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俺の晩餐、まかない追加

 白金貨がぎっしり詰まった皮袋を手に、俺は城外の空き地に出た。近くにはいつも騎士団の訓練する場所があり、兵達も鍛練の真っ最中だった。


「どうも、世話になるね」


 事情を知ってるからか連中は何も異を唱えない。ただ、冷たい目が一度俺に向かってくるだけだった。全くみんなして酷いもんだ。すれ違うすれ違う人俺を鼻つまみ物にしてくれる。


 給仕の人からは台所に湧いたゴキブリでも見つけたように。兵士からは憎たらしい敵を口惜しく見逃すように。


 俺だって転生したからにはイケメンハンサムで恵まれた仲間達と切磋琢磨しながら英雄と謳われるような冒険や活躍をしたかったさ。望んでゴブリンになろうとする奴がいるなら是非代わってもらいたいね。


 何て不満を独りぶちぶちとたまにうわごとのようにつぶやきながら寝床の準備をした。そんな事をしている内にいつの間にか夕方だ。

 暗くなって来たので近くの木々から枝を集め覚えた付与エンチャントで一本に火を灯した。魔法(正確にはそうではないが)という存在は便利だな。水属性の魔力が扱えれば水も出せるだろうし、地属性なら即席の竪穴が作れる。


 それは置いておいて、だ。


 保存していた肉の腸詰め(ソーセージ)と芋を串に通す。今夜は数日分の補給が出来ない事を考慮してこれで済ませよう。


 焚火の左右に支柱を立てて食材二つを踊る炎の真上にかけた。シンプルに焼く。

 そんな質素な食事風景にグリーブを擦りながら土を踏みしめる音が近づいてくる。聞いていた俺は振り向かずにこっちから声を掛けた。


「欲しがってもやらねーぞ。なけなしの食糧なんだ」

「必要ない。とっくに食事はしている、むしろほら」


 甲冑を外し、インナー姿のレイシアが俺に木の器を差し出してくる。それに盛られたのは湯気の立った料理だった。


 挽き肉を炒めた物にさやえんどうのような物、それと目玉焼きなどの良い匂いがするまかないだ。何だよ、施しか?


「全くこんなもん持って来やがって、余計なお世話なんだよ。美味ぇじゃねぇか!」


 もごもごと即座に頬張った俺がそう言うなり、くっころ騎士の顔はやれやれと溜め息を吐いた。手の掛かる部下を見るような目で見やがって、聖母かお前は。


「同席しても良いか」

「飯を貰ったからもう帰れ、て言う程ろくでなしじゃないんでね。地べたで良ければご自由に」

「勘違いするなよ。姫様にお目付け役を任されたから仕方なく、だ。それに貴様、あれはズルイぞ。馬をダメにした件をついでに不問にしてもらうとは」

「良いじゃないの、馬一頭約10万ディル。俺が貰う話だった額を減らした事を考えれば、それくらいの損なんて全然賄えるんだから」


 俺が貰ったまかないを食べ、レイシアはその場に座って暖をとる。


「レイシア、これ作った人にお礼言っておいて」

「何、大した物じゃない。有り合わせで作った余り……何だその顔は?」

「えぇ、おたくの手料理だったの。意外なんですけど」


 騎士で男勝りで若干脳筋のコイツがフライパン握ってる絵ってどうなのよ。うけるんですけど。


「平等に当番で炊事をやってるんだ。見習いでも皆これくらいは出来る」

「へぇ。是非毎日朝昼晩と作ってきてほしいね」

「調子に乗るな働け」


 もう、冗談が通じないんだから。


「それで、今どうなんだ?」

「肉団子の味付けは甘じょっぱい方が好み」

「料理の評価を聞いてるんじゃない。というかケチをつけるな。魔法の訓練の事だ。姫様が見学に来てるそうだが、粗相はないだろうな」

「特に何もないよ。正直魔法は俺に不向きみたいだわ」


 一部の魔力のコントロールは身に付いたみたいだから、付与(エンチャント)の方面で生かして行くしか無いのかもしれない。でも付与(エンチャント)した武器を扱うのと唯一の素手での闘技とじゃシナジーがよろしくないよなぁ。


「そっちこそ、やけにお姫さんを気に掛けたり色々頼まれたりしてるようだが、ただの主従関係にしてはやけに親しいんじゃないの?」


 部屋でお茶淹れまでさせるくらいだ。王女ティエラにとって、此処にいるレイシアがたまたま居合わせた知人でも無い騎士であったらそんな事はさせないだろう。


「家が王族と親交があったので、幼少の時に懇意にして頂いたんだ。活発な御方でな、よく城内の隠し通路を使って外に抜け出されて大変だったよ」

「お前ん家金持ちなんだ」

「昔の話だ。とうに没落した。それでも姫様が拾ってくださったから、こうして騎士として仕えている。それだけの話だよ」


 そういや、コイツにはもう家族がいないんだったな。確か魔物にやられたとか……


「あの方は幼い時から光の属性たる癒しの魔法を持っておられた。その力をこの国の為に役立てようと街に降りて施療院せりょういんに通われていた。身分を隠してな。怪我や疾病に掛かった民を治療し、苦しむ人々を少しでも減らそうと尽力しておられた。結果、己にも病が移ってしまったがな」


「じゃあ、今も街中を降りてるのって」


 レイシアは頷く。幾ら制止しても止めないのだと、目が物語っていた。

 なるほどね、俺の所に寄るのも病院通いのついでって事だ。自分が病にかかっても続けるなんて、献身的な事で。


「それほどの慈愛のある御方だ。だから貴様なんぞにもお声を掛けて頂けるのだぞ」

「ありがたやー、とでも? そりゃあのアホ女神とは違うとは思うね」


 両手で拝む仕草をする。だが彼女の反応はなんだそれ、と言わん気に怪訝な反応をしていた。あ、そうだった。合掌は日本の文化だ。


「アホ女神とは、この国で信仰しているエルマレフの事か? そういえば貴様には高い信仰心があったな。不思議には思っていたのだが、何故それを持てる程に神を信じている? アホを付けるとは何故だ」


 と、俺の首に下げられた十字架を指す。信仰が低い輩が持つと弾かれるとんでもロザリオだ。


「あー、それはだな」

 どうしようか。俺は返事に困った。馬鹿正直に自分の成り行きと事情を話す事は基本的に賢い判断だとは思えない。まず自分が別の世界から生まれ変わってやって来たと打ち明ければ、多分普通は鼻で笑われるだろう。


 しかも何かしらの不利益になるやもしれない話をして何の意味があるんだろうか。

「急に黙り込んでどうした? 躊躇うほどやましいことでもあるまい。何、安心しろ。私はあまり信仰している方ではないからな」


 レイシアの目には何の打算も窺い知れない。悪意を感じ取れない。

 コイツは俺をどう思ってるかは知らないが、あまり友好的とは言えずともゴブリンという俺の存在を、周りの人間と比べて否定はしていないというのは分かる。だから、こうして普通に話す事が出来ている。


 まだ知り合って日が浅い方だが、少なくともレイシアは人を貶めない。だまかす事を許さない奴なのだ。それだけは間違いない。

 コイツへの対応で尊重すべきなのは、誤魔化さないという事なのだろうか。


「あらかじめに言うが、信じなくたっていいぞ。突拍子も無いからな」


 ゴブリンとして生まれ変わってからの俺は、日々欺き、如何に曝け出さないようにしていくかの毎日だった。

 店には相場以上の値段を払わされそうになり、同業の相手からもいつ身ぐるみどころか命まで狙われそうになった事もある。無条件で好感を抱いては貰える状態では無かった。


「俺って元々人間だったんだよね」


 焚火の爆ぜる音だけが、空疎にその場に残った。意を決して俺は口を開き続ける。

「此処とは違う場所、違う世界で生きてて、死んじまったんだ。で、あの世って所に行ったんだ」


 赤の他人に打ち明ける事が、如何に愚かな事なのか、この世界で生きていて学んだ。騙し騙され、狙われ、時には逃げて。だから俺は簡単には他人には頼れなかった。


「そこで、神ってやつと会って話をしたんだ。俺がこれからどうなるのか、ってね。言われたのが、お前は天国には行けないだった。酷い宣告だよな。人間の時の俺は、大した善行をしなかったからダメだって言われちまった」


 でも、この少女には話しても良いか。何の気まぐれか、そう思えてしまった。


 それだけコイツが馬鹿に真っすぐで、嘘を並べ立てるのがコイツへの何よりの侮辱と思えて仕方なかったからかもしれない。


「もう一度人生をやり直せ、そう言われて目が覚めたらこの有り様よ。ゴブリンだよ、とんでもないだろ? いきなりこんな姿になってるんだ。そりゃ神様を恨みたくもなるよ」

「……直接神と出逢ったから、信じられると」


 静かに、消え入りそうな程小さな声で、俺が過去に口にしていた言葉を照らし合わせる。


「そういう事だ。多くの宗教家が望んで止まなかった経験をしてたから、俺は神様っていうのを信じられてこの十字架を持てた」

「では、貴様が言っていた点数稼ぎと言うのも」

「善行をする事が次こそ天国へ行ける為の手段だからな。ゴブリンというハンデを負いながらその為にやって来てる訳」


 ああ、自分で話しても何てへんてこな話だ。布教する連中だって信用してもらう為に、もっと言葉巧みな事を話すだろう。


「……くくっ。はははは。あっははははは!」


 お堅くて常に不愛想が常套句のあの女騎士が糸が切れたように笑い出した。腹を抱え、俺に構わず盛大に。


「笑ってろ。信じなくていいよべつに。最初から期待なんかしちゃいねぇから」

「ああいや、すまん、はは。馬鹿にしてるんじゃない。そうじゃないんだ。あまりに突拍子が無い物だからつい、ははは」


 コロコロと、無邪気にそう笑う。あーあ、最悪の結果じゃなかったが話して損した。


「信じるよ、その話」

「何ぃ?」


 俺自身が耳を疑った。正気かよ、こんな与太話普通は信じないって。


「貴様だったらもっとマシな嘘で私を納得させようとするだろう。それをよりにもよって、こんな嘘らしい事情を打ち明けたんだ。覚悟した上で腹を割って言ったに違いないのが分かる。得心が行ったよ、人間臭いゴブリンも元が人間だって言うならおかしくない話だ」

「……まぁ好きにしろよ」

「ああ。私は神を信じられなかった。いざという時こそ助けてはくれない以上、そんな物はいる訳がないと思えて仕方なかったんだ」

「多分何もしないんだよ、神っていうのは今までそうしてきたんだろ。そうしてしまったら、不平等になる。俺が若い内に死んでしまっても、何の酌量も無かった。淡々と、俺をこんな風にしてこっちに送りやがった。つまり、そういう事だ」


 不幸も幸運も、結果を受け取った人間が決めているだけ。神の視点からすれば、それは単に流れを見ているだけに過ぎない。


「俺の言う事は話半分にしておいた方が良いぞ。俺は、ゴブリンだからな」

「そうだな。でも、貴様が信じる事を信じてみようと思う」

「本気かー? ちょうどこれで試してみるかい?」


 悪戯半分で、俺は十字架を差し出してみた。俺の言っている話を疑わなければ、神という存在を信じてこの十字架にも触れられる筈だ。


 くっころ騎士はそれに手を伸ばした。ゆっくりと近付いて届くかどうかまで来た時に、


「これはこれはお揃いで」

 そう俺達のやり取りが終わる口火を切った声があった。


 焚いた炎に光沢が光る青い鎧。赤い高価なマントがなびいている。刈り上げた緑色の前髪と、同じ色をした切れ長の瞳、そして鋭い顔つきには人を食ったような笑みが彩られる。


 その恰好には俺も見覚えがあった。昼間、王座の間で国王と対談していた勇者と同じ姿だった。てことは、つまりこの男が……。


「カイル殿」

 振り返ったレイシアが立ち上がり、勇者に向けて敬礼を行う。



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