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俺の調理、ゲデモノ

 しきりに飛び跳ねる無数の魚影との接触はそれから間もなくだった。ヘレン兄弟を除き、俺達は甲板に集まった。


「船長! 面舵いっぱい、迂回すべきです!」

「いやダメだ! 間に合わねぇ! 下手すりゃ真横で矢面だ!」

「ぼ、僕が大声で歌ったせいでしょうか……! 人生で一度はやってみたいリストの一つだったのに……」

「んなわけねぇよアレイク。たまたまこっちに突っ込んできてるんだろ、来るぞ!」


 水面から船の上までの高低差をたやすく飛び越し、魚群の一端が飛び掛かった。頭上のマストに生き物がぶつかったとは思えない音が聞こえる。例えるならそう、投げた刃物が刺さる時の様な効果音だった。


 船の柱に刺さってビチビチと踊る魚のフォルムが明らかとなる。小柄でタチウオの様な細い体格に、長く鋭く尖ったくちばし。木製の帆柱に穴を開けるあたり、人にぶつかればタダでは済まない。

 ラッシュヘアテイル。頭の中にある知識によって魚型の魔物の名前が自然と索引された。殺傷力はいわずもがなだが、耐久自体は魚と同じらしい。タチウオというよりまるでヤリウオだな。


 水面下の魚群の殆どは船を素通りしていくが、何匹かは障害物を飛び越えようとする本能につられて飛び出してくる。時には船に体当たりして海面に落ち、時には船首に軽く刺さったまま抜けずに暴れている。


 ガツッガツッガツッガツッ、と不穏な音が足元で連鎖する。船長は憤っていた。


「ヤロー! 俺の船を穴だらけにする気かぁ! オイ! テメェら何とかしやがれ! その為に乗せてんだろうが!」

「んな事言ってもよ! 肉弾戦じゃ下まで届かねぇんだよ!」

 高く飛び上がって来た突進太刀魚ラッシュヘアテイルには攻撃できるが、下から攻めてくる以上眼下で船を傷つけている魚達までには手の出しようがなかった。


 何より、そんな事までかまけている場合ではない。弾丸の様に、くちばしが俺の喉元に迫る。

「っぶねぇ!」

 硬御こうぎょでとっさに防ぐと、弾かれた魚は甲板で跳ねるだけとなり念のためトドメをさす。低レベルに戻していたので脳内でレベル上昇のファンファーレが響く。


 群れが通り過ぎるのを待つしかない。多少船が傷物になるが、浸水するほどまでの穴はあけられないだろう。俺は避難してやり過ごすという判断を下そうとした。

 非力な船員達もラッシュヘアテイルによって貫かれそうな場面が何度もあった。だが、それを黒い影が横切り、討ち落とす。首狩りパルダだ。俺達では自分の身を守るので精一杯な場面を、一人で一般人を守っている。

 その両手にはナックルの様に柄を握る剣--ジャマダハルがあり、迫りくる魚の魔物を三枚におろしていた。双剣使いか。


 だがさしものパルダであっても全員までの保護には行き届かない。中へ逃げようとして行く途中で魚に当たり、くちばしに肩を貫かれる船員が叫んだ。パニックだった。

「頭と急所は隠せ! それ以外ならなんとかなる!」

 俺は周囲に声を張り上げた。ラッシュヘアテイルの突進は鋭利だが、殺傷という点では当たりどころが悪くなければ死に至る物ではない。最悪回復魔法で応急処置が出来るだろう。


 とはいえ参ったな、魚群が中々終わらない。相当な数にこの船は接触してしまったらしい。

 怪我人をなるだけ出したくないが、此処では海の中から飛び出す魚には手の出し様が無い。完全に後手に回る。


 どうにか群れの上から反らしたいところだ。直ちに船を移動させた方が良いか。

 いや、それとも向こうの進路を変えさせられれば、後続もこっちに来なくなるか? 俺は頭を必死に働かせる。


「ロギアナ! 船首に行けるか!?」

「的になる気は無い」

「壁にはなってやるっ。前方の海面を少しの間炙るぐらい出来るだろ? 行くぞ」

 身を屈めていた銀髪の少女は、押し黙りながらも従った。俺と一緒に魔物が飛び出してくる目の前に立ちはだかる。

 俺が部分硬御(ぶぶんこうぎょ)でロギアナに降りかかろうとする火の粉を防ぎながら、炎属性の魔法を使う様促す。



煌紅炎刧球(デュオ・フォボス)

 古木の杖の先から螺炎が(ほとばし)る。円を描いて塊となった炎は海の上で留まる。その全貌は優に三メートルを越えている。付近の海面から白煙が上がり、魔法の発生に驚いて飛び出した魚は火球に突っ込み消し炭に変わった。


「中級とはいえ予備の詠唱も無く杖だけで!? しかもデカイっ、相当な技術のいる芸当だぞ!」

 船内に残ったタチウオ達を仕留めながらレイシアは驚嘆していた。アイツも相当詠唱に時間掛けてたからな。


 炎の放出を続けさせる。少ししてから、船の進む先から徐々に水面から跳ねる魔物はいなくなり、魚影が下を通過することはなくなった。

 消えたのではない。船を避けて左右に別れて通過しているのだ。障害物を認識しなくなり、飛び出してくる可能性は極端に減った。


「ゴブリン、目的はこれ?」

「ああ、目先の海面にいくらか温度を上げてりゃ嫌でも魚はそれを避ける。だから炎で奴等の進路を変えられないかと思ってな」

 群れは先陣を追う以上、やがてその流れに先導して接触を避けられる筈だ。問題はロギアナの魔力が尽きるまでに魚影が過ぎ去るかどうかだが。


「この火球はどれくらい保つ?」

「数時間は」

「なら、大丈夫か。10分も経てば過ぎ去るだろう。しばらくこうしてて--」


 本当に迂闊だった。安全だったと思って気を抜いた所で、ラッシュヘアテイルが飛び出した。まだ群れが本能で飛び出す所から船は離れきっていなかった。

 火球をすり抜け、俺の対応が一手遅れ、ロギアナの眼鏡と鼻の先にまで刃の口が差し迫る。


 その直前、横合いに別の何かが通過した。弾丸の魚と接触し、手すりに縫い付ける。

 パルダの籠手剣(ジャマダハル)だ。奴が投擲して、彼女の顔を串刺しにする危険から守ったのだ。


「……やるねぇ、助かった」


 引き抜いたジャマダハルを投げて渡し、俺は黒ずくめの冒険者に礼を言う。返事はないが、しっかりと受け取って船内で跳ねるタチウオの殲滅に向かっていく。殆ど無力化したとはいえ、魔物だ。


「アレイク、お前もしっかり倒しておけよ」

「や、やってます。うぅ……生臭ー」

 それにちょうど良い。俺も数匹倒しただけでレベルがかなり上昇した。豊富な経験値量を持っている。甲板に上がって仕留めやすい状態ならば、アレイク等のレベル上げにもってこいだ。


 ロギアナからの、次はもっとしっかり見張れという視線に刺されながら近くに上がったラッシュヘアテイルを倒してレベルを現状の限界まで上昇させる。


 嵐の様な魚魔物の襲撃が終わり、床は血と海水が入り混じって水浸しになり、鱗と無数のタチウオの亡骸が散乱していた。確かに魚特有の臭いが充満している。


「海の上は思ってた以上に危険なんだな船長。良くもまぁこんな航海を今まで往復できたもんだ」

「そんなにホイホイ起きてたまるか。初めての経験だよ。ついさっきまで晴れていたのに甲板に落雷が落ちるぐらいの確率だ。なんせまず奴等のあんな数を見たことがねぇ。本来ならこんな海域に来ねぇ筈なんだ」

「じゃあ、何か原因でもあってこっちに群れで来たところを運悪く当たっちまったって訳かい?」

「知らねぇよ。魔物も生き物だ。海の天気と生き物は予想出来ねぇんだよ。知ってたら事前に回避してるわ」


 船の損傷具合や後始末にぶつくさ文句を言いながら、船長は船員達と後処理を進める。タチウオは基本廃棄するらしい。生食の習慣は無く何より足が早いので、魚だからと言って食用にするのは難しいみたいだ。だが、食べれなくはないと。

 ならすぐに調理すれば良いんじゃないか? そう思って俺はなるべく原型の保っているタチウオを二尾拝借した。


紅連甲(ぐれんこう)

 血を抜き、串に通して持ちながら片手の付与(エンチャント)の炎で炙る。火起こしに使ったり、本来の用途とはまるで違った試みだろう。


 きつね色になった所で岩塩を振ってひとまず完成。

「……おっ、ほふっほふっ。行ける行ける」

 干し魚は良く食べていたが新鮮な魚を食べるのは前世以来だ。焼き魚をほおばっていると、声が掛かった。


「おぬし、なんというか、たくましいのう」

 安全を確認して部屋から出て来た非戦闘員のリューヒィは、俺のやってる事を見て呆気にとられていた。倒したばかりの魔物をその場で食う奴はそうそういないと思っているようだ。


「バカ野郎、冒険者は明日飯が食えなくなるのだって珍しくないんだぞ。食える時に食う。とりあえず味見してみる。それが弱肉強食ってもんだよ」

「それはおぬしみたいに多少の物を食しても腹を下さぬ輩だから言えるセリフじゃよ……」

「だったら一回口にしてみろ。俺の行いが正解だってすぐに分かる、ホレ」


 残ったもう一尾をリューヒィの前に差し出す。眉根を寄せて怪訝そうに調理された魚魔物を見る。その視線はゲデモノ料理と捉えている。


「……うー。し、仕方ない。ぬしの味覚を信じるぞい」

 恐る恐る、ゆっくりと小さな唇に焼き魚が運ばれていく。腹の部分をそっとお上品に歯を立てた。

 長い咀嚼そしゃくをする間、無言が続く。開口一番に出たのは、


「ううむ、まぁ、なんというか、これは、味としてはしょっぱい。何の変哲もない焼き魚じゃな……」

「何の変哲もない言うな。こういうのはなー、自分で獲って自分で作った分も含めて味わえるんだぞ。しかもそれで普通に食べられる次元まで昇華されているのはすごい事なんだからな」

「じゃけど儂全く携わってないもん」

「ケーッ、贅沢言いやがって! ありがたみを知らないでか!」

「ありがたみは感じておる。普通に美味いよ、新鮮で焼きたてだからのう」


 続けて二口、ラッシュヘアテイルの串焼きを自然と食べながら彼女は言う。


「わざわざおぬしが作ったんじゃ、それを振る舞ってくれたのを感謝するぞ--」

「ゴラァァァアアアアアアアアアアアアアア! テメェエエエエエゴブリィィイイイイイイイイインッ! なぁにやってんだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 何の前触れも無く俺を襲いかかる罵声。

 何事かと振り返ると、そこにいたのは青筋立てて怒鳴るのは他ならぬ船長。

 

「船内で火ィ使うとはどういう神経してんだァああああ!? 火事になるだろうがァああ! 殺すぞ!?」

「おぉぉ!? すんませン!」

 これ以上魚を焼く事は許されなかった。


 落ち着いたところで船内に戻り、自室に入るとまだ横たわってヘレンはうんうん唸っていた。船酔いが続いているらしい。大言壮語の役立たずが。

「すまないなグレン殿。俺も兄の看病をせず上に出れば良かった」

「へーきへーき。何とかなったから」


 少し食休みがてら、また魔力を流す訓練に枝葉流しでもやるか。今はレベルが最大のLV24に戻ったから魔力の容量も飛躍している。時間も経過して回復しているから、簡単には魔力切れを起こさず気分が悪化することは無いだろう。

 今回倒したラッシュヘアテイルだが、海の魔物だけあって魔物の情報が載るスクロール羊皮紙を見たところやはり水属性の魔力を持っていた。


 まぁ各々の属性魔力を持っているのと属性通りに使えるかどうかは別の話になるよな。俺もステータス上では地属性の領域にいるが、炎属性に突出している訳であるし。

 とはいえ、どうして俺は炎の魔力に素養があったんだろうな。才能であり元から使えるのだから、と言ってしまえばおしまいだが何か要因でもありそうだ。


「……水属性は、葉っぱから水滴が零れるんだっけな」

 水の魔力の枝葉流しはこの前ロギアナに見せてもらった。成功のイメージを模倣する。

 魔力を吹き込んだ時の感覚は幾度も経験している。アレに、属性の様相を加えて……


 (まぶた)を強く瞑って意識を手先に集中させていると、指から冷たい何かに濡らされた。小枝を持っている手に液体がポツポツと落ちている。


 青い葉から水滴が湧き、夜露の様に溢れだしていたのだ。枝を強く握って中の水分が絞り出されているのとは違う。この反応は間違いない。


「よーしよし、水属性の魔力も俺にはあるみたいだ」

 この船旅で、俺は水の付与(エンチャント)の習得を目標にしようと決めた。

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