俺の分岐、語りと悩み
とりあえずヘラヘラしていたハウゼンの肩をひっぱたいて置いた。小憎らしくも、笑うのを止めない。
ようやく気分が治り始めたところで、獣人ゴリーヌからのお告げが俺達に言い渡された。
「まず未来の英雄ヘレン。結果的に言えば視る事が出来た」
「う、うむ。ゴリーヌ殿一体何が見えた」
固唾を呑むヘレン。ゴリーヌはつぶらな瞳を閉じて、念じる様子で言葉をひねり出す。
「……ケサランバサラン?」
一同が首をかしげる。俺も聞いた事がある気がする。何だっけ、毛の塊?
「そ、それが果たして一体俺の栄光ある覇道と関係があるのか?」
「ヘレンよ。貴様は夢を見ているか」
「勿論だとも! 俺は英雄になるのを夢見て、この旅を続けているからな」
「夢を見るのは止めよ。現実を見るべきだ」
切り捨てるように、そう言った。きっとこの先悲惨な事になる未来を、ゴリーヌは見たのだろう。見込みなしって事だ。
ヘレンは俯く。あんな目に遭ったんだ、苦労に見合う予言でなかったら俺でもやるせなくなる。
いや、何故俺がコイツに同情紛いの事をしているんだ? 他人だぞ。同じようにあの地獄を経験したからって、可哀想に思ってどうする。
「……ふっ。そうだな、俺は思い違いをしていた様だ」
彼が口を開いた。吹っ切れた様子で。
「英雄を夢見るのではなく、現実にしてこそという物だ。礼を言おうゴリーヌ殿。正しく導いてくれて」
えー……折れるどころか、ダメ出しされてるとも思ってない。どんだけポジティブなんだコイツ。
「決意するのは自由だ。だが、ケサランバサランを忘れるな」
しかもゴリーヌはゴリーヌで、その答えに微かながら微笑んでるように見えるんだが。いや、ゴリラが微笑んでいるような表情っていうのも変な話だけど。
「では次は、ゴブリンのグレン。貴様だ」
「あ、うん」
「貴様の未来は、これからの選択で分岐する。どう転ぶのかは分からない。だが、国に戻るか戻らないかでハッキリするだろう」
国というのはアルデバランの事だろう。確かに、俺はまた戻るかどうかで迷っていた。あのままあそこに居る事は難しいと思い始めていたからだ。
「それともう一つ、貴様の中には大きな後悔が渦巻いている。それが何か気付く事が、お前の道を開くだろう」
後悔? 何だ。ゴブリンになったのも俺の意思でもないし、何か取り返しのつかない過失を犯した記憶も無い。それとも、前世のやり残しとか何かだろうか?
「以上だ。心せよ」
「参考になるような、ならないような内容だなぁ。抽象的にならないでもっと具体的だと助かるんだが」
「否、これで良い。全てを予言に委ね過ぎると、その者の意思は無くなり破滅する。試行錯誤をしてこそ正しい未来に繋がる」
ゴリーヌと別れを告げて森林を抜けた俺達は、口直しにバナナを食べながらアバレスタへと戻る。食糧が増えた。
「今更だけど、人間の宗教と獣人の予言者が密接っていうのも変な話じゃないか? ほら、此処は唯一神の信仰(一つの神しか信仰しない)だろ? 基本的に予言っていうのは神の意思と言葉の受け取りみたいな事の筈だ。だが人間達の信仰しているアホ女神……エルマレフのお告げをゴリーヌさんは受け取った様には見えない。あのニュアンスだと自然の流れを掴んで未来を視ているらしいんだから辻褄が合わないじゃないか」
それはどうしても矛盾に思える。
「そうですねぇグレン君、良い着眼点です。仰る通りでそんな出自の所から神もしくはそれに近しい啓示が出たと民衆に知られてしまえば相当な問題になるでしょう。ですからこの予言はあまり有名ではありません。むしろ、国同士の水面下でこれに関連する行動を起こしています。つまり、信仰として表沙汰にしないもしくはしてはならない予言だと言う事なんです」
「良い所どりの都合の良い話だ」
まぁ、ゴリラが未来を予測した、なんて話を又聞きでまともに受け取る奴は少ないだろう。信じるということは、それに反する物事を知らない聞かない認めないと切り捨てるという事にも繋がるのだから。
「聖職者たる私が言うのも何ですが、神への信仰だけでは人は生きてはいけません。神が分け与えた血と肉以外を人は食すように、余所の予言でも参考にしていかねば乗り越えられぬ事態であると考えてはどうでしょう。なりふり構っていられないという事ですね」
「神の下僕の中でも特に位の高い人間の言葉じゃねーな。まぁ、俺には何の関係も無いがね」
という俺達の話を、ヘレンは変な顔をして首をかしげていた。生きるか死ぬかが先に念頭に置かれる冒険者には、ついて来れないのも当然か。
「それよりゴブリン、これは味がしないのだが本当に食い物か?」
「皮を剥け! お前は猿以下か」
房についたままのバナナにそのまま軽く歯を突き立てたり舐めたりしている馬鹿を尻目に、俺は聖騎士ハウゼンの懐事情への余計な詮索を放棄する。
街に到着し斡旋所に戻ると、ハウゼンは用事があるらしくその場で別れた。報酬はヘレン達に出してやった分くらいは足しになる額だった。
「兄者、よくぞ戻られた。して、どうだった」
「うむ弟よ。心配をかけたな。何、大した事はない。このヘレンを以てすれば容易い依頼であったぞハッハッハ」
戻って来て早々の馬鹿コントが始まるのを放って置きながら、俺は偶然見知った受付の者を見つけて声を掛ける。
「おやおや、また会ったな」
「……」
尖りハットを被った銀髪に眼鏡。相も変わらずの無表情な顔で、紫の目だけを動かした少女の名は確かロギアナ。勇者カイルの一行にいた筈の人物が、また受付をしながら新聞のような雑誌を読んでいた。
「そう怪しまないでくれよー。お礼を言いたかっただけなんだから。もちろん、ナンパなんかじゃあないぜ、そんなことできるスペック持ってないし。あの時は助かった、おたくが制止しなかったらめんどくさい事になってただろうからね」
新聞の捲る手が止まる。
「今日は別行動か? あの勇者から逃げ出した手前、うっかり顔が合っちゃいましたーなんてのは不味いんだよね」
「カイル達なら余所の町。明日の夜まで戻らない」
「そりゃ良かった。ていうか何? パーティで出稼ぎしてるだけじゃなくてここでも働いてるの? 美人は引く手に余るねー」
耳の良い俺に、微かな舌打ちが聞こえた。こりゃ手痛い。
「副業」
「そうかいそうかい。確かに冒険者は収入が不安定だからなー、給料の出る仕事が出来りゃ誰だってやるもんだ。やっぱり相場より美味しいのかねぇ。あ、でもお前さん勇者のお供なんだから報酬も結構貰えるんじゃないか? もしかして山分けして貰えないとか」
「前回のカツアゲ代の要求? ならこれで」
端的に答えると、ロギアナはカウンター下から小さな硬貨袋を放った。俺は手の甲で押し返す。
「いいって事よ。アレはおたくが悪いわけじゃないしな。それに、せびるほど資金に困ってるわけじゃあない」
「目的は何?」
冷え切った紫水晶色の眼が、レンズ越しに俺を刺すように向く。
意外性で評価を上げる俺の処世術も、このお嬢さんには通用しないらしい。
「べっつに? 見知った相手とお話したいと思うのは自然な事でしょ。俺って結構寂しがり屋でね、知人とは友好を深めて行きたいわけよ」
言うなり、ロギアナは新聞に視線を戻して酒場の席に指を指した。ヘレン達がバカ騒ぎしている方向だった。
「やるならあちらで。用も無いのに此処に立っていると業務妨害」
なら真面目に業務しなよ、と言おうとして止める。肩を竦めた返事をして俺は戻る。本当はあの勇者一行の中でも一目で客観的で話が出来ると人物だと考え、あわよくばこっそり勇者カイルの情報でも聞き出そうとしたが振られてしまった。
「ゴブリン殿……いいやグレン殿であったな。よくぞ帰られた」
「んん? 随分対応が柔らかいんじゃない? えっと弟のー」
「クライトと呼んでくれ。世話の焼ける兄の我儘に付き合いいただき感謝を申し上げる」
「おい弟よ! こやつに頭など下げてどうする。まだ安全と決まった訳であるまいに」
「この通り兄者は少々融通が利かなくてな、コルト村の時といい重ね重ね貴殿に迷惑を掛けた事をお詫びする」
「話を聞けい!」
酒瓶を振り回す未来の英雄様をよそに、青いバンダナを頭に巻いたクライトは頭を下げた。物分かりの良い出来た弟だ。
「お互い様だよそんなの。ゴブリンは元来ほとんどが魔物として存在していて、亜人という形式の方が稀らしいからな。敵と思われてもおかしくない」
「そうか。見た目とは裏腹になんと懐の大きい。兄者よ、我等も見習おう」
「ふぐくんぐ(ふざけるな)ー!」
酒を煽りながらヘレンは呻いた。コイツせっかくの報酬を湯水のように使ってやがる。弟の方は無害になったようだが、別の意味でコイツは面倒になった。
しょうがない。時間を掛けて俺を狙う牙を抜くか。腹を決めて俺は尋ねる。
「じゃあ未来の英雄ヘレン様? なしてアンタは未来の英雄だとか謳ってるんだ? 目指すにしたってきっかけでもあるんだろ?」
「む! よくぞ聞いてくれた! このヘレンこそは英雄になるべくして生まれた男! 話すには語るに長い過去があるのだ」
「お、おいグレン殿、正気か? 兄者のこの話相当……」
「ああ、いいよ。是非聞かせてくれ」
酒場は夜更けまで騒がしくなった。面白半分に聞きに混じった冒険者達と、無駄に長たらしくしょうもないこのヘレンと言う男の出自を聞く事となる。それも話の半ばで途中参加していた冒険者も聞き飽きて抜け出すという有り様だったが。
途中まではかいつまんで頭に入ってはいる。要するにこの男は、妙な占い師の予言を真に受け、英雄を目指して弟と村を出たという話だった。腹に事情を吐き出させて信頼を獲得するという手法の為に、俺は時間を犠牲にした。
その語りを真面目に聞いたふりをしながら、俺は考えにふけっていた。
俺はアルデバランに戻るべきなのだろうか。悩みはそこである。損得で考えれば、城からの援助を受けられる事を鑑みて戻った方が断然メリットが大きいだろう。
だが、ゴブリンであり何処の馬の骨とも分からない俺が、今後も寄生虫のように甘い汁を吸い続けていれば国としての体裁も厳しい物になるだろうし、民衆にバレよう物ならひどいことになるだろう。
まぁ、そんなの俺が知った事じゃないと言ってしまえばそれで終わりだが、これ以外にもオーランドとレイシアの事情もある。非情に居辛い状況だ。あれこれ世の為人の為自分の為と、アルデバランでも馴染もうと努力してみたが限界を感じ始めた。
金があっても宿には泊めてもらえず、すれ違う人々には何をしても奇異の目が向けられ、見知った者にも居場所を拒絶され、国を守る勇者にも敵として見なされる。そんな場所にいつまでもいられるだろうか?
多分この先、単純に力をつけて行ってもダメだ。ゴブリンは醜い。ゴブリンは敵。そういう意識のある住民という集団は俺を受け入れてはくれない。個人でのつながりを作るのがやっとだ。
なら、わざわざ執着する意味は無い筈だ。ここ数日での俺の考えは、遠出の旅へと考え方を変えつつあった。亜人がもっと認可された街を探して、そこに定住しながらゆっくり暮らすのも悪くない。もっといい環境で生きていく方が賢い判断だろう。
「そう思いかけての、あの予言だ……」
「どうしたゴブリン、俺の話に何か分からないことでもあったか?」
「いいや、どうぞ続けて」
平静を装いながら、俺は髪の無い頭に手を当てた。
参ったな。俺はどうもオーランドの言葉が効いているらしい。最悪一人で生きていけるつもりだったが、未練がましい己にようやく気付いた。
でも、このまま去るというのも恩知らずなだけ。人ではなくなったが、人でなしにはならないのがポリシーだ。
少なくとも一言、俺と関わった奴等には挨拶でもしてから去った方が心証が良くなるというもの。ハウゼンはもとより、魔法を教えようとしたアレイク、どうやら署内で俺を研究しているシレーヌ、俺に支援してくれた王女ティエラ。そしてオーランドとレイシアの二人は、どうだろう。
一度戻ってからでも結論は早くない。俺は席を立つ。もう夜更けだが今から街を出れば昼には休みながらでも城まで辿り着くだろう。
「……んむ、グレン殿、行くのか?」
席に突っ伏していた弟のクライトが目を覚ました。兄の方はアルコールに潰されて大きないびきをあげている。
「ああ、やりたいことが出来たんでね。ここらでおいとまさせて貰うよ」
「そうか。道中気を付けよ」
「ヘレンにもよろしく言っておいて。話も面白かったってな」
「世辞は大丈夫だぞ」
「本心だよ」
俺は生え揃った歯を見せて客のまばらで閑散とした酒場を出た。
次回、本格的に動きます




