俺の敗北、敵前逃亡
スカした奴だ。俺の第一印象はそんな所だった。傲岸不遜を地で行くような態度で、俺達の許にやってくる。
というか駄目じゃねーか。あんだけ勇者と接触を避ける為に隠れたり、城の方に留まっていたというのに向こうから出向いて来るだなんて台無しだ。
会っていきなりおのれ魔物! と襲っては来なかった事を考えると、話が出来る類いの人間ではあると思って良いのか?
コイツは転生者だ。日本語で独白していた時点で間違いない。だがこちらの身元を迂闊に話すのはよろしくないな。味方になるか分からないんだし。
この前みたいに何か口走って貰った方がありがたいし、俺も転生者だというのは隠しとこ。
「餌やりとは珍しい光景だ。騎士団は馬だけでなくゴブリンまで飼育してるのか?」
俺の持ってる椀を見て、餌付けをしていると捉えたらしい。失礼な。この女騎士の手作りなんだぜ。
「彼は亜人という特例を経て滞在を許されている身ですので、我々が責任を持って城外付近に居させております」
「へぇ、亜人か。何処からどう見てもみずほらしい怪物としか思えないがねぇ」
「信仰ある者を人と見なすのか我が国であるので」
「ハッ。信仰か。宗教ってのはすげぇのな。こんなのすら受け入れてしまうんだから」
鼻で笑う勇者。虚仮にされた本人でも無いのに、レイシアの顔が僅かに怒気へ染まり始めた。が、抑える。国の騎士という面子を気にして俺に向ける時とは違い、簡単には表に出せないようだ。
「ところでこちらに来訪されたのは一体何か御用があるのでしょうか、勇者殿」
「元々は祝いにだよ。隊長への昇格おめでとう、レイシア」
俺は完全に蚊帳の置かれて話が進んでいくので食事に戻る。残りのまかないを平らげた。それから自分で用意した料理に手を伸ばす。
「まさか先にドラゴンを倒したのがお前だったとは。見込んでいただけはある。やっぱりそんな所にいる玉じゃねぇよ」
「どういう、意味ですか?」
「分かってるだろ。仲間になる話だよ。どうだ? そろそろこの前の返事を聞かせてくれても良いんじゃないか?」
「前回もきっちりお断りした筈ですが。私は貴殿らのパーティーには入らないと」
湯気の立つ芋串を息でフゥフゥと冷ましながら、ホクホクと火傷に気を付けて口に入れた。里芋とじゃがいもを足して割ったような食感を堪能する。
「また騎士団に在籍してるから、か。堅いなぁ相変わらず。騎士になったのは敵討ちの為だって聞いてるんだが、それじゃあいつまで経っても出来ないだろ。俺達と来れば、最前線に立てて闘えるとは思えないか?」
「熱っ、熱っ、ほぅほぅ。はうはう」
「御言葉ですが、私は民を守る為にも、騎士を志していました。冒険者になるつもりは一向に御座いません」
ぶら下がっていた肉の腸詰め(ソーセージ)を取り、豪快に噛みちぎった。肉汁が微かに飛び散り、肉の歯ごたえと弾力が舌の上で踊る。皮はパリッと中身はジューシー。
「強情な奴だ。だがそういう女は嫌いじゃないぜ。落としがいがある」
「勝手に私を物扱いしないでいただきたい」
「んぐんぐ。ごくん」
「つーかテメェはいつまで飯食ってんだッ! 鬱陶しいぞ!」
勝手に食事中に来て食事してる事に口出ししてくるとは無茶苦茶な。お前の話に付き合ってれば飯が冷めるだろう。
「てっきりレイシアにだけ用があると思ってたんだが。で、俺に何か用?」
「ゴブリンっていうのはまともに人と会話出来るのか。まぁ丁度良い」
亜人の世情にはどうやら疎いためか、よもや人間がゴブリンになったという線には勘付いてはいないみたいだ。その思い込みに甘えさせてもらおう。
「街中で現れているゴブリンの噂を聞いたんでね。どんなもんがこの国でうろうろしているのか気になってはるばる見に来たんだ、ついでだけどな。そしてもう一つの噂の真偽も確かめる為に」
「もう一つ?」
「聞けばお前、あのドラゴン討伐の任に貢献したそうじゃないか。亡骸を見てみたが、あんなもん普通の冒険者じゃどうしようもないレベルだ。俺ぐらいで、やっとだろう」
アレイクの奴が先に口走った件がどう広まったか知らないが、回り回ってコイツにまで届いたのか。ああ畜生、あの考え足らずのお節介めぇ、後で覚えてろよ……。
「ドラゴンと闘えるようなゴブリンだ。さぞや強い存在だと思ってみれば、何とも貧相なチビじゃないか」
「あれは本当に偶然でゲスよ。俺は大したことはやってないでゲス」
「ゲス!?」
レイシアの方が俺の言葉に反応した。まぁ、無視しよう。
「だから確かめてぇんだよ。生き残れたのは単なる運の強さか、それだけに見合う実力があるのか。ゴブリンの闘い方も知りたいしよ」
勇者は、腰に帯剣していた鞘から剣を抜いた。小気味の良い金属の擦れる音。暗闇に炎の灯りで反射する鋼。精巧な造形は並みの鍛えられた剣とは比べ物にならない。
見た目からして、その鎧と同様高額な値が掛かると分かる代物だ。勇者と言う肩書きにふさわしき装備。恐らく切れ味や耐久力といった性能も俺の剣では勝ち目が無い。
「ちょうど腕がなまっていたところなんだ。この意味分かるよな? ちょっと稽古つけてくんないかな?」
「勇者殿! お戯れが過ぎます!」
勇者はほくそ笑んでいる。
「かったいなぁレイシアは。いいじゃねぇか、このゴブリンはお前の部下でも国の騎士でもねぇんだ。そっち側としても、コイツにどんな脅威があるのか知って置いた方が得なんじゃないか?」
そう言って、俺に剣を突きつける勇者カイル。挑発的な視線を投げ、断るのは臆病者の証であると示唆している。
「……好きになされよ。グレン、貴様次第だが、どうする?」
俺が返事に口を開こうとして、勇者を呼ぶ声が山彦みたいに響く。
「カーイルーっ。そんな所で何やってんのーっ。ご飯食べにいかないのー?」
「ミィルフィア。ちょっと待ってろーっ。食前の運動すんだよー」
駆け寄ってきたのは華奢で活発な少女だった。人より耳が長く肌の白い金髪のエルフ。走る背中に緑色のマントがひらひらと踊る。
あ、見覚えがある。アバレスタの酒場で料理にクレーマーしてたエルフだ。
「うわっ何ゴブリン? 気持ち悪い気色悪い気味悪い! 何でこんなところにいるのよ、誰か早く退治しなさいよーっ」
男を虜にするのもおちゃのこさいさいな容姿で、率直な感想を並べた。毒舌にもほどがある。
更にミィルフィアと呼ばれたエルフに続き、もう一人勇者カイルの元にやって来た。魔導士が着ていそうなローブ姿のこれまた女の子だ。年齢不詳そうなエルフと違い、見た目は十代半ばほどか。
丸縁の眼鏡に銀色の髪、老木の杖を持った愛想の無い表情をした少女の方は、特に何も言う事なく俺を観察している。
あれ、コイツも知ってるな。斡旋所でロックリザードの依頼を受託していた時に一度だけ見た受付嬢だ。てことは、俺の情報も知っている。でも、口を閉ざしたままだから何も言うつもりは無いと踏んでいいだろうか。
「ちょっとコイツと手合わせしたい。それまで待っててくれよ二人とも」
と、女連れで勇者は再度俺に試合を申し込んだ。
俺の不運は続く。拍車が掛かるように、さっきの勇者とエルフが互いを呼ぶ大声で何事かと騎士達が集まって来た。観客が増えた。
断れる雰囲気では無かった。レイシアは味方になってくれると思うが、流石に説得するにも好奇心の数では勝てない。此処は騎士達の領土である以上追い払うのは横暴だろう。
「分かったよ。勇者様との決闘、お受けしますゲス」
一面の草地で、波のように風がなびく。両者は剣を手に、向かい合う。騎士と、勇者の仲間と、レイシアが注目している。
「一本勝負で行こうや。明らかに敗けた状況になるか、闘えなくなるかで決着だ」
「了解でゲス」
余裕と意欲を混ぜた勇者に、俺は殊更相手が優越感を見出せるようにするのが狙いだ。
飛び出して来た勇者カイルが大振りの一太刀を浴びせてきた。以前に貰った支給品の剣で受けると火花が散り、手ごたえにこちらの剣がたわむような錯覚を覚えた。
重い。だが怯んでいる間もなく次々と、向こうからの剣の猛攻が俺に迫る。
「そら! そら! どうした!」
始まって早々の一方的な状況で、俺は受け続ける。観衆の中でエルフの声援が目立った。
「カイルー! がんばれー! そんなゴブリンさっさと倒しちゃえー」
勇者の剣は一言で言い表すのなら剛剣だった。力任せで、相手に反撃の隙を許さないタイプ。いわばごり押しだ。型に囚われず、センスと経験で動いているようだ。
剣の腕としてはまずまず。レイシアの剣とは正反対だな。加えて、勇者は見た目も豪華な装備できっと攻撃力はもちろん、防御も高い。それで補われるどころか、これならドラゴンと闘う自信が付くという訳か。気をつけないと俺もすっぱり斬られるな。
「そろそろ上げてくぜぇ空牙!」
弾かれた事で後退した俺に、追撃としてカイルが虚空に振り下ろす。剣から飛び出したのは弧月状の不透明な斬撃だった。俺も武器で受け止める態勢になりながら、さりげなく硬御で余波から身を守る。
かろうじて防いだが、足元の草や土が巻き上がり土煙が視界を消す。目を凝らすと、躊躇う気配の無いカイルが接近する。
両断せんと、片手でもう一度振り上げられた剣。俺はさっきのカイルの闘技で亀裂の入った剣を差し出すように掲げた。
接触と同時に、俺の武器がその一撃で砕かれる。結果を見越していた俺は足を滑らせたフリをして地面に腰を降ろす。
「ひぃいいい!」
紙一重。尻餅をついた事でカイルの剣が偶然外れたように見せかける。そして、俺は情けない声を出した。
圧倒的にして完全な勝利。そう本人にも周りにも見えるだろう。極めつけに俺は引きつった表情で、戦意を喪失した態度を取った。
「何だこりゃ。こんなんで終わりかよ」
「ま、参った! 参ったよぉ! 俺の負けでゲス! 勘弁してくれぇえ、命だけは命だけは……!」
命乞いまで始めた辺りで、ちらりと俺は周りを見た。無様を笑う連中の中で、一人唖然としていた騎士がいた。レイシアが俺の醜態を見たまま、ショックのあまりに口出しも出来ないみたいだ。
「……命、ねぇ……」
肩透かしを受けた様子の勇者が、足元の俺に剣を突きつける。
「グレンとか言ったよな。心当たりもねぇけど、その名前を聞くと何かムカつくんだよなぁ。しかも新緑の勇者って通り名に、お前の見た目の色が被ってイメージダウンしそうで不愉快だわ。どうせ、ろくな目にあわねぇだろうし此処で死んでくれない?」
「ひぃ! 許してくれぇ!」
勝手な物言いを受け、俺はとどめを刺されるという事態に頭を働かせる。
仕方ない、硬御で防いだ後、逃げるしかないなぁ。俺が対抗出来るって素振りはあまり見せたくないんだけど。此処までの演技が台無しか。
「止めた方がいい」
勇者の行動に待ったを掛けたのは、騎士では無く勇者の身内だった。さっきまで静観していたあの眼鏡の魔導士だ。杖をつきながら、近づく。
「んだよロギアナ、こんなバケモノの肩でも持つ気か?」
「そのゴブリンは一応亜人。殺したら社会として人殺しになる。騎士の見てる前でお勧めしない」
必要な情報だけを淡々と話す彼女に、カイルは舌打ちをして俺に向き直る。
「だとよ、命拾いしたな。見逃してはやるが、ご退場願おうか」
「……あ、あの……」
「知能足りねぇのかテメェは目障りだから俺の視界から消えろって言ってんだとっとと失せろ返事はどうしたぁ!」
「は、はひぃいいいいい!」
尻に火が付いたように逃げる有り様に、騎士達からどっと笑いが起こった。構う事無くみっともなく俺は荷物を拾って走る。
「ちょっと待ちなさいよ」
一度呼び止めたのはあの取り巻きのエルフだった。恐る恐る俺は振り返る。
「な……何でゲスか」
「見逃し料」
そう言ってミィルフィアは手を伸ばした。うわ、追い剥ぎまでするのか。流石クレーマー、がめつい。店の時といいがめつい。
「その鎧値打ちもんかもしれないけど、アンタなんかが着てるのなんて触りたくない」
「……そ、そうでゲスよー! ゲスゲスゲス!」
「そうそう。そうやって有り金はきちんと置いてきなさいよ♪」
俺は恐縮した様子で手持ちの金貨の袋を地面に置いて走り去った。俺の野宿は結局城の外になった。
そして朝を迎えた頃。
「やぁ諸君。元気にしてた? 今日は天気が良いねー」
何事も無かったように俺は鍛錬場に戻って来た。当然勇者がいない事を把握した上での帰還である。
面の厚さに昨日の決闘を見ていた騎士達は呆れ果て、そして鬼のような形相をしていたのはくっころ騎士その人であった。




