俺の予言、顔面モザイク
アバレスタから南西にある森林の茂みを俺は歩いていた。ちょうどティエラの誘拐で賊を追いかける時に横切った広大な樹海だ。
同行しているのは依頼主の聖騎士ハウゼン。そして自称未来の英雄とか痛い事言っているヘレンという一介の冒険者だった。
「こんな鬱蒼としている場所に、本当に住んでる奴がいるのかよ」
「引っ越しをしていなければ、棲んでいますねぇ。此処で何度も面識がありますから。嘘か誠か、私について来て頂ければ直に分かりますよ。しかし、周囲の警戒を怠らないでくださいね。たまに魔物が出ますから」
訝しい気持ちで、俺はハウゼンの背中を睨む。俺が一番警戒しているのは、魔物よりも後ろにいるヘレンだ。コイツの弟は、弓の修理があるそうで受けなかった。しかもハウゼンは何故か募集を二人限定にした。
それはさておき、釈然としていない理由は自分でも分かりきっている。どうして一方的な疑惑を晴らす為だけに深い森の奥地を目指さないとならないのか。ハウゼンが半ば脅迫する物だから受けたが、距離もあるのに報酬が少し高くした程度じゃ受託などしたくもなかった。
ハウゼンの依頼はシンプルだった。この森--ザンガ樹海に居を構えるとされた、賢者に会う道中の護衛をして欲しいという内容である。だが、俺はどうも信用できない。この男の頼み事はどうせロクな物じゃないと相場が決まっているからだ。
日を跨いだ道中、魔物との遭遇もあったが俺とヘレンは別々に倒した。素材や経験値は先に接触した者勝ちで決まった。ハウゼンも曲がりなりにも聖職者。秘跡が出来るそうなので、レベルリセットと上げ直しをやり繰りしながら目的のこの森まではるばるやって来た。
「面妖な真似だな」というヘレンからの反応はあったが深くは追求してこないので幸い。
ちなみにヘレンの実力を横目で拝見していたが、剣の技量は可もなく不可もなく。日頃騎士の訓練を見ていたのである程度は測る事が出来た。まぁ、万が一を考えても脅威にならないぐらいだな。
木々を掻き分け、土を踏みしめながらハウゼンが振り返る。
「しかしですねグレン君、そんな嫌な顔なさらないでください。君にも悪くは無い話だとは思うんですよ」
「今更何だよ? デメリットを避けるメリットって事だろ?」
「それだけではありません。今後の君の手助けになるかもしれませんよ?」
「どういう事よ」
「そうですね、近頃、何か良くない事でもありませんでしたか?」
は? と俺は聖騎士からの質問に顔をゆがめる。普段以上にこの男から胡散臭さが増したように見えた。
「いえね、以前話した時よりどうも何か思い悩んでいるような表情をしているものだから、嫌な事でもあったのかと思いまして」
聞いていくとだんだん眉根が寄ってしまう。
「恐らく先の事を考えて、迷っているのでしょう? 君は亜人の中で特に難しい問題を抱えています。でもそれは自然な事ではありますよ。迷える子羊の話を汲み取るのも私の仕事ですから」
「嫌な事なら今起きてるわ。いきなり胡散臭い問いかけだな。占い師の常套句じゃないんだぞ」
俺がハウゼンに疑念の視線を向けたのは無理も無い。前述のインチキ占い師や詐欺師などが多用する物言いだったからだ。曖昧で誰にでも当て嵌まるような事を言って共感しているような素振りで相手を掌握しようとする手法、これをコールドリーディングと言う。大学生なら学んでてもおかしくない知識だぜ。
俺のあからさまな不信に、ハウゼンは懐大きく微笑で返した。
「はは。騙すつもりはありません。そもそも、本物の占いの出来る方に逢いに行くのですから」
「お前まさか、こんな森にいる占い師に占って貰う為に此処へ来たって訳」
「察しが良くて助かります。その通り」
俺は回れ右をする。後ろを向くと「む? 何だ。やるのか」とヘレンが僅かに構える。
「もう帰って良いかな?」
「あの災厄の予言をした御方であると言ってもですか?」
「知らん。何だその大仰な予言は」
この世界では占星術の類を重んじる節があるのは俺も知っている。教会と同じで大きな街なら一つはそういう場所がある。反面、パチモンの占い師が多く出没している実情もあるらしい。
「そうですか、ご存知無い。じゃあかいつまんでお話しますよ?」
おほん、と咳払いの後、ハウゼンは読み上げるように予言を謳った。
加護を切った影、月の殻と鳴動せしめる
災禍は六度、地の子に降りかからん
一は天の王の息吹、小さな土を焼く
二の死の夜、地の子を収穫せん
三こそ堕ちた蛇、呪いを食らわんとのたうつ
四も天の王、虫殺しの吐息を吐く
影、自ずと加護の欠片に問いかける
五に灰の雨、終末の角笛を吹かん
そして六に、地の子に代わりて影の子は受肉する
六度の影を貫く地の子、勇ましき者なり
采配を振るうは天に座す王、降す者なり
加護もまた、新たに影を導かん
「この予言の多くは、未だに解読されていません。しかも様々な解釈がある為、仮説が殆どですね。ただ、この中で有力なのは地の子と天の王、そして勇ましき者の意味ですかねぇ」
「天の王はドラゴンで、勇ましき者が勇者って事か? あと、地の子っていうのはこの大地にいる人間を意味してるんだろうな」
「推察通りです。予言が発表されて以降、実は既に一度目の災禍--すなわち人類の危機が既に到来しています」
小さな土を、ドラゴンが焼いた。これは、思い当たる節がある。
「レイシアやオーランドの街を襲ったドラゴンの事か」
「恐らくはそれを示していると。偶然とは考えにくいでしょう。本来であればドラゴンとは辺境や遠い大陸にしか現れない存在です。グレンさんも闘ったそうですが、あのドラゴンは弱いと断言できる部類でしたし。そんな天の王の襲撃により、この予言は重要視されました」
予言通りで行けば、今後もこのような危機が迫るというのが分かる。これに対抗する為、予言にあった勇ましき者(勇者)を国ぐるみで用意したって訳か。
で、聞く限りだと逆説的に予言のドラゴンを倒せる奴が選ばれし勇者という証明になるのか。それであの勇者カイルって奴がドラゴンの死体を見に来たりしてた訳ね。
「いつ、次の災厄が起こるかは分かりません。我々が危機を逃れるためにももっと情報が必要になります。今回も大陸規模での予言をして頂こうと、賢者と話をしに此処に来たんですよ」
「へー。聞いてる限りだと凄い予言者なんだな」
「もし運が良ければ、君も占って貰えるかもしれませんね。今後君がどうすれば良いのか、導いてくださるかも」
「期待しておくよ」
本心は占いに疎くて全く信じていないが、建前だけ肯定しておく。
そして素人では迷って出る事も難しそうな木々の奥地で、俺は蔦で出来た建物を見つけた。賢者の住居は木材も煉瓦も無く、その森の中で集めて作った原始的な造りだ。
此処に俺達がやって来るのを予知して待っていたかのように、その人物は家の前に立っている。
いや、人物と言えるのかいささか疑問になる姿だった。
人の体毛にしては濃いどころか全身まで真っ黒で、民族衣装に酷似した布を羽織り、鳥の頭の造形をした杖を持っている。人と言うより、獣。賢者とやらが亜人で言う獣人であるとは思ってもみなかった。
「紹介しましょう。ゴリーヌさんです」
「ていうか杖持って服着たゴリラじゃん」
「いえ、ゴリーヌさんです」
ハウゼンは至極当然のように隣で俺の発言を訂正した。
「…………」
獣人、ゴリーヌは無言で俺達の姿をじっと見据える。近付いて来ない。かといって下がらない。まるで、警戒している野生動物だ。杖で立っているけど。
「貴殿が森の賢者、ゴリーヌ殿だな。騒がせて済まない。我等は貴殿に用のある者を連れて参っただけなのだ」
ヘレンが前に出て、ゴリーヌと会話をし始めようとした。獣人ってことは、コミュニケーションは取れるんだよな。
が、予想外の出来事が起こった。
「ぬっ!? 待て! 我等は貴殿の敵では--」
ヘレン目掛け、ゴリラの図体とは思えない程の機敏な挙動で接近してきたのだ。ヘレンも慌てて剣を抜いて対抗しようとする。が、それよりも早く彼の腕をつかんだ。
ゴリラの握力って確か凄い力を持っていた筈。捩じ切られる、俺はヘレンの腕の末路を予感した。
「がああああああああああああああああ!」
森に木霊する悲鳴。ヘレンの絶叫に俺は思わず後退した。
獣人ゴリーヌは、ヘレンの腕で関節技を決めている。アームロックだった。ゴリラなのに人の格闘技術を持っている。いや、そういう事は別に問題じゃない。
しばらくして、解放されたヘレンは土に倒れた。痙攣しているが五体満足のようだ。
「ゴリーヌさんは無礼を働く相手に容赦なくアームロックを掛けてきます」
「こえーよ! ゴリラの腕力だろ! 下手すれば折れるじゃん!」
「いいえ、ですからゴリーヌさんです。獣人としての流儀に則って挨拶をすれば問題ありません。いいですか、こうですよ」
ハウゼンは俺に向けて、身振り手振りで教える。
「ウッホウホウホホウッホーイ」
「……は?」
肩を竦ませ、がに股になり、両拳を振りながら踊る。ハウゼンが、そんなふざけた動きをしやがった。
「ゴルゴ語で、こんにちはご機嫌如何ですか? という意味です。さぁ、やってみてください」
「何で先に俺にやらせるの!? アンタ先にやれよ慣れてるんだろ!?」
「だって、ほら、グレンさんの方を見てますし」
うっ、それは確かに。何か凄く見られてる。曇りなき眼で俺の姿をガン見してる。そうだ、俺はゴブリン。敵に見られてもおかしくない。
なにくそ。俺はやけになってハウゼンに今しがた教わった動きを模倣した。
「ウ、ウッホウホウホホウッホーイ!」
「……ふざけてるのか貴様」
俺の踊りを見たゴリーヌが低い声でしゃべった。普通に話せるのかよ!
「え、あっ、待っがあああああああああああああああああああ!」
飛び込んで来たゴリラが俺にアームロックを仕掛ける。苦痛に絶叫が漏れる。硬御は斬撃や打撃には強いが、関節技には全く効果が無い。
それ以上いけないそれ以上いけない! 助けを求めようとハウゼンの方を向いた。
聖騎士の男はくの字に身体を曲げていた。悶えたい衝動を抑えるように震えている。
「ご、ごめんなさいぶふっ、グレンさん。間違え、ました。ゴルゴ語じゃなくてサルサ語ふふはっ」
「笑ってんじゃねぇよ! あああ痛い痛い痛い! タップ! タップ!」
ヘレンと同じ轍を踏む様に俺は土の上に倒れた。腐葉土の臭いが鼻をつく。
「お久しぶりですゴリーヌさん。調子はいかがですか」
「ハウゼン。変な連れを連れてきたな」
「彼等は冒険者で私の護衛を受けに来てくださった方達です。お二人ともご挨拶を。またアームロック来ますよ?」
同時に素早く起き上がった俺達は土や葉を払い、姿勢を正す。
「俺の名前はヘレン。いずれは英雄となる男だ」
「俺はグレン。見ての通り、ゴブリンだが冒険者をやらせてもらってる」
「ヘレンにグレン。紛らわしい名だが憶えておこう」
いや覚えなくていいです。怖いから。
「私はゴリーヌ。この静かな森で、大地の流れを観測する小さき者。して、何用で此処に参ったハウゼン」
「予知の続きをお願いしたいんですゴリーヌさん」
「大地の脈動が再び大きく息をするにはまだ時間が掛かる。自然の息吹が強く無ければ、見る事が出来ない。ましてや、この大地に関わるような出来事にはな」
「そうですか。けれど我々の依頼よりも早く、引き続き予言を受ける準備をなさっていたという訳ですね」
「無論だ。これは貴様達人間に限らず獣人の我等や多くの生き物達の存亡に関わる物。もし何か脈動を掴めたなら、森を出て伝えにそちらに参ろう」
「ありがとうございます。このお礼は後日に」
ハウゼンはお辞儀をした。ゴリーヌもうむと頷く。ゴリラに頭下げてる絵面に何か言いたくなるが、アームロックの脅威が身体に身に染みてるので口を閉じる。
だが、俺達の目的は思いの外拍子抜けするほど終わってしまったようだ。確認に来て帰る。今回の内容はそんな感じだ。
それからゴリーヌは蔦の家から黄色い房のある果物を俺達に手渡す。
「土産だ」
「ゴリーヌ殿、これは一体」
ヘレンが物珍しそうに渡された果実を見て尋ねる。いやこれバナナじゃん。ここ亜熱帯だったの!?
「森の奇跡と呼んでいる。栄養価の高い貴重な果物だ。大事に食べると良い」
「うむ! 二ヶ月かけて保管しながら食べさせていただこう」
腐るわ! 冷凍技術の無い文化だぞ!
「そうだゴリーヌさん。よろしければ彼等だけでも此処で占っていただけませんか?」
「何? この二人をか? 私が個人を視れるのは世界の脈動に近しい者だが」
「せっかくですよ。はるばる森の中まで私を護衛してくれた方々です。やってみて損はしないかと」
「その通りだ! ゴリーヌ殿、この英雄になる未来への覇道に、どんな物が待ち受けているのかご教授願えないだろうか」
ここぞとばかりに、ヘレンが自分の胸を叩いて主張する。
「分かった。人間一人一人の占いなら、予言に時間も掛かるまい」
「よろしく頼むゴリーヌど……どうされた。何故俺の両肩を掴む?」
ゴリーヌはヘレンの前に迫った。まさかアームロックかと危惧したが、それ以上の光景が目の前で起こる。
「うぎゃああぶちゃじゅりゅちゅぶぼおおおおおおおおおお!?」
モザイクが掛かる程の状況だった。ゴリーヌさんとヘレンの顔が重なっているのが分かる。だがそれ以上に鮮明な物は見ていられない。
突然の地獄絵図が終わると、ヘレンがまた倒れる。顔のモザイクが離れない。
「…………は? 何この、は?」
「ゴリーヌさんは他者を占うのにその個人の魔力を吸って未来を視るそうです。彼女の唇……そう、粘膜接触によって」
「キスってことじゃねーか! え! ゴリーヌさんってメス!?」
「ゴリ、ゴリーヌさんに失礼ですよ。メスではなく女性と言ってください」
「おい今ゴリラって言いかけて言い直しただろ!? 言い間違えそうになっただろ!」
ツッコミをしている間に、標的が変更された。
「次は貴様だ、ゴブリンのグレン」
「いや遠慮しておきます。結構です。だから近づかないでああ! ダメ! 止めて! うわあああああああああああああああああああああああ!」
俺も、ヘレンと同じようにしばらくモザイクが離れなかった。
「ジーザス、ふへっ、ふふはっ」
遠退く意識の中でこんな事態に陥れた本人の噴き出す声が耳に残る。




