俺の対局、綻びの認識
今回での野営にはテントを張る。雨風凌げない場所でのゴロ寝に慣れてる俺とは違って、皆はそういう物が無いと大変だというので俺もそれに合わせることにした。
ちなみに狩人たるクライトのコーチの元籠手弩の狙撃の練習で、森の付近にいた七面鳥もどきを仕留める事が出来たので良い晩餐が増えた。
焚火の周囲を囲い、七人で代わりばんこに見張りと焚火を見るという事になった。俺は夜更けの辺りで火の番をする。
ようやく移動を止めて空き時間が出来た頃だった。俺はリューヒィに呼び出され、テント内に招かれる。
「何のお誘いかな? 野郎を招き入れるなんて危ないぜ?」
「パルダと共用しておるのでな。何処かで見とるから気を付けた方が良いぞ。おぬしとはこれをやりたくてな」
折り畳まれた木盤を開き、下に置く。遊戯用のボードであると一目でわかった。
「牙駒棋という盤上遊戯じゃ。平たく言えば駒取り合戦じゃのう」
「俺、ルール分かんないんだけど」
「いいや知っとるはずじゃぞい。ぬしの頭に、しっかりと」
こめかみを指す彼女の仕草に、意図が分かった。
以前俺はこの赤髪の美女にどうやってかこの世界の知識を入れこまれた。それには何度か助けられた。だから目的が良く分からないし奇妙なところはあるが、敵ではないと見ている。
俺を利用したいのかもしれないが、コッチもまだ様子見だ。
「駒を並べながらゆっくりと反芻させよ。最初はいくらでも猶予をやるぞい。御付きのパルダは付き合ってくれんし、他の皆の中で対局に一番面白そうなのがおぬしじゃった。儂の戯れに付き合ってくれんか? 案内の対価という事でのう」
「ま、暇っちゃ暇だから構わないが」
歩兵、弓兵、騎兵、戦車(馬車)、女帝の駒を駆使して皇帝の駒を守るという将棋とチェスを混ぜた様なボードゲームだった。しかも駒が武装した竜をモチーフにされている。そこに耐久数とか撤退という駒の引っ込み手等のルールがあるそうだ。
紅白の碁盤に木で出来た像を並べながらリューヒィは言う。
「この盤上遊戯はドラヘル大陸の物でのう。戦の縮図を模しておるので、昔からこれで戯れながらも兵法を学ぶ者がおった。竜人もこれで遊んでた様じゃ」
「竜人もやることは人と一緒か」
「ゴブリンのぬしがこういうのをするのも珍しいじゃろうて。竜人ものう、知能は亜人の中でも森の頭脳と評されるエルフにもひけを取らぬよ」
俺の知ってるエルフは森の頭脳というより森の煩悩だったけどな。というか森の賢者のゴリーヌさんと言い、森の中で賢さを競ってるのかな。
「人は牙や爪も無い代わりに武器を作り、罠を作り、兵器を作る。人間は亜人を含めた人類の中で唯一無二に秀でていたのは開発力じゃよ。更にはこのような趣向を凝らしつつ兵法を身に付けさせるといった発想まで伴っておる。まっこと面白いとは思わぬか?」
「まさかとは思うが、俺に遊戯を通して戦術でも教えようって訳じゃ無いだろうな」
「起源はどうであれ遊戯はあくまで遊戯として嗜むのが粋じゃよ。ほれ、先手は譲ってやろう。好きに打ってみよ」
促され、定石も悪手も良くは分からぬまま駒を前に出した。最低限の知識はあっても勝利の方法までは暗中模索の状態だ。
「どうじゃ調子は」
「何がだ?」
「そりゃあ色々じゃよ。ぬしが掛かっているという呪いとやらは今平気なのか。白昼からやっておった鍛錬の具合はどうだとかあるであろう? それに、儂と別れてから起きた出来事の話とか聞かせてくれんのか。儂がおらんでもしっかりやれとったのか心配でのう」
「別れた夫婦みたいな事言うなよ」
パチパチと駒を打つ音だけが静かに聞こえる。その中でゆっくりとした会話が続いた。多分これはリューヒィのはからい。旅の息抜きをさせている。
「まぁそうだな。色々あったな。岩竜の時も詳しく話してなかったし」
「夜は長い。存分に話すと良いぞ。言うた筈じゃ、儂はおぬしに興味があるとな」
「いや多分それ言ってない」
「はてそうだったかのう。じゃあ今言った」
「見張りもあるんだがなぁ」
俺の番は結構先だし、それまでは起きているつもりだったけど。
俺は鉱山での詳しい出来事、それから予言の事、死の夜の事件、そして呪いを受けた経緯を話した。その間に何局も牙駒棋には負けた。会話に頭を使ってるからだきっと。
「ううむ、聞いてる限りでも何ともまぁ、大変だったのう。あ、王手」
「同情するなら手加減して」
「それは無理な相談かのう。だって既に手加減しとるから」
「……ぐうの音も出ねぇ」
にっこりと微笑まれながらの一手に俺はメタメタにされていた。俺向いてないかもしれない。
「だからかのう。おぬしは自らも気付かぬ内に、やはり張り詰めてる様に見える。死の呪いへの焦燥、というより不安が大きい」
「タイムリミットで焦っていたのは認めるが、不安がってる様に見えるか? これでも俺はどっしり構えてるつもりだぜ?」
「おや、死が怖くないと?」
「怖くない訳がないが、その時はその時って感じだな。呪いを解くのに間に合わなかったら、なるべく苦痛も無くぽっくり命を奪ってほしいね。ヴァジャハがその力で殺した時の様に」
俺は既に死を経験している。そういう意味では死後への未知の恐怖というものは無い。またあの世で面接だ。今のところ、こんな境遇でもくさらずに善行稼ぎもしてて悪い評価は貰わないと思う。
「そうかそうか。勇ましいことじゃ」
「もしかして強がってるとか思ってる?」
「うんにゃ、確かにおぬしが気にしておるのはそこではなさそうじゃ。とすれば、悩みの種は、やはり生前の間の事じゃろうな。身の振り方と見た」
対局の中で俺が次の一手に迷っていると、リューヒィは言う。
「のうグレン、試しに聞いてみるがおぬしはどうしていくつもりじゃ?」
「どう、とは?」
模索しながら動かした駒。彼女は悪手じゃ、と告げる。
「どうやらおぬしは全うに生きていくつもりのようじゃが、具体的な指標が見えぬ。何を為して今生を終わらせて行くのかきちんと考えておるのかえ? 漠然と冒険者というのも良いが、おぬしの生き様は只の過程としてしか見ておらぬように伺えるぞい」
そして打たれた一手は鋭い。言葉も同じだ。
俺は天国に向かう為、転生として生まれ変わったゴブリンの人生を自分なりの正しさで過ごしている。リューヒィの言う通り、俺は今より死んだ先の事ばかりかまけている。
呪いを解くというのも、強くなるというのも、立場を固めていくというのもすべて自分が精一杯生きましたという意思表示を見せる為の物だ。言ってしまえば、それ以外にゴブリンの俺が現世に期待しているものは無い。
仕方ないじゃないか。ゴブリンになるというとんでもねぇハンディを背負っていて、ロクな経験もしなかった。無条件で他者には嫌われ、下手すれば命を狙われる。
それで生きがいでも見つけろって? そんなの笑い話だ。余裕なんて無い。俺は何も悪い事をしてないでは許されない身で、何で今をただ生きるという事以上の行為をしなくてはならないのか。
ふと、失笑が出た。思わず顔を抑える。気付いてしまったからだ。俺はあの世で自分が天国に行けないと言われた時、前世の人生をこう評してしまったんだっけな。
まるで薄っぺらい紙風船の様な人生。繰り返してんだ、俺は。
そして薄々気付いてたんだな。このままで良いのかって。大人しくゴブリンの身の丈だと思った生き方を続けていく不安に。
「高望みしたって良い事なんかないさ」
「諦観しておるようじゃな。しかしのう、一度きりの人生じゃよ? おぬしは本当にそれで納得しとるのかえ?」
一度きり、か。俺は二度目なんだけどね。だが人はそう簡単に変わらない様に、状況が変わっても本質は同じところへと知らず知らずのうちに向かっている。
「……期待しない方が良いぜ。俺の視野はどうも狭いんでね。つくづく手前でも嫌気がさすくらいの小物だよ」
実際の戦ならば首を差し出す様な一手を打った。局面を捨てた。
「嫌気がさしているのならば、脱却したいとは思わんかえ? 儂は思うんじゃよ。大切なのは、本人の意思だと」
「何のお誘いだそりゃ?」
「そうだのう、それはまだハッキリ断言出来ぬが」
既に確定的な勝機を見つけたと言わんばかりの駒への手つき。リューヒィは決着の一手を打った。
「災禍を撒く王の中の王。その首を獲れるだけの偉業を、為してみるとか」
王手と同時の一言だった。静まり返る。
「さて、詰みじゃのう。またおぬしの負けじゃよ。もっと張り合いがいが欲しいわい」
「…………どういう意味か聞いても良いか?」
「それはおいおいに。今宵はここまでにしよう。旅はまだ始まったばかりで長いぞい。こういう話をしたいならまた指しながらだの。ぬしの気が進めばの話じゃが」
「そう、だな。焦りは」
「そう、禁物じゃ」
微笑みながら俺は見送られ、俺はテントを出る。まもなく見張りの番が来る。ちょうどいいぐらいに時間を消費した。彼女の暇つぶしには、色々な作為を感じる。
「交代の時間だレイシア」
「そうか。もうそんな時間か」
焚火の前で自前の剣を研いでいた聖騎士の少女と俺は入れ替わる。
「どうした? 出発して早々顔色が優れない様だが、鍛え過ぎたか? 筋肉痛ならまた治癒魔法で治してやるが」
「やだよ、治って早く筋肉が付くのは良いけどアレかなり痛いんだから。水属性の魔力も使えてからやってくれ」
「生憎私にそんなものはない。しかし、苦痛は身体ではなさそうだな。他に何かあるんだろう? 誰かに何か言われたのか? 隠さずに言ってみろ」
天然なくせに、感情の機微には敏感な奴だ。結構澄ました顔をしていたつもりだったんだがな。見抜かれたか、動揺に。
誰かが悪いという話ではない。自分で自己嫌悪の渦にはまっただけだ。
「いや大した話じゃない。ただ、気付いたら俺の生き方というかやり方は正しいかどうか自分で自信がなくなってきただけだ。まぁ一時の流行り風邪みたいなもんだよ。レイシアはどうだ? お前は自分がこうしてて本当に良いのか? って思う時はないか?」
レイシアは磨き上げた剣の仕上がりを確認し、鞘に仕舞い、立ち上がる。そのまま俺とすれ違う。
「疑問など、後からいくらでも沸くものだ。どんな些細な事でも、後ろ髪引かれる事は多分、皆経験しているだろう。私は己の不甲斐なさに苦しむ時はあれど、進路についての悩みはあまり無いけどな」
「楽観的で羨ましいな」
「悲観して後ろばかり見ていても仕方ないだろう? グレン、それは他ならぬお前が証明しているではないか」
「俺が?」
「ゴブリンとして、人前でも堂々としているお前だって色んな悩みや葛藤があっただろう。お前の迫害を近くで見て来たから少なからず私にも考えさせられた」
そういやこいつは宿に泊められなかった俺の事情に憤ったり、一方的に俺を疑ってかかった兵士を黙らせたり、色々俺を擁護してくれたな。
「しかし、お前はお前だ。誰の評価も物差しがあっても、結局決めるのは己だろう。正しいかどうかより、自分らしいかどうかがハッキリしていれば良いのではないか? 人かどうか、亜人かどうか、魔物かどうか、そんなことよりグレンはグレンだ。それで良いと私は思う」
「俺は俺、ねぇ」
「良いじゃないか。どんな生き方であれ、結局最後に満足させられるのは自分のやり方だと思うぞ。とりあえず進んでそれから考えれば良い。直観で生きている私にはそんな程度の答えしか無い。では、見張りは頼むぞ」
そしてくっころ騎士は自分のテントに戻っていった。考えるだけ無駄だ、って事か。そうだな、これで終わりって訳じゃない。これからの事はこれからゆっくり考えていけばいいか。
ただ二人の言うことは似通っていた。どちらもどんな人生観であろうと、謳歌しろと。確かに俺は、ゴブリンとして生きてるのをただの試練の過程ぐらいにしか思ってなかった。でも、それはきっと捉え方次第だ。
ありがとな、という言葉は多分届かなかった。くべられた薪が割れる音にかき消される。




