俺の連行、ホーデン領
あまり騒ぎにするつもりはなかった。痴女エルフを取り囲んでいたゴロツキ連中を脅す形で追い払ったのも、俺がアイツ等を徹底的に痛めつけてしまえばたとえ正当防衛でも問題視されるだろうと思ったからだ。
せっかく付けた貴族の名もそれでは傷がつく可能性もあり、事件沙汰にしないようにすれば良いと考えたがそれも台無しだ。
すべては俺の腕にいるコイツのせいだ。長身なくせに細くて軽く、だが出るとこは出ているこの女性はまた世迷言を俺に話しかける。
「ああ! これこそまさに美女と野獣! いやらしく興奮する呼吸の荒いゴブリンに攫われた私の運命は一体--」
「アンタ抱えながら走ってるから息切れしてんだろ!」
漫才を繰り広げた背後では、この脳内ピンクのエルフのお仲間らしき連中が、槍を振り上げながら追いかける。弓を持っている奴もいたが、彼女が巻き込まれる可能性も考慮してか使ってこない。
アバレスタ郊外の大通りに出て、通行人達の好奇の視線を浴びながら俺達の逃避行は続く。とんでもなく目立っていた。
「待てぇえええええ!」
エルフの男達を撃退するか迷った。でも一応お仲間なんだろうし、数の暴力を相手に手加減出来そうにない。闘技で殺してしまうのは、どう考えたって俺にデメリットを被る。
だがこちとら最初期よりも幾度となく周回でレベルを上げているのだ。逃げ足だって生半可じゃなくなった。女性一人抱えていたって何とか逃げ切ってやる。
何事と集まる衆目の中で俺は見知った人間を発見した。聖騎士ハウゼン。強大な権力を持った味方だ。
「おいハウゼン! コイツら止めろ! 早く!」
きょとんとした仕草をした後、顎に手をやり一考している。何悠長にしてやがる。
すると、ハンドサインで俺に何かを伝えようとしていた。まず手を皿にしてこちらに差し出す様に向ける。
「(貴方)」
そして、その手が人差し指一本立てた形に変わった。
「(御一人で)」
最後に拳をグッと握ってガッツポーズ。意味は言うまでもなく、
「(頑張ってください)」
「クソがァ!」
爽やかな笑顔で見送るあの野郎から俺はどんどん遠ざかっていく。あの怠慢眼鏡、後で王女にチクってやる!
逃げ道は街の外。奴等が冒険者の俺とは違って、不用意に魔物がいる外部へ出る事を躊躇う事を祈りながら走った。
結果、付近の森林まで逃げ果せた。何とか撒いた。
「お、おい、約束、通り、逃がして、やったぞ」
ぜえぜえと呼吸しながら、改めて俺はこのエルフと向かい合う。改めて目にした容姿はとんでもない美貌だ。
蜂蜜に漬けた様な腰まで届く金の髪。陶器の様な色白の肌に、エメラルド色のどんぐり眼。端麗で芸術の様に整った顔立ちには物憂げな表情が彼女の神秘性を彩る。齢は分からないが二十代の色香がある。
まるで地上に上がり、湖に戻れなくなってしまった泉の精霊の様だ。誇張なくそう比喩出来るほど奇跡的な容姿を持った美女だった。
「--鬱蒼とした森林の中、此処にお連れしたのは誰にも見られる事なく白昼堂々と野外でいかがわしい行為に走れるという意図があるのですね! 駄目です! そんな!」
「撒けっつうから連れてきたんでしょ!」
言動が台無しの残念美人だが。
「まぁ良い。で、報酬は?」
「はい?」
「惚けなさんな。俺はお前からの『依頼』であのイケメンエルフ軍団から引き離してやったんだ。世間に人さらいと思われかねないのを見越してだぞ」
ハウゼンには助けを呼んでアピールしたし(スルーしやがったが)、この件が不可抗力であったと落とし所には出来ると思う。そう思いたい。
「要するにだ、冒険者を動かすには対価がいるの対価」
「ごめんなさい。今は持ち合わせが無くて」
「おーい、タダ働きかよマジ疫病神だわ」
「けど、代わりに別の物で払います。身体で!」
「却下」
両腕でぎゅっと豊満な胸をたくしあげ、扇情的な姿勢で俺に見せつける。だから、それやめろ。醜い自分が惨めになる。
「それで腹が膨れるかバカヤロー」
相手にせず、俺はエルフを置き去りにすることにする。街までは遠くは無いし自己責任だ。人を利用するだけ利用して、何の報酬もないなら痛い目を見てもらうしかない。
と言っても、付近に魔物のいる様子も無かったし独りアバレスタに怯えながら帰るだけの話なんだがな。
「動くなァっ!」
と、茂みから突如男エルフが顔を出して俺に槍を突き付ける。
次いでエルフ達がわらわらと何処に隠れていたのか森の中にひしめくほど集まっていた。街中の奴等とは違って動いていた別動隊か。
「あー、待ち伏せ?」
「プリム様! ご無事ですか!?」
「そうですね。残念ながら……」
「残念ながら、何なのです!? おのれ、ゴブリン! 貴様手を出したなァ!」
「いやいやいやいや! 何もしてねぇ! その残念は欲求不満の方だから!」
じりじりと包囲された俺は、両手を上げて降参した。しくったなぁ、此処まで徒党を組んだ連中だったとは。一族の男総手、って感じだ。
「落ち着け、皆」
嘶く、白馬に乗ったエルフがトコトコと後からやって来る。キリッとした顔の男性エルフが澄ました様子で俺達の元に降りた。
「お兄様!」
「プリム。世話を焼かさないでくれ。これはもう何度も決めた事だろう」
「しかし、私は……!」
「四の五の言っている場合ではない。あちらが待っているのだぞ」
どうやらこの痴女エルフの兄の様で、納得のいっていない彼女を嗜めていた。
「ところでそちらの緑の御仁。貴殿は私の妹プリムにかどわされた身だな?」
「あ、おう。自分を拐ってくれー、って依頼されたんで仕方なくな」
ふぅ……とため息をつくエルフ兄。どうやらこっちは俺の事情を察して汲んでくれる辺り良識がありそうだ。
「念のため聞くが、操は無事だな?」
「セッ……!? してないしてない! 会ってまだ30分を満たない!」
「そうか。それなら大丈夫……」
あらぬ方向を見た彼は、鼻孔を膨らませて呟く。
「ゴブリンの間男……寝取り……」
あ、こっちもヤバい人だ。変な妄想し始めてる。
とりあえず話は分かってくれそうな人なので、俺は関わりたく無いが故に口を開いた。
「ま、まぁそういうことだから、巻き込まれたのももう結構なんで俺帰りま--」
「ああ! そんな! 私とは遊びだったのです?!」
「弄ばれたよこっちが散々!」
痴女エルフ--プリムという名前らしい--がこのまま逃がすまいと腕を絡ませるので俺はそれを引き剥がしながら逃げようとする。
「一人では行きませんから! そう、この方と一緒ならば! どんな苦難でも乗り越えられるでしょうから、このゴブリンと同伴で向かいますわ!」
「ねぇ意味わかんない。俺を連れて何処に行くって? 何ゆえ?」
「ふむ、それは困ったな。緑の御仁、名を聞いても良いだろうか?」
「……グレン。グレン・グレムリン」
「では、グレン。我ら兄弟はこのエルフの一族を束ねる代表者で、私はクレーピオ。妹はプリムという。とある人間の貴族と交渉を行う為に、此処から少し離れた森からやってきたのだが、中々にプリムが言うことを聞かなくてね」
どうやら、その道中にこのプリムが脱走を計り、俺はこうして面倒事に巻き込まれたらしい。
「そこでだ、妹のお目付け役をお願い出来ないだろうか? 君の足の早さは称賛に値する。この場の誰よりも脱走を防げられる筈だ」
「いや、どこの馬の骨とも知らないゴブリンに頼む様な事か?」
「かねがね聞いているよ。アルデバラン王国を守った者達の中に冒険者のゴブリンがいたという話をね。そんな人物、君ぐらいしかあるまい。それほどの御仁ならエルフの娘の確保ぐらい容易だろうに。だから個人取引といかないか? 妹の勝手な依頼の分と仰せて報酬も出そう。何、場所はアバレスタから遠くない領地だ」
手札を持ち寄り、どうやら俺は向こうのペースに持ち込まれている。プリムと会った時点で狂わされてるか。
今後も予想される痴女エルフの脱走の阻止。それが俺に舞い込んだご指名の依頼だった。
個人的にはNOと言いたい。でも、この痴女は俺を付けないと行かないと言い張るし、この人数のエルフを敵に回したくないしなぁ。
「お、オーケー。護衛だけなら」
「我々エルフは寿命がすこぶる長い種族でね、繁殖の本能が人より薄いんだ。しかも年月を経るごとに性欲が薄くなっていきやすくなる。それを回避するべくして、年長者ほど卑猥な発想をする様になる。覚えておくといい」
「枯れない様にアンタ等なりの涙ぐましい努力をしてるのか」
「ただ、妹の方は元からだった気がする」
「素でアレはひでぇなそりゃ。じゃあクレーピオとそこの痴女は結構年をくってるの?」
「グレン様、レディに年齢の話はご法度ですことよ」
「そんな恰好をしてるレディに気を使えと言われてもな」
雑談しながらの移動で、傍らで縄で亀甲縛りで逃げられない様にされているプリムに俺は適当に返事を返す。また逃げ出そうとしたところで縄で拘束することを提案すると、他ならぬ彼女自身が縛り方に要望を入れた。まじめに相手にしていては、こっちがもたない。
「ていうか、お前何でそんなに逃げようとするんだよ。人間の貴族に会うだけだろ?」
「聞けば逃げたくなりますよぷんぷん」
「グレン、妹はこれからお見合いをする予定だ。問題が無ければ、このまま婚約まで行こうと考えている」
「へぇ人間との結婚ねぇ。あちらはさておき、そっちが積極的にそういう見合いをするのは何か理由でもあんの?」
「先ほども言ったが、子孫の出来にくさが祟って、我々の文化と人数はゆるやかに衰退しつつある。だから人間との交流がてら、少しでも繁栄をさせたいと考えている。エルフの森では婿がとれない妹に白羽の矢を立てたのだ」
「ひどいでしょう!? どう思いますグレン様!? このままでは人間の裕福な貴族の家で、森では考えられないような暮らしをしながら子沢山の幸せな家庭を築かされてしまうのですよ!」
「ああ。もちろん相手の男は若くて身も心も清廉な者だと聞く」
「ハッピーエンドじゃん」
我が儘なんだろう。この世界じゃ望まぬ政略結婚なんて珍しくも何でもない。
「けれど、エルマレフ信徒は婚姻の相手を一人に定めているではないですか!? それでは愛人10人の逆ハーレムを目標としている私の夢は潰えてしまうのです!」
ああ、思ってた以上にワガママだった。
「さぁ、もうじき見えるだろう。ホーデン領の屋敷だ」
ホーデン。どっかで聞いた事があるような……
水や緑の綺麗な森林の奥に、遠くからでも大きさの分かる屋敷が姿を表した。もはやちょっとした小さな城だ。
門をくぐり、エルフ達の一行が扉の前にまでたどり着くと、執事が深々とお辞儀をしながら出迎える。
「中には入れてはくれたが、俺は待っていた方が良いかもな」
「ふむ、確かに。では皆と待機していてくれ」
「やぁやぁ、クレーピオ殿。はるばるお越し頂いて申し訳ない」
領主と思わしき恰幅の良い中年男性が微笑みながら直々に出迎えに来た。事前に聞いていたが、この人物はアルデバランの伯爵の爵位を持った貴族だそうだ。どおりで土地も広大なわけだ。
「むむむ? そちらのゴブリンは?」
「ご紹介が遅れて失礼。妹の護衛に雇った者です。例の王国を救った--」
「なんと! ではグレン・グレムリンだね?!」
「は、はあ。お呼びに預かるグレン・グレムリンです」
俺が名乗るなり、ホーデン伯爵は興奮した様子で俺に握手を求めて来た。戸惑いながらも差し出す。
「話はかねがね聞いているよ! 君のお陰で王女や国が救われたそうではないか! ゴブリンながらに亜人という、稀有な者とこうして目の前で話せるのは光栄だ。息子達からも聞いているが、是非とも君の話も聞かせて欲しい!」
息子達? 混乱するのをよそに、既に縄から解かれたプリムとクレーピオ達と俺は屋敷に招かれる。
「ホーデン伯爵、それも良いのですが、妹の縁談の方も」
「分かっているとも。四男もそろそろ準備が終えている頃だろう」
回廊の先の扉を開き、部屋の中に入るとプリムの見合いの相手は待っていた。
「では、プリム殿。ご紹介しよう。我がホーデン家の四男、アレイク・ホーデンだ」
「…………え? 嘘?」
「……初めまし……ええぇ?! グレンさん!? なんで!?」
席に行儀良く座っていたのは、普段の騎士としてではなく貴族の小綺麗な服を着た少年、アレイクだった。
アレイクが、プリムのお見合い相手だとは、思いもよらなかった。




