俺の鍛錬、魔法初歩
アレイクが俺に差し出した丸い物体は鉱物のような光沢があり、黒ずんでいる。
「魔光鉱、という原石です。自然界でも残留する魔力の濃度が高い鉱山の地下で出土する鉱石で、僕達が入ったガラン鉱山でも発見されてるみたいですよ。これは別の場所で採れた物を研磨して加工していますが」
「やっぱり武器とか防具に使われる資材なの?」
「硬度は鋼に劣りますし、あまり実戦の武具には向いていませんがこれには不思議な性質があるんです。見ててください」
言うなり、アレイクが念じるように目をつむる。意識をその魔光鉱とやらに向けている。
「まず、これに火の魔力を送ります」
ひとりでに、その鉱石は真紅の光を発し始めた。炎属性の魔力に呼応した。
「次に水、土、雷、風です」
信号のようにアレイクが告げていくのに仰せて光る色が変わっていった。受けた魔力で光る色を変える石なんだな。
「という訳で、はい、グレンさん」
「では早速、とばかりに俺にコイツを手渡してきてどうしろと」
「僕が今やった事を同じようにやってみてください」
「ああ、さっきみたいに自分の魔力を鉱石に送って光らせろって事だね」
「そうです」
「で、どうやって」
「インスピレーションで」
「論理的な説明をしろ!」
そんなチンカラホイって言えばいきなり使えるようなもんじゃないだろ! 魔法って!
「でもこれってセンスが問われるものなので、感覚が上手く説明出来ません。強いて言うなら、血液の中にある何かを引き出す感覚? ああでも、参考にするとしたら、グレンさんも闘技を使ってたじゃないですか」
「アレは、やるぞって感覚で身体が自然に動けたんだよ」
「そう、ですか。でしたらグレンさん、試しにそこの岩に闘技を使ってみてください」
草原にどっしりと構えるように転がっている岩をアレイクが指差した。身の丈もある物を壊せって簡単に言ってくれるなぁ。
「崩拳」
拳に爆発的な感覚が集約され、普段から使っている正拳突きが岩を粉砕した。轟音と粉塵が青く生い茂る自然の景色を一時的に濁す。
「わー、おみごと、ぱちぱちぱち。ガンマ線を浴びて超人になった物理学者も真っ青」
「ハルクじゃねぇよ! そんで、これが何だって」
「闘技と魔法の使い方は同じなんですよ。魔力はイメージで動かします。エネルギーを炎に変える想像でこの魔光鉱に流す練習をしないと。これが魔力の操作の基本ですから」
闘技は体内でその魔力を爆発させて行うのに対し、魔法は放出させる。その放出の練習だとアレイクは言った。
「……ま、まぁ兎に角やって出来なかったら文句言う」
「責任丸投げですか、はは……」
渋々と、俺はその石を使った魔力の放出練習に励む事にした。
最初は痛い思春期にありがちな、自分の中に流れる特別な何かを心臓から腕に渡って送り込むような感覚を一生懸命に意識してみた。
うんともすんとも言わないまま、ゴブリンが石ころを両手にうんうん唸っている光景だけが続く。イメージを電流にしてみたり、自分の心臓の鼓動に耳を研ぎ澄ましてみたり、前世では恥ずかしいような真似を幾通りも実践した。
光れ、と念じたり。適当な詠唱を唱えてみたり。ココナッツでも割るように頭を打ち付けてみたり。その動きに至ってアレイクは口出ししてきた。
「ヘッドバット! ヘッドバット!」
「壊そうとしてもダメですよ」
「できねーんだもん」
修業を開始して三時間、全くの進展の無い努力の成果に俺は思わず物へ八つ当たりを始めていた。何度かこの魔光鉱とやらで砲丸投げしそうになった。
「この世界の住民っていうのは、あんな事を当たり前みたいに出来てるのかよ。魔法学校とかそういうとこで学ばないとダメか?」
「一応魔法を学べる教育機関もあるにはありますね。大人になってから学ぶより、子供の時からの方が優秀になる可能性が高いという見解もあります」
つまりは、言語のように身に沁みつく物なんだろうな。外国語を生まれ育ちながらに覚えるのと、外付けでどんなに勉強しても本家の流暢さには中々届かないような感覚。成人してから外国語を学ぶより子供の時に身体で覚えた方が、その質は大いに異なるんだろう。
もしかしたら魔力の操作や魔法も同じ理屈なのかもしれない。先の事を想像すると、上級などと銘打たれるような巨大な魔法は夢のまた夢かもな。
「そんな簡単に諦めちゃダメですよ。考えるのではなく感じるのです。フォースのように」
「フォースってお前」
「グレンさんも良く言っていたじゃないですか。やってみるのではない、やるのじゃ、って。ジェダイの騎士よ、フォースと共にあらんことを」
「だからヨーダじゃねぇよ! 緑色なだけだろ!」
さっきから知っているからって色んなキャラクターふっかけてきやがって。しかも女だったのにどんだけ少年嗜好だよコイツは。
というやり取りながら俺の修業一日目は終わった。収穫は得られなかった。
アレイクは騎士の寄宿舎に戻り、俺は普段通り野営する。そんな生活も最近は板についてきた。基本は何かを焼いて食うだけだ。
薪木を拾い集め、火を起こす為の準備をしている俺はふと、
「魔法で火を出せればなぁ」
火起こしの手間だけでなく、上手くすれば普段から手元で灯りとして利用出来るようになる。あ、後者はダメだったな。アレイクが鉱山の坑道でやって長続きしないって言っていたし。
拾った木の棒を一つ持ち、弄びながら考える。
昼間に聞いた話をおさらいすると、魔力を扱い方は大別して二種類。体内で活性化させて強靭な身体能力を発揮するのと、放出しながら自然現象に似た状態に変化させて魔法として攻撃に利用するのに分かれるそうだ。
戦士という表記である俺は、やはりそれが原因なのか闘技という魔力を使った肉体強化の行動を何の障害なくたやすく扱えている。崩拳と硬御だ。
俺にもその魔力を扱う容量があるとすれば、多分闘技側の傾向が大いに傾いていると見て良いだろう。要するに魔法としての扱いには向いていないだろう。
「打ち切るべきかな」
初日にして事情を知っていく内に、労力の無駄ではないのかと思うようになっていた。魔法を扱うのも出来れば覚えたいの範疇で、仮に出来るようになったとしてもそこまで会得するのに相当な時間が必要になるのなら考え物だ。
まぁ軽い気持ちで簡単に使えるのならあわよくば、という話だったのだ。アレイクには悪いことしちまったな。
最悪、俺は闘技だけで闘っていく事も視野に入れていた。二つの闘技を憶えてからは、幾らレベルを上げようとも新しく習得する気配はない。
が、可能性はまだある。崩拳は熟練する事で段階的に強力な物へと変わっている。最初の頃は熊を悶絶させるくらいだった威力が、更に岩を粉砕し竜を怯ませる物になった。
さらに闘技という扱いにはならないが、この前の闘いで崩拳の速射に気付き一度に何発繰り出せる、多連崩拳(即興で名付けた)。そして腕や顔など、一部だけを硬御状態にすることで動くことが可能になった部分硬御と応用が利くようにはなった。
あくまで戦士タイプの俺には、使えて精々の初級魔法は付け焼き刃だろう。それなら投擲武器でも用意して遠距離攻撃を出来るようにした方が良いかもしれないな。剣を持ってはいるが実際殴る方が強いんだ。ならいっそそっちを使った方が良い。
木の棒を頭上に掲げ、ようやくまとまった結論を明日どんな風に教鞭を振るってくれた彼に話そうかと思考を切り替える。
そういや、アイツはあの石に炎の魔力を放出していたが間違って炎を出したら火傷とかするのかな? イメージしながら、こう……
アレイクの所作を真似、何気なく瞼を閉じて炎を心に描く。それが木の棒に宿りあたかも松明のように。
視界を遮断した目の前で、身体から見えない何かが迸るのと同時に火花が生じるような音がした。
「え? おわっ」
目を開いた先。俺が持っていた木の枝には、まだ火起こしもしていないのに拳程度の大きさの火炎が燃え盛っていたのだ。
ええー、と呟く。あの数時間は何だったのだろう。
出来ちゃった。これが魔法か。自然に発火する訳ないし、持ってた枝だけが燃えたし。
諦めかけていた所での僥倖だった。たまたまで自分でもどうして出来たのか分からず戸惑ったが、どうやら炎の魔力を放出して木に灯らせることが出来た。
「でも、あれ? 何か変だ」
木の枝を包み燃える炎だが、一定の大きさのままそこに留まり続けている。火は燃える物に接触していれば見境なく燃え移る筈だ。なのに、先端だけ燃えている。
そしてよく見ればその炎は木そのものを燃してはいなかった。どうやら燃えているのは俺が放出している魔力であって、何気なく想像した通りに煌々と揺らめく。
恐る恐る手を近付けるが、ほんのりと暖を取る暖かさはあれど身を焼くような熱は無い。それどころか思い切って炎に手を翳してもその手は火傷すらしなかった。
「うーん、これは」
翌日、早速アレイクにその現象を見せた。魔光鉱に同じような手順を行うと、光るのではく魔光鉱そのものが火に包まれた。だが持っていても熱くない。
「これも魔法なのか? どうも魔力そのものを石には送れていないが、出す事が出来たぞ」
「魔法というより、付与ですね」
「レイシアが剣とかにやってる、アレ?」
難しい顔でアレイクは頷く。
「付与は魔力を放出して魔法にする過程で、あえてその場に留める事で属性の恩恵を得る技法です。以前も言った通り属性によって様々な力を武器に宿すんですが、おかしいんですよ」
「何がだよ、この通り実際出来てるじゃん。良いじゃん」
「扱える順序が違います。普通は魔法を使えるようになるほどの魔力コントロールが出来てから、それを放出せずに宿す事が出来るんです。ある程度の優秀な魔導士でやっとの技術なのに」
魔法は使えないが、付与は出来る。アレイクが言いたいのは基礎はてんでダメなのに、アクロバティックな小細工だけは一丁前なのはどうなんだ? という話か。
「それと、何でこの炎は俺が触れても平気な訳」
昨晩、あの枝に灯した炎は薪木に置くと瞬く間に燃え移った。その焚火は俺でも熱かった。放出した時点での炎は俺には何で無害だったのかが疑問だった。
「付与特有の同和という性質ですね。同じ魔力同士では自らに被害を及ぼさないんです。グレンさんの魔力で出来た炎はグレンさん自身を傷つけません。持っている物もグレンさんの魔力を伝っているので影響を受けなかったのでしょう。ただし放出などで一度離れると関係がなくなります」
前々から思っていたひのきのぼうでかえんぎりしたら、ひのきのぼうって燃えてなくなっちゃうんじゃね? という疑問が解決した気がした。そういえば、レイシアの付与の雷光剣も剣に強力な稲妻を纏っておきながら当人は感電していなかったもんな。それもこれが理由か。
「じゃあこの魔力を魔法という状態にする感覚も分かったようですから、今度はそれをきちんと魔法として放てるように練習しましょう」
「オーケーボス」
これならいける。俺はそれから一時間くらいまではそう思っていた。
が、その日どころか数日間に一度たりとも魔法という形で成功はしなかった。
一進一停という造語は、思いついたが。




