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俺の乱闘、痴女の逃避行

 貴族になった俺だが、領地を貰っていない以上没落貴族と大して変わらない。

 加えて貴族は原則、土地や人材などの資産を使って収支を立てるものであり、自分で働いてお金を貰うのはタブーとされるらしい。

 レイシアの様に騎士に在籍したり、仕官とやらの国務として出ていれば問題はないが、俺はこの先商人や町の仕事に雇われる様な事は出来ないそうだ。元からそんな気はないけどな。


 此処だけ見ると何だかデメリットではないか。そう思っていたが、この点については既に貴族であるアレイクから教えてもらえた。


「グレンさんの様に領地を持っていない貴族は大概が冒険者や傭兵などの、いわゆる功績を認められてなっただけの名誉貴族の様な人が多いですね。そういう人はギルド--すなわち斡旋所で依頼を受けて食い扶持を稼いでいるみたいです」

「ギルドの依頼は労働に入らないの? ギルドって市民達の労働組合じゃん」

「民営ではありますが、貴族の参入は国側からも認可されています。国も時にはギルドに頼りますからね。それに労働組合はどんな条件の人物でも、達成できる可能性のある者ならば受け入れられる場所ですから。亜人、奴隷、そして貴族であっても審査が通れば依頼の受託が可能です。もちろん犯罪者とか、そういう人は流石に駄目ですけど」


 そうか。それは良い事を聞いた。俺はこれからも実質冒険者で構わないってわけだ。周知された抜け穴ってやつか。


「もし依頼を受けていくつもりなら、斡旋所へ行って貴族の身分申請をした方が良いですよ。期間が空くと身分詐称とみなされてペナルティを負う事もありますから」

「ん。分かった、ご親切にどうも」

「……はい」


 俺に微笑むアレイク。だが、その表情に何処か陰りがある。無理に明るさを振る舞っている様に見えた。


「どうした? なんかあった? カイルの野郎の言葉をまだ引きずってるのか」

「いえ。そうじゃないです。いつまでも気にしてたらオーランドさん達に失礼になりますから。グレンさんが気にするような事じゃありませんよ」

 本人が大丈夫と言い張る以上、強く言う様な事ではないだろう。深刻そうな雰囲気でも無い。俺は様子を見ることにした。

 

 アバレスタに訪れ、俺は斡旋所の受付に申請した。受付の人間の中に勇者一行のロギアナの姿はない。日雇いだったのか?


 さておき受付には俺の事情が既に行き渡っていたらしく、アルデバラン城での一件は依頼での功績として高く評価され、俺の受注出来る資格の幅が広がっていた。AからEの中で二番目のBまでの依頼を受けても良いそうだ。


 しかも、貴族を勝ち取ったという情報が今後広まると、個人的に依頼を交渉してくる者も出てくると教えてくれた。そういう類いでの報酬は色をつけてくれるみたいだ。ご指名なら同然だね。でも、ゴブリンの俺と個人的に依頼したがる物好きなんているのか?


 今後の方針に大きな変更は無いと言って良いだろう。依頼で自分が暮らせる分を稼ぐ。ついでにレベルの上げ幅をどんどん底上げしていく。


 どうしてかと言うと、一年、あるいは一ヶ月先もアルデバラン近辺にいる保証はないからだ。衣食住を賄って貰い続けるのも限界はあるだろうし、所詮は根なし草だ。


 領地を敢えて受け取らなかったのもそれが理由だ。開拓の資金は無い(手持ち以外は慰霊金として全部あげてしまった)し、そもそもあそこではまだ仕事をしてくれる人を雇えるだけの人望は無い。だからこそ冒険者でいる。


 今日は近日の中で受けられそうな依頼募集書を束になるほど一度受け取り、出直すことにした。元々日帰りで宿に戻るつもりだったし、慌てず報酬と内容を吟味しよう。


「ああ! いけません!」

 此処アバレスタはアルデバラン王国から遠くはない街だ。だが、依頼斡旋を介して様々な目的で利用する性質上、色々な人間が集まる。冒険者はもちろんそれはもう商人に傭兵、娼婦にごろつきなどの悪い虫も。


「何だよ、そんな恰好で誘っといて身持ちは堅いなんて冗談はよせよぉ」

「へへ、コイツの恰好水で濡らしちまったらスッケスケだぞへへ」

「ああ、良い身体つきしてるのが着てても分かるぜたまんねぇ」

「それだけは駄目なのです! 私には婚約を約束した殿方が!」

「ヒュー! そいつはいいねえ。やる気が出るわ」

「おうおう健気な子猫ちゃん、安心しろよ。俺達が一日で忘れさせてやんよ」


 白昼堂々と、狭い路地を通り過ぎたところで俺は面倒ごとを目の当たりにしてしまった。白い貫頭衣を一枚羽織っただけの金髪のナイスバディ美女が、悪いお兄さん達に囲まれた挙句腕を掴まれていた。


以前から俺はこの街でトラブルを幾度となく目にしてきたが、どうも治安が悪い。定期的な騎士の巡回の目を盗むなんて容易で、この手の無法者が沸いて出てくる。

「オラッ、こんなところじゃ公開プレイになっちまうだろ。もっと奥に来いよ」

「だ、駄目ですそんな……おやめくださ……」


 あー、全く善行を強いられるというのもロクなもんじゃない。こういった場面で我が身可愛さに素通りしたくても出来ない。というかベッタベタな悪い奴と子猫ちゃんな出来事過ぎるだろ。


 見て見ぬふりは現代社会じゃ保身として懸命な判断と推奨される。が、倫理観としては当然悪だ。自分の手の届く範囲とレベルなら尚更。つくづく、揉め事は、転がり込む様にやって来る。


 荷物を懐にしまう。建物の壁に挟まれた路地を通り、何食わぬ顔で俺はその集団に近寄った。物のついでだ。試したい事もあるし、この場で確かめてみるか。


「やぁやぁお前たち」

 一斉に、意識が俺の姿に集った。


「こんな昼下がりからなーに頭の悪いことやってんの。あんまりおいたが過ぎるとお兄さんちょっと懲らしめちゃうぞ」

「んあ? 何だてめぇゴブリンか。何でこんな街中に魔物なんかが」

 怪訝な顔をした厳つい顔のごろつきが、社会の底辺でありながら格下の反旗に眉を潜める。

「ま……まさか……!」

 動揺をしたのは金髪美女の方だった。てっきり、ゴブリンだから噂が広まったりして俺の知名度って高いのかなーと思ったが、我が身に関わらない物事での世間のことなどあまり気にしないのがこういう奴等だったか。つまり、俺の名声で尻込みする線は無し、と。


 しかし相当見下されてるな。完全に舐められてる。まぁその方が都合が良い。舐めてるということは俺に脅威を感じでいないという意味で、付け入る隙をさらけ出してくれてるのだから。


「このゴブリンを使って私にいかがわしい事をするというのですね!? なんていやらしい! この美しい美貌を醜悪な生き物で汚すという背徳感を増長させるだなんて、人間とは想像以上に卑猥な発想が出来る者なのですね……!」

 一同が、自分で捕まえた美女の言動に硬直した。よく見たらこの女性、耳が笹穂の様に長い。エルフだ。


 何言ってんだこのねーちゃん。俺が茫然と突っ立っていると、チンピラが気を取り直して俺に迫ってガンをつけた。

「……何がなんだか分からねぇが、俺達のお楽しみを邪魔しようって訳じゃねぇよな爬虫類野郎ォ? 痛い目見たくねぇならとっとと失せろやオラ」

「いやだから、邪魔はするし痛い目も見るつもりもないって言ってるでしょ」

 頬を掻いて、俺は周りに取り囲まれるのを把握しながら、淡々と答える。


「んだとゴラァ! やってみろやァ!」

「そもそもテメーに関係ねぇだろしばくぞテメェ!」

「ご自由に。お前がなにやるのも勝手だが、俺もお前に関係なく勝手に手を出すわ」

 背後から罵声をあげながら殴り掛かるテレフォンパンチが来たのでひょいと横に逸れる。

 すれ違い様にソイツの襟を掴んだ。頭蓋骨を部分硬御ぶぶんこうぎょで固める。そのままヘッドバット。相手からすれば、勢いをつけた重い鉄板がぶつかってくる様な物だろう。


「ぎゃぁっ!」

 額を割ってもんどりうつ仲間を見て、周囲から犬達が一斉に吠えるみたいに罵詈雑言が飛び交った。なんだよ、自分達の行いを顧みずやるだけやってやられた途端大騒ぎしやがって。


「野郎ぉ、これで穴空けてやらぁ」

 エルフを掴んでいたゴロツキが懐から折り畳みのナイフを閃かせた。凶器をちらつかせて、俺を怯ませようと脅す。俺は思わず吹き出す。


「ぶっ。何それ? それで芋の皮むきでもすんの? え、その構え方で大丈夫? ちなみに相手を刺した事あんの? 素人マルダシうははは!」

 幾多の魔物や冒険者と比べれば、街中で刃物を持ったくらいで粋がった男一人に脅威なんて感じない。ただでさえ、俺はいつでも見えない甲冑を身に纏う様な闘技とうぎがあるのだから。


「舐めんじゃねぇぞコラァ!」

 沸点の低い男が飛び出した。両手で俺の懐に小さな刃を突き立てようとする。おいおい、何で蛇竜の鱗で出来た鎧に当たる部位を狙うかねぇ。せめて他の急所を狙えよ。


 あまりにお粗末な攻撃だったので、身を引きながらその刀身を握る手を止めた。顔を赤くする程力を込めて押してくるが、俺の片手で拮抗する。ていうか、俺が加減して押し返さずに留めている。


「あのさぁ。やるならしっかりやれよ」

 殺す気ではあったのだろう。この手の手合いは自分が甘く見られまいと、生半可な度胸ながらに自制心を振り切って事を起こす。だからこんなお粗末なやり方でも一般人は危険だったりする。あくまで一般人での話だが。


「ぐ……このゴブリ……なんつー……握力……」

「威嚇が通用しないからって両手で突進突きする奴がいるか。牽制の利点を殺して意味がないだろ、ナイフを扱わない俺でもそんな事分かるぞ」

 本来なら武術家でも刃物持ちだと不利な筈なんだが、こんなあっさりと止められてしまった。刺される覚悟も多少はしてたんだけどな。


 音を立てて刃物の柄を握る男の拳を締め上げながら、俺はナイフの先端に顔を近づける。


「狙うなら此処狙え、此処」

「は、ハァ……? 何、してやがんだ、てめぇ!」

 刃物を自ら眉間に突きつける。周りの連中は、その圧倒と凶行に目を奪われた。硬御で頭部を守り、そのまま刃をでこに押し付ける。

 俺の頭に突き立てられたナイフに徐々に力が込められる。俺の方からもナイフへと迫った。刃は俺の肌を貫けない。堅牢な守りに阻まれている。

「ひ、ヒィ!」

「……バケモンだ!」


 ぎぎぎ、と音を立てて刃物が歪み始めた。生身にぶつかっているのにも関わらず、ナイフが負けていく光景に、連中が息を呑む。持っている本人は、目の前の出来事に震え始めた。

 まぁ生身が刃物に勝ったら、ビビるか。

「何だよ安物だろコレ。ちょっと力入れただけで曲がりやがって」

「う、うわあああああああああああああ!」


 一人が叫びながら逃げ出したのを皮切りに、周りのゴロツキ達が蜘蛛の子を散らすようにこの場からいなくなった。ナイフの男も腰が抜けて、怯えた様子で俺を見上げる。

「おい、どうした? 使えよナイフ。穴だらけにするんだろ? ほら、早くしろよハーリーハーリー! --やれよ、オイ。引いてんじゃねぇ向かって来いよオイ」

 手放した役立たずの短刀を柄を向けて差出し、もう一度握らせようとしたところで最後の一人も脇目も振らずに逃走した。よし、事件沙汰にせずに解決。これで少しはアイツ等も懲りたか?



 ポツンと取り残されたエルフの元に俺は近付く。悲鳴をあげたり警戒した様子もなく、その場にへたりこみながらグラマラスな女性は身をくねらせながら口を開いた。



「ああ! 屈強な男達から勝ち取った私を、まるで獲物を貪る時の様な視線で見ている! いけませんいけません! このままではこの興奮した卑しき……いえ、いやらしいゴブリンに手籠めにされて未だかつて誰も侵した事のない私の純潔を--」

「だからなに言ってんのアンタ」


 痴女だこのアマ。言葉で抵抗しながら、逃げたり暴れたりしない辺り完全に誘ってるおかしい人だ。そりゃあ悪い人達に狙われる。


 エルフについては良く知らないが、これがこいつらのデフォルトなのか? 勇者の方のエルフはクレーマーだったりカツアゲしたり怪我人に腹パン(魔法で)をしてきたりと結構ゲスかったが、コッチは別の方向で危ない。


「まぁ怪我もなさそうだし無事ならそれでよし。自分の足で帰れるだろ? 大通り出た方が安全だから、そっちに行った方が良い」

「何処にお連れすると言うのですか? ……まさか、宿屋にお持ち帰り……」

「何処も連れて行かねぇし何もしないよ。一人で歩きな。相手なんかするわけあるか。俺じゃあ女が不幸になるわ」

「つまり放置プレイ? 放置プレイなのですね!」


 やべぇ噛み合ってねぇ。関わりたくねぇ。


 これ以上痴女エルフに構わず去ろうとした所で、罵声と共に大勢の人影が路地に押し寄せる。

「いたぞー!」

「おのれ、ゴブリン!」

 さっきの連中が徒党を増やして復讐しに来やがったか。そう思って良く見たが、そいつ等の人種は異なっていた。エルフの男達だ、腹立つくらい全員美男子だ。


「皆、二人を引き離せー!」

「ゴブリンの癖にその方に手を掛けようとするとは、成敗してくれる!」

「おい、あのエルフ男達どうせお知り合いたろ? 俺はとんずらこくんで此処でおさらばな?」

 痴女エルフの方に俺は言うと、彼女は金髪を振り乱して拒否する。寧ろ腕を掴んで俺を引き留める。



「いけませんいけません。私は逃げねばならないのです。貴方は冒険者ならばご依頼致します。私を彼等から逃がしてください。愛の逃避行--」

「嫌です。頼むから離……やめろ! 抱きつくな! 誤解される!」


 即刻断ったところ、豊満な身体で俺の背中に腕を回してくっついて来やがった。このままじゃ俺はさらに怒りを募らせたエルフ達に集団でボコボコにされるだろう。狙ったな!


「貴様ーっ! その方に何をしている!」

「許さんぞ! 許さんぞぉ!」

「ゴブリン。もし私の言うことを聞いて頂ければ何でもします。何でも! 本当に何でもしますから! しかし、ダメならばあの方々から逃げられ無い様邪魔をしますよ?」

「疫病神かお前は!?」


 災難だ。つくづく厄介事に巻き込まれている事に悪意を感じるくらい。


「あー! ちきしょう。分かった分かった! 覚えてやがれよこの痴女!」

「お仕置きならば幾らでも……むしろお願い致します!」

「お願いすんな!」


 両足を腕で(すく)い、お姫様抱っこをしながら俺は男エルフ達からの逃走劇を開始する。

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