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俺の調査、幽霊船

 水の付与(エンチャント)。理想とするその技法は一度シレーヌ研究士の実演で様々な効力と共に見せてくれた。


 特性の鎮静は炎を無力化し、人の思考機能を停滞させたりと直接的な戦闘には向いてないとはいえ、扱い方によってはユニークな扱いが出来る。


 例えば、これで崩拳と一緒に叩き込めば威力とは別に相手にダウンを取りやすくなるとか。例えば、他の付与(エンチャント)させた道具を投げつけたりして気絶を狙えるとか。


 そんな感じで多岐な方法を考えながら、とりあえず水属性の魔力を引き出す訓練を開始する。


 一度成功すれば後はそれを反復し、徐々に扱える範囲を広げていくだけだ。枝葉流しで、水属性の反応--水滴の溢れる量を増やす努力を続ける。

 魔力の総量自体は既に炎の付与(エンチャント)を扱える様に底上げしているため、トントン拍子に流し込む要領を増やすのみで済んだ。


 船内で枝葉流しを続けて二日。ようやく魔力の注入から放出の段階へと移行する。魔力を水属性に変えて、ありったけ手から解放する。紅蓮甲(ぐれんこう)と始動のやり方は同じだ。

 微かながら淡く蒼い、魔力の現出。この二日間を掛けてようやく此処までの規模に進歩を見せた。


「グレン、ちょっといいか」

 ノックよりさきに部屋の外からくっころ騎士の声が俺を呼ぶ。

「どうしたレイシア。到着にしては早過ぎるな。ドラヘル大陸ももう少ししないと見えないんじゃないのか」

「いや、そうじゃない。船長が呼んでいる。外に行けば分かるから、すぐに来いと」

 何だ? トラブルか。ここまではタチウオの群れとの接触以外は順風満帆な航海をしているというのに。

「今行くよ」


 腰かけていたハンモックから立ち上がり、籠手弩ガントレットボウと無骨な剣を持って部屋から出た。


「で船長、何事?」

「船だ」

 示した指先の奥には平坦な海面に浮いている船の姿があった。帆はボロボロで至るところが傷んでいる。どうやら何らかの原因で船が動くことも出来ず、海の真っ只中で遭難……漂流したみたいだ。


 マストの上には救助を求める旗が掲げられていた。船長は唇を噛んだ。

「ドラヘル側の漁船だろう。こんな何も無い海の上で船が進まなくなるなんてな、何かあったんだな。劣化具合としても漂流してからそう長くはねぇ」

「調べに行くのか?」

「生存者がいるかもしれねぇ。それなら一刻も早く助けねぇと。だが船内に魔物でもいたら不味い。だから」

「そういう点で俺達の領分という訳ね」


 ハッキリ言うと自衛はまだしも救助まではこちらの仕事とは言えないし義理もない。完全に責任範囲外だ。

 それに中に誰かいるのならこっちに顔を出して助けを求めておかしくないのに、船から人の姿が無い。本当に生存者はいるのか?


「様子を見た方が良いんじゃないか? 下手に近付いて大丈夫なのかよ。例えば乗り込んでみたら実は幽霊船でしたーとか、そういうオチじゃ笑えねぇぜ」

「そんな物より海にゃあ恐ろしいもんがゴロゴロいる。聖域のレヴィアタンを考えれば大したことねぇ。ビビるこたぁねぇさっさと終わらせるぞ。誰もいないんならいないんでお宝でも探せば良いだろ」

「でも調べに行くのは俺達なんでしょ」


 無視された。漁船に近寄れと号令を出して船長は離れていく。拒否権は無いらしい。船の事は全てこの男が決める。当然先に進みたいなら言うことに従うしかない。

 そうして、徐々に漂流する荒れた船舶に俺達の船は近付いて行った。


 

 隣り合わせにして錨を降ろす。簡素な渡り橋で向こう側へと横断する。

 難破船に降り立ったのは俺と騎士二人に魔導師ロギアナと狩人クライトを合わせた5人だ。パルダは船に残って有事の護衛を任せた。未来の英雄様のヘレンもてんで調子が良くないので、同じく見張りという名のお留守番だ。



「誰もいないんですかねぇ。おーい助けに来ましたー、返事をしてくださーい」

 甲板から声を張り上げるアレイク。返事は無い。

「これ、やっぱり幽霊船なんじゃあ……やめたほうが良いと思いますよこれ」

「関係ない、行け」

「うぇぇ、鬼ぃ……」

「はい小鬼ゴブリンです」

 踏み締めてみるがそこまで古くは無かった。反対側を見るとこの船も錨を降ろしているのが見えた。意図的に此処に留めてから航海を中断している様だった。やはり、何かあったんだろうか。



 甲板から船内に降りて捜索の為にとりあえず二手に別れる事にした。俺とロギアナが組み、片方は三人組でレイシアに任せる。何かあったら大声で呼ぶことを言い付けた。

 部屋をくまなく探してみたが遺体の一つも見当たらない。寝床にも倉庫にも生活の跡はあれど、誰もいないのだ。


「うーんある筈なんだがなー」

「何をしてるの」

「ちょっとね」

 厨房で足元を探していたのを見下ろしていたロギアナが堪えかねたのか、質問が来た。ゴキブリみたいに這ってたから変な奴に見えたんだろう。


「あった。これこれ。……いや、食べないよ言っとくけど俺はそんな悪食じゃないやい」

 物色していたのは生ゴミを入れる容器。中身は勿論調理の残骸だ。

 ロギアナの紫水晶(アメジスト)が嫌悪を露に凄く引いていたので弁解する。立派な理由がある。



「使っている食器の量からして、十人くらいは乗船してたんだろう。しかも生ゴミはまだ新しい。ということは数日の内は確実にこの船に人がいたって証拠だ」

「なるほど」

「まさか幽霊が食事してる訳あるまいし。じゃあ何で人の姿が消えたのかが問題だよなぁ。見て回った限り、何かに襲われた様に荒れた様子も無い」


 これじゃあミステリーだ。それに若干のホラーだ。忽然と船から消えた船員達。まさか全員海に身投げでもしたか?

 いや、不自然な事ばかりだ。思い返すだけでも腑に落ちない事があり過ぎる。


 嵐や強風がそこまで吹き荒れる海域でも無いのに何で帆を畳む必要があったのだろうか。

 どうして漁船でありながら、見た限り網や魚を獲っていた形跡が無かったのか。この生ゴミだって明らかに海でとれた物が殆んど無い。


 いや、別に消えてはいないとすればどうなる? 考え過ぎか? こっちの捉え方のほうが納得がいくが。

 実は隠れているだけで、何処かに潜んでいるとか。救援を求めながら、顔を出さないのならその理由は?


 俺は周囲の警戒を張り詰める。船内にいるとすれば、魔物よりも厄介な相手だと思ったからだ。


「そういうことかよちくしょう」

「どういう意味?」

「俺の予感が正しければ、此処にいない方が良いかもしれないな。引き上げよう」


 そう言って俺は厨房から出ようとした。扉の陰から、何かがよぎる。

 視界から迫るのは木のメイスの殴打。眉間めがけて容赦なく打ち振るわれた。


 硬御こうぎょで身を守りながらも、重い衝撃で背後の壁を突き破り、俺は沈黙した。その頭上ではドカドカと足音が部屋に入ってくる。

「ヒューッ。今のは良い手ごたえだったんじゃね? 死んだかあれは」

「あんまり船壊すなよボスに叱られんぜ。にしても何でゴブリンなんかが俺達の船に入り込んだんかねぇ。海のど真ん中なのによ」

「んな事どうだっていいだろ。それより見ろよ。まだガキだがひっさびさの女だぜ」


 船乗りとしては明らかに物騒な、土を落としてないジャガイモみたいに汚れた男どもが三人、俺をなぎ倒してロギアナの前に立ちはだかる。出口の扉からは出られない様に張っている。


「貴方達、何者」

「何に見えるかねぇお嬢ちゃん。通りすがりの漁師さんじゃないか」

「へっへっへっ、獲るのは魚じゃねぇけどな」

 冗談に男達が笑う。


「……要するに海賊」

「助けを求める船を装って待ち構えてれば、おひとよしが土足で上がってくれるから楽なもんよ。おめぇらみたいな鴨がまんまと引っかかってくれる」


 思わず硬御(こうぎょ)で全身を固めてしまった為、俺は踏ん張りが利かずノーダメージながらも倒れてしまっている。悪い癖だなこりゃ。

 ついでに船の床で寝ながら俺はやられたフリをして考えていた。なるほど合点がいく。調査に来てる奴等を罠にかけて抑えちまえば、船に残っている戦力は半減する。海賊なりに考えたものだ。


「さぁて三対一だ。大人しくしてりゃあ痛い目見なくて済むぜぇ……むしろ楽しませてやろうか?」

「おいおい許容範囲広くねぇかお前。以前は乗ってたババアにも手ェ出してただろ?」

「とりあえず抑えとけ。他にも調べに来てる奴がいるから加勢に行くんだよ」


 さて、頃合いか。状況把握はもう必要無いだろう。俺達は偽装した海賊船にまんまと騙されていたという訳だ。

 倒れている俺を背後にサーベルを抜いて魔導士ロギアナにじりじりと詰め寄る海賊の男達。


崩拳ほうけん

 素早く起き上がった俺は、もっとも近くにいた一人を吹き飛ばす。メイス持ちだったので俺の頭を潰そうとした奴だ。お返しに、壁にめり込ませる。。


「ガルド!? テメェ! アレでどうしてピンピンしてやがる!」

「クソがァ!」

 サーベル持ちの一人が俺に凶器を遮二無二に振り回す。喉を掻っ切ろうとした一撃に俺は再び硬御こうぎょを発動。触れた刀身の方が破損した。


「ハァ? 何だコイツバケモ--」

「もういっちょ崩拳ほうけん

 今度は地面に叩きつける形で無力化させる。この程度の相手なら手加減した一発で充分。残りはあと一人。


「とまれバケモン! このオンナがどうなってもいいのか!?」

 最後の一人はナイフを持って唾を飛ばす。刃物は捕まっていたロギアナの喉元に当てがわれていた。


「何やってんだよロギアナ」

「狭くて魔法が使えない」

 レベル30はあっても、魔法使いタイプの少女では大の大人相手に接近戦で簡単に組み伏されてしまうらしい。人質に取られた。


「オイゴブリン! 武器を捨てろ」

「……はいよ」

「それから、脱げ」

「オイオイオイ、野郎のストリップショーとか、おたくそっちの気の人? ないわー」

「ちげぇよクソったれ、良い鎧着てるから、よこせっつってんだ。早くしろ!」


 ああ金目の物目当てか。蛇竜鱗の鎧がよほどお目に止まったみたいだ。此処は大人しく従っておくか。

 あえてもたつきながら俺は海賊の残りに尋ねる。それと仰せて一計を案じる。


「あのさぁ、ひとつ聞くけどお前らこんな事して何になるんだ? 空しくなんない?」

「あ?」

「見るからに悪人に良心を問いただすっていうのも間抜けっちゃあ間抜けだとは俺自身も思うよ。でもよ、俺だってゴブリンという世の中のあぶれ者でも、生涯恥ずかしくない様に生きてんだ。俺は信心深いんでね。死んだ後に報われたいの。そんな俺からすれば海賊なんかありえないの」

「へっ、だから何だよ」

「地獄行きでも良いのかって言ってるのが分からないかねぇ。ガキでも分かるよ、悪さをしてりゃぁ罪を問われなかったとしてもお天道様に見られていずれは報いが来るんだぞぉ?」

「だから何だってんだ!? とっとと鎧を捨てろって言ってんだ!」


 耳を貸さない。説得に応じない。まぁ当たり前だ。そして念の為の確認も終わった。


「ほらよ。ついでに籠手も外しておくか」

 インナー姿になった俺は素直に鎧を投げ、さりげなく籠手弩ガントレットボウの準備をする。そして口を開いた。


『身体を横にそらせ。仕込み矢でこの野郎を撃つ』

「あ? 何言ってんだテメェ」

 困惑した海賊。その腕の下で顔を強張らせたロギアナ。驚愕している。


 当然ロギアナに言葉として伝えれば相手にも手の内がバレる。だが、海賊には理解出来なかっただろう。

 だって、今俺が口にした言語は、日本語だ。異世界の人間には分かるよしもない。


 にも関わらず、ロギアナはナイフから逃れる為に身をよじる様に抵抗した。背を曲げ、重なっていた男の上半身が良い感じで空く。

「テメ、暴れんじゃ--」

 すかさず、籠手から両翼を展開。素早く、引き金を引いた。射出した矢が、海賊の腕に刺さる。

 呻きながら怯み、ロギアナはその隙に引き離す。俺は間合いを詰めた。


 とどめの崩拳で最後の一人を打ち倒した。うん! 水の付与(エンチャント)いらないかも! 並みの雑魚ならワンパンだった!

 それから鎧を拾い、ロギアナの元へ向かう。

 彼女は俺を見ながら、普段の淡々とした口数の少なかった時よりも流暢でハッキリとした口調で聞いてくる。

 

「何で分かったの? 私が転生者だって」

「この前俺とアレイクが交わしてた会話で聞いていたお前の反応だな。半分勘だったけど」

「反応って、何か言った覚えないけど?」

「船に乗る前、黒船の話聞いてたろ。その時に出た現代用語でお前、アレイクが転生者じゃないかって疑ってただろ。そん時の微妙な反応が気に掛かったんでな、賭けに出てみた」


 転生者だからといって日本人じゃない可能性もあったが、そこらへんは黒船の歴史を学んでいる文化という線でイチかバチかだった。ダメだったらダメで、他の手段を考えていただろう。

 海賊の方こそ転生者である可能性はまず無いとはたかをくくっていたが、それが限りなく低くする確認の為に死後の倫理観を問い正した。知ったことかという返事で、それはもう無いと断言出来た。



「やっぱりアンタも転生者だったのね。ゴブリンなのに人間臭い訳ね」

「ふーん、そっちが素なんだ」

「まぁね。あんまり他の人と会話するのがおっくうだからああしてただけだもの」

 すくっと立ち上がったロギアナは、あの物静かで寡黙な印象を払拭させる態度で太々しく開き直る。


「つもる話は後にしましょう。アンタが言うにはまだ七人くらい残ってるんでしょう?」

「おっしゃるとおりだ。レイシア達も襲われてる可能性がある、行くぞ」

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