俺の救助、誤解
「いるさっ此処に一人な!」
会話を遮るように俺はテントの杭で繋がれた支柱を拳一つで吹き飛ばし、中にいる人共々ひっくり返す。内部で驚きの悲鳴が沸き立つ。馬たちも騒ぎに驚き、激しく鳴いた。
先手必勝。躊躇無しの不意打ち。大いに賊達の臨戦態勢をとらせないように襲撃した。
もぞもぞと顔を出そうとする盗賊一人目に接近し、姿を現したところで即座に軽めの崩拳を放つ。
「ぐはぁ!」
男の姿が闇夜で吹き飛び見えなくなった。ある程度は手加減したとはいえ岩をも粉砕する一撃。立つことは疎か、しばらくは意識が戻らないだろう。
「てめぇよくもやりやがったな! 何モンだ!?」
片割れがやられている隙に、もう一人の方も崩れて覆いかぶさったテントから脱出し、業を煮やしていた。
これで二対一という不利な構図は無くなった。一人相手なら俺の敵にはならないだろう。
両者の姿を初めて目にした時、互いに一度硬直する。
「てめぇオーク!?」
「お前ドワーフだったのか!?」
襲撃者の姿を見た賊の男が驚く。俺も驚いた。あまりにも多いひげをたくわえた、不潔ですんぐりした男の正体には考えつかない。
二人はさらに同時に指摘に吠えた。
「ドワーフじゃねぇ!」
「いやオークじゃねぇよ!」
「単に髭剃ってねぇだけだ! ドワーフはもっと背が低いだろ! テメェこそその緑の肌に醜い外見! どっちにしたって魔物じゃねぇか!?」
「そっちこそオークはもっとデケェよ! この長い鼻見てどこが豚なんだこの野郎! お前どう見たって原始人よろしくに髪と髭がもじゃもじゃで紛らわしいんだよ!」
何て両者の外見をののしりあった後、我に返ってハッと臨戦態勢を取った。俺は一応安物の剣を。向こうは片手斧を。
言葉にならない罵声を放ち、勇猛果敢あるいは浅慮無謀にドワーフもどきが飛び出した。
斧で俺の頭蓋を叩き割るつもりだったらしい。硬御で弾いてやっても良かったが避ける労力の方が気が楽だ。わざわざ受けるのも癪だな。
紙一重での回避をして、俺は奴の懐に入る。その見た目とは裏腹に素早く引っ込めた斧を使って俺の一太刀を防ぐ。それを見越した上で、俺はもう片方の腕で男が着用していた胴鎧に闘技を打つ。
「おら崩拳!」
素手なら問題ないと踏んだだろう。裏腹に容易く凹んだ鎧。めり込んだ俺の拳が男の胸骨を砕く。
げぇ、という嘔吐の声と共に血反吐を吐いて賊が飛び、転がる。レイシアやアレイクと言った騎士達の腕と比べると話にならない。こんなんで良くアイツ等の立場を馬鹿にできたな。
沈み、当分の再起不能を確認した後、俺はきっちり奴等の手荷物を物色する。
「何だよこれしけてんなぁ、ぺっ」
ある程度のはした金。かびた食糧などを漁った後チンピラ同然の捨て台詞を吐いた。
この男達がこれからどうなるかは知らない。一人は重傷、もう一人はまともに動けやしない。助けでも来れば九死に一生は得るかもな。だが自業自得だ。狙われる奴が悪いなら、狙われるような事をする奴も悪いんだぜ?
「わたくしを、助けて、くださいませんのですか!? ぶはぁ」
最後に少女がひっくり返されたテントの下から、手足を縛られ芋虫みたいに這って出て来る。窒息し掛けたみたいに大きく息を吐く。
「おお忘れてた。悪い悪い」
そういってテントの中から出ようとするのを手伝おうと、近づいた途端俺の姿を初めて認識した少女が悲鳴をあげる。
「まぁゴブリン! いやぁ! わたくし食べられてしまいますのねぇえええええ!」
「食うか馬鹿! やかましい!」
ゴブリンって人を食べる生態でも持ってるのか? どっちにしたってそんな事はしないが。
有無を言わせる前に俺はまず両手の縄をナイフで切り、足の束縛も解いてやる。うっ血した痕が出来ているが、暫くすれば治るだろう。
見知らぬ人に距離を置く子猫のように、少女は俺を警戒して精一杯睨みつける。
「何が目的ですの? 魔物がわたくしを利用して身代金でも要求するおつもりで?」
「それもありかもしれないが、そうしてしまうとアルデバランやアバレスタに居られなくなるんでな」
「なっ! 貴方のような者が街中を徘徊してらっしゃるというのですか!?」
失礼な奴だな、結構噂になってる割に知らないとはかなり世俗に疎いのか。
「そーだよ、許可も貰ってる。ほれ」
「その十字架。本物ですか?」
そこまで疑わしく思われていると鬱陶しくなってくる。めんどくさいのでその効果を試してもらおうと、俺は地面に尻もち付いたままの彼女にそれを投げる。信仰の高い枢機卿や修道女などで初めて身に着けられるロザリオだ。
俺自身は信仰のハードルに敗けて弾かれる結果をイメージした。
「……信じられませんわね。こんな物を身に着けられるとは。しかも、これは聖騎士長のお墨付きの印」
と、何の抵抗も無くそれをキャッチして俺の所持品の価値を見破った。触れていても拒絶されない程に予想外の信仰を持っている。彼女も現代で言うクリスチャンだな。
「人権のある亜人って、認めてくれる?」
「ええ。この国での主の考えになぞらえるのなら」
不承不承ながら俺を敵ではないと認めたようで、その十字架を返してもらう。
起き上がった彼女の姿を俺はまじまじと見る。この時代では手入れが大変なさらさらした青い髪。裾の長いスカートに唾広の羽付き帽。こんな容姿では、彼女の背後に金の匂いがするのも当然だ。
「思い出しましたわ。城下町の入り口にいましたわね? そしてこんな場所まで追いかけて、わたくしを助けに参られた貴方は騎士か何かですの?」
「おっしゃる通り、他意はある。点数稼ぎってところ」
「点数?」
「ご覧になってお嬢さんも分かるだろうが、俺は相当嫌われやすい身でね。何か世間に対して評価を上げられる物は無いかと躍起になっているのさ」
「それで、わたくしを街まで連れ返して好印象を得ようと?」
「悪い評判ばかりだといつかは追い出されるかもしれないからな。アイツは悪さもせず人助けをするような奴なのに自分勝手に追い出そうだなんて酷いじゃないか、って少しでも良心に期待しておこうかと」
「懐柔とは狡賢いのですのね」
「生きるのに必死って事で」
崩れたテント付近でうろうろしている馬に近付いた。二匹とも騒ぎに興奮していたが、どうにかなだめて手綱を引く。休ませてやれずに悪いが、頑張ってもらおう。後でご褒美にマンドゴドラの根を食わせてやる。
「乗馬の経験は?」
「幾度かはありますわ。戯れで」
自分を拉致に使われた馬を見ながら、御令嬢は唸る。コイツら自身に悪気は無いんだぞ。
「何か不満?」
「普段であれば、御付きと二人で乗せてくれましたから一人できちんと乗りこなせるかどうか……それに、万が一このお馬さんが暴れ出したらわたくしだけでは……」
このアマ……のたれ死ぬか否やの瀬戸際で、補助輪無いと自転車が使えないみたいなこと言い出しやがった。
「一人で乗れないって? 俺なんか素人だぞ」
「素人!? どうなさるのですか! 初めてでそのまま無事にアルデバランに辿り着けると!?」
「あーうるさい世間知らずめ。誰だって初めてはつきものだ」
「そんな無鉄砲な……キャッ」
無理やり俺は彼女を背中から大きな赤ちゃんを高い高いするみたいに両脇で吊り上げ、放るように馬の上に乗せた。ストンと馬が主を腰に乗せられてブルルと呻く。
「変態! 淑女の脇に手を入れるとは何て破廉恥な! 不躾ですわ!」
「いやならおいてくぞー」
そう言って俺ももう一匹の馬に軽々と跳ねるようにして跨り、アルデバランの方角へ馬を歩かせる。思っていた以上に素直ですぐに操れた。
「……もう!」
終始不機嫌なまま、彼女も俺について来る。何だかんだで乗れてるじゃねぇか。
そうして俺達は朝日が昇るまで走り続けた。一応向こうの調子を伺いながらの乗馬だっただが、これなら街まで戻れそうだ。
乗り続けていた彼女が疲れ果てた様子を見せた所で、先立っていた俺が馬にストップを掛ける。馬共々休憩だ。
水筒を分けてやろうとするも、俺が口にした物は嫌だと拒否を示す。どんだけ潔癖なんだか。確かにゴブリンの飲み水は嫌かもしれないが、そんな事言ってられるのか。
仕方ないので方角を見て途中にあるアバレスタの街に寄る事とした。そこでなら嫌がらないだろう。
そうして馴染みある看板をくぐり、俺達は馬を降りた。普段と違い、俺達を迎えていたのは騎士の集まりだ。
どうやら攫われていた彼女を追うべくして聞き込みしていたのか、騎士達は探していた当人を見つけるなり目の色を変える。
総手でこっちにやってくるなり、俺を取り囲んだ。
「貴様! よくもその御方を攫ったな!」
うわ、あからさまに話が通じない。
その中で火蓋を切ったのは俺が大嫌いなあの口髭の広いのが特徴的な隊長、ペンドラゴンだった。遭うならハウゼン聖騎士長や、レイシア次期隊長が良かったな。融通が少しは利くし。
有無を言わさぬ様子で俺に錠を掛け、あたかも罪人を捕えたように宣誓する。
「営利誘拐の罪で貴様をこの場にて処刑する!」
無抵抗の俺にそう言い切り、帯刀していた剣をスラッと音を立てて引き抜いた。
それでもいいぜ。あの時と反射速度は格段に上がり、素早く出来る硬御で防いでやるよ。
「おやめなさい」
手厚く介抱されている令嬢が口を挟んだ。その口調は、俺と言葉を交わしていた時とまるで雰囲気が違う。聞く者を圧倒した。
「その者は恩人ですわ。手出しはなりません」
「姫様……! こやつは貴女様を国外に身売りにしようとした輩ですぞ!?」
……姫様?
帽子を取った青髪の美しき少女の毅然な表情と、強い言葉で硬直したペンドラゴンを俺は交互に見た。




