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俺の目前、降臨と悲劇

 王への謁見は難なく叶った。緊急の事態で、予定と言える物が吹き飛んだからだ。まあ、外と隔離されたこの国で身内と面会する事ぐらいしか出来ないしな。


 しれっと混ざっていればまた揉め始めて面倒だという理由で、王座の間の一つ前で俺は待機を命じられた。ワガママを言ってる場合じゃないので、仕方なく俺はレイシアの言いつけに従う。


 だが、扉の隙間からこっそり中の様子は見させてもらった。中では小太りの神父に騎士数名が国王と王女ティエラに謁見をしている。



「そうか……アンデッドをそれで掃討出来るのか」

「ならばすぐに取り掛かった方がよろしいですわお父様。御許可を。外界の方はあのハウゼンが動いているのなら、必ず解決策を見出してくれる筈です」

「そう、だな」


 ティエラの方も無事だった。流石に城の中にいたのでアンデッドには襲われずに済んでいるのだろう。

 一方、国王ストリゴイ・モロイ・アルデバランの方は何やら顔色が優れない。騎士達の面前では気丈な振る舞いを見せてはいるが、明らかに様子が不自然だった。そわそわしている。


「アンデッドを殲滅すれば、事態は収束するという事だなティエラよ? だが、状況からすれば、この大規模な結界を起こした者がいるという事だろう。此処を狙ってるやもしれん。こういう時こそ勇者が必要だ。おられないのか?」

「……必要ありません。犯人を見つける事は後回しに。お父様がしっかりなされば、それで解決出来ますのよ」

 叱るように実の娘が父に言った。どっちが親なのか分からない。



 まぁ、ティエラが言うようにアンデッドの脅威さえなくなれば、いずれはあの黒い壁も取り払われる筈。その為にギルド等から光の魔術に長けた者を呼び集める為、ハウゼン達が掛け合っているのだから。


 光明は見えた。被害も多少は出たが、これならアルデバランも何とかなる。





「ほんとうに、そう思っているのかーい?」


 投げ掛けたのは、大聖堂から此処まで同伴していた小太りの神父だった。人の良さそうな顔つきが、青白く冷たい物へと変質している。


「いきなり何をおっしゃられる神父殿。アンデッドは貴殿達が用意された物で退治が出来る。後は時間との勝負--」

 隊長レイシアは恐る恐る、口を挟む。神父はニタニタと聖職者に似つかわしくない表情をしている。


「そんな時間は残念ながら無いんだよねぇ。そもそも分かってるのかな? 火の手を抑えても放火魔を抑えなきゃ、なんの意味も無いって事」

「おい、さっきから変だぞこのおっさん」


 後ろのオーランドが言ったところ、豹変した神父はくるりと背後のオーランド--そして扉から覗き込んでいる俺が見える方に振り向いた。


 見開いた彼の双眸そうぼうは、眼窩がんかで虚空となっていた。眼球が消えている。オーランドはおぞましさに後退した。

 顔を戻すと、王や王女達にもそれが見えたらしい。ティエラの小さな悲鳴が王座で広がる。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 まるでさなぎの殻を羽化で引き裂くように、人の皮が左右から剥がれた。灰色の髑髏どくろが露わになる。骨格は人のそれとは異なり、獣の形に歪んでいる。


 狂った道化師のような笑い声を上げながら、正体を現したのはずんぐりした体型に黒い布を纏った骸骨の怪物だ。

 俺は死神を彷彿させるその成りに、背筋の冷たさを覚える。そして、迂闊にその場に出る事も出来ずにいた。

 

「ごきげんよう、小さな国の王および王姫。僕はヴァシャハ。タナトスのヴァジャハ」


 手袋を嵌めた白骨の腕を前に、丸々としたシルエットのヴァジャハはお辞儀をした。


「一体何者ですか貴方は、魔物……人間……それとも邪神?」

「悪魔、死神、死霊スペクター、ゴースト、リッチー。好きな定義で呼んでもらって構わないよ。そんなことより、今宵のお祭りはお楽しみ頂けたかな?」

「では貴方が……この壁を? そちらの化けていた神父は!?」

「結界を作ったのは僕さ。僕が変身するのにモデルになった神父は今頃アンデッドの餌にでもなってるんじゃあないかなあははは!」


 ケタケタケタ、と怪物が笑う度に、角が生えた鹿のような頭蓋骨が振動で音を立てる。


「さて、次に来る質問は街中に現れたアンデッドも僕の仕業なのか? か、僕の目的は何? かな。一つ目は肯定しておくよ。僕は死体を操れるんでね、墓場から大勢の眠っていた人間を呼び起こさせてもらった。そして二つ目、最初は僕もただ呼び出されただけでね、契約が出来なかったから少し魂を食って帰ろうかと思ってたんだけど」


 すぅ、と指差したのは国王。意識を向けられた国王は恐怖に呻く。


「せっかくだから豪勢に魂を食べたくなったんだ。人の魂の味を良くする方法があるんだけど分かる? 恐怖で味が引き締まるんだよ。だから、沢山の魂を熟成させるにはやっぱりこういうパニックを起こさせるのが一番だと思ってね」


 急な登場で分からないことだらけだが、どうやらコイツは大勢の命を狙い、より自分好みに魂を食う為だけにこの騒ぎを作り出した犯人だ。つまり元凶だ。


「さて、前置きはお終い。何で回りくどく神父に成りすましていたのか、それぐらいは自分達で考えてね?」


 恐らくは、騎士という人々の頼みの綱を切る為に、此所で文字通り化けの皮を剥がしたんだろう。つまり、先に俺達の命を狙ってやがる。


「貴様のせいかァああああああ!」

 一番先に動いたのは、レイシアだった。怒りを露に、抜刀して躍りかかる。仲間達の悲劇がヴァジャハの気まぐれで起こったと理解に繋げたらしい。


 幾太刀も叩き込まれた骨と布の身体だが、びくともしていない。斬り付けられながらも、死神は嬉しそうに反応した。


「んんー活きが良いね。新鮮な証拠さ。新鮮だということは、それだけ味に期待が持てるって事だ」


 周りの騎士達も続く。罵声と共に下級の魔法や闘技で八方から取り囲む。敵陣の真ん中にいれば、当然袋叩きになる。だが不用意だ、コイツがどんな能力を持っているのかも定かでは無いのに。


 ヴァジャハと名乗る異形は、全てを受けてなおびくともしない。只、気に入った標的(レイシア)の前に立ち塞がった男性の騎士に意識を向けた。


「邪魔ッ」


 羽虫を振り払う程度の所作だった。幾多の攻撃を浴びせられても、目の前に阻んで来た騎士だけを目障りそうに振り払う。横合いに吹き飛ばされた騎士は、壁に叩きつけられた。ずり落ちた後、呻きながら悶絶している。


 今しがた吹き飛ばした男騎士にも目もくれず、髑髏の怪物はレイシアに執心していた。気丈にもレイシアは剣を構えつつ、威嚇するように睨みつける。


「良いねぇ、良いよ君、凄く好みだ。強気な所とか気高い魂は好きだよ。折れたらさぞかし美味くなりそうだ」

「く……何だ……コイツは」

「隊長下がってくれ! この野郎普通じゃない!」


 オーランドが庇うようにレイシアの前に出た。岩竜戦では動けなかった事を悔いていたようで、未知の脅威に勇姿を見せる。


「だから、邪魔だと言ってんだよ」

 水を刺されたヴァジャハは、苛立つ様に殺意を込めた指先をオーランドに向ける。

 この瞬間ほど、俺はゴブリンになってから後悔した事は無かった。



指名絶命(チョイスデッド)


 見えない力に横殴りされるように、オーランドは無抵抗にもその場に倒れた。虚ろな表情のまま身動きひとつしなくなった。

 一拍の間。誰もが、何が起きたのか分からず動きを止める。



「オー、ランド?」

 自分の足元に崩れた同胞に、レイシアが呼び掛ける。彼女の怒りの熱が冷めきっていた。赤毛の彼が傷ひとつ無く、呆気も無く事切れた事実が、この緊迫した状況を忘れる程の衝撃を与えた。


 嘘だろ。あのヴァジャハって怪物は、指先ひとつで触れるまでもなく命を奪えるのか。オーランドの事以上に、現実味の無い脅威に目を奪われる。


 まるでゲームでたたかう時のコマンドの中に『たおす』という選択肢があるようなデタラメさだった。あの様子だと距離を取ろうと挙動を察知して避けようと、確実に死に至らしめる。明らかに反則チート級の能力だ。


 勝ち目なんか無いじゃないか。俺は飛び出す事も出来ず、呆然とその光景を目の当たりにする。


「おい。オーランド、オーランド! 起きろ! 何をしている! 何で息を、止めてるんだ……。おい、悪い冗談はやめてくれ!」

 レイシアはマネキンのように倒れたままのオーランドをゆすり、呼び掛ける。

 瞳孔が開いたままオーランドは為すがままに揺さぶられていた。



「無駄だよ無駄無駄。もう死んでるよソイツは。僕の邪魔をするから悪いんだ。そんな糞にも満たない命のひとつくらい、大して美味くも無いし食わなくたって困らない」

 ヴァジャハはレイシアの頭上で、酷な事実を突きつける。丸い身体を浮かび上がらせ、加害者ながら高見の見物をしていた。


「はい、もう十分でしょ? お友達とのお別れは。次は君の番なんだから」

 命を刈る死神は、骨だけの片腕を構える。掌中に大きな濁ったシャボン玉のような暗玉を生み出す。


「さあさあ御立会い、これよりお見せするのは素晴らしき過去の記憶でございます。末期まつごながらにごゆるりとお楽しみください悪夢の傷痕ナイトメアペイン

 不穏なシャボン玉はその場で数十メートルにまでぐんぐんと拡大した。泡膜に何人かが接触するが、それで割れる事も無く通り抜ける。


「何だこれは?」

 未知の光景の連続に、闘うどころか翻弄される騎士達。いや、俺自身も突然の出来事についてこれていない。

 だがあのヴァジャハは、レイシアに向けて何かをしようとしている。クソッ、その場から引き剥がしてやりたいが下手に飛び出したら俺も一瞬で命を奪われる。迂闊には出られない。



 暗玉のカーテンが発光する。その泡膜にはスクリーンみたいな映像が投影された。


 轟々と音まで流れ始めた。火の生ずる音だ。何かが焼け落ち、崩落する物々しさと共に城内の王座の間に幻影の炎が映し出される。


『……ひっ……ひっ……』


 幼い嗚咽が業火の渦巻く世界で繰り返される。徐々に周囲の景色が見え始める。何処かの建物内部で火災が起きていた。


「まさか……いけない!」

 心当たりがあるのか王女は呟く。ヴァジャハは独り映像を愉しげに鑑賞するように眺めていた。


 どうやらこの映像は、屋敷の中であるらしく誰かがクローゼットの中に隠れている場面のようだ。早く脱出しなければ、危うい局面だ。

 だが逃げようにも逃げられず、その中で隙間を覗きながら炎以外の何かをやり過ごそうとしているようにも見える。やがて、ずしりと何か大きな物が画廊を渡ろうとしている足音が聞こえた。


「レイシア! 見てはなりません! もう忘れてよいのです!」

 悲鳴のようなティエラの声。だが、騎士レイシアはオーランドの亡骸の傍で、己の過去の映像を瞬きひとつ出来ずに見上げていた。

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