俺の鍛錬、魔力操作
予定していた人数より一人多く連れて、俺達は馬車に揺られている。
リューヒィ曰く、パーティーとはあくまで役割分担として形成するものであって人数を限定する必要は無く、多いなら多いでそれに越したことは無いそうだ。強いて言うなら、統率を維持ずる技量が必要になってくるくらいだと。
もし役割の重複で問題が起こるようなら護衛として彼女が連れて来た凄腕の冒険者パルダを単独で行動させても良いと提案して来た。それはまず、その場の状況を見て考えることにしよう。
なんせ、全員揃っての出発地点アバレスタから港のあるリゲルまでの道中は、魔物の出没が殆どない比較的安全な道を通っていた。畑があったり森や草むらを避けている道筋である為か、のんびりとした移動が続いていた。
皆、あまり広くはない荷台の中で好きな過ごし方をしている。リューヒィは運ぶ予定の酒樽を真昼間から既に開けて堪能している。ヘレンは読書しているロギアナに声を掛けているが無視され、弟のクライトは自分の弓と矢の手入れをしていた。
レイシアとアレイク二人は馬車から降りて、歩きながら稽古していた。鬼教官のくっころ騎士に普段以上にしごかれたアレイクはひいひいと辛そうだった。パーティーの中では特にレベルが低い以上、鍛えてもらわにゃ。
俺もまた荷台の中にはいるが、きちんと鍛錬している。まずは魔力の容量を増やす訓練だ。
簡単な話、付与の紅蓮甲を発現し、それを維持し続ける。火事に気を付けながら、手が煌々と燃え上がり、魔力を垂れ流しにしていた。
これが結構キツかった。ただ放出するのにも一、二分で保てなくなり、疲れ果てて気分が悪くなる。実践じゃもっと長期的に余裕を持たないと話にならないなやっぱり。
ひたすら魔力を放出し、魔力が回復したら再開を繰り返す。これで少しでも長く時間を伸ばす事を目標としていた。回復する間はシレーヌから貰った紙のトレーニング内容を実践する。筋トレだ。
ただレベルが高くなると身体能力も上がってしまう。それだと大した負荷が掛からない。土台を鍛えるならこれはレベル1に戻した方が効率が良い。だがそこには問題がある。そもそも秘跡の出来る奴がいる事が前提だったからだ。
読書中の魔導士ロギアナにお邪魔して聞いてみるが拒否された。光属性は持っていないそうだ。他に魔法に長けてる奴はいないだろうか聞いて回る。
「それなら私が出来る」
唯一の術者はかなり近くにいた。レイシアだ。彼女はどうやら光属性に開眼して以降、ハウゼンに聖騎士たるものこれくらいは出来る様になっておきなさい、と秘跡のやり方と初歩的な回復魔法を口授して貰っていたらしい。
おかげで旅先でも問題なくレベルの底上げが出来る様になっている。そうして俺はレベル1に下げた。他の戦えるメンバーもいるし、その為に大金はたいて雇ったんだから働いてもらおう。
今やってる魔力放出も初期の段階で数分が限度であれ、当然レベルが戻ればもうしばらくは維持できる。だがこれで闘技を併用するのだからもっと余裕を持たせないと。
「んー? 何じゃおぬし、面白いことしとるな」
絡み酒をしてきたリューヒィがけらけらと笑う。酒気を帯びて上機嫌な様だが、顔は赤くならない。相当蟒蛇だなこの女。
「のう、どんな芸なんじゃ?」
「付与の練習だよ。紅蓮甲って呼んでる」
「グレンに紅蓮甲とな。洒落とるのうかっかっかっ」
話を軽く済ませると一人で受けてる。ほっとこう。
そういや、シレーヌとの戦闘で付与の様々な種類を見たな。属性によって性質が変わる。俺なら炎属性の火力増加と燃焼。
状況に応じて、付与を使い分ける。つまり色々な属性に変えられれば、俺の対応の幅も変わるのかな。
ふと思ったので俺は当初魔力の放出を教授してくれたアレイクに話を振った。別の属性の魔力はどうやって使えば良いのかと尋ねる。
「魔鉱石は覚えてますか? 魔力を注ぎ込むことで、属性に応じて発光する色が変わる特殊な石を」
「ああ、あれで結局出来たのは光らせるんじゃなくて、付与によって炎で包む事だったな」
「はい。それで付与は数段飛ばしで出来てるって言いましたね」
レイシアとの訓練を中断し、汗を拭きながらアレイクは俺に解説する。
「本来アレは魔力の放出でどの属性が得意か確かめる初歩的な検査の道具でした。もし、魔力の属性ごとに実戦的な練習をするというのなら、こういうのもありますね」
アレイクは道端に生えていた木の枝を摘む。木の葉が付いた新鮮な若木の枝だ。
「これは次のステップで。魔力放出で属性の使い分けを学ぶのにもっともポピュラーなやり方です。その名も枝葉流し」
木の枝の先端がマッチの様に火が灯った。ゆっくりと下へと流れて燃えてゆく。
「属性の影響による枝葉の変化でどの魔力を使えてるか確かめられます。これって魔鉱石でも出来なくはないんですけど、あっちは微量でも反応してしまうので使えるというよりその属性を持ってるかが分かる程度になるし、小枝と葉っぱで出来るんだからこっちの方が安価でしょ?」
「それは炎の魔力で枝先を燃したと見て分かるんだが、他はどんな感じになるんだ?」
「雷なら葉っぱがショートして焦げます。水なら葉から水滴が漏れ、土ならカラカラに枯れて、風だとスッパリと切れますね」
あとは以前教えた通り、インスピレーションの問題だと。
試しに慣れて来た炎の魔力の放出を摘んだ小枝をつまんで流し込む。付与が対象に包み込むイメージなら、今回は内部に吹き込む感覚。
炎属性は難なく出来た。アレイクがやったように、先端だけに火が灯る。多少は俺でも操れるようになった。
問題は別の属性。炎を出す時とは全く別物で、中々別属性に変えて魔力を捻出させようにも感覚が掴めない。やっぱり微量でも出てるのか魔鉱石を持ってきて知りたかったなぁ。
アレイクは炎属性と土属性は扱えるようだが、他はからっきしらしい。そもそも彼自身もあまり専門的に詳しいって程でもない。あくまで学べたレベルの物を俺に伝えてくれているだけだ。
様子を見ていたロギアナとふと目が合った。紫水晶の目はそっぽを向いた。俺の暗中模索を見かねてはいるが他人にそこまでしてどうすると自戒している様な感じだ。餅は餅屋、か。
「なぁ五属性扱えるんだろ? どうやって使い分けてんの」
「……」
「おいおい旅の仲間じゃないか。そんなつれない態度取らないでくれよ。別に減るもんじゃないんだからさぁ」
「タダではお断り」
「んー、分かった。じゃあ情報料として気持ちばかりに出そう。相場は決めてくれ、ただぼったくりはよしてくれよ」
「ディル金貨一枚分」
俺は懐から金銭を一つロギアナにパスした。銀髪の少女はそれを受け取りながら淡々と話し始める。利と理で動くタイプは助かるな、メリットがあれば意固地にならずに動いてくれる。
「まず手順が違う。素人なら属性を考えてから流すより、流してから属性をイメージする」
得意属性ならばどちらでも問題ない。だが才能の無い俺はそういった部分から矯正する必要があるみたいだな。
「次に成功の想像。見本を模倣するのが一番」
「てことはお手本が欲しいところだねぇ」
「…………」
無表情だった彼女の顔が僅かにめんどくさそうな表情を見せる。しかし俺が摘んでおいた小枝を手に取り、ロギアナは掲げた。しかも指の間に四本挟んで。それで芸でもやるつもりか?
「これで良い?」
「お、おおう。大したもんだ」
芸としてでも見事に洗練された物だった。それぞれ四本の小枝が四属性の魔力の影響を受け、変化している。枯れ、焼け焦げ、水が滴り、葉がバラバラに散る。それが同時にだ。
彼女は片手で一度に四種類の魔力を使い分け、流し込むという離れ業をやってのけたのだ。皆も注視し、感嘆の声を出す者もいる。
「凄いなロギアナ殿! そんな繊細な事をする魔導師を俺は始めて見たぞ!」
「魔導師がやるところを見る事自体が初めてだろうに兄者は。しかし魔力操作が上手いと、魔法の錬度も高まり強くなる。やはり銀髪の魔導師なだけあるな」
「これで宴会芸でも出来そうじゃのう」
「どうも」
色んな声にも意に介さず、ロギアナはやるだけやったと言いたげに使った枝を道端に放り、元の位置に戻る。心の距離は、まだ皆と遠い。
不安要素ではあるが、見てる限りでは自分の役割は全うするとは思う。無理やり仲良くしろとは言い難い。まだ様子見で大丈夫だと思う。
むしろ心配なのは、アレイク・ホーデンの方だ。彼はまだ納得していないという態度が見える。こっちは説得しないとならないかもしれないな。
募集主として仕切る立場に立っている以上、こういう取持ちをせざるを得ないのは難儀なもんだな。
そんな気苦労を予感しながら、小枝に魔力を流す訓練を続けた。




