俺の盗聴、謁見の間にて
「魔力はイメージで動かすのが基本です。身体の一部であるという認識を忘れずに。そして魔法は属性ごとに想像を明瞭にしなければなりません。炎なら火種をより大きくしていくように、更に塊にして飛び出すイメージ。そして呼称を統一させる事で安定させますはい業火爆砲!」
「業火爆砲!」
「イメージと魔力の放出が足りていません! もっと強く! はい業火爆砲!」
「業火爆砲!」
何だコレ。傍から見ればそういう感想が出るだろう。
片手を虚空に突き出した姿勢で、俺はアレイクに従い魔法を唱え続けた。どうやら炎属性の魔力が一番強いらしく、まずはその初級の魔法である業火爆砲を扱えるようになる事を目標に練習していた。
ちなみに中級、上級と段階を上げていくごとに規模や魔力を消費するのと同時にイメージして操作する魔力の技術も要されるそうだ。それを半簡易化にする為に想像を補佐する為の詠唱が推奨されるという。そこは個々の感性によって異なっていくので口上も変わる。共通した表現にはなっていくようだ。
その初歩クラスの魔法では前文の詠唱は使われないが、想像による魔力操作は基本的に必須。業火爆砲であれば手からまとまった火炎が、射出され爆破されるイメージ。それを実現させる。
この手順がどうもうまくいかない。魔力が変換された炎を出すことまでは出来ているのだが、それが纏わりつくだけで塊にもならず腕から離れない。
「もう! 付与になってますってば! しかも道具越しじゃなくて身体に直接」
「どうやったらこれ発射されんの」
「それをイメージで動かしてくださいよ。付与は応用なんだから、土台の基礎は出来上がってる筈なのに……どうして出来ないの」
「頭を抱えたいのはこっちだ」
進歩と言えるのか分からないが、この変質した魔力の現出が武器などの物質から間接的にではなく、身体に直接発生させられるようにはなっただけだ。
これはどうもよろしくないのでは? 変な癖がついてる流れな気がする。付与はそれでも便利で戦力増強かもしれないが、そもそも俺にはそれ以外に崩拳という闘技がある以上魔法関連になってまで接近的な技法はあまり頼る物ではないだろう。あくまで、俺は遠距離にも攻撃出来るようになるため魔法を覚えたかったのだ。
そんなやり取りと試みを続け、今日も日が暮れる。
「一旦休止しましょう」
本日の鍛錬の最後に、同じ転生者のアレイクが俺に提案した。
「感性が重要になる魔力操作ですが、このまま続けても癖が偏って上手くいかない事が当たり前になってしまうと思います。ここらへんで一度気分転換した方が良いかと。それに、僕も騎士としての任務が出来たので数日街を留守にしないといけませんし……」
「そうだな。むしろ自分でも此処まで日数をかけるとは予想していなかったし。悪いね」
アレイクも俺とは違って所属の無い自由な立場じゃない。常につきっきりは無理な話なのは前々から分かっていた事だ。
何度もぺこぺこと頭を下げ、見習い騎士は自分の居場所に戻っていった。
「あ、そうだった。俺も用事があったな」
この数日の間、何度か見学に来ていた王女ティエラが俺に報奨の件での話をまとめようという持ち掛けがあったのを思い出す。土地か、なんらかの財か、単純に金銭か。
明日にでも一度アルデバランの城に行こう。謁見の許可を貰っているから会えるはずだ。
翌日。という訳でやってきました城の門前。憲兵に嫌な顔をされながらも通してもらい、俺は入場をしている途中で見慣れた女騎士を発見。
「グレンか」
「くっころさん!」
「だから何だそれは。まぁいい、貴様の事だからまともに相手してはきりがない」
そんな事よりも、と隊長になったレイシアが俺に詰問してきた。
「貴様が姫様を奪還した時の事は覚えているな」
「もちろん」
「単刀直入に聞く。何をした」
「何って何をよ。ティエラならこの前も何か俺のところに顔出してたぞ。ちょっと大丈夫かあんなに気軽に城の外出ちゃって」
「だから気安くあの御方の名を……じゃなくて姫様も姫様でまた一人で城を……ええいそうじゃない! 私が聞いているのは姫様の事ではなく連れてきた馬についてだ!」
「馬?」
ああ、盗賊が攫った時に足として利用し、俺達が戻る時に連れてきた馬二頭の事ね。
……あ!
「貴様が連れてきた馬なのだが、おとといから何やら調子が悪くてな。具体的に言うと、どうも顔が弛緩してだらしなく舌を出し、目も虚ろでアヒアヒ言っているのだ。これは病気という状態にしては何かがおかしい」
やべぇ。忘れてた。
「へ、へぇ」
「こんな異変に心当たりがあるとすれば……おい、こっち見ろよ、おい」
静寂ながらも、鬼気迫るくっころ騎士の圧迫感に俺は目を泳がせた。なるほどなぁ、それであんな結果になるのか。
「貴様くらいだろう、そんなへんてこな事態を引き起こす者は」
いやぁ不味い。これはどう誤魔化すべきか。
「し、知らん! 俺は何も知らんし何もあげてない!」
「ほぅ。一体何を馬達に食わせた? 馬小屋に出入りしてる姿を見たという話もあるんだ。これ以上しらばっくれるなら斬るぞ?」
「じゃ、本当の事言ったら?」
「事と次第によっては斬る」
どっちにしろ斬られるじゃねーか! ……ダメだな、これは分が悪い。
「……み、道端に生えていたマンドゴドラをたまたま見つけたんで、ねぎらいのつもりで食べさせてみた。凄く美味しそうに食べてたぜ」
無理やり見方を変えれば顔の付いたニンジンみたいなもんだからね、あの魔物達。あ、実は馬って別にとりわけニンジンが好きって訳じゃないそうだ。猫がお魚が好物みたいな誤解と一緒。でも食べるかなーって試してみたかった。
「やはり、貴様か。ふふふふふ」
「ま、馬がラリるとは思わなかったがそういう時もあるさ! じゃあ俺はお姫様に御用があるんでこの辺でぐぎゃぶぅ!」
回れ右して目的の方角すなわち城外へ逆戻りしようと走ろうとした俺だが、首元を掴まれ絞首の状態になった。
「と、いつもだったらここで仕置きなのだが」
覚悟を決めて硬御で精いっぱいの防衛(電撃は防げない)をしていた時にレイシアの声に怒りの波が引いた。
「特に今日は下手に騒ぐべきではないからな。野や街にいれば確実に面倒な事になると考えて連れて来ようと思っていたところだったんだが、ちょうど良い時に。こっちに来い」
「おう? 何だよ、だったら王女に会いに」
「尚更今はダメだ。大人しく隠れさせる」
ずるずる引きずられながら、俺は城に入っていく。城には入るのに、面会が出来ないってどういう事だ?
「良いか? 貴様という存在を目立たせる訳にはいかない。この国の名誉を著しく傷つける可能性がある」
「具体的に何か起きるのか教えてくれない?」
「勇者が来る」
酒樽の貯蔵庫にまで連れられた俺だったが、突拍子の無い返答にぽかんとする。
え? 勇者って何してるの? 魔王もいるの? 倒しにいくの? ふっかつのじゅもん無いと再開出来ないの?
「……その顔からして何も知らないようだな。ゴブリンたる貴様の事だから仕方は無いのだろう」
「馬鹿にしないでくれる!? 勇者って言葉くらい知ってるわよそれくらい! で、どんな勇者なんだ?」
レイシアはすごく嫌そうな顔をしていた。説明するのがめんどくさくて、何故ゴブリンに対して逐一教えなくてはならないのか、という本音が伺える。
「このアルデバラン王国だが、別の二ヶ国と同盟を結んでいる。ペテルギウス王国とリゲル王国だ。この三国はアルデバランが信仰、ペテルギウスが力、リゲルが知性を国の象徴として挙げられている。そしてペテルギウスが立案したのは対魔物討伐用戦力個体、すなわち勇者という存在だ」
この国が信仰の色が強いのは確かに心当たりがあるな。むしろありまくりだ。アーメンアーメンうるさかったり、十字架出せばぐうの音出なくなったり。
「大まかな話は省くが、実情で言えば我等アルデバランはペテルギウス王国と比べて差があり過ぎるのだ。規模も違う。つまり頭の上がらない力関係だ」
「その遣いが勇者でこの国に訪問するって事か」
「これでも信仰の遵守によってアルデバランでは亜人と認められている貴様だが、あちらはそうもいかん。たちまち魔物として首を狙われるやも知れん」
「だから城で俺を匿ってくれるのね。お優しくて泣けるねぇ」
「姫様のご命令でなければ動かなかった。とはいえ、私もあまりあの勇者は好かんがな」
「ん? 何か問題あるのか?」
「その勇者は少々……」
酒樽の倉庫で潜むよう厳命された俺だったが、当然ながら俺はその言い付けを守らなかった。せっかく勇者という立場を異世界で見ることが出来るんだ、見逃すなんてとんでもない。部屋からこっそり出て、謁見の間を上から見下ろせる回廊に向かう。
話し声がちょうど聞こえてくる。どうやら真っ最中のようだな。
そこにいたのは玉座の国王とレイシアやペンドラゴンといった隊長騎士、そして見慣れぬ鎧を着た男の後ろ姿だった。アイツが、勇者か。
「ご機嫌麗しゅう、アルデバラン国王」
「ううむ、ごほん。息災何より、勇者殿。お、面を上げて良いぞ。何用で我が国に参られたのか?」
国王は上擦った声で、鎧の人物に投げ掛ける。実の娘に言及された時以上にたじたじな様子だった。
残念ながらこちらから勇者の顔は見えなかった。そこは我慢して会話を盗み聞きする。
「単刀直入にお聞きします。先日、ドラゴンをこの国で討伐したと窺い馳せ参じましたが、一体私以外の誰が竜殺しを為したのか、お教え頂けますかな?」
「私です」
スッと前に出たレイシア。ちくしょう手柄を独り占めか、とは思わない。これは恐らく城内であらかじめそう名乗り出る段取りだったのだろう。
「レイシア副隊長が? この国の騎士もやりますねぇ。ドラゴンは下級でも二個小隊の過半数が犠牲になってやっとというレベルであるそうだが、随分な功績を手にしたようで」
「故に、僭越ながら隊長へ昇格を」
「ははぁ、その武勇是非今夜にでもお聞かせ願いたい」
「謹んでご遠慮させて頂きます」
クールだ。あの少しからかうだけで拳骨飛ばす瞬間湯沸し器が此処まで静かに冷たく応じてやがる。
振られたとばかりに手をひらひらして、勇者はアルデバランの国王に話を戻す。
「私の存在意義はご存知の通り、この世界に厄災をもたらすとされる予言の討伐。その一つが竜の命を摘む事。危うくお役御免になるところでしたな。この度の討伐した竜はそれとは違う様子で。だが念には念、その亡骸を見せて貰えないでしょうか?」
「そう、だな。今ならまだ解体する前の段階。何分竜という生物の構造を精密に調べながらの進行で時間が掛かると所員は言っている。幾らでも見物は許そう」
「感謝します。それと、此処には」
勇者は玉座の周りに視線を一巡した。俺は柱の影に隠れる。
「王女のお姿が見られないようですが、やはり体調が優れないので?」
「ああ、我が娘の容態はあまり思わしくなくてな。命に別状は無いが、面会は難しい。許してやってほしい」
「ええ。それでは仕方ありませんから」
そこに続く言葉に、俺は耳を疑った。
だが彼の周囲にいる人間は大きな反応を示さなかった。
「勇者殿、何かあるなら躊躇わずに言ってくだされ。ペテルギウスの国王からも釘を刺されておるのでな」
「いいえ。何も」
誰も聞き取る事の出来なかった言葉だが、その場で一番離れていた俺には理解が出来る。当たり前の話だ。勇者がこぼした一言は、この国の、いやこの世界の言語じゃないからだ。
あの勇者は、日本語でこう呟いたのだ。
いつかは俺の物にするけどな、と。
レイシアが俺に話したときの言葉の意味を、此処で理解する。
勇者カイルという青年は、好色な男だと言っていた意味。そして、奴は紛れもなく俺と同じ転生者だ。




