから元々気にして無いから」
「そ、そうですか。でも同じ転生者同士ですし、これからは協力していきましょう」
「それは構わないけど、一つだけ言っておこうかしら」
立ち上がったロギアナ。眼鏡の位置を上げる仕草をしながら、ぴしゃりと言う。
「あまり慣れ慣れしい関係は嫌いだから今ままで通りにして。必要な時は助けてあげるけど、仲良しこよしになるのはごめんだわ。あと、普段はこんなに口数多くしないのでそこのところよろしく」
「……やっぱり、怒ってるんだ」
「いや俺に対しても言ってるから違うって。向こうはそういうのが好きなんだろう。尊重してやれ」
転生者だけの初めての密談は、こうして終了する。戻っていくロギアナの銀髪を揺らした後ろ姿を見送りながら、リューヒィの言葉を思い出した。
アイツが濁った目をしているというのは、やはり現世に関わる事なのだろうか。




