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俺の強敵、森の熊さん

 あそこはどうやらあの植物達の群生地だったようだ。一晩経ってもまだ絶叫が脳裏から離れない。逸話で聞く奴らの叫び声を聞くと死ぬ、というのは物理的に聞こえるところにいるとやられる、という意味なのかもしれない。わりと。


 俺は石丘の例の洞穴の中で休みながらスクロールの機能を手探りで調べている。魔物との初めての会敵からか、新しい発見があった。倒した魔物の情報は、この羊皮紙に記載されるらしく、闘っただけでは得られなかった知識が手に入るのだ。


 俺がマンドラゴラと思っていた魔物の記載はこうだ。



 マンドゴドラ。普段は地中で生活しているが、近づく者がいると根っこの身体を這い出し、絶叫しながら襲い掛かる。根の部分には解毒の効果がある。葉を一枚でも抜くと、命が尽きる。新鮮なままだと意味不明な言葉を唱える。



 惜しい。名前が若干違った。けど、大体は一緒。後半の情報は今後役に立ちそうだ。


 それと収穫といえば、俺は新しい闘技を身に着けた知らせがあったな。見てみよう。スクロールの意識を魔物から闘技の項目に移す。



  習得闘技

  崩拳ほうけんLV1 使用MP1 敵に小ダメージを与える。

  硬御 使用MP0 防御力Lv×10。発動中は動けない。



 名の通り、防御に通ずる闘技らしい。要するにガードだ。レベルが無いという事は、今後成長しないと見て良いのか? 消費するMP0はおいしいが。


 一番致命的なのはそれを使っている間は動けないという点だ。棒立ちのまま、避ける事もすぐに反撃に打って出る事も出来ないのは戦闘でも痛手だろう。ここぞと言うとき、使うべきか。


 そんなゴブリンの脳みそで頭の働きを回転させていると、腹の虫が鳴り出した。マンドゴドラとやりあった後、あれからショックでずっと引き籠っていたから当たり前か。


 しかしこんな事でくじけてどうする俺。奴らには複数相手にしたって勝てたんだ。大して強くないんだ。あんな絶叫植物よりヤバイ魔物はごまんといる。こんな事で怯えていてはやっていけないぞ俺!


 奮い立たせた俺の心に更なる喝を入れるべく俺は、先日少しだけ入り込んだ森へと再突入を敢行する。マンドゴドラの群生地は突っ切らず、余計な戦闘は避けながらも食糧の備蓄をするのが目標だ。


 鬱蒼とした木々は、やはり現代の俺が見てきた植物とは違った特徴があった。針葉樹や広葉樹とも違ったマングローブの木を青くしたような幹を過ぎ例の場所を目撃する。


 やはり待ち構えていたマンドゴドラの群生地。奴らの特徴的な頭の葉が、今日も陽気にピコピコと踊っている。だがそれには騙されない。その下に眠っている狂暴で不細工な面を、俺は知っている。

 回り道をしながら、抜き足差し足忍び足で俺は避けて通る事にした。あんなうるさい奴らに構ってられるか。レベルをあげるより飯が先だ。


 しかし俺は間抜けだ。群生地から一体だけはぐれていたマンドゴドラの苗に、近くに行くまで気付けなかった。

「ン゛マ゛アァァッ!」

「また出たコイツ!」


 土の中から飛び出し、容赦なく接近して来る一体だったが、昨日よりは落ち着いて相手をすることが出来た。飛び掛かった瞬間に、俺は頭部を掴んでとらえる。

「マ゛アァァァァァァァ! ン゛ァアァ。ン゛マ゛ァァアァァァァァ!」


 ジタバタジタバタ。届かない手足でやたらめったらに暴れる人面野菜。その挙動がまるで釣られたイカみたいだ。スクロールに乗ってた記憶を頼りに、頭の葉で試してみた。ぶつっ、と。引っこ抜く。

 悲鳴が止まる。面白いくらいにがっくりとマンドゴドラは動きを止めた。というか、死んだ?


 指でつついたり、デコをはじいてみたりしたが返事が無い。ただの植物のようだ。そういえば今回初めて原型を残して倒したな。こいつの身体が解毒に使えると聞いたが、持っていった方が良いのか?


「ン゛」

 突然呻くマンドゴドラ、その後に声音が変わった。

「私はアルファでありオメガである」

「は?」

 マンドゴドラが突如として饒舌に何かを話し始めた。ていうか、コレ黙示録じゃん。

 人面植物の呟く突拍子の無い言動に耳を貸してみる。


「ン゛ン゛。今おり、かつており、これから来る全能者である」

「あ、黙示録の続きね」

「…………」

「え? 終わり?」


 何がしたいんだコイツは。言葉の意味は分かったけど意図が不明だよ。何か起こるかと身構えたじゃないか。


「ン゛ン゛」

「うわ、また喋る気だ」

「朝は四本足、昼は二本足--」

「人間」


 今度は謎かけを振ってきやがったので、答えを先取りしてやった。有名だよね。さて、どういう反応を……

「…………」

「おい! せめて正解かどうか答えろよ! 合ってるだろうけどモヤモヤするだろうが!?」

「ン゛」

「切り替えやがった! ワザとでしょ? わかってて惚けてるだろ!?」


 これ以上戯言を聞いていると頭がおかしくなりそうなのでこの前の蔦の残りでマンドゴドラの口に猿ぐつわをして腰布袋に一本収納した。これには一応使い道がある。今回は頼りにするかもしれない。


 森の中を探索していると、奥の木から気になる物を見つけた。その樹に生る鮮やかな色をした果実。マンドゴドラの群生地のすぐ先にあったのは幸運だ。


 橙色の洋梨状の果物は甘い香りを放ち、俺の鼻をそそる。その果樹に近付く。

 もぎ取った果物。匂いは良いが少し口にするのはためらう。動物や魚とは違って毒があるかもしれない。


 その万が一に備えて俺はマンドゴドラを懐に入れてある。毒があった場合は、この不気味でうるさい根っこの解毒作用にすがるつもりだ。

 恐る恐るかじる。味覚はその香りだけに申し分ない。少し固くもみずみずしい食感に林檎と桃を混ぜた味わい。久しぶりに美味しいとだけ思える食事だ。


 咀嚼して嚥下し、自分の体調に違和感は無いか待つ。少しして大丈夫そうならまた食べてみる。ゆっくりと時間を掛けて安全を確かめる。

 そんな静かで気を張った食事も、杞憂と分かるなり俺はかぶりついた。甘い物が食えるのは素直にうれしい。生の兎だったり泥臭い鯉だったりで最悪だった分舌が甘美に震えてる。


「食料源の一つは確保、てか」

 足元には丸かじりをした果実の食べ残しが点々と転がっていた。俺以外にもこの果樹のお世話になっている生き物がいるらしい。そりゃそうだ、こんなに美味いフルーツに手を付けないなんてありえないよな。


 問題は、それを口にしてるのは何なのか、という点だった。果樹は俺が手を伸ばしてようやく届く高さにある。つまりこれを食うには、この木を登るか人のように身体が大きくないと食えないという事だ。


 ずし、と背後で重い足音がした。甘露に浸っていて、周囲の警戒を怠っていたのに気づく。

 振り返った先、己の差す影を俺は岩だと思った。こんな大きな障害物は来た時には無かったよなぁと考えていた。


 黒い影は息を吐いた。動いていた。

「ヴォゥゥゥ」

 獰猛な声を漏らし、近づく者の正体。俺よりもデカい獣。


 熊だった。身長は立ち上がると俺の倍--三メートルは超え、動物の域を大いに逸脱した化け物。魔物。

 ヤベ、先客がいた。目の前で振りかぶられた腕に、俺は吹っ飛ばされる。


「がはっ」

 地面に叩きつけられ、食べた果実を吐きそうになる。丸太で殴られたみたいな衝撃だった。

 荒い呼吸をしながら四つん這いで突進する森の熊さん。慌てて立ち上がり、石器の斧で応戦する。牙で俺の喉元を食らい付こうとしたところに、頭目掛けて斧で殴りつけた。脳を揺さぶる。


 だが追撃の頭突きは止まらない。とっさに俺は闘技:硬御こうぎょを発動する意識を持った。全身に力が迸る。同時に、指先一つ身体の自由が利かなくなった。


 固まった俺の身体は直撃を受け、俺はまた後ろに転がっていく。酩酊感に襲われながらも、思ったよりダメージが少ない。今後もこういう時に使えそうだ。熊の動向を探る。向こうも頭をぶるんぶるんと振るい、こっちに顔を向ける。熊は臆病だと聞くが、こいつは相当狂暴だ。


 今度は俺が飛び出す。受け手では殺られる。素早い奴から逃げきれるか試すより、倒してしまえばこの果樹という俺の潤った生活が約束される。素直に認めよう。食欲に危険を知らせる本能が負けた。諦めてたまるか。


「どりゃァ!」

 飛び上がり振りかぶった石器で、熊の頭蓋を砕かんと降ろす。しかし、身軽にかわされる。あの強靭な腕が俺を引っ掻こうとした。


 俊敏が鍛えられた俺も、それに見合う反射運動が備わっているらしい。俺もかすめるくらいまで直撃は避けられた。

崩拳ほうけん!」

 逃げを選ばなかった大きな要因である闘技を、俺は生き物相手に初めて放った。渾身のストレートが、魔物熊の胴体に撃ち込まれる。骨のような硬い物が折れた触感が拳に伝わる。


「ガウヴォオェッ!」

 声にならない声。相当なダメージがあったようで、熊は泡を噴いた。

 が、倒れない。口から血と唾液を膨らませた泡を零しながらも戦意は衰えず、俺の前に立ち塞がる。


 野生の力だ。人間ならナイフを腹にグサッと刺された時うずくまってそのまま命を落とすような状況でも、自然の動物は簡単には死んだりしない。魔物も同じだ。


「オラアアアァ!」

 俺だって容赦はしない。弱ったところに、石器の斧で何度も何度も顔を殴りつけた。高さに合わせる為に飛び上がって、その大きな頭部を殴打し殴打し。たまらず前足を下ろしたところを、左右に倒れるまで殴り続ける。


 くたばれ! くたばれ! 死ね! 倒れろ! やられろ!

 斧を握った拳で、さらに追撃の闘技をおみまいする。

崩拳ほうけんンッ!」


 ぐしゃりと、幾度となく叩いて頭蓋にヒビでも入っているんじゃないかと思える熊の頭部が、完全に歪んだ。それを契機に、巨体はついに地に伏した。

 紙束から響くファンファーレと同時に俺は勝者に許された怒声を森に轟かせる。



グレン:LV6

 職業:戦士 属性:土 HP:21/34 MP:5/6

 武器 石器の斧 防具 旅人の皮服 装飾 なし

 体力:34 腕力:18 頑丈:15 敏捷:26 知力:14

 攻撃力:21 防御力:18


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