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俺の被験、マッドマックス

「あの、お姫様って、いつもこのようにお出掛けになられてるので?」

「嫌ですわグレン様、お会いした時と同じようにお話ししてくださって構わなくてよ?」

「あーでも、それは不味いんじゃ」

「では命令という形でしたら問題ありませんわね」

「……お姫さんとは呼ばせてね」

「お名前で呼ぶことを許可してますのよ? 何か不都合でもございますか?」

「だって、ねぇ」


 そう振り返った俺の後ろで、俺達のやり取りを一字一句しかと聞きながら般若もしくは悪鬼羅刹のオーラを纏うくっころ騎士が付いて来ている。その足取りと表情からは俺がもしも何か粗相の一つでもすれば、躊躇う暇なく叩き斬るような迫力があった。


「グレン様ったら、あの日の夜はあんなに大胆でしたのにどうかなさいましたの?」

「あの、夜? 大、胆?」

「ちょっまっうぇっ!? 違う! そうじゃない! ぶっきらぼうに馬に乗せただけだから!」

「ええい。このままでは埒があかない……姫様、コイツを斬る御許可を」

「ダメですわ。貴女もこの御方には丁重に扱いなさい」

「そ、そうだぞ! 一応助けたんだから姫の顔に泥を塗る真似は止めろや!」

「貴様が口を挟むな! ……まぁ、手を出していないのは嘘ではなさそうだが」


 あまりの言葉の衝撃に凍り付いたレイシアへ必死の弁解を続ける。よりにもよってこの堅物の前で爆弾発言するのは勘弁してくれ。


「それで何でございましたっけ? ああ、そうでした。普段からこうしているのか、という質問ですわね。はい、わたくしは定期的にこの恰好をして城下街へ訪れておりますわ。城に籠りきりなので下街の様子を見にがてら外出していますの」


 その姿と帽子で、遠目からの面識と直接関わりの少ない民には貴族の七光りとして身分を偽っていたそうだ。今回はそれが仇となり盗賊がよもや王女と思わず攫い、国を敵にまわすような結果になった。


「でも、よろしいんで姫様? 自分のような……」

「また姫様!」

「……大丈夫なのかティエラ? 俺みたいな何処の馬の骨とも分からない、ましてやゴブリンと話なんかしちゃって」

「あら、お目付にレイシアが此処にいるじゃありませんか」

「そうじゃなくて、俺と話したら色々反感買うんじゃないのか」


 それも大顰蹙だいひんしゅくな筈だ。王様は自分の娘が小汚らしい化け物と和気藹々としていたらどう思うか考えたくも無いし、周りの連中としても目障りな事この上ないだろう。


 王女ティエラは帽子の下で何かを考えるように小首を傾げる。


「そうですわねぇ。下賤の者と王族の者が親しくお話をするという意味ではあまり褒められたものではありませんが、これは公の場では無いですので誰も責める者はおりませんわ。いたらわたくしの顔で黙らせられます。あらゆる手を使っても」


 おおう、涼しい顔で怖い事をハッキリ言う。


「お気持ちはありがたいがねお姫さん、俺にそこまで親切にしたって何も得しないぜ? お礼貰えればそれで良いんだ」

「そうですよ姫様。コイツは最初から見返り欲しさに動いただけであって、貴女様を善意で助けた訳ではありません」

「ええ知ってますわ」

「では何故そこまで懇意になさるのですか? ……まさか、こんな奴に……ほ、ほほ……」

「ああ、もしかしてレイシアはわたくしがこの御方の事を殿方としてお慕いしている……すなわち好意を抱いているのではないかと考えてらっしゃいますの?」


 焦るレイシアに対し、お姫様はすっとんきょうに尋ね返す。その先の返事に畏れながら、くっころ騎士は何度もうなずいた。


「まさか御冗談あそばせ。伴侶という意味では論外、生理的に無理、という所ですわ」

「手厳 しー!」


 あまりに剛速球で直球な答えに俺が思わず口を開いた。本人の前で堂々とそこまで言うのは色んな意味で凄いな。

 世にあるという吊り橋効果、恋のドキドキと恐怖のドキドキを取り違えて恋愛感情が芽生えるという都合の良い出来事にはならないものだ。


「けれどもグレン様はわたくしの恩人。どんな思惑があったであれそこに悪意は無かった筈。そしてこの王国の者でもないのにはるばる連れ去られたわたくしを助けに来てくださったのですもの。邪険にしては王女の名が廃れますわ」


 だが純粋な恩義だというならそれでいい。何か作為めいた物で貶められる線が怖かったが、よくよく考えればこのお姫様が俺をあの時庇った時点で無くなった。放って置けば俺はろくな目に遭わなかったのだから、負の面を持っていれば何もしないか追い打ちをかけていた筈だ。

 だから俺は彼女の申し出に応えた。報奨以外にも何か要望があれば叶えよう、という話だ。


 そこでお願いしたのは、アルデバランの街にある魔物の研究機関への立ち入りの許可だった。

 俺自身、ゴブリンという生態を詳しく理解していない。どんな種類がいて俺がどれに当て嵌まるか、俺自身がどんな能力を他に有しているのか。それを確かめたかった。


 その道中に何故か姫様までついて行くという話となり、こうして会話をしつつ歩いていたのである。

 不味いな。この状況は正直よろしくない。


 野獣の両手に美女という花束、という話じゃなくて、この貴族の身なりをした存在がこの国の王女でゴブリンなんかと一緒にいる所に誰かに気付かれでもしたら街中に居づらくなる。何と噂をされるかたまったものではない。


 ただでさえ御付きのレイシアが彼女にぴったりと張り付いていれば、ただのお金持ちではないと勘付かれてもおかしくないだろう。


 だがどうやらそれは杞憂だった。あまり人が来ない所だからか。

「見えましたわ。あちらになります」

「おー、デカいな」

 なんて、本当は何度も見ていた外観に対し俺は相槌を打つ。実は以前も何度か立ち入ろうとしていた事はあまり知られない方が良いだろう。


 風車がくっついた、赤屋根の巨大な煉瓦の建造物に俺達は入る。此処は騎士や研究に携わる人間のみが立ち入る事を許されており、住民は勿論冒険者でさらに亜人と魔物の立場を行き来する俺では絶対に入れなかった場所だ。


 原始的な工場のような内部だった。火の炉や、岩石の台。そして長机がいっぱいひしめいていて、そこにはあの岩竜の破片と思わしき塊が所狭しと置かれている。まるで蟻の巣の解体部屋みたいだ。

 そして一度目を引くのは、怪物の遺体。あの時のドラゴンが殆ど原型を残したままこの建物内に運び込まれていた。改めて見ると、デカい。そして死んでるのに雄々しい。


「あらー、姫様。またーいらしたんですかー」

 と、その作業をしていたと思わしき所員が奥から小走りでやって来る。


 ブラウンブロンドの髪を三つ編みにし、ぐるぐるの瓶底眼鏡をした女性だ。恰好は革の作業着だが、絵に描いたような風貌で研究者と一目で分かる。


「御苦労様ですわシリー。ドラゴンの分析の進捗を抜き打ちで視察に参りましたのですが」

「こんな最高のー検体が手に入ったのにー、サボる様な事するわけー無いですよー。そんなの研究者ーしっかくですー。おかげ様でー、良い資料がー手に入りそうですー」


 間延びした口調で、のんびりと女性研究者は王女に言う。


「それと、もう一つご用件がありまして」

「おやー? こちらはーもしかしてー」

「ええ。今回のドラゴン討伐の表と裏の立役者達、レイシア次期隊長とグレン様ですわ」

「ほへー。初めましてー、私はシレーヌと申します。此処の研究の代表をやらせてーもらっているー者ですー」


 そう言ってシレーヌは頭をゆっくりと下げた。


「シレーヌ殿、レイシアと申します。噂はお聞きしております」

「グレンだ」

「あのーもしかしてーグレンさんってー、ゴブリンさん、ですかー?」

「見りゃ分かるだろ? 汚れじゃないぞ、この肌」


 と、そう答えた瞬間。彼女は渦巻き眼鏡が光った、気がした。


「姫様ー、ありがとうございますー」

「へ?」

「丁度いい検体ーご提供頂きましたのでー、えへへ早速ー」


 言葉のテンポとは裏腹に、彼女の動きはすさまじく速かった。レイシアの剣撃に勝る所作で、何処からともなく取り出した縄で俺を縛る。


「なっ!? ちょっと待て! いきなり、なにす--」

「あーあー大丈夫ですー、ちょっとご協力くださいー」

「協力!? 解剖まがいじゃないよな!?」

「いいえー。問題ーありませんー。痛くしませんからー……最初は」

「おい今最後に不穏な事口走ったろ? ……え、何で黙って無理やり俺を引っ張ってくの? そういうの一番不安になるんだけど」

「すいませーん、みなさんちょっと手伝ってくださーい。活きの良い…………エヘンエヘン、健康的なーゴブリンさんをお調べするのでー」


 やべぇこの人研究者でもマッドの方だ。マッドマックスだ。


「離せぇ! 俺は別に被検体志望で来た訳じゃないっつーの! クソッ、振りほどけない。てか助けろよレイシア! 何で遠い目して……え? よせ! やめろォ! 死にたくなーい!」


 と、俺は必死の抵抗も虚しいまま研究者たちに捕まり、奥へと連れていかれた。


 

「……」

 そして2時間ほど。思ったより短い経過だったが、半日は経ったような気がする想いだった。


 俺は生まれたての姿にされ、男女入り混じる研究者たちに観察され、毛や皮膚の一部なども採取され、可能性の限りを調べつくされた。当然、プライベートの配慮の欠片も無い。


 元の恰好に戻って解放されたところで、俺は部屋の隅っこで椅子の上に体操座りをしていた。しくしくと泣いた。

 それを諦観していたくっころ騎士が俺を哀れな者を見る目で見降ろした。これじゃあ俺はまるで病院に連れてかれて処置されたペットだ。


「グレン……そろそろ結果が……」

「もう俺、お婿に行けない」

「お婿って……」


 ああ、そうだったな。俺には無縁の話か。

「うん。そうだよな、俺に好かれる女の子は悲劇過ぎるな。なら良いか」

「自虐しつつ前向きですわね」


 先程からティエラがシレーヌの所業にフォローを入れている。どうやら、俺を調べる為に必要であった事と、連中はああなったら止められないのだとか。おい、王女様なのに止められないのかよ……


「グレンさんーお疲れさまでしたー。結果出ましたよー」

 と、もう顔も見合わせたくない所員のシレーヌが、俺の前に山積みとなった書類を長机に置いた。


「ほんとはー、次回も調査にご協力頂き--」

「ぜってぇ嫌だ!」

「あー……分かりました。残念です」


 そう、しょげた仕草を見せたが俺は騙されない。

「で、どうでした? グレン様は、どういったゴブリンの種類なのでしょうか?」

「はいー、それなんですがー」


 ぐるぐるの眼鏡をクイッと動かし、彼女はきっぱりと言う。


「分かりませんでした」

 俺は椅子から倒れた。


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