俺は英雄、ヘレン
※視点が変わります
※ヘレン視点
俺の名前はヘレン。いずれは英雄となる男だ。
弟と故郷を発ち、今は旅を続ける冒険者というのが実情だ。占い師の予言ではこの冒険が世界を守る程の偉業を為しえる旅になるそうだ。
俺は住んでいた村の人々に送りだされた。このままこんな田舎で腐るのは勿体ない逸材だ、そして村を繁栄させる希望になってくれと崇められる形で。
もてはやされた俺はとにかく実力を身に着ける事にした。名ばかりで中身が伴わないと話にならないからな。
出発から数日。辺境の地の道のりで俺達はゴブリンの魔物を目撃した。とても人間に近い姿だったがその肌が敵を表している。
しかも川辺で裸になって何やら水浴びをしていた。そんな生態があるとは初耳だ。
しかも意味は不明だが言語を発する。相当な知能を持った魔物。俺達の覇道の礎として倒す価値のある敵だとすぐに理解した。
だが奴の逃げ足は並々ならぬ物で、俺達の前からすぐに行方をくらました。魔物の中でも危機察知に長けている。俺の中の光り輝く素質に気付くとは見どころのある魔物だ。
「そのゴブリンでしたら昨日も村に足を踏み入れた所を追い払いました。どうも素早い魔物で我々も手を焼いておるのです」
「昨日、も?」
「ええ。先月ぐらいから備蓄した食糧が無くなったり畑が荒らされてほとほとに困っておりまして。恐らくはあの森に棲んでいるゴブリンの仕業に違いありません」
「そうだったか。あの森には確か狂暴な魔物が生息していると聞く」
「はい。村の者の力では到底近付けないのです。普段であれば平原には魔物も姿を現さないのにも拘わらず、あのゴブリンだけはどうもこの村にまで侵入してくる次第で」
「話は分かった。此処はいずれこの英雄になる男ヘレンに任せてもらえまいか? なあ弟よ」
「兄者の言う通りに」
「おお! ゴブリンを討伐してもらえるのですか? それはありがたい。是非私達の村でもてなしを」
コルト村でそこの長老と話をした俺達は、ゴブリンを倒す間この村に数日の間滞在する事にした。
翌日、さっそく森へと向かった俺達は奇怪な魔物と遭遇する。
「ン゛マ゛アアァァァァ!」
「コイツはマンドゴドラ! 非常に攻撃的な魔物だ」
「兄者、襲ってくるようだがどうされる」
「下がっていろ弟よ。お前の弓でこの機敏で小さな魔物は狙うのは難しい」
「ン゛マ゛ァァァ!」
「心得た。頼んだぞ兄者、その英雄の資質を見せてくれ!」
「いいとも。さあ来いマンドゴドラ」
「マ゛ァァ! ン゛アアァァァァ!」
「うおおおおおおお!」
「ン゛ン゛マ゛アアァァァァ!」
「てぇぇぇやあああああああああ!」
「ン゛マ゛アアアアアアァァァァ!」
「い、いた、い、痛い! 貴様、顔を引っ掻くのは卑怯だぞ!」
「ン゛マ゛! マ゛ッ! ン゛マ゛ァア!」
ゴブリンとの闘いの前に、俺は強敵マンドゴドラと熱い戦闘を繰り広げた。
その日の午後まで、俺達は別の魔物と何度も闘った。占い師に後日レベルを聞いたらLV10まで上昇していたようだ。だが、標的たるゴブリンの姿は無い。
今日は此処までか。そう諦めて今日の捜索を打ち切ろうと考え始めた時、
「兄者! あれを」
弟の指が示す方へと視線を向けると、夕日の指す森の出口で、奴の姿を遂に目撃する。やはり、このゴブリンは森に生息していたのか。
向こうもこちらに気付くなり、慌ててその森の中へと逃げ込んでしまった。追いかけるも、既にその姿は無い。
逃げ足の早い奴め。この英雄になる男ヘレンに恐れを為すことは恥ではない。だが、いつまでもそうしていられると思わないことだ。
さらに翌日。あのゴブリンを打倒し、村の平穏を守る事を心に誓い、俺達は村を出た。
今回も森を中心に散策し、魔物という脅威を掃討する。そうすれば村人も、山菜採りだって出来るようになるだろう。
そう思って歩いていた道中。昨日は目にしなかった光景が俺達の足を止めた。
いつの間にか、小屋が建っていたのだ。人一人が寝泊まり出来るテントの大きさで、動物の毛皮に木の骨組みにした簡易な物だった。
その入り口に、切り株を椅子にして居眠りする老人。肌は酔っぱらったように赤く、体格は小さい。ちょび髭と個性的な長い鼻。毛皮のフードを被り、一気に年老いた山の漁師のようだった。
「そこの老人、ちょっと良いか」
「んご? ……おおこれはこれは、旅の御方か?」
しわがれた声で、閉じていた細い瞼で老人はこちらを見上げる。
「こんな場所で何をしておられるか?」
弟の疑問に、落ち着き払った様子……いや未だ寝ぼけた様子で返事をした。
「ホッホッ。儂も辺鄙な山奥で猟をしておってなぁ。いやぁ歳が歳なんでのう。孫が村で暮らしたらどうかと言ってきたんでなぁ。人がいる土地で隠居でもしようと思ってのその道ながらに休んでおるんじゃ」
「あの森を抜けてきたのか? 危険な魔物がいただろうに」
しかもこんな年寄りが一晩を村の外で過ごすとは中々無茶をする。ああ、そうだったな。森から離れた場所なら魔物は滅多に顔を出さない事を知っているようだが、その習性を逸脱したゴブリンの存在はこの猟爺は存じていないのだ。
運が良かったな。それに今日こそ、そのゴブリンも討伐する。
「うーむ。して、お主達は森に入られるのだな?」
「ああ。少し魔物と闘う予定だ」
「それは丁度よい。儂には今後無用の長物なる荷物が多くてな。魔物との闘いに役立つ物を授けよう」
そう口にして老人は切り株から立った。小柄な上にせむしで、そこらへんで拾ったと思われる木の杖をつき、毛皮のテントの中に入っていく。
「どうやら森には蛇や蜘蛛も多くてのう。気付かないで近づくと毒を持ったのに咬まれて危険じゃよ」
それは知らなかったな。あそこにいる危険な存在は、魔物だけではないのか。
「なので、万が一に備えてほれ」
そうして手渡した物に俺はギョッとした。老人が取り出したのはあのマンドゴドラだったからだ。
「なっ! 老人これは魔物ではないか!?」
「そうだのう。こやつの根には解毒の力があってな、便利じゃよ」
しかし、よくも無傷でこんな狂暴な魔物を収穫したなぁ。俺はそう感心していると。
「ン゛、今日は妻の誕生日だ。早く仕事を終わらせて帰らないと」
「老人、老人ン! 今何か話したぞ!」
「おお。それは活きが良い証拠じゃ。害はないから安心せい」
「というか、こやつの独り言は何なのだ。仕事しているのか。え、奥さんいるのか? これだと帰らぬ人じゃ……」
「案ずるでない。これもある」
そういってまた大人しいマンドゴドラを老人は差し出した。その根にあった顔が喋り出す。
「ン゛ン゛、旦那は今夜遅いから。入っても構わないわ」
「老人!? こっちは奥さんなのか! 夫の不在に男連れ込んでる気配がするのだが! 不倫か! 根っこが不倫をするのか!」
「兄者と同じで浮気性なのだな」
「五月蝿いぞ弟よ! な、何なのだ。この冷え切った夫婦関係は。マンドゴドラにもそんな社会があるとは思いにもよらなかった」
「ついでにもう一つも持っていけ。二人分と加えてのサービスでのう」
もう嫌な予感しかしないのだが、俺は動悸を抑えながら受け取る。このマンドゴドラは、植物なのに黒いサングラスを掛けている。
「ン゛、旦那一人を殺るならざっと300万と言ったところだな」
「殺し屋招き入れてるゥ! 奥さん夫の殺害依頼してるんだけど!? 冷え切った夫婦関係どころか氷河期突入してるんだけどォ!」
「兄者が画策していたハーレム計画もひとつ間違えるとこうなるのだな」
「だから五月蝿いぞ! ええい。こんな物ただの植物の戯言だ! 聞く者を憂鬱にさせる自衛手段なのだ! 御老人、と、とにかくありがたく頂こう」
兎に角此処は親切に受け取っておこう。いずれ森で役に立つ機会があるやもしれん。
「それと、そちらの方は弓をお使いになられるのかな?」
「ん? そうだが」
老人が今度は狩人を職業とする弟に顔を向ける。ちょび髭をもごもごと動かして。
「丁度よい。狩猟で使い残した矢があるんじゃ。お主の矢にも限りがある、補充するのは如何かな?」
「ああ、それも貰えるならあり難いな。すまないなそこまで」
「いいやいいや。もう使わないからのう。ただ、結構あるからお主達の目で選別してもらいたいんじゃよ」
こっちじゃ、と先導され毛皮の小屋の中へ入るように老人は促す。小柄な老人用の入り口は狭苦しくてたまらず俺達は荷物を後ろに置き、入っていく。
その時だった。背後にいる老人が言う。
「さーて、のう」
「む? どうした」
「お二人さん、没シュートぢゃ」
俺達を待っていたのは、虚空。いや、穴だった。
「ぬわあああああああああ!?」
突如、強い力で老人に突き飛ばされた俺達は、その地面と一緒に落ちていく。落とし穴が仕掛けられていた。その頭上で、最後に老人は高笑いする。