俺の軋轢、鶴の一声
戦闘はなるべく避けたい所だが、退路が無くてやむなく何体かのアンデッドと闘った。
緩慢な動作で徘徊し、生前ではありえない筋力を持っていたが、倒すという点では苦もなかった。あとは元人間を殺すというモラル感に翻弄されるくらいだ。だが、もう慣れた。
噛みつかれても俺なら闘技:硬御で防げるし、普通に対処するにしても距離を保てば危険ではない。そして思いの外、普通の攻撃でも連中は倒せる。時間が経てば蘇るなんてこともなく、一度仕留めれば動かなくなる。
「これなら騎士の連中でも対処出来るな」
数さえ気をつければ並の冒険者でも狩れる。レベルアップの脳内ファンファーレを聞きながら、俺はそう判断した。
そこで疑問が降ってわいた。アンデッドとは人の死体が特殊な環境下での魔力を一定量吸う事によって、腐敗を止めて動き出す存在だ。きちんと埋葬された人間はアンデッドにならないらしい。
では、この数の死体は一体どこから来たのだろう? 墓場から出てきたとすれば、アンデッドになり得ない筈だけどな。やっぱりこの結界の影響か?
思案は甲高い悲鳴とガラスの割れる騒音によって中断される。
民家に飛び入ると、隠れていたと思われる女性に、窓を破った死体が外れそうな程開いた顎で迫っていた。
「いやぁああああああ! 来ないでェ!」
アンデッドは声につられて動く。自分から呼んでどうするんだか。仕方無い。
「崩拳」
魔力の消費を避けたいながらも、確実に仕留める為に闘技で横からアンデッドの頭部を吹き飛ばした。ソイツは頭と五体がおさらばになり、倒れて動かなくなった。
「あ…………あ……」
腰が抜けて立てなくなっている女性は、街の住民かと思ったが違った。城で仕えている女中だ。確か城ですれ違った俺を見て、嫌な顔をしてた一人だ。城下町へは買い物にでも来ていたのだろうか。
「おい、怪我ないか」
「お助け……お助けください……勇者様……」
助けてはみたが本人の中ではまだ助かったと思っていないらしい。俺の事もまた、危険な存在として認識されているようだ。しかも、あの勇者に助けを求めている。安全な所に連れてってやろうかと考えた意気も、ごっそりと削がれた。
「まだ逃げ遅れがいるのか!?」
群体で民家に詰め寄る甲冑の擦れる音。集まって来たのは騎士の隊員達だった。
「ゴブリン! お前、その女性に何をする気だ!?」
剣を突きつけ、敵意を剥き出しに一人が俺に唾を吐いた。ううむ、この容姿だとやはり俺も敵として判断されやすい。
「今そんな事やってる場合じゃないだろ。非戦闘員の安全確保が第一。さっさと安全な場所にでも連れてってやってくれ」
俺の意識が武器を出してる兵に向けられている隙に、横から別の騎士が女性を介抱して俺との距離を引き離した。誘導か、そういうのは手慣れてる様だ。
女中もそこまで来て安堵した様子で目元を泣き腫らしながら感謝の言葉を口に出している。それは多分、俺に対しては言っていないよな。
「偉そうに指図をするな。貴様がこの街の異変を起こした張本人か?」
「ハァ? 何故? 俺があんな事出来るとでも?」
あまりの言いがかりにあっけにとられた。想像に欠け過ぎている。
「あのな、俺は外部からせっかく此処まで様子を見に来てやってんだぞ。さっきの女性だって、アンデッドに襲われてたから一足先に助けてやったのに、感謝の言葉どころか俺まで悪人扱い。やってらんねぇなマジで。つか、おせぇよ。俺いなかったら殺されてたぞ?」
「うるさい! そんな見た目で信用など出来るか」
俺だってこんな姿になりたくてなったんじゃねぇ。
思わずカッとなりかけたが、分が悪い。此処で手を出せば、俺が街の敵であると認めたも同然だ。
しまった、この可能性を考慮していなかったな。俺自身が犯人として疑われるという線を。流石に、ゴブリン如きがこんな事出来る筈がないと自らを過小評価し過ぎたのが裏目に出た。
誤解を解くのも難しいこの状況で俺は退く事を考えた。説得しても駄目。無理やり分からせても駄目。何をしたって通じなくて厄介なもんだ、思い込みってやつは。
「動くなよ。貴様を拘束する」
「やなこった。その後俺をどうするってんだ。豚みたいに吊るしてムチ打ちか?」
猿のように唇をむいて挑発的な態度を取ると、向こうも余裕がないのか怒声を張り上げて俺に襲い掛かろうとした。
「待てぇっ!」
民家に反響するほど、落雷の様な呼び声が全員の動きを止めた。
音にも反応するアンデッドがうようよいると言うのに、怒鳴った騎士は気にした様子も無く早足で介入してきた。
「くだらない争いは止めろ。おいお前、本当にこのゴブリンがこの異変を起こした様に見えるか?」
レイシアだ。無事だったどころか普段以上に勢いがある。俺を疑い続けた騎士に問い詰める。
「い、いや、単にその可能性があると思っただけでして、確保しようと」
「こんな奴が此処まで大掛りな結界を張れる程に疑わしいか? ゴブリンというのはそんな魔術が使える存在だとお前の頭の中の知識が言っているんだな? 単純に人間じゃないからやったと思ってるのとは違うのか?」
「いいえ……ですが、コイツは女性を」
「状況をよく見てみろ? その目は節穴か? コイツの足元に倒されたアンデッドが転がっていた上で、付近にいた女性に乱暴しようとしている様にしか見えなかったのかと聞いているんだ。それ以外に何も見えないなら目の治療でもしてこい」
「隊長、何でコイツを」
「どいつであろうと、公平に物事を考えろと言っているのが分からないか?」
くっころ騎士の言葉の急襲を受けて騎士は押し黙った。
「まだ文句のつけどころがあるなら言ってみろ。言えよ、私が判断してやる」
「……ありません」
消沈する騎士の一人。俺では全く聞き耳を持たなかったが、隊長格の言葉となると鶴の一声になるらしい。偉い差別だ。
「で、貴様も貴様で何をしている」
「街への奉仕活動ってところかな。有償だけど」
喧嘩別れに近い俺達の再会だが、今そんな事を気にしてる場合じゃない。
「つまり誰かに依頼されて街の外から来たということか。ならば、外はどうなってるのか聞きたい」
「ハウゼンがこの結界をどうにかしようと色んな所を当たってる。ご存知だとは思うが、入れるには入れるが中からは出られない。俺より先に先遣隊が来た筈だけどどうした?」
「全滅した」
感情を押し殺した声でレイシアは通告する。
「壁からすり抜けてきたところを濁流の様なアンデッドの群れとちょうど遭遇してしまい、逃げ遅れているのをこの目で見た。間に合わなかった」
俺もタイミングが悪ければそうなってたかもしれないな。
ゾンビだからってウイルスの感染とかは無い様だから、犠牲になった騎士達もそれでアンデッドになることは無いだろう。
「いずれ仇を取らねばならぬ。アンデッド達を全て殲滅する」
剣呑な女騎士の目つきには、魔物(正確には違うが)への憎悪に燃えている。一緒くたという意味では、俺も憎悪の対象になってもおかしくない。あえて、俺は言わなかった。
「隊長、此処も安全ではありません。戻りましょう」
「グレン、貴様も来い」
その一声に、一同から非難と反対の声が飛び掛かった。パニックを招くではないかだの、信用ならないだのと酷い言われようだった。
「だが貴重な戦力だ。なりふり構っていられない。責任は私が全て取る」
渋々ながら、従う騎士の部下達。俺を気に食わなさそうに一瞥しながら、移動し始める。
住民たちが避難していたのは城前の大広場だった。土嚢を高く積み上げ、あらゆる方向にバリケードを設置している。
そしてその内側で大勢の人々が、この未曾有の事態に肩を寄せ合っていた。
怪我人や親とはぐれた子供もいて、まるでこの街が戦場と化した様な雰囲気だ。
当然、俺の姿はそこで浮いている。それどころか、
「アイツが何で此処にいる!?」
「ゴブリン、よくもぬけぬけと俺達の前に出てきたな!」
「あのアンデッドの仲間何でしょ!? 危ないじゃない!」
「コイツが来たせいだ! コイツのせいなんだ!」
「父ちゃんを返せよ! がえぜぇえええ!」
「追い出せ!」
「ぶっ殺せ!」
非難轟々だった。感情の槌の降ろしどころをいい具合に見つけた様な言われ様だが、俺は反論しなかった。その代わりに、俺はこんな連中が助かる為に動くのを躊躇いそうになる。
前列の騎士達の先導もあって、暴動は起きずに済んだ。手は出してこれないからこそ、罵声を強くしているのだ。
集団から歩み寄って来る一人の騎士。見慣れた赤毛のノッポの青年。複雑な表情で俺と顔を合わせる。
「よう」
俺の方から気安い飲み仲間でも呼ぶように、声を掛ける。
「グレン……お前」
「言いたいことは分かってる。状況が状況だ。後にしてくれ」
騎士達による移動先は、避難区の中にある大聖堂。俺が初めてこの街に来た時に連れて来られた建物だ。
内部では頭の禿げた聖職者やシスター達が教会内を奔走している。その最中で、俺達に視線を集めた。
「おお、隊長殿、よくぞ御無事で。それにゴブリン殿もよく参られました」
そう声を掛けたのは、俺にこのロザリオをくれたあの時の修道女。信仰深い彼女達は俺を亜人と認めている様で、ようやくまともな応対をしてくれた。
「シスターソフィア、ご用意して頂けただろうか?」
「ええ、出来ております隊長殿。こちらへ」
連れられて、奥へと入ると長机の上にずらりと木箱が並べられていた。その中に、透明な液体の入ったガラス瓶と、銀に光る十字架が用意されている。
「レイシア、これは?」
「アンデッドは聖水の使用と十字架を所持した状態で闘う事に効果がある。貴様があの死体共とやり合えたのも、その首に掛かっているロザリオのおかげだ。普通であれば、致命傷の傷を与えたぐらいでは奴等は倒れない」
なるほど、それであんなに楽に倒せたのか。そして、今度は騎士達全員がこれを武装する、と。
「言っただろう? 殲滅すると。グレン、貴様も作戦に参加しろ」
「俺はよくても、周りが、ねぇ」
ちらりと、この場にいる未来の同志に振った。皆、やはり難色を示す。
「自分は反対であります。この様な者の手など借りなくても、我々だけで充分かと」
「レイシア隊長、コイツは勇者殿に手も足も出なかったどころか、命乞いまでしていた腰抜けですぞ? 役に立つよりも、足を引っ張る可能性の方が高いでしょうな」
「グレンはワザと手を抜いて勇者にご機嫌を伺わせたんだ。俺や並の騎士じゃ全然相手にならないだけの実力を持ってるぞ」
助け船のオーランドの言葉。にわかには信じがたい、という呟きがひそひそ声でハッキリと聞こえる。
「じゃあこうしよう。グレン、腕を出せ」
そう言うなり、レイシアは細剣を抜いた。居合切りを俺の腕でやる気だ。
「…………あいよ。いつでも良いぜ」
俺は袖をまくり、部分硬御で腕を硬化する。
「何をする気ですか? まさか腕を斬--」
白刃の煌めく一振りが、俺の片腕を通過する。接触から遅れて、甲高い音が部屋に響いた。
無傷。水を打った様な沈黙が過ぎると、俺の闘技を知らない者達はどよめいていた。
「今度は力の方でも見せようかい?」
「皆、これでも納得いかないか?」
レイシアは騎士の中でも相当な手練れだ。その太刀筋を防げる程の実力と、周囲は受け取り、俺も戦力として加えられることとなる。納得させられるために危険な芸をやらせないでもらいたいぜ。
俺は支給されるロザリオには手を取らず、聖水の入った瓶を何本か貰おうとする。
「この聖水はどう使うんだ?」
「少量ずつ、アンデッドにまいてください。それだけでも邪を払い、アンデッドは倒す事が出来ます」
「ふーん、邪を払うねぇ」
修道女の説明を聞きながら何気なく、中身がどんなものかと俺はコルク栓を抜いた。
すると、無臭と思っていた俺の鼻孔に香りとは違った何かがツンと頭に衝撃を与える。
呼吸が出来なくなり、意識が酩酊した様になって気絶しかけた。ああしまった。俺は洞窟で聖油の匂いを嗅いだ時もこうなった。聖水瓶を一本床に落として無駄にする。
「…………」
「ぐえー」
「だからお前が効いてどうすんだよ!?」
オーランドの突っ込みの後、どうにか俺は起き上がる。聖水はダメだ。俺が持つと逆効果だ。
「ゴブリン、聖水が効くってことはお前やっぱりまも--」
「亜人デース!」
騎士の嫌疑の言葉に俺は強く反論した。
「では掃討作戦の許可を頂きに王の元へ取り次ぎましょう」
一人の小太りの神父が騎士達に進言する。一理あると、俺達はアルデバランの城へと向かう。俺の残りの知り合いは王女ティエラ、彼女の安否も確認したい。




