俺の言葉、最低な小鬼
数日アルデバランの城での療養を経て、俺は外出も認められるようになった。
その間に色んな人が見舞いにやって来た。混乱があった事を任務から帰って来てから知ったアレイク。俺の戦闘を目撃し、それをわざわざ称賛しに来た騎士。さりげなく俺から色んな物を採取したり調べようとするシレーヌ。少しでも治るのを早めようと回復魔法で治療をしに来るティエラ(突然血反吐を吹き出したので御付きに連れ帰らされた)。
叙勲、要するに栄誉を称えて勲章を与える儀式は俺が全快になるまで待つこととなった。それより先に今回の件で亡くなった者達の葬式があったらしい。
俺はそれに出席出来なかった。体調が完全ではないとか、そんな資格はないとか、あれこれ言い訳をつけてその場には行けなかったのだ。ほんとはその場に現れたらまた糾弾されるんじゃないか、という気持ちが一番大きかったな。
そして数日遅れで俺は騎士や人々を手厚く埋めた墓所に杖を付きながら向かう。花束も供え物も無い手持ち無沙汰な状態で、とりあえず赴くことにした。
陽光が森の木陰に隠れたそこは、アンデッドとして蘇った死人もまた埋めなおされた跡があった。彼等はヴァジャハの消滅と共にまた死体に戻ったらしい。
墓には先客がいて、一つの墓標の前に立っている。俺はソイツに声を掛けた。
「何だよ。お前も一人で墓参りか」
「……グレン。お前か」
性格に出てる様に鎧をしっかり纏った女騎士は、金髪の髪を風にくぐらせ、俺の声に振り返る。レイシアだった。
杖をついたまま、オーランドの墓の前に俺は並ぶ。
「すまなかった。まだ見舞いに行けて無くて」
「良いよ別に。忙しかったんだろ? また出世しちゃったもんだから尚更大変だろうねぇ。ハウゼンから聞いたよ、おめっとさん」
「ああ。私自身も、まだ戸惑っているんだ」
レイシア、レイシア・アンサラーは俺と同じくして功績を認められて貴族の階級を取り戻しただけでなく、隊長から聖騎士として昇格した。どうやら聖騎士と言うのは、騎士以上の武勲と高い信仰心、そして光属性を持つ事で初めて認められる立場だそうだ。
「あの時、そういやお前何か髪か白くなったりしてたな。アレって何なの?」
「私にも分からない。無我夢中だったからな。ただ、光属性の魔力を使おうとすると」
彼女の髪に同じ変化が訪れた。老婆の白髪よりも白く、そして微かに光を纏っている。
「こんな風になる。実は素養があるのは知っていたんだが、あの時初めて光属性の魔力に開眼したんだ。シレーヌ研究士が言うには、髪は属性の魔力に影響されやすいらしい。強い魔力を持つ者の髪は、属性に影響された色になる事が多いそうだ。多分それでこうなるのではないか、と」
「ふーん」
その力があったから俺はこうして今も生きている。にしても、退魔の属性ねぇ。さらにくっころ要素を増やしたか。
「しかしな、私などが聖騎士になってしまって良いのだろうか」
「ん? どうしてだ。お前が条件をクリアして十分認められたからなれるのに何で躊躇う必要がある。ましてやお前貴族の名を取り返せたんだろ。悪くないじゃないか」
「……なれるから、か」
自嘲した様子で彼女は笑った。あまりうれしくはなさそうだった。
「何、嫌なの?」
「勿論ありがたい話だ。だが、引け目と言えばいいのだろうか。私には似つかわしくないと思っている」
「引け目?」
レイシアは小さな顎でゆっくり頷いた。
「たまたま、私はあのヴァジャハを倒せた。それにはお前の活躍やオーランド達の犠牲があって為しえた奇跡の様な物だ。称える者が私以上にいる筈だ」
彼女は後悔していた。オーランドが自分を庇った事で亡くなった事を。彼等を差し置いて、自分が称賛されているのが申し訳ないと。
「あの時私の前に出なければオーランドはまだ生きていたのかもしれない。私なんかを助けて、こんなところで終わるだなんて……。孤児院へ恩返しに金の仕送りをすると息巻いて、殉職金を送ってどうするというんだ。何故、私を庇った、オーランド」
返事の来ない相手に、問い掛ける。
「騎士失格なんだ、私は。友を助けられず、姫様に助けられ、お前が奴に食われるのをただ見ていた。なのに昇格? 酷い冗談だ。結果さえ良ければ何でも良い訳ではないだろう。それでオーランドの死が報われた事にもならない。だから、相応しくなんかない」
籠手が震え、拳を強く握り締める。未だに自分を苛め続けている。
「お前も見ただろう? 私の過去を。あの頃から全く成長していないのが皆に見せつけられた。アレが心の鎧を剥がされた私なんだ。勇敢でも何でもない、ただの臆病者だ。皆が言うほどそんなに強くはないよ。聖騎士という責任は私には重すぎる。また悪戯に、部下を失ってしまうかもしれない。そう考えると、怖いんだ。憎悪で誤魔化して来たこの想いが私の脚を止める。またオーランドの様に犠牲を出してしまうかと考えると、身がすくむ」
振り絞った彼女の本心による告白。騎士ではなく、一人の少女として俺に洗いざらい打ち明けているのだ。
「なぁ、グレン。私は私の為に死んだオーランドに、何かしてやれることはあるのだろうか?」
「ああ、そうだな」
俺は杖を使いながらレイシアの元に寄った。弱りきった彼女の為に、俺が出来る事が一つだけあった。
「なぁレイシア」
「グレン?」
少女のうるんだ瞳が俺を見つめ返す。その様子に俺は心を決めてさらに前に出た。
「歯ァ食いしばれ」
俺はレイシアの頬を遠慮なくひっぱたいた。乾いた音が、墓所に広がる。
「……グレ……! 何……!」
突然の俺の行いに、驚きを隠せずにいるレイシア。俺がどうしてそんな真似をしたのか、理解していないのが分かる。
「ある訳ねぇだろ」
俺の押し殺した声に、レイシアは顔を押さえて身動く。
「オーランドは死んじまったんだ。もうどうしようもない場所に行っちまった。アイツの死に対して出来る事は気休めでしかないんだよ。そんなにやりたいんだったらアイツを育てた孤児院に直接赴いて頭下げたらどうだよ。そして毎日毎日お前を庇って死んだアイツに祈りを捧げてやれ。そんでアイツに関わり、喪失した人々に埋め合わせをして回って来い。それくらいやって、初めておんなじ台詞を吐けよ私は彼にあと何が出来るんだって、な」
怒鳴られた子供の様に、少女は萎縮した。
「それが無理ならそういう気持ちを吐くだけ吐いて楽になってろよ。時間が解決してくれるぞ。そしていつかはあー今日はいい天気だなーってスッキリしてれば良いだろ。アイツが何を考えて動いていたかも全く考えずにな!」
「どうして、どうしてお前が怒ってるんだよ……」
「ああ、言ってやる。俺は確かにキレてるよ」
優しい言葉を与え、慰めていれば彼女から無垢な好感を得ていただろう。だが、それを選んでしまうとその影で人知れず蔑ろにされてしまう想いがある。
最低な小鬼になってでも、コイツを最低な女にはさせない。
悪いなオーランド。お前がひた隠しにしてた物、俺はさらけ出してやる。あの世で会えたら幾らでも責めてくれて構わない。
「アイツはお前の事が好きだったんだよ。だからお前を庇おうとした。アイツは騎士として死んだだけじゃない。男として死んだんだ。惚れた女の為にな」
振り込んだ一刀にレイシアは目を見開き、口を開閉する。絶句する。
「オーランドの奴は言ってたぞ。昔お前を傷付け、不幸を願って本当に不幸になったお前に引け目を感じて、お前の支えになってやりたいって。その為に俺に謝りながら距離を置いてくれと言った位だ。魔物を憎むお前の傍に、俺がいるとお前の意志に迷いが生じるだろうからってな」
「……そん、な。何故、私を?」
「人が好きになるのに理由なんてどうだっていい。重要なのはその気持ちを受け取る相手がどうするかだ。お前は、アイツの好意にどう答えるってんだ。死んじまった、オーランドの気持ちをよ」
顔を抑え、呻く。崩れ落ちた少女に俺はそれでも言葉をぶつける。
ようやく気付いたか。どれだけ、オーランドに向けて残酷な事を言っていたのか。
「そうだよ。もう遅ぇんだよ。アイツの想いに答えても、オーランドはもういない。だから言ったんだ。お前がアイツの為に出来る事なんて、殆ど無いってな」
「じゃ、じゃあ、私は、な、何をしたら、良いんだ……!」
これまで以上の後悔に打ちのめされ、レイシアは弱気に喘ぐ。存分に泣いてくれ。感情を整理する為には必要だ。
「何でも答えてくれると思うな。自分で考えろ。もう親に育てられてるガキじゃねぇんだ」
そう冷たく突き放す。この世界では成人だが、レイシアは俺から見れば年端のいかないまだ子供だ。社会に放り出され背伸びをしていた分、時間を掛けて学び、育てて行くべき物を置き去りにしている。
だがコイツは騎士だ。甘えは許されない。
「でもヒントはやるよレイシア。お前は今何だ?」
「……何……って?」
「お前は、騎士なんだろ? 地位も立場も変わろうと、騎士である事は変わり無いだろ?」
俺の言葉をスポンジに水を与える様に吸い込んでいく。俺の考えが正しいとは限らないのに、鵜呑みにするのは良くない。でも、それでも、俺なりの最善を、コイツに投げ掛ける。
「俺は言ったよな? オーランドにしてやれることはたかが知れてるって。死んだ奴に出来る事には限界がある。でも、生きてる奴にお前がやれる事は幾らでもあるんじゃないのか」
墓は死んだ奴の為だけにあるんじゃない。生きている奴がソイツの事を忘れない様にする為にあるんだ。そんな風に、俺達は生きている以上死んだ者への行いより、生きている者達の為にやるべき事の方が多い。
「アイツが生きていれば、この先騎士として色んな人間を助けて行っただろう。でも、お前の為に死んで、それも出来なくなっちまった。どうなんだレイシア。そこに何か思うことはないのかよ」
ああ、駄目だ。結局答えてしまった。俺もまだ割り切れて無い。
少し彼女が落ち着くまでの間があった。鼻をすすり、ようやくレイシアが自分なりに考えを紡ぐ
「私に、このまま騎士を続ける資格があるのだろうか」
「立場を決めるのは周囲だが、するかどうかを決めるのは周囲の判断じゃないだろ?」
「……グレンお前は、私にオーランドがやれた事を引き継いで行けと言うんだな。彼の分も、騎士として人を救えと」
「言わねぇ。お前が決める事だ」
自分を棚に上げて、我ながら無責任な物言いだ。やっぱり俺は卑怯だな。
「その通りだ。耳が痛い。考えを他人任せにしていた事に気づかされる。手厳しいなぁ、グレンは」
「ああ、他人に厳しく自分に甘い屑だ俺は。女に手を出し、泣かせて、好き勝手に罵る糞野郎が付くくらいな。だから俺はゴブリンになったのかもしれない」
「例えそうだとしても、そのおかげで」
自分の足で立ち上がる少女。その面持ちは、芯のある決意が伺えた。
「私はお前と会い、学ぶ物があった。私はこの通り至らない事だらけだ。お前に言われなければ、気付かなかった事ばかり」
差し出す手。俺も無言で杖とは別の手で応える。
両者の掌が固く結ばれた。そのままレイシアは言う。
「グレン。私は決めた。聖騎士になって、より多くの人を救って行く。志半ばで散ったオーランド達の分も。その覚悟をお前から貰えた。もし、私がまた過ちをおかしたのなら、今日と同じように想いをぶつけてくれ」
「ああ。俺でよければな」
「オーランドがどんな風に言ったのかは知らないが、お前は此処に居て構わない。私はお前をゴブリンだからと拒絶したりしないから安心してくれ。むしろ感謝している。お前のおかげで、視野が広がったからな」
「そうか。お役に立ててなによりだ」
言葉を受け取り、俺は思った。少女は強い。俺なんかと違って。あれほど弱りきった彼女が、今はしっかりと自分の力で立ち直った。なんと頼もしい事か。
俺もまだこの世界で生きている。もっとやれるべき事がゴブリンなりにあるのなら、それを成し遂げていこう。残酷な現実と向き合い、それでも前へと進む彼女の様に。
二章 完
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