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俺の面会、しばかれる

 煉瓦で出来た天井を、寝転がった姿勢で見上げる。

 あれから俺はアバレスタからアルデバランの城まで連れていかれ、地下の牢屋に入れられて此処にいろと言われたまま数時間が経過しようとしていた。


 それにしてもカビ臭い。湿気があって格子も錆びている。加えて薄暗くて清潔感にも欠けてるな。此処にいる罪人は酷く扱われるようだ。


 しくじった。俺は完全にそう結論付ける。

 これがプラスになるにしろ、マイナスになるにしろ面倒ごとになっちまったな。


 行いそのものには良いも悪いも関係が無い。が、重要なのは俺が関わった相手がちょっとした金持ちの令嬢どころのレベルでは無かった事だ。

 この国のお姫様を連れ戻したにしろ、俺が振り返るに扱いとしては杜撰だったと思う。彼女の機嫌次第で俺の処遇が決められる。今は様子見で此処にいるが、状況によっては動かなければ。


 最悪な結果になる場合、俺はこの国を敵に回してでも逃げる。剣を奪い、丸腰にしただけで無力化したと思われたのが幸い。牢の壁を素手で破壊して脱獄するのはわけが無い。


 だから、下手に刺激はせず俺が今置かれた立場と今後を見極めよう。大罪人か、立役者か。


 ノック代わりに格子扉の前まで足音がコツコツと迫る。それは拒否のしようがない。

「おい。王が謁見をしたいそうだ。出ろ」

 此処の番をしていた男が鉄格子の向こうから俺を覗き込んだ。その目には侮蔑が塗りこめられている。


 これから法廷で判決を言い渡される気分で、俺は看守に呼ばれて檻から出る。


「ふむ、何処から見てもゴブリンだな。醜い」

 面を上げよと、そう謁見の間で兵に無理やり跪かされていた俺は圧迫感にも似た雰囲気のある声に立たされる。


 目の前で王座に座っていたのは、見た目は50代の白い髭を蓄え、赤に金の刺繍の入ったローブに王冠を頭に乗せた男だった。その顔立ちは彫りが深く、石化でもしたらローマの彫像に違和感なく並べられそうだな。


「ワシはアルデバラン王国第25の王、ストリゴイ・モロイ・アルデバラン。ゴブリン、お前に名があるのなら名乗れ」

「あー、その前にひとつ……」


 俺が口を挟もうとするやいなや、後頭部に鈍い痛みとともに衝撃が走る。視線が降下し、俺を拘束する兵士に槍の柄で殴られた事を把握。

 余計な言葉は発するな、質問だけに答えろという強迫。そうだった、これは交渉の体で行くのは良くない良くない。素直に従わざるを得ない。


「……グレンです」

「では、グレン。お前に幾つか質問がある」


 目の前の蛮行の光景に眉一つ動かさず、王ストリゴイはよどみなく俺に問う。

「我が国には先日盗賊が侵入した。お前はそれを存じているか」

 とりあえず頷く。と、またや背後から暴力がくるのを察する。


 痛いのは御免だと硬御を発動、しようとしてそれは間違いだと取りやめる。

 下手に脅威を悟られるのは不味い。俺は無力を演じるべきだ。何も出来ないからこうしていると、そう思わせないと。逃げる力があると思われてはいけないのだ。


「痛った!」

 しばかれながら詰問が続いた。満足した返事と態度でないとダメなようだな。


「…………はい。街の出入り口で」

「お前はそいつ等の仲間か?」

「いいえ」

「では、盗賊から攫われた我が娘を助ける為に追いかけたのか」

「はい。最初は何処かの貴族の令嬢かと思いましたが」

「その目的は身代か」

「いいえ」

「身代でないなら報奨か。礼の欲しさに賊を襲ったと」

「いいえ」

「ならば何が狙いだ?」

 正直に答えておくことにした。一度息を継ぎ、口を開く。

「風評を改善する為です」

「風評だと?」

「ゴブリンである自分は亜人として一度認められてはいるものの、いつ追い出されるか分からぬ身。故に、少しでも街の者に益であると認められる為に件の行動に出たのです。あのゴブリンは人助けを行う悪い者ではない、と」


 もっさりした髭の生えた顎に指をやり、王は何かを思案していた。俺はデタラメな事は言っていないんだが、疑っているのか。


「自らを亜人と名乗ったが、それを証明する物はあるのか?」

「取り上げられた荷物の中にある、聖騎士長から頂いた十字架と許可状で充分であれば」


 首から下げていたロザリオも没収された。取ろうとしていた信仰度の足りない騎士が火傷をしたみたいに一度弾かれるのを小気味よく思っていたら、俺の手で置けと手放させやがった。


「聖騎士ハウゼンがお前に信仰の証を渡したと? 盗んだのではあるまいな?」

「アレは本人から直接貰った物。彼が証人となってくれるかと」

「だが、今あやつは留守で確認が取れん。確証が得るには時間が要るな」 


 おいこういう肝心な時に何故いないんだあの笑い眼鏡!


「お前の潔癖を晴らすには、聖騎士が帰還するまで保留としよう。ワシも忙しい身だ」


 それまではまたあの檻に逆戻りせよと。勘弁してくれよ。こうなったら脱走してやろうかな?

 手錠を掛けられたまま、俺をその謁見の間から力づくで引き下がらせようと後ろの兵士が動いた時だった。


「よいではありませんかお父様」


 玉座の横合い、階段からドレスを着て降りる少女の声が周囲を止めた。


「ティエラ。具合はもう良いのか!?」

「大袈裟ですわ。城の外に少し長くいただけではありませんか」

 見覚えのある青髪の少女が、場を和ませるように柔らかく微笑む。あの、キーキーヒステリックに喚いていた筈のお嬢が恰好どころか態度まで変貌するとは。


「この御方はわたくしの命の恩人。蛮賊に城の外へ連れ出され、乱暴されかけたところを助けて下さったのです。それに対してこの仕打ちはやり過ぎですわよ」


 せめて尋問前にそれを言ってほしかったな。後で俺の後頭部にたんこぶが出来る予定だ。

「ふむ、しかしこんな不潔な者がお前に触れたことはな……」

「それでしたら、先程そちらの兵の方が振るった暴力でおあいこという事に致しましょう」


 あ、成程。それであの時無礼だ無礼だと言っていた事を相殺か。一応偉い人に失礼しちゃったからな。


「この御方なら大丈夫。錠を外してあげなさい」

 そう姫様が兵に言った。どうしたものかと戸惑っているので、王も渋々といった具合に指示を出す。


 やっと手が自由になった俺は手首をさすり、下手な冤罪を掛けられずに済んだことに安堵した。


「改めて自己紹介を。わたくしはティエラ・モロイ・アルデバラン。この度はお礼を申し上げますグレン様」


 カーテシーという、スカートの裾の端をつまみ軽く吊り上げた挨拶を姫様は汚らしい俺に対して行う。学んでも無いのにこんな文化を知ってるという事は、これはどうやら誰かさんが俺に吹き込んだ入れ知恵の一つらしい。


「どうやら貴方様の存在は未だ城内まで認知されていなかったので、亜人か魔物かの判別をつけかねていた様です。でしたら今後は聖騎士長ハウゼンだけでなく、わたくしからもこの国に留まることを許可致しますわ」

「は、はぁ」

「報奨のお話と参りたいところですが、それはお互いに一度お時間が出来た所で持ち掛けさせて頂きたく存じます。構いませんか?」


 そう姫様に言われて俺も承諾する。色々あり過ぎた。俺の方も整理がしたい。


「ティエラ。何を勝手に」

「お父様も、勝手にこの方への処遇を決めようとは。身の潔白を証明できるわたくしをさしおいて、話を進めないでくださいまし。わたくし決めましたから、この方への決め事はわたくしが責任を以て致しますので、お父様は口を出されないように」


 実の娘の強い言葉に王も口から呻くだけだった。


「それと、グレン様に一つ意にそぐわぬであろうお願いがございます。今回の件、わたくしが攫われたという話は国としても広めたくありません。ご内密に出来ないでしょうか?」


 その分、口止め料が出ると彼女はほのめかせる。

 俺の返答は、それに反抗する気は毛頭なかった。俺が姫様を助けたなんて話、広まってメリットよりもデメリットが大きそうだからだ。



 荷物を返却され、城から出た俺は憲兵の白い目を受けながら街に戻った。

 その一番に待っていたのは、くっころ騎士ことレイシアだった。


「貴様という奴はドラゴンのときと言い、どうしてこうトラブルを引っ張ってくる」

「俺だって望んだ訳じゃない。ただ点数稼ぎしたかっただけだもん」


 開口一番の嫌味に、俺も嫌な顔をしてやる。


「だもん、じゃない。こんな事隣国に知れたら面子が保てるか。ゴブリンが王女を奪還するなど前代未聞だぞ」


 酷い言われようだ。あながち間違っちゃいないが。

「で、姫様はなんと? 解放されたということは悪い結果では無かったと思うが」

「え、心配してくれた?」


 すかさずゴッ、と音を立てて俺の横顔に肘が入った。すげぇこの女。マジで容赦ねぇ。


「私は不条理が嫌いなだけだ。不純な動機とは言え人助けをした貴様が不当な目に遭うのであれば直訴するつもりだった」

「あーあー分かってる。正義感だろ」


 頬を押さえて合いの手を入れる。お優しいと言われたくないのは体で分かった。


「何かもらえるのかねぇ。ま、金だと嬉しいが」

「率直な事をよく口走る。様子を見に来て損した」

「そりゃあ俺だって生きるのに精一杯なんだ。貰えるもんはしっかりもらっとかないと」

「それでも少しは建前を使った方がよろしいですことよ」

「そうだなー。でないとコイツに何度叩かれるか…………ん?」


 第三者が会話に混じるのに途中で気付き、俺達は振り返る。

 そこにいたのは、拉致された時と同じ恰好をした青髪の少女。大きな帽子を吊り上げ、隠れた顔を見せる。


「姫様! またお城から……!」

「ご無沙汰してますわねレイシア」

 王女ティエラが、また金持ちの令嬢のような服装で俺達の前にやって来ていた。


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