俺の叙勲、グレムリン
支給された騎士鎧を身に纏い、俺は王座の間に迎え入れられる。形式として着る様に言われた。
謁見した俺とレイシアを待っていたのは、アルデバランの国王、王女ティエラ、聖騎士長ハウゼンそして配下の騎士達だ。
「グレンおよび騎士レイシアよ、頭を上げよ」
頭を垂れて、王の御前で俺はレイシアと並ぶ。
「先日の功績を称え、二人には褒美と名誉を与えよう。改めて、この国を救う為に尽力した事に礼を言う」
「はっ。ありがたき幸せ」
うやうやしく、レイシアはまた頭を下げる。俺もそれに続いた。
「レイシアにはアンサラーの名を拝命するのは決定した。領地が無いのでな。が、グレン。お前もまだ姓の名を挙げておらぬ様だな。考えていたのならば、此処で名乗り上げよ」
レイシア・アンサラーやアレイク・ホーデンの様に、貴族には領地と同じ名の姓も付けられる。江戸時代の下々の者に姓名が無かったのと同じと考えて良い。そして、俺も姓を付けることを許されているが、領地をまだ貰ってないので好きに名乗って良いそうだ。
「はい。では、グレン・グレムリン、と」
「グレムリン、とな。何か由来でも?」
「私めの知る場所での伝承の生き物で、悪戯好きな妖精の名です。機転で窮地を脱した物ですから、そう名乗ってみようかと」
この世界にはグレムリンという存在は無い。なので、そこから拝借した。語呂も気に入った。
当然察しの良い転生者なら気付かれるだろうが、今のところその情報を知られたくないのは勇者カイル一人。アイツは多分、これくらいでは気付こうともしないだろう。名を広めて転生者と接触するメリットの方が大きいと考えての上でその名を冠す事にする。
「よかろう。今日よりお前はグレン・グレムリンと名乗るがよい。これより叙勲の儀に入るとする」
王族と、叙勲を受ける者以外が王の間から離れた。そして、王女ティエラが儀礼用の剣を持ち、俺達の元へとやって来る。
「レイシア・アンサラー、汝に子爵の爵位を授けます」
「我が光剣を王の為、国の為、国民の為に掲げる事を誓います」
王女が跪いたレイシアの肩に刀身を当て、レイシアの宣誓が静かに広がった。子爵は俺の爵位の一つ上らしい。
「グレン・グレムリン、汝に男爵の爵位を授けます」
続いて俺の元に瀟洒なドレス姿のティエラが足を運び、俺の肩に剣の面の部分を下ろした。
「我が拳を王の為、国の為、国民の為に掲げる事を誓います」
あらかじめ用意していたセリフを俺も並べ、滞りなく叙勲は終わった。晴れて俺も正式な貴族に仲間入りの様だ。
「これでグレン様はわたくし達の庇護下に置かれましたわ。トラブルを避ける為にもどしどし男爵の名をお使いください。それでも止まらない相手には制裁を降しますのでご安心を」
「ま、待ていティエラよ、勝手にそんな口約束をしては……」
「お父様。いい加減にしてくださいまし」
渋る様子を見せた国王に、ぴしゃりと言って王女は振り返る。
「あれほど我が国に貢献なされたというのに、まだこの御方を信用なされておられない様ですわね。それは流石に失礼では?」
「い、いや、そういうわけではない……。お前が此処にいられるのもこのゴブ--グレンの協力があっての事だとは承知している。この目で見ていたからな」
ティエラのキツイ視線に国王は俺の呼称を改める。
「もし感謝をなされているのなら、もっと行動で表しては如何でしょう? わたくしが彼の治療を行う様に」
「きちんと与えてるではないか? 名誉や報奨を--」
「それは国全体での贈与ですわ。お父様本人からは無いのでしょうか。お礼の言葉は!」
叙勲の儀が終わり、だがまだ配下の戻っていない謁見の間で何かが始まった。レイシアも目が点になっている。俺も困惑した。
「あの、姫様」
「グレン様、此処にはわたくし達だけしかおりません。いつもの様にして構いませんわ」
いやー無理だろ。国王の前だもの。
「この場を借りてお父様に謝礼の言葉を贈らせますのでお待ちください。ほらお父様も」
「う、ううむ。ではグレンよ」
「もっと近くで言いなさい! グレン様からではなく、お父様が! そちらに向かうのです!」
「う……うう……」
たじたじな国王だったが、娘の言葉に従い恐る恐る跪いた俺に歩み寄る。
謎のプレッシャーに晒された俺は、このままの姿勢でいるべきなのかそれとも立ち上がって応えるべきか迷った。
震える両手を伸ばして俺に届く距離にまで近づいたところで、国王は硬直する。
「い……」
「い?」
「いやあああああああああああああああああああ! 怖いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
次の瞬間、俺は目の前で奇声をあげる国王ストリゴイの有様に目を疑った。
玉座に逃げる父親を見て、ティエラはこめかみを抑えている。
「無理無理無理! ゴブリンに近寄るなんてやっぱ無理! あの顔おっかない! 厳つい! 近づいたら殺されるぅ!」
「……ええー」
国としての体面とか以前に、大の大人としてでもどうなんだこの人。
この場には、俺とレイシアに王女しかいない。兵士達の前ではけっして見せない一面。いや、これが『地』なのか……
「……情けない。お母様が聞けば溜め息を吐かれますわよ」
「だって亜人と言ってもゴブリンだぞゴブリン! 凶暴だったらどうするんだ!? あの悪魔も撃退した者なんだぞ!?」
「いや、別に理由もなく人を襲ったりしないし」
「理由! この前話を聞いた時にお前を引っ叩いたではないか! その時の恨みとか仕返しとか今だったら--」
「お父様!」
考えてみれば心当たりもある。この前の異変の時も妙にそわそわしていたし、気丈な振る舞いはしているが、ビビり過ぎだろ国王なのに。俺の中で国王の威厳がガリガリと削られていく。
「もうっ、すぐヘタレるんですから……。グレン様、申し訳ありません。きちんと埋め合わせは致しますので今日はこれくらいでお許しください。それでは、儀礼は終わりです」
王女の柏手でハウゼンや兵士達が戻って来る。『何か叫び声が聞こえた様な気がしましたが』という問い掛けに、国王は居座まいを正した。
世間体として平静を保とうとする王様の様子に、ハウゼンが笑いを堪えているのが伝わってきた。事情は知っている様で、絶叫に出張ろうとした兵士を止めていたのだろう。
「おほん。何でも無い。これにて謁見を終了する」
堅苦しい鎧を返却し、俺は冒険者の服装に戻った。ハウゼンやレイシアはいつもこんなの着てるのか。
「グレン殿!」
城壁を出ると門の兵士が俺に敬礼して呼び止める。鼻つまみ者扱いで、通す事にすら煙たがられていた時との待遇が偉い違いだ。
「正式な爵位の叙勲、お疲れ様でした」
「ああ、うん。ありがとね」
「よろしければこの後、兵達の集団演習がございます。お時間があるなら是非寄られてみては如何でしょうか?」
「ん? いいの? 俺なんかが来ちゃって」
「むしろ我々は貴方を歓迎しますよ。あの悪魔との健闘をお聞きし、皆が貴方の腕前を拝見したいと言っております」
「腕前って言ってもなぁ」
俺は別に剣の腕に秀でている訳でもないしな。騎士の闘いとはまるで別途の物だ。拝見したいと言われても、参考になったりしないだろう。
正直こちらにメリットが無い事をするのは不本意だ。ついこの前まで俺を散々邪険に扱っておいて、今更歓迎すると言われても手放しに喜べない。
あぁ、でも此処で素直に応じてやった方が心証としても良くなるかな。それが向こうなりの誠意の表れだと言うのなら、俺が大人気なく拗ねてる事になる。まぁ罠では無いだろうし、こちらが寛大になってやるか。
「そこまで言うなら顔くらいは出しに行っても」
「ほんとうですか? 早速その旨を皆にお伝えして行きます。では訓練所にてお待ちしているので」
「お、おーい。見張りどうす……行っちまった」
結構緩いよな此処の規律。ハウゼンの例を思い出しながら、俺は後からゆっくりと赴く。
野宿に使ったり勇者に挑まれたあの場所で、俺は騎士達に取り囲まれていた。大半は新米騎士で、冒険者という存在に興味があるらしく、色々な質問責めをされた。
挙げ句、ヴァジャハという敵がどんなものだったのか、俺がどんな風に対抗したのか、根掘り葉掘り話を乞われる。
「すげー! まるでそんな怪物を相手にするなんて、神話みたいな闘いだ。嘘じゃないんでしょ?」
「馬鹿! 王様達が直に見たから認められたんだろ」
「是非そのお力の実演出来ませんか? おい、誰か土魔法で的つくれ的!」
魔法によって即席で用意される岩の柱。顔を出しに行くとは言ったが、披露するとは言ってないんだがなぁ。
だが俺の闘技を見た連中の口に戸は立てられず、渋々見せることとなった。
「じゃあ、はい、崩拳!」
素手で岩の塊が跡形もなく粉砕され散り散りになる。どよめきと感嘆が沸き、パラパラと拍手が舞う。
向けられた視線に含まれていたのは、気持ち悪いくらいの尊敬や羨望だった。後日ハウゼンにこの事を話して分かったのだが、騎士の中には爵位--すなわち貴族の名誉を貰いたいが為に志願する者が多いそうだ。
身も蓋も無い事情だが、それをゴブリンでさえ叶えたという事実が彼等を興奮させているらしい。
勿論幸運によるサクセスストーリーを僻む者や未だに俺を敵視する者からは、良い顔はされない。されども、我が身にも降りかかる筈の国の滅亡を阻止した功績は俺への評価を上げた結果となり、現状の様な待遇になっている。
その為に王女が喧伝した。俺とレイシアがいなければこの国は滅びていたと。それを止めた者に後ろ砂を掛ける真似はするなという、戒厳令まで敷いている。だから宿屋の主人みたいに心当たりのある奴はへこへこしてやがるのだ。
「確か炎を出した状態での闘技もありましたよね? どうやるのでしょうか?」
「残念ながらお見せ出来るのは此処までだ。奥の手はひけらかさない主義なんでね」
「ええー、そんなー」
一同からは残念がったり物欲しそうな声が聞こえてくるがここはきっぱり断る。模倣されるのもあまり喜ばしくないし(無理だろうけど)、おだてられて天狗になって手の内晒すのは愚かなだけだ。
「グレン殿。我々から貴殿にお渡ししたいものが」
「何だよ」
「はい。これまで貴方に酷い仕打ちをしてしまった事、その上でもこの国の為に闘って頂いた事を踏まえ、我々で開発費を出し合った装備です」
木箱を渡されたので蓋を開くと、そこにあった物は防具だった。
「これ籠手? だよな」
「装着してみてください。利き腕ではない方が良いですよ。おい、さっきの土魔法を離れたところに!」
入っていたのは、甲冑の腕の部分だった。俺が言われるがままにその籠手を嵌めている間、騎士達がまた何かの実演用に的を作っていた。
いや、こういう防具は正直俺には必要ないんだけどなぁ。硬御を使ってしまえば、これの役目は無くただのおもりになる。身軽に闘うのには邪魔になるだけだ。
「とりあえず着けたよ」
「ガントレットの内側に小さなフックがあるのでそこを引いてみてください」
左腕の内肘に近い部分に、指一本通りそうな輪っかがあったのでそれを引っ張った。
すると、籠手が小さな両翼を展開し、キリキリと弦を張る音が鳴る。
「おおっ」
「腕を伸ばして、あの的に構えてください。照準は手首に近いところの射出口の上で合わせられます。そしたらあとは、手元の引き金を引くだけです」
打ち出されたのは、矢羽の無い小さな鉄矢だ。20メートル先の的に、軽く小気味よい音を立てて刺さった。
「籠手弩です。グレン殿は素手で戦われる事が多いようなので、拳を空けたまま武器を使えればと思いまして、最小のクロスボウを利用して制作しました。籠手の内部に細工が内蔵されているので、多少の衝撃にも耐えられる様になっているかと」
「うん。これはなかなか」
現状俺は接近戦に持ち込まないと何もできない。その為に魔法を習ったが上手くいかず、弓を使おうにも拳の闘技とは相性が悪過ぎた。
だがこれなら手持ち無沙汰で撃つことが出来、急な接近戦でも邪魔にならない。
だがデメリットもいくつかあるだろう。今しがたキリキリ鳴りながら次の矢を自動装填しているのを見るにインターバルがある。連射は難しい。当然小型化している分、通常のバリスタや弓より威力は低く、飛距離もさほど長くはない。さらに言えば弾数も限られている。
だが、牽制にはもってこいでうまく狙えればかなり使えそうだ。もちろん、半自動的に矢をつがえる分、容易に扱えて修得に必要な技術が少ない。狙いを上手く出来る様になるだけで十分だ。
「サンキュー。これはありがたく受け取っておくよ。……ところでさ」
実は装着し始めた辺りから疑問に思っていたことを、俺は口に出す。
「この籠手のサイズ不気味なくらい俺にピッタリなんだけど。誰が考えてこれを作ったの?」
騎士一同の視線が、その場で一斉に横に流れた。
俺もそれを目で追うと、木陰で白衣を着た女性が羊皮紙に何かを書きながらこっちを観察している姿が見えた。
シレーヌだった。渦巻き眼鏡が特徴の研究者。かつて俺を剥いて調べさせた張本人だ。
「シレーヌくん。ちょっといいかなー?」
「あわわわー、見つかっちゃいましたー!」
「んー? なんだろね、この紙の束。俺の何を調べてるのかね? おやおや、これはこの籠手の設計図? 何で君が持ってるの?」
「えー? あー、何でしょうこれ。研究所から持ってきて来た資料の中に混じっていたみたいですねー」
「いやお前だよね? このサイン完全にお前の名前書いてあるよね? いつ採寸した? あれか、俺が城で療養してる時か?」
よくみたら俺の頭身で全身を鎧に纏った人物像があった。兵器まみれのこの設計が、彼女が目指す俺の姿らしい。
「……えへへこの理想像カッコいいでしょー?」
「えへへじゃねぇよ。また俺で実験なんかしやがって! 大方お礼をさせるきっかけ作りに、この籠手弩を渡したらどうだと言って、騎士達に開発費を徴収させる腹積もりだったなこのマッドサイエンティスト!」
「良いじゃないですかー。グレンさんも強くなれるんですよー。この調子でどんどんぐへへ……いでぅ! 痛いでふグレンはんっ!」
騎士の体術、顎裂きという口を左右に引く技を実演し、シレーヌにお仕置きした。
だがこの仕込み弓は実際有能なので、それはありがたく頂戴し、対価に気持ちばかりの金銭をシレーヌに払わせた。勝手に人を調べて実験していた罰だ。




