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俺は英雄、ヘレン その3

※視点が変わります

 ヘレン視点


 俺の名前はヘレン。いずれは英雄となる男だ。

 そして俺は激怒した。必ず、かの厚顔無恥にも街中を闊歩しているゴブリンを除かねばならぬと決意した。俺は法が分からぬ。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。不平等で仮初めに塗りたくられたこの世界の制約を隠れ蓑にのうのうと過ごしている彼奴に鉄槌をくださねば。


「ダメでございます」

「何故だ! 何故なのだ!」


 俺はカウンターを両拳で叩いた。斡旋所で受付を相手に立ち往生の真っ最中なのである。


「何度も言っている通り、冒険者同士に接触の場を設ける話はお断りしている筈です。ましてや指名して一方的に呼びつけるような行為はトラブルになる為承っておりません」

「それがどんな人物でもか! 悪党を庇うと言うのか!?」

「当所では個人情報を尊守し、反面一人一人登録するにあたって厳粛に判断している為、犯罪に手を染めた過去のある方は受け入れていませんので」


 ダメだ話が通じない。

 俺はただ、この斡旋所を利用し悪事を働いているやもしれぬゴブリンを呼びつけるか、もしくは居場所を教えてもらおうとしているだけだ。


 だがこの受付の者は頑なに、同業者同士でいざこざになる事を助長するような真似は容認できないと一点張りなのだ。何度も頼み込んでこのざまか。

 此処にあの因縁のゴブリンがうろついているというのは間違いない筈だ。ようやく引導を渡してやりたいものを、何故邪魔をする?


「兄者、もうよそう」

「何だ弟よ。お前まであのゴブリンを擁護するというのか?」

「違う、これは此処のルール。郷に入っては郷に従うという言葉がある通り、それに従わねば我らは排他されてしまう。それではせっかくの機会を潰してしまう事になるではないか」


 ぐ、もっともな事を言う。ゴブリンがまた何処かへ姿をくらましてしまうのではないかと、俺に焦りが駆り立ててしまっていた。確かに早まってはいかんのかもしれん。


「ううむ……今日のところは引き上げよう。また来る」

「依頼のお話ならいつでもいらしてください」

 簡潔に、そして何のよどみなく受付の者は締めくくる。俺のような相手も慣れているのだろう。



「しかしな、ヘレン兄者。そこまでゴブリンにこだわるのはどうしてだ」

「どうして、とは?」


 雑踏に俺達は混じり、宿の方へと向かう。その最中で弟が背後から尋ねる。


「確かに我らの見たゴブリンは特殊だ。二度も我らの襲撃から逃れ、魔物狩りのゴラエスをも退けたと聞く。だが街の脅威にはなっておらぬようだし、そこまで執拗に追って何か得でもあるのだろうか?」

「大きな得などない。あやつは何かを持っているようだが、確かに危険な存在では無いのかもしれぬな」


 分かっておらんな。俺は英雄の名を手にする男だぞ?


「ただ、アレは一度我らの敵になった相手だ。それを自身の力不足で打ち漏らしたが故に野放しにし、放逐しなかったが為に何処かの村や街に被害が及んでしまってからでは遅いのだ。害が無いかを見極めるまでは逃しておけぬ。些細であろうと許して、大きな手柄だけに目を奪われていては英雄になどなれぬ」

「なるほど、大きな志だ」

 納得してもらえて何よりだ。大きな目的は別にある事は忘れてはいない。だが、この小さな積み重ねを大切にしてこそ安定たる覇道を歩める。奴からはその道標のような何かを感じるのだ。


 無論あの受付が言っていた通り、俺達はあの酒臭い依頼斡旋所でただにらめっこをしていただけではない。時折微かながら依頼に貢献し、貯蓄もしていた。

 俺達二人のレベルも十代後半に達し、ゴブリンといざ闘いになった時の為にも準備をしている。


 問題は彼奴とどうやって相見えるかだ。酒場を張っているという線も考えたが、恐らく勘の良い奴の事だ。それを上手く避けるだろう。

 だからこうして、どうにか呼びつける口実を探しているのだが、中々上手くはいかないものだ。


 今日は引き上げて宿に戻ろう。俺達の所持金は分割している。報酬共々互いに分かれて受け取っている。それは剣士の俺が砥石や錆防止の油を買い狩人の弟は矢などを買うように、購入するにあたって必要な物が変わっていく為、互いの出費に責任を持つようにしているのだ。

 当然宿代も各々で己の分を支払う事にしている。こうすれば、欲が出て何かが欲しくなった時贅沢したくなった時も揉めたりしない。兄弟であろうとも冒険者である以上棲み分けはしないとな。


「もう宿入りしようと思うが兄者はどうされる?」

「俺はもう少し街を歩こうと思う。夜には戻る」

 そして互いに自由時間を設けた。明日の昼までは何をするもよし。俺は役立つ道具でも見て回ろう。


「む?」

 そうして再び雑踏に入った時、人々が背景になるほどの視界で際立つ存在が俺の目に入る。


 砂金を編んだ糸のように滑らかな髪。陶器のように艶やかで白い肌。俺の故郷やこの街に住む人間の文化とも違った若い草原の色を基調にした衣服。それに包まれた無駄がなくも豊かな肉つき。

 特徴的なのが、きらびやかなエメラルドに見紛う程の美しい瞳。そして田畑で熟した稲穂のような形の耳。それは口伝でしか知らなかったエルフという存在だった。


 美しい。思わず行き交う流れの中立ち止まり、俺は見とれる。彼女の姿だけが、周囲の中で明るく映える。

 ふと、俺と目が合う。するとエルフの美少女は、俺の気持ちが伝わったかのように俺に微笑みかけたのだ。


「貴方、冒険者さん?」

「う、うむ。俺はヘレン。英雄になるのを運命づけられた男だ」


 どちらからともなく俺は街通りの端で話を始めた。


「まぁ、英雄になれるだなんて凄い御人」

 俺の話を聞きながら、エルフは鈴を転がすように笑う。

「よろしければ、少し御付き合い願えません? 私、はるばる此処まで買い物をしに参りましたが、何分街には慣れておりません」

「分かるとも分かるとも。こんな人の多い場所に来ては、混乱するのも無理はない。いいとも、同伴しよう」

「ああ何てたくましい御方」


 そうして、俺達はとても心地よい時間を過ごした。俺がこれまでの武勇を語り、彼女がそれに一喜一驚する。ただの出店巡りなのだが、それが何とも至福な事か。


 この少女との旅はとても有意義なものになる。俺はそう確信した。是非今後も同伴していきたい。

 勧誘の切り出しを考えていると、ふと俺は彼女の気になる仕草に目が留まる。


「エルフ殿」

「あ、フレン様?」

「ヘレンだ。何やらぼんやりとして、どうかしたか」

「いえ、何でも」


 か弱そうな彼女が向けていた視線の先、それは宝石商だった。ショーケースに飾られた真珠のネックレスを見つめている。


 うう高いぞ。俺の所持金の殆どが無くなる額だ。よもや男としての甲斐性が問われる状況になるとは。

 ちらりとエルフの少女を見た時、その横顔に一粒の涙が走っていた。


「ど、どうなされた!?」

「ごめ……ごめんなさい。少し思い出してしまいまして」


 彼女は語る。亡き母の事。そして、生まれ育った場所は、日々貧困に苦しむ世界であった事。


「母が持っていた物と同じだったので。きっと、母の物とは違うでしょうが。でも食べる物に困った時、泣く泣く手放した事が、未だに……私の中で……」


 世界中に数ある装飾品の中、彼女の暮らしていた世界とは大きく異なる所で、遺品を目にする偶然があるとは。


「今日貴方様と出会えた類稀なる素敵な出逢いのように、こんな偶然があるのです。でも」


 そう言って美しいエルフは首を振った。

「今の私では手も出せぬ代物。ありし母の思い出を僅かでも取り返せぬ私の無力さに、うちひしがれてしまいました」


 きっとまたとない機会だったのだ。俺とこの少女がたまたま出会った事のように、それを見逃すのはなんとも身を切るような思いの筈だ。


「エルフ殿。その商品はこれで間違いないな」

「あ! いけません! そんな高価な代物、頂いてしまっては!」

「よいのだ。貴女の顔が晴れるのなら、これくらい安いものだ」


 その思い出は、彼女の中で根深い。それを再び手にする事は、エルフの少女にとって俺という存在が刻まれるだろう。


「ああフレン様!」

「ヘレンだ」


 感極まった様子で、両手で口を押さえる彼女。俺は覚悟を決め、その店の中に入った。


「この恩、忘れは致しません」

「気にするな。いつでも俺は貴女の味方だ」


 向日葵ヒマワリが咲くような彼女の笑顔。本当に見る者を癒す程の容貌に、俺の動悸が高鳴る。

「ところでだエルフ殿。もしよろしければ」


 俺がそう切り出したところで、彼女の視線が横にズレた。ぐるり、とだ。


「おーいミィルフィア」

「カイル!」


 俺のときとはまた違った様子で、エルフは見知らぬ男の元へ駆け寄った。弾んだ声と朗らかさが、先程の物静かな雰囲気を塗り替える。

 男の方は無駄に豪華な鎧とマント姿で、切れ長の顔をした若い男。普段もそうしていると言わんげに、飛び付くように迫るエルフを受け止める。


「今まで何をしてたんだ? 探してだぞ」

「お買い物してたのよ。それより聞いてよー、此処の依頼斡旋所の酒場ひっどいんだから」

「あー、あー。エルフ殿?」


 俺が気まずそうに、手を伸ばすと二人の意識がこっちに向かう。

「ミィルフィア、知り合いか?」

「ええ、通りすがりにお買い物に付き合ってもらったの。これ買ってくれたのよ!」

「ほー、そりゃよかったな。おいアンタ、礼のついでに名を聞いてやる」


 やる、とは偉そうな少年だな。良いだろう、心して聞け。


「俺はヘレン。英雄になる予言を受けた冒険者だ」

「へぇ、英雄ねぇ」


 そう言って彼は鼻で笑うような反応を見せる。何なのだ、この態度は。


「むっ、何がおかしい。何処の馬の骨かは知らぬが、人の名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀と教わらなかったか?」

「くっくっ。大層な肩書にしちゃあ、俺の事を知らないとはモグリだな」


 本当におかしそうにカイルと呼ばれていた男は笑う。そして仕方ないとばかりに続けた。


「じゃあ教えてやる。俺は新緑の風、勇者カイルだ。英雄予定の実績無しとは格が違うんだよ、格が」

「フレン様。これ本当にありがとう。貴方の事は忘れない。……三日ぐらいは」

「……ヘレンだ」

「じゃ、俺達はこれで。あばよ夢見る英雄サン」


 そうして勇者とエルフの二人組は俺の前から去っていった。いや、俺は取り残された。ちょっとばかしの釣り銭だけを手に。



「兄者、言っただろう。宿は自己責任だと」

「頼むぅ! 今回はシェアしてくれ弟よぉおおおお!」

「すまんな兄者。此処一人用なんだ」

 その晩、俺は弟に頼み込んで宿代を貰う為に土下座していた。だが弟はてこでも動かない。


 俺の英雄までの道のりはまだまだ続く。続くったら、続く。


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