俺の再戦、復讐の幽鬼
海賊船の廊下では既にドンパチが始まっていた。数の差がありながらも、狭い通路を利用して上手く立ち回るレイシアの姿が奥で見える。
「閃瞬牙!」
聖騎士は海の蛮賊との間合いを目にも止まらぬ速度で通過した。その軌跡に敵の血が舞う。高速で通り過ぎながら、相手を斬り付ける闘技か。
「おかしらぁ! ドルグがやられた!」
「何だこのオンナ! これで二人も簡単に……!」
多少敵が多くても、彼女なら問題ないか。幾多の死線をくぐり、何より岩竜やヴァジャハといった強敵からの膨大な経験値を吸収して相応のレベルを誇っている。雑魚相手に心配は杞憂だった様だな。クライトとアレイクも背後にいて無事だった。
「いやー残念だったねぇ」
俺は親玉を含めた海賊の残党に拍手を送る。挟み撃ちにしている。振り返った男達は俺の姿を見てギョッとする。よもや船にゴブリンが入り込むとは予想だにしていなかったらしい。
「クソがぁ! 今日は何て厄日だちくしょうが! とんでもなく強い女騎士がゴブリンを連れてやがるしよぉ! どうなってんだ!」
「いや、逆だ。私がそのゴブリンに同伴しているんだ」
まじめに返さなくていいよレイシア。だが、そんな話をしている様な状況ではないので俺は話を切り出した。
「誘い出した相手が悪かったと同情するがどうするよ? お前ら詰みだぜ? そちらの部下さんの実力も知れたしこっちにいた三人を軽く捻っちゃったよ。勝ち目ないの分かってんだろ? この場をせんちょーさんが頑張ってどうにかしちゃう?」
いや、見た感じだと配下を前線に立たせて安全を確保しようとしているあたりたかが知れているというのが伺える。制圧するのは容易い。
「……そうだな、俺達じゃお前らに勝ち目はねぇ」
「おっ、結構殊勝だねぇ。降参って訳かい? お前らって無抵抗の相手の命を奪ってるタイプ? それなら命だけは勘弁して、なんてセリフは吐いちゃいけねぇと思うがねぇ」
とりあえず勝機を潰しておくか。拳を鳴らして俺も参戦しようかと息巻いた所で、あからさまな黒帽をかぶった海賊のボスは片手をあげる。何かの合図をしやがった。
「勘違いすんなよ、俺達じゃ敵わねぇなら、別の手を使うまでだ」
残っているのはこの船長と残りの武器を出して威嚇する三人。二人は床に倒れているが生きている。レイシアが手加減したのか。
そこで俺は九人分の相手の所在を把握した事に気付く。俺の見立てでは、この船には--
「新入りぃ! 出番だ!」
同時に落雷が落ちる様な轟音。狭い壁の横合いに突如として爆発が起こった。木材を粉々に吹き飛ばし、何かが顔を出す。何かの武器の一部だ。奇抜な鞭。
海賊の数人が衝撃の余波に転がり、奥のレイシア達も突然の出来事に顔をかばって後退した。
部屋をぶち抜いた穴から爆発の張本人が出てくる。浮浪者を思わせる衣服を着たやせぎすの男だった。鼻柱には横線の傷があり、ギロリと俺の姿を鋭い視線が捉える。
「お前は……」
「こんな所で貴様と会えるとはなァ」
願ったり叶ったりだ、と些か物騒な俺と奴の再会。
魔物狩りのゴラエス。
アバレスタの街にやって来ていた俺に一方的に襲ってきた魔導士。俺の奸計に嵌まり、ギルドからは除名されお尋ねものになった男だ。
あの魚のヒレの様な突起が無数に生えた奇抜な鞭を握る手は震え、怒りを吐き出す様に振るう。俺が距離を置くと、目標の外れた鞭の一撃は当然船内に当たる。
接触すると鞭から激しい爆破が巻き起こった。被害などお構い無しにゴラエスは鞭を振るい続ける。
「貴様の! せいで! 俺は日陰者だ! こんな陸から離れた! 所まで追いやられ! 全部貴様が悪い!」
「止めろ新入り! 船が壊れちまう!」
「黙れ、爆裂鞭」
伸び舌の様に飛び出した鞭は海賊のボスを襲う。爆発と悲鳴が船に広がった。無茶苦茶だ。
「ずっと待っていたぁ! 貴様をこうしてぶち殺す日をぉ! ゴブリンの分際で生意気にも俺を貶めやがってぇええ! そっちから来るとは好都合だ殺す殺す殺す殺す!」
「蜂の巣つついて自業自得の癖に! 逆恨みもいいとこだっつの!」
俺は甲板へと逃げた。此処じゃ鞭の方が断然有利で、何よりも周囲に当たって爆破の被害に巻き込まれ兼ねない。広いところでないと不味い。あの爆発する鞭はかなりの脅威だ。
「グレン! 大丈夫かっ!?」
「野郎の狙いは俺だ! 巻き添え食うから離れてろ! つか下っ端任せた!」
身軽に鞭をどうにかかわしながら船の上に出る。隣で商船の皆が呼んでいるがそんなことにかまけてる余裕は無い。
「ゴブリィぃン! 逃げられると思っているのかぁ! 此処は海の上だ逃げ場など無いんだよぉお! あの時みたいに落とし穴は無い! さぁどうするっ!?」
血走った目を向き、復讐の幽鬼は俺を追って来ていた。
「アイツは魔物狩りのゴラエス!? どうしてこんな所に!」
ヘレンが驚くのも気にも留めずゴラエスは口から糸を引きながら唸った。
「焼き殺してやるぅ、腕をちぎってぇ足をとってぇ、貴様の阿鼻叫喚を聞くことをどれだけ夢に見たことか……あぁぁ長かった。この日をずっと、待っていたんだぁ!」
「やめろゴラエス! そのゴブリンは悪ではない!」
「お前がよせヘレンっ。コイツまともじゃねぇ下手に煽るな!」
ゴラエスはヘレンの言葉に歯軋りした。それから悪じゃないだと? と言葉を漏らす。
俺と向き合いながら、奴はおもむろに片手を吊り上げた。船に向けて手をかざしている。
「伏せろぉ!」
「業火爆砲」
俺の叫びとゴラエスの詠唱が重なった。船に向けて激しい火炎弾が解き放たれる。こちらの商船は激しく揺れ、横っ腹に穴が空いた。
「俺の知ってる悪は、人もどきであることだ。人を名乗る畜生という存在そのものだ。魔物も亜人も結局は人間じゃない。その癖に人より優位に立とうとしてやがる。分かるかぁゴブリン、貴様は悪でそれ以上の何物でも無い。害虫を殺してはならない理由の方が無いだろうが」
「支離滅裂で良く分からねぇが、そんなに偉いのか、人間ってやつは」
カッと見開いた四白眼。ゴラエスはこちらに業火爆砲を放ってくる。
「人間に逆らおうとするな! 化け物が! 貴様らは俺が滅ぼしてくれる! この魔物狩りのゴラエスがぁ!」
避ければ当然、火炎弾は甲板にぶつかる。火の手が上がった。
「駆除されて当然なんだ貴様はァ。だからぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す」
「ああ、お前が正しいよ」
俺が間違っていた。俺の失態だ。あの時見逃したせいで、こんな騒ぎに発展した。コイツを野放しにするのは、大きな間違いだった。
俺は片手に魔力を集中。部分硬御でそれを硬化しながら前に進む。
「独り善がりだから正しくて当然だ。お前の中での話だからな。だったら、ずっと自分は正しいと思ってろ」
「爆烈鞭ッ!」
致死の爆発をもたらす鞭が尾の様にしなって迫る。俺はそれを先程の硬御した手で止める。
「はっはァ! 爆発だァ!」
ゴラエスは恐らく爆発を起こすための魔力を嬉々として流しているだろう。俺もそれに対抗して魔力を流す。
鞭を掴んだ状態で変化の無い時間が流れた。
「……な、に。何故爆発しない。どうして貴様はそうしていられる!?」
「お前の付与、炎と地の複合型だろ」
俺の手には淡い青色の靄が包んでいた。それは水属性の魔力を付与として発現した状態だ。
「身体付与、水衝甲」
鞭を引っ張ろうとするが俺は手放さない。これで鞭を使うことは出来なくなった。
「なん、で爆発しない! 何をしたっ!」
「水属性の性質、鎮静で爆発を抑えてるんだよ。お前の複合付与、ハッキリ言って欠陥がある。水に強い地属性を含みながら、まんまとこうして鎮静が回っちまってるんだからな」
抵抗にゴラエスは業火爆砲を撃ってくる。空いた手にも水衝甲を発動。それで全てを防ぐ。
今度は俺が鞭を引っ張った。魔導士の力では俺の腕力には及ばない。ゴラエスの身体ごと、俺の間合いに引きずり込む。
「水衝・崩拳」
やせぎすの男に、鈍い一撃が打ち込まれた。紅蓮の崩拳と比較すれば威力は劣る。だがそれでも元々の威力が甚大だ。
「がほっ」
木の床に転げまわるゴラエス。血を吐き、ぴくぴくと痙攣していた。が、意識を手放さない。
やがて、うずくまりながらゆっくりと顔をあげた。執念が、虫の息の肉体を動かす。
「……こ……のぉおおおお! ……ぐぅ」
ぜいぜいと息を繰り返し、膝をつき、手をつき、徐々に起き上がろうとしたゴラエスは、そのまま崩れた。再び地面に這う。
「……う……ごけ……な……」
「鎮静がお前の身体を乱してんだ。ロクに動けやしねぇよ。そのまま獄中にでも突き出してやるよ」
ちょうど、レイシア達が船の中から出てきていた。俺の元にやって来る。
「グレン、終わったか?」
「厄介者は抑えといた。そっちは?」
「私達が無事出て来たんだ。海賊は全員捕縛してある」
どうやら片は付いた様だな。さて、こいつらどうするか。こっちの船長に判断を仰ごう。
「……お……い」
五体が満足に動いていないまま、頭だけを動かし、ゴラエスは睨む。俺は睨み返しながら鞭を砕いた。もう爆裂鞭は使えない。
「きさ……なん、で……ころ……さ」
「何でお前の勝手な因縁の為に手を汚さないとならねぇんだ。野放しにはしねぇが、ひと思いには死なせねぇ。クライト、縄をくれ。コイツも縛っておきたい。魔法使いだから手を使えない様にしないとな」
「心得た。今用意しよう」
それは俺にとって無意識の抵抗感から来る判断だった。人を殺したくない、という理性から理由を正当化させていた。
だから、失敗を繰り返した。
「……くくっ」
「あ?」
「くはははははは!」
コイツの傍らで狩人クライトが俺に縄を手渡そうと近づいた所だった。
無様に床に沈んだまま、男は高笑いを始めた。狂ったか?
「あまい……あまい……だよぉゴブリンん……! だか、ら……貴様は……貴様はぁ!」
顔の近くに震えながら手を持ってくる。だが矛先は俺達ではない。腕を上げるだけの抵抗力も無いはずだった。
「業火爆砲」
俺達は予想していなかった。ゴラエスは相手に魔法を放ったのではない。奴自身めがけて、炎の魔法を打ち込むという凶行に至る。
しかもそれは自殺ではなかった。自らの顔を焼き、無理やり鎮静をかき乱した。
「その甘さはぁ、こんな風に不慮を招くんだよぉ!」
「コイツまだ!」
「大丈夫だ。崩拳のダメージも残ってる。戦えるだけの力は無い」
立ち上がるがフラフラなゴラエス。顔を焦がし、半分の皮膚が炭化していた。肋骨だってさっきの手ごたえからして折れている。だが気を付けるべきは奴の魔法。俺の機動力なら回避出来る範疇だ。
しっかりと確実に、今度こそ動けなくする。クライトも弓をつがえた。
だが事態の変化はまだ終わっていない。奴の全身が、燻り始めていたのだ。口元から血を垂らしながらも、虚勢とは思えない哄笑を見せた。
奴の得意な魔法は下級の炎属性魔法と炎と土を複合させた付与。前者はまだしも、後者はもう使えない筈--
「お前まさか、何考えてやがるんだ!」
俺の叫びに、警戒していた一同が視線が集う。俺はすぐさま周囲に警告を発した。
「船に戻れ! 自爆だ!」
野郎とんでもないことしでかしやがる。俺が身体の一部に付与して戦う様に、ゴラエスは己の全身に爆裂の魔力を付与していやがった。
レイシア達が慌てて商船に乗り移り、クライトと俺達も引き下がろうとしたところでゴラエスは最後に絶叫する。
「貴様も道連れだぁああああああああああああ!」
俺は判断に迷い動きが遅れた。接触して水衝甲で起爆を止められるか。クライトが遅れた俺を撤退させようと腕を引く。
白煙の吹き出すやせぎすの男から、強い閃光が迸る。
激しい爆轟が海賊船に巻き起こる。
吹き飛ばされた俺は、気が付けば海面に叩きつけられていた。
酷い日焼けした時の痛みに包まれながら、すぐに水面から顔を出す。海賊船が半壊し、いや、崩落して沈んでいく。商船の方に被害は無かった。
「クライト!」
その沈みゆく方の船の上に、力なく気絶している冒険者の姿を見つけた。船と一緒にクライトは海に引きずり込まれて行った。




