俺の御命、狙われる
俺の野生力はどうやらサバイバルの難易度を大いに簡単にしているらしい。
生肉や生水でも胃は堪えないし、火の必要は無い。切れ味のある爪は多少の物を削る事が出来る。そして夜目と夜行性で寝るタイミングを選べるのは大きい。
ゴブリンとはいえ、中身は人間……でありたい。なので不潔はなるべく避けようと俺は川で沐浴をしている。そこで嫌でも自分の身体と向き合う形となった。
細身に固い筋肉と骨格は人間と大差はない。大の大人の男と比較すると背は小さい。そして特に誤魔化しきれないのはこの黄緑の不健康な肌だ。隅々まで見たその色は、俺自身でも未だに不快な気持ちになる。
普段はなるべく人間と同じように服を着て、露出は控えたい。心はなるべく人間でいよう。
水浴び中に魔物が現れても、一応大丈夫! 俺には習得した崩拳がある。こんな村の近くで、太い樹を一発でへし折れる一撃を受けても平気な魔物が現れるとは思えない。ちなみに減少したMPだが一晩明かしたところで元に戻っていた。
「むおっ! 朝飯はっけーん!」
水の中にそこそこ大きな魚影を見つける。俺は一糸纏わぬ姿で上から飛び込む。
俺が起き上がった時に両手に収まっていたのは大きな鯉だった。活きが良くてビチビチとヒレを動かしている。
「むごごごごおむぐぐぐごぉごごごごご!」
悪食になりつつあった俺は、そのままかじりついた。今は石にでもかじりつかねばならない。その為には醜態をもやぶさかではないのだ! もちろん人間らしさも糞も無いんだが。
と、胃袋に収まったところで二本足で歩く音が二つ、村の通り道から聞こえてくる。
「兄者、なんだアレは?」
全裸で川に入っている俺と、それを見降ろす人間二人。俺が着ている服と似た冒険者の出で立ちをしていた男達。
「ゴブリンではないか!」
「こんな村の近くまで!」
一人は腰の鞘から細い剣を抜き、一人は背中にしょっていた弓に弦を張る。
俺は思わず叫ぶ。
「キャー! 何見てんのよー! バカーッ」
両手で胸板を隠し、その緑の肉体をそむける。向こうの反応は、は? という口をぽかんと開けた表情の後、躊躇う気配も無く矢をつがえた。あらまぁ、お色気が通じない。
もちろんこれは会話と制止が通じるかどうかを知るべくして行ったアクション。残念ながら効かないとすぐに分かる状況。俺は水面を蹴り、向かいの陸に上がる。木陰に置いておいた荷物を拾い、全速力で足を動かす。
「剛天!」
その二歩進んだ後ろで、音を立てて矢じりが草木に刺さる。そしてその地点から地面が弾けた。尋常ではない破壊力。
今のは闘技か。洒落にならんぞ!
川を横断しながら剣を振り上げて追ってくる剣士。その後方で二発目の矢を準備する狩人。相手は二人、戦闘の経験の無い俺ではひっくり返っても敵うようなビジョンは浮かばない。
同じ冒険者ながら、俺は魔物として格好の獲物のようだ。酷いな、同業者からも狙われるか。頼みのすばしっこさで、俺は全裸で走る。
公然猥褻罪の無い大自然で本当に良かった。この世界のゴブリンは布か何かを身に着けているのか、案外今の俺の恰好が自然体なのか。
罵声は遠ざかっていく。どうやら敏捷19は伊達ではない。逃げ足も立派な武器になるな。
という事で、難を逃れた俺は魔物との接触を試みる事にした。旅人の皮服もきちんと着用している。
一つは、魔物間で果たしてコミュニケーションを取れるのかという確認。もう一つは純粋にいざ先程と同じような状況に陥った時、魔物や冒険者と闘って生き残る力をつける為だ。
スクロールを一度確認。
グレン:LV2
職業:戦士 属性:土 HP:27/27 MP:2/2
武器 なし 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:27 腕力:12 頑丈:8 敏捷:19 知力:8
攻撃力:12 防御力:11
やはり鯉を生け捕りにして丸かじりにしたぐらいではレベルの上昇を見込めないみたいだな。小動物を狙うだけでは限界があるのは分かり切っていた事だけど。
それと魔物と万が一衝突する前にやっておきたいのは得物の確保。崩拳という闘技の技はあってもMP消費がある以上、無くなった時に残されたのが素手ではこの先やっていけるか不安だ。
なのでまず初めに何か使えそうな武器代わりの物を手に入れる事にした。と言っても、自然において都合よく刃物や鈍器が落ちているのは望みが高すぎる。
石器でも作ってみるか。俺は考えた。原始人だってやってるんだからきっと俺にだって出来らぁ!
冒険者に追われた結果、戻ってきた石丘にはゴロゴロと山の斜面から落ちてきたと思われる岩がそこら中に転がっている。手頃で扱いやすそうな岩を幾つか手に取って色々探ってみる事にした。
握斧としての利用だと、取り出すのは不便だ。多少は頑丈な木にくくりつけて石斧にするのはどうだろう。ではくくりつける紐はどうする?
現段階での最適な答えは森にあった、俺の鋭い爪でやっとこさ削って切断する事の出来た乾燥した蔦がちょうどロープのようなしなやかさと耐久を備えていたのだ。
ついでに拾った拳大の岩も俺は爪でガリガリと引っ掻いてみた。岩の硬さにも負けず、研磨し、僅かながらの切れ味を引き出す事に成功する。
その性質にもしやと思いスクロールで、俺の特性関連を検索してみた。
グレン:LV2
職業:戦士 属性:土 HP:27/27 MP:2/2
武器 なし 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:27 腕力:12 頑丈:8 敏捷:19 知力:8
攻撃力:12 防御力:11
種族:ゴブリン 特性 岩や土の採掘能力上昇。
そう、これだ。通りで如何に爪が鋭くても普通は自分の爪を痛める筈なのに、岩を削る事が出来たんだな。ゴブリンになった俺には岩や土弄りに適性があるのが分かったのは良い収穫だ。
そうして俺はそこらへんの有り合わせの素材で原始的な道具を作り上げた。
石器の斧 攻撃+3 効果 なし
グレン:LV2
職業:戦士 属性:土 HP:27/27 MP:2/2
武器 石器の斧 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:27 腕力:12 頑丈:8 敏捷:19 知力:8
攻撃力:15 防御力:11
やったぜ。純粋なステータス向上もそうだが、得物を手にしてリーチが伸びたのも大きい。流石にあの剣士が振るっていた細剣のような刃物を受けるには少々頼りないが、先程の何も無い状態よりはマシだ。
一応片手で振るう事が出来る重量なので、空いた手での闘技:崩拳の使用にも邪魔にはならないだろう。
これの試し斬り(斬れるのか?)も兼ねて、準備を整えた俺は森に入った。
斧を作る為の蔦を取った時もそうなのだが、俺はまだ森の浅い所までにしか入っていない。魔物が潜むとしたら人も立ち入らない森だろうと睨んでいたからだ。
しばらく茂みを分け入ってはみたが、動く物の気配は無い。魔物も想像では狂暴で見境無しな存在だと偏見を持っていたが、生き物である限り警戒心が強いのかもしれない。
少し木々の間隔が広くなった地面で、ようやく物音がする。草を掠める音ではない。ボコボコと、土からすっぽ抜けた音。
「ン゛マ゛アァァァァ!」
甲高い声をあげて飛び出したのは人の形をした人参に酷似した植物だった。人で言う足の部分の細い二本の根っこでトテトテと歩く。
うわ! 不気味! すっげぇキモいデザインだな。もしかしてマンドラゴラってやつ?
歪んだ赤子のような顔をこちらに向け、一度立ち止まる。魔物なのは間違いない。植物は普通自分ですっぽ抜けない、叫ばない、歩かない。
「は、ハーイ。ご機嫌如何?」
意思疎通は出来るか、会話は出来るのか。確かめるべく俺はコンタクトを取ってみる。なぁに、俺はゴブリンだ。きっと仲間として、
「ン゛ン゛マ゛アァァァァァァァァァッ!」
「げふぉ!?」
叫ぶ植物はその小柄な体躯から、横一足で飛び蹴りを俺にかましてきた。大の男がレスリングで放つドロップキック顔負けの衝撃が俺の腹部を襲う。
今のは効いた。身悶えしていると、着地した人面根が再び俺に差し迫る。
「ン゛マ゛ァ! ン゛マ゛アァァァ!」
両手を振り回しながら突進する凶暴なマンドラゴラ。完全に対話は無理! どうやら俺は人にも魔物にも狙われる運命のようだ。騒ぎ続ける敵の勢いに思わず俺も反撃に出た。
また飛び上がった奴を石器の斧で横殴りに叩き込む。クリーンヒットした奴の全身だが、思いの外耐久は無い。ただの野菜と変わらない。
マンドラゴラの五体が砕け散ったのを皮切りに頭の中でファンファーレが奏でる。
興奮冷めやらぬまま、震える手で俺はスクロールを取り出した。
グレン:LV3
職業:戦士 属性:土 HP:22/28 MP:3/3
武器 石器の斧 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:28 腕力:13 頑丈:9 敏捷:21 知力:9
攻撃力:16 防御力:12
分かり切っていたことだが魔物と闘った方が経験値のもらえる量は多い筈だ。初めての実戦はなかなか怖い。これも慣れるしかない。
HPが減っている。さっきの跳び蹴りを受けたせいだろう。あと四発ももらえば俺も虫の息になるな。そりゃあんなのを何発も食らえば死にかける。
「ン゛マ゛ァァァ!」
「ン゛マ゛ッ!」
「ン゛ン゛マ゛ァァァァァ!」
嘘だろ!? 振り返った矢先、マンドラゴラの影が数体、こちらに駆け寄っているのを目にする。この不快な奇声はもはやトラウマになりそうだ。
「ちくしょう! やるしかねぇ。いざとなったら自前の足で敵前逃亡だ!」
「ン゛ン゛マ゛ァァァァン゛ン゛マ゛ァァァァァ!」
「マ゛アアァァ!」
「うるせぇ!」
三匹の死闘の末。二度目のファンファーレの福音。記された内容は、撤退しながらもきちんと目を通す。
グレン:LV4
職業:戦士 属性:土 HP:18/30 MP:4/4
武器 石器の斧 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:30 腕力:14 頑丈:11 敏捷:22 知力:11
攻撃力:17 防御力:14
闘技:硬御を習得しました。