俺の相談、各々の動き
すぐにアルデバラン城へ訪れた俺は、聖職者としてこの手の問題に通ずるハウゼンにこの話を伝えて呪いの痣を見てもらった。俺の気心の知れた王女達も集まる。
「結論から言うと、ヴァジャハが残したその呪い、我々でも解呪するのは困難です。退魔の性質を持った光属性の魔力を弾く時点で、手の施しようがありません」
一瞥で、聖騎士でもある彼がそう判断する。
「どんな呪いなんだ? 俺はこれからどうなる」
「紋様の形式とその化け物の情報から推測するに、おそらくは命にかかわる物と考えてよいかと……」
その場の空気が冷え切った物になった。
「ハウゼン。それは本当ですの? 城を守ったこの御方が、このままでは助からないと……?」
「呪いは扱う者によって様々な災いをもたらします。私も立場柄、呪い殺された者達を幾度となく見てきました。不運が異様に重なった奇妙な事故。原因不明の病状。精神異常を起こして自害した者も。この手の呪いの怖いところは当人の生死に関係なく続くことです。しかも呪術者の死後の怨念はより強力になるそうですから」
「……とんだ最後っ屁を食らったもんだ」
こんなちっぽけな痣に、俺は命を奪われるっていうのか。いまいち実感がない。
だが、死のヴァジャハが残した呪いだと考えると説得力がある。
何せ指先一つで相手を死に至らしめる力を持った怪物の物だ。遅効性の死の呪いだとすれば、それが俺の肉体に刻まれているというのなら、確かに考えられる。
「グレン様……せっかく五体満足で助かったというのに」
「どうしてお前ばかりがこんな目に遭うというんだ」
心配そうに伺う王女とレイシア。俺自身、そこまで深刻に捉えちゃいないんだが。だって、本来ならあの時死んでた命だ。他の奴等が無事ならそれで充分だろう。
「いずれは領地を与えて、内政でウハウハ成り上がりを目指して頂くおつもりでしたがこれでは……」
「新米騎士達の実践指導監督に抜擢し、名誉騎士の立場でコーチとして活躍させたかったのに実現出来ないではないか」
「お前ら何俺を利用して企んでたんだよ」
それに、まだ何も出来ずに終わると決まったわけでもあるまい。
「なぁ、呪いはどれくらいで俺を殺すんだ?」
「実例が無いので断言出来ません。しかし2、3年は持つと思います」
「結構猶予があるな。それに何か根拠でもあるのか?」
「グレンくんの所持している十字架が、侵食を遅らせているからです。取り除けなくとも、それがあるだけで格段に呪いを抑え込めていられる筈。ここ数日動いている様な気配が無いことを考えて、すぐに死に至る様なことは無いと踏んでいます」
じゃあ、このロザリオを尚更手放すわけにはいかないか。最初は信仰の証として亜人の認可の道具だったが、直接自分の命を守るために必要となるとは。
「それまでに情報を集めましょう。各地にまつわる伝承や、似た事例を探して解決の糸口を見つけます」
「頼むよ。俺だってこのままおとなしく死を待つつもりはないぜ」
足掻けるなら最後まで、だ。自分から命を放棄したら自殺と思われて、あの世での裁量に響きかねないからな。
まぁ、昨日まではよもやこんな事態になるとは思ってもみなかったな。
昨晩に目撃したドラゴンは俺に死の予告でもしに来た様に思えた。まぁ、偶然だろうけど。
「ん? ドラゴンといえば」
そういえば、俺の知り合いに顔が広く情報に長けた奴がいたな。
場所は変わって無法者の集う街アバレスタ。ハウゼン達には別途動いて貰いながら、俺も自発的に情報収集を始めている。ある人物へのコンタクトを取りにきた。
幸運か、定期的に大陸を回っているその人物は街にやって来ていた。俺は受付に呼び出しを頼む。
そうして酒場の席で待つこと数時間。
「おぬしの方から呼び出すとはのう。息災じゃったか?」
満州族の様に高価な赤い衣服を着た、紅髪に20代入りたてくらいの妙齢な美女が俺と向かい合う様に席に着いた。
「活躍は聞いておるぞ。あれからそう長い月日は経ってもおらぬというのに、目覚ましいではないか」
「世辞は良い。リューヒィ、アンタに尋ねたい事があって今日は呼んだんだ」
「まぁまぁそう急くでない慌てるでない。まずは酒でも頼んで再会でも祝おうぞ。儂はなかなかに此処の葡萄酒が好きでのう--」
「リューヒィ頼む。ふざけてる場合じゃない」
古風な口調のリューヒィは、少し不思議そうに赤い瞳で俺を見る。
「何をそんなに焦燥してるのかえ? ぬしらしくもない。普段のひょうきんな態度はどうした?」
「……悪い。少し強く言い過ぎた。やっぱり焦っても仕方ないとは頭でわかってても可能性の事を考えるとつい……」
「それくらい無礼とも思わんし構わんが、何かあったのか?」
「一言でいうと、命が懸かっている」
彼女も態度を改めた。長い両袖に腕をしまう。話を聞く時の姿勢だ。
「申してみよ」
うなずいた俺は、俺が焦る経緯を話し、その場で蛇竜鱗の鎧を外し、インナーを引っ張って痣を見せる。
「この呪いの痕について、何か知らないか?」
俺が知る人物の中で、もっとも事情通な彼女が俺個人で色々な話を聞ける唯一の拠り所。彼女が駄目なら、多分俺でもお手上げだろう。ドラゴンや魔物などの知識を俺に分け与えた、知恵の深い彼女でも知らない情報を、俺一人で得る事が出来るとは思えない。
まじまじと俺の肩にある痣を目にした後、リューヒィは答えた。
「定義にもよる、かのう」
「定義?」
「たとえば、その呪いとやらがどんなものか、という質問にはノーじゃ。儂でも存じぬ」
「そう、か……」
「じゃが、見たことはある」
耳を疑った。リューヒィの顔は至ってまじめそのものだった。
「似た模様だったのう、その唐草が中心から回る様な黒い紋様。だいぶ以前の事で、曖昧じゃが、確かそれを受け継ぐ一族がおったはずじゃよ」
「受け継ぐ? どういう意味だ?」
「だから言っておろうに。儂も詳しくは存じぬと。だが、何処で見ていたかはハッキリしておる」
地図を貸せと、ギルドの署員に手招きし、大きな地図をテーブルに広げた。
此処とは違う海を越えた大陸を指差し、リューヒィは続ける。小さな島国だった。ちょうど日本と良く似た、羽のある蜥蜴が横たわったみたいな列島。
「此処ルネイド大陸から北方の地、ドラヘル大陸の辺境の村だったかのう。そこは日輪の国とも呼ばれ、人では無い者が頂点に君臨している」
「亜人か?」
「うむ。強いて言えば竜の国じゃ。そして竜の中でもっとも位の高い竜人が治めた大陸じゃよ。人間達との国交はまだ薄いのう」
竜人。俺がかつてこの女性に与えられた知識が、その単語に刺激されて色々な情報を彷彿させる。
角の生えた竜の上の段階。猿から進化した人と同じ立場。彼等は人以上の知能と寿命、そして何より高い戦闘力を誇る。
俺でいうゴブリンという種族では生物的なレベルが段違いに高次元の存在だ。
そんなところに行くとなると、相当な時間が掛かりそうだ。どうやって海を渡ればいい? そんな考えを先取る様に情報屋でもある彼女は言った。
「まずこのアルデバラン領からリゲルの方へ行き、港の船で行くのが基本じゃのう。向こうでも一応人の文化がある。交易船で海を渡るんじゃ」
「随分詳しそうだな。行ったことあるのか?」
「無論じゃ。何故なら儂は」
手の隠れる袖で何かを抑える様に口元に当てた。
「そこの出身者、だからの」
「それ以上に納得出来る言葉は無いな」
こっちの文化では浮いた高貴な服装にも合点がいく。あちらの服装だったんだな。てことは、やはりこの女性はドラヘル大陸の高貴な人間か。
「うむ……そうだな……恐らくは間違いあるまい……。そこでじゃグレン、おぬし」
ひとりごちる彼女の目に、何かの決意と野心に燃えていた。そして俺に話を持ち掛ける。
「おぬしは当然、その呪いの解呪の糸口を探しに向かうであろう? ならば、儂がドラヘル大陸へ案内しよう。土地勘のある者がおった方がよいじゃろう?」
「そりゃあ願ってもない話だが、良いのか? 単に情報提供で俺が対価を払っておしまいのつもりだったんだが。それなら、今回は俺が依頼者側か」
「よいよい。そろそろあの大陸に儂も赴く頃合いだった。その道中を護衛してくれれば構わんよ」
じゃがのう、と報酬の申し出を断りながらリューヒィは続ける。
「なにぶん長期な旅を覚悟するべきじゃ。当たり前じゃがな。堅実に仲間と編成を組んで発つことを推奨する」
「仲間……パーティーか」
「最低でも5人……いや、6人はおった方が良い。非戦闘員を取り除いてな。儂は闘えんぞ。あちらの大陸はこちらより自然中に存在する魔力の質と密度が高いからのう、比例して魔物も強い。募集ならLV20のラインは引くべきじゃ」
「俺もぎりぎり20になってるが、結構厳しい線引きだ」
「そうかのう? 金を積めばそれなりには顔を出すじゃろうて」
そうだ。此処はギルドで冒険者に仕事を斡旋する場所。報酬を出せば戦力を集められる。
依頼の状況で人手が欲しい時や冒険でなるべく安全な道中を進むために、冒険者側が組むことも珍しくない。加えて、報酬の山分け以外に仲間に入るだけでそこに金が入るなら喜んで組みたがるだろう。
俺は今まで受託する側だったし、ましてや自分で同行する相手を決めるというのも初めてになる。ゴブリンの募集--さらには長期間になる編成に了承する物好きはいるだろうか。多分、報酬次第だな。
「まぁ、一人は儂の護衛を務める者を付けてしんぜよう。何、そちらの報酬は儂が負担する」
「俺とソイツを抜けば、あと4人か」
「リゲルの方で出る定期船は一週間後。それまでに集めておくれ。最悪の場合、こちらの方で考えるからの」
リューヒィの提案の元、俺はドラヘル大陸への出発へ向け、冒険者を集めるといった準備を始める事となった。募集書を掲示し、出発日の前日まで面接を行う。時間が空いている時に、彼女も同伴しながら助言をしてくれた。
そんなわけでアバレスタとアルデバランを往復する日々が続く。ギルドの部屋を借りてそこで俺の募集に興味を示す者達と面接を何度か行った。
「ゴブリンのくせに……偉そうに……!」
「はいはーい。またのご機会にー」
結果的に言えば、不作だ。悪態を吐きながら部屋を出ていった冒険者の背中を見送り、椅子にもたれる。
まずゴブリンのパーティー募集という事で、純粋に興味で来た者。条件と内容をよく確認せず、長期間契約という話を俺の口から聞いた時点でその手の奴らの面談はお開きになった。
ほかにもレベルや条件を達成しているも、俺よりも高いレベルでゴブリンだからとリーダーとして仕切りたがる奴もいたがこれも丁重にお帰り頂いた。
「ドラヘル大陸行き、という条件が難しすぎたかもしれん。だが、生半可な冒険者でキャンセルされても困るしのう」
「LV20って冒険者でも中々に場慣れし始めた連中じゃないと越えないもんな」
やはり大陸を渡る様な大掛かりな冒険に、相場より報酬を美味しくしてもこの手の募集はなかなかうまくいかない。今のところ、契約成立はゼロ。どうしたもんか。
「リューヒィ提案、少しハードル下げね?」
「……やむなしかのう。長期的な話は変えられぬが、条件を入りやすくするかあるいは報酬を増すべきか。負担はおぬしになるぞ?」
「そりゃあ俺も以前貰った金があるとはいえ、あんまり懐をふいにしたくはねぇんだけど」
そもそもの話、大陸を渡って冒険するという点がやはりネック過ぎる。根無し草の冒険者の目線で、俺だったら報酬の旨味と天秤に掛けても同行せざるを得ない状況でも無い限り参加しないだろうな。
俺達がそんな風に相談していたところ、
「たのもー!」
「募集書を拝見して面接に来た者だが面通り叶えるだろうか?」
扉の向こうで新たな冒険者からの声が聞こえた。今度は二人か。
「はいはい、今行きますよーっと」
ドアを引くと、見覚えがある二人組が部屋の前で立っている。




