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俺の排斥、ノッポの本音

「ふざけるな貴様ァあああああああああああああ!」


 会って早々、レイシアは俺に掴みかかる。そして上下左右に俺の首を激しく揺さぶった。


「あうあうあうえうおうえう! ややめやめろ! おうおうあう!」

「昨日のあのザマは一体何なんだ! みっともないにも程がある! ふざけてるのか!? 馬鹿にしてるのか!? 笑い者になってぬけぬけと! よくもまあ平然と! 出て来れたなぁ貴様は! もううんざりだ!」


 まくし立てて罵る彼女の怒りは収まらず、しかめっ面で俺にガンをつける。今にも殴りかかる勢いだ。

 ようやく俺が返事が出来る様になったので、まず率直な疑問を俺は尋ね返した。


「何でお前が怒ってんの? 俺がどんな無様な目に遭っても関係なくない?」

「大有りだ! 私は貴様の実力を知っている、手加減してるのも分かり切っている! くだらない決闘とはいえ、あんな真似を見過ごせるか! 貴様は金もむしられたんだぞ!? どうしてヘラヘラしていられる!?」

「ああ、あれね。端した方の金」


 報奨で貰った方の白金貨のたっぷり入った袋はきちんと持ってる。蜥蜴とかげの尻尾切りってやつだ。


「そういう問題じゃない! いくら金銭面に余裕があったとしても公の場で無様に敗けて財まで奪われて、何がしたいのか聞いているんだ!」


 だから何でお前が怒る必要があるのだろうか。理解に苦しむな。

「冷静になれって、手を抜いたのは仕方なかったんだ」

「納得出来る理由だろうな! そうでなければ、私が叩き斬るっ」


「怖えよ。俺もこの国の事情は知らないが、あの野郎はハッキリ言ってこの国では頭が上がらない大国のお抱え勇者なんだろ? 実力はさておき、国で保護されてた俺が万が一勝っちまったり大怪我させちまったら、国交的にまずいんじゃないの? お前の所にいるゴブリンに恥かかされた! よくも泥を塗ってくれたな! って具合で」


 これも建前で、別にこの国の為なんかでもない。俺が面倒ごとに巻き込まれるのが御免だったって話だ。これが誰にとっても穏便に済ませる方法として選んだに過ぎない。


「安い話じゃんか。俺一人がピエロになれば何の問題も起きない。それだけの事だよ」

「だからと言って、貴様は何とも感じないのか」

「何をだ? 騎士道とやらで正々堂々と戦わなかった事に申し訳なさでも覚えるべきとか」

「違う! 貴様自身がこれほど汚名を着せられているというのに、屈辱も何も感じないというのか!? プライドが無いのか!」

「それは人としての尊厳か」

「ああ! 皆にあれだけ笑われて、不遇な仕打ちをされ、追いやられてどうして平気でいられる!」


 なるほど、そういう事ね。

「勘違いしてんじゃあねぇの? お前」

 俺は彼女の胸倉を掴んでいた手を引き剥がす。大きな間違いを正すには、この態勢じゃ説得力が無い。


「俺は『人』じゃない。確かにお前に話した通り、俺は人という時期もあったが、今はゴブリンだ。『亜人』だ」


 レイシアが口をつぐんだ。俺は話を止めない。ハッキリさせる必要がある。


「俺は生きる為に泥水だってすするし不格好になって笑われるのもいとわない。お前の言ってる人の尊厳っていうのは、意地が張れる程の余裕があって初めて保てるものだ。手放しで良い印象を持ってもらえる奴等と俺は違うんだよ。こうでもしないと、俺はやっていけない。とっくに野垂れ死んでる」


 面子だのなんだのと、それは人間としてでの話だ。たまたま綺麗に生きる事を許されてる立場からの物言いなんて、迷惑なだけだ。


「お前、もし自分がゴブリンになったらどうやって生きてくんだ? お前の論理なんて他人に通用しないし、事情なんて気にも留めないだろう。少しは立場を考えて言えよ」

「なら勝手にしろ!」


 言うなり、俺を突き飛ばすとレイシア隊長は元の場所へと戻って行った。冷ややかな視線もあるようだし、俺もおいとまするかね。


 焚火の跡を眺め、残して置いて行った荷物を拾い集める。昨晩は最低限盗られては困る物だけ持って行ったからな。


 これからの事だが、ほとぼりが冷めるまでこの街から離れよう。数日は勇者がまだ街にいるだろう。鉢合わせになったら面倒だし、かと言って此処にいたらまたやって来るかもしれないからな。


 魔法の修行途中でアレイクには悪いが、アバレスタの街で依頼でもしてちまちまギルド貢献でもして行こうか。


 それに、たとえ戻ったとしても、今後は今までと同じように長居出来ないかもな。女に唾つけまくる勇者の事だ。王女やレイシア目当てに何度も訪れる事は十分に考えうる。

 要するにだ。此処にも、俺の居場所は無い。


 何てぼんやりしていた俺だったが、すぐにその気配に気づいた。遅れてこちらに駆け寄る足音が耳に入る。

 新人騎士オーランド。あの赤毛にそばかすの野郎が、俺に敵意をむき出しに剣を持って迫って来た。何だか分からないがやる気みたいだ。


「オオぉ!」

 単調に振るわれる太刀筋に俺はひょいと身軽に避けた。

「いきなり何の真似よ?」


斬衝波ざんしょうはッ!」

 返事は闘技で返って来た。下から上へと斬り上げるのと同時に、尾を引く様な短い衝撃が放たれる。それを目視で横に跳んで回避。すると、その隙を狙ってか横にオーランドがもう一撃を打ち込んで来た。


部分硬御ぶぶんこうぎょ

 俺は片腕の肘から指先までを闘技:硬御で固めた。剣は俺の腕に阻まれる。赤毛ノッポの顔が驚きに彩られた。


 すかさず防御に気をとられている隙に、他の動ける足でオーランドの足元を払う。バランスを崩した彼だが簡単には倒れまいと二の足を踏む。そこにもう片方の腕を部分硬御ぶぶんこうぎょで固定。手刀を模して裏に回り込む。


 そのまま後頭部に一発おみまいした。硬化しているとはいえ、切れ味は無い。鈍器だ。

「ぐぅ」

 倒れ込み、片腕で頭を抱えるオーランド。俺はそこに崩拳ほうけんを打ち込んだ。


 地面に拳がめり込む。彼の顔の傍で大地に亀裂が走った。横目で見ていたオーランドは、自分に当たっていたらという想像をしたのか青ざめる。


「はいお終い。これで満足か」

「くっそ! ロックリザードと闘ってた時より強くなってんじゃないか、お前」

「さぁ? ドラゴンとやり合って何か学んだんじゃないの?」


 軽口を叩いて俺は手を差し伸べる。オーランドは払いのけて自力で起き上がる。本気で俺を討とうとは思って無いのは分かりきってたからな。


「その気になれば、お前あの勇者にも勝てたんじゃないのか?」

「どうだろうね、やっこさんはこてこての強そうな武具着てたし、多分俺と同じで本気じゃなかった。殺し合いにならなきゃ分からないよ」


「そうかい。たらればの話は過ぎたらもう意味が無いか。それよりお前、普通に戻って来てるが平気なのかよ。てっきりもう戻って来ないかと思った」

「確かに消えろ、と言われたから素直に消え失せたさ。かと言って、二度と現れるなとは言われていないし此処へ戻るなとも言われていない」

「屁理屈かよ! 汚ねぇ!」

 もしこの場所には立ち入るな、なんて言われても了承はしていないとしらを切るつもりだったけど。


「さてさて新米騎士のオーランド君に改めて尋ねよう。俺に何か御用かな。まさかさっきの不意打ちが目的だった訳でもないでしょ?」


「今のは小手調べだよ。お前が昨晩通りの実力だったら、俺でも勝てると思ってな。案の定俺の力じゃお前を腕づくで追い払えないって実感した。ドラゴンを殴り飛ばす奴だったからな」


 オーランドはその場で地べたに胡坐を掻いた。それから真剣な面持ちになって続ける。


「俺はこれでも感謝してんだ。あんな切迫した場面で助けてくれたからな。でも、それとこれとは話が別なんだよ。俺はアンタに言わなきゃならない」

「回りくどいな、ハッキリ言ってくれ」

「もうあの人と無駄に関わらないで欲しい。出来ればこの国に居続けるのもやめてくれ」


 酷く平坦に、残酷な言葉が突きつけられた。もちろん心の波がざわ立ったが、どうにか俺は受け入れた。


「あの人っていうのは確認するまでも無いだろうが、レイシアの事か? そこまで言うんだ、理由ぐらいは聞かせてくれてもいいだろ?」

「俺は、隊長の幼い頃を知っている。貴族のぼんぼんの子だった。今では考えられないくらい大人しかったんだ」


 幼馴染ってやつか? そう思ったのだが、その後の話で違う事が分かった。


「反して俺は孤児院育ち。親の顔も知らず、都会なのに環境的には恵まれてるとは言えない生活をしていた。……そうだよ、捨てられたって事だろ。兎も角そんな俺達の遊びの場に、隊長は何の躊躇も無く混ざろうとして来た事がある。貧乏な餓鬼共の砂場に金持ちのお嬢さんがだぜ? 俺達の返事は泥団子だよ。向こうは突然に知らない慣れない分からない反撃を受けて、べそかいて踵を返して以来砂場には寄らなくなった。それからは基本的にすれ違う度に、俺達が睨んで向こうが怖がって終わるくらいの間柄さ」


 騎士以前からの知り合いだったんだな。二人が同郷だとは初めて聞く。


「裕福な暮らしをするもんだから、何一つ不自由のない暮らしをしやがるもんだから、生意気だって、ムカつくって、僻んでた。不幸になっちまえって思ってたよ。あの子の恰好を見るたびに、俺達の暮らしがどんだけ惨めなんだか嫌でも気付かされちまう。だから俺は本気であの餓鬼の暮らしが俺達と同じどん底になれば良いと願った。餓鬼なのは俺だった」


 過去を振り返り、面持ちを曇らせて行く。


「そんな変化も無いと思っていた毎日に、突然アレがやって来たんだ」

「アレ?」

「ドラゴンだよ。俺はその時余所の村でおつかい行かされてて見ていなかったんだが、何処からともなく空から飛んで来て街中を襲ったんだ。ソイツが暴れるだけ暴れた後、大勢の住人が死んだ。俺のいた孤児院は無事だったけど、その中にはあの人の家族も含まれていた」


 オーランドの願いが叶った様に。


「家も焼き尽くされ家財も財産も無くなり、隊長の家系は隊長一人を残して没落。路頭に迷う事になったんだ。俺はあの日以来、隊長の姿を見る事が出来なかった。孤児院で受け入れるって話もあったし、俺達もそのつもりだったんだけど、この国が引き取った以上孤児の俺達は逢えなくなった」


 レイシア自身も言っていたな、姫様が拾ってくれたって。それで救われたとも。

 オーランドの話を聞き続ける。


「しばらくして、俺は騎士になろうとした。最初は金の羽振りが良くて、孤児院の大きな支えになると思ってたし、街を焼いたあのドラゴンと闘えるかも、なんて安直な理由で志願した。どうやらその適正があったらしく、どうにか合格までこぎつけた。そしてこの国に来た時、隊長と再会した。といっても、俺が遠目から目にしてただけだけどな」


「そして今みたいなレイシアになっていた、という訳ね」

 彼は微かに頷く。


「別人だったよ。虫も殺せないくらい穏やかだった彼女が、鬼の様な顔と怒声で魔物に挑むだなんて、昔を考えたら想像しようもない。ドラゴン……いや魔物への復讐に生きていくつもりだ。俺はそんなあの人を見てずっと後悔してた。俺があの時、不幸になっちまえなんて思ったから、あの人はこんな風になってしまったのだろうかって。もしかしたら隊長は、俺があんな事を考えなければ、隊長の家もドラゴンから免れて今も綺麗にいられたのかもしれないって」


「レイシアはお前に対して何か言ってたのか?」


「いいや、何も。多分、泥を投げたあの時の悪餓鬼だとも気付かれても無いのかもな。ただ、皆と平等に俺を部下として扱ってくれている」

 そうか、つまりそういう事か。


「グレン。アンタに恨みは無い。でも、俺はあの人の負担になるような事をせめて取り除いていきたい。隊長は家や家族、そして人生を魔物に滅茶苦茶にされちまった。憎悪にすがってかろうじて生きている様な状態だ。不安定なんだ。そこに」


 俺を指さした。俺の姿を指さしている。

 俺はゴブリン。人じゃない。異形の存在だ。


「アンタみたいに、魔物だの亜人だのとわけのわからない存在がいると、あの人が自分自身を保てなくなる。アンタを出来る限り人間だと思おうとしたのは、心の中の自然な防衛だったのかもしれない。けど、アンタは人間じゃないと言った。ゴブリンだと。それを、憎むべき者として見なくてはならないのかどうか、きっと混乱している筈なんだよ」


「……」

「これ以上、隊長を惑わせないでくれないか。その気が無いにしろ、結果的にはそうなるんだ」


 レイシアの過去。俺は以前から触りくらいは聞いていた。正直言って俺の身の上とは無関係に考えていた節がある。でも、こういう風に捉えることもあるんだな。


「ひとつ、良いかオ-ランド」

「何だ」

「お前レイシアの事好きなんだろ」

「ぶっ。ば、ばかじゃねーの? いきなりなんだし!?」


 盛大に噴き出したオーランド。そばかすのある顔を真っ赤にし、取り繕う為に言い募る。わっかりやすーい。


「惚れたの女の為ならば、ねぇ」

「ちげーしっ。俺はただ、少しでもあの人の力になれるよう……」

「あー、分かってる分かってる。大丈夫だから」


 肩をポンポンと叩き、オーランドが何か言う前に言葉を重ねた。


「そこまで言うんだ。俺も無理には接触しないよ。姫さんにレイシアのお目付け役を離す様に言っとく。そして今後はあんまり城や城下町で過ごさない。どうせ根無し草でいつかは旅に出ようかと考えたところだしな」


「……悪い。勝手な事言って」


「良いの良いの。俺はどう見たって悪い虫だからな、だがそれでも話は分かる方だ。話の分からない悪い虫(勇者とか)を払える様、お前も力を磨けよ」


 こういう軋轢からは逃れられない。俺はまだ半年も満たないゴブリンという人生で、嫌でも学んでいた。

 生まれを恨むんだな。かつて俺を不当に陥れ様としたペンドラゴンの言葉を思い出す。



 そうして、俺はアルデバラン王国を離れてアバレスタへと向かった。

 居場所は、未だ見つからず。

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