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俺の食事、ナマモノ

 朝を迎え昼を過ぎ、夜が更けた道端で俺の腹は悲鳴を挙げた。川の水で腹を壊したのではない。純粋に腹が減っているんだ。


 当然だ。昨晩から何も食ってない。精神的なショックで食事どころではなかったのだが、本能がまだ逆らう。


 これは何かの間違いだ。あの川の水面は違う物を映すに違いない。あのギョロリとした悪魔みたいな瞳、爬虫類のような丸顔、そして苔むした気味の悪い肌の色。


 木に寄りかかり、体操座りで落ち込む俺の手の甲が緑なのもそう……きっとカビてるだけだ。ごつごつしたこの手が歪なのも嘘に決まっている。


 自分との現実逃避を続けた結果、文字通り日が暮れてしまった。村が見えた時には、話をしてどうにか食事をする算段だったのに。


 されども生きている限り腹は減る。水があれば、三日は生きていけるらしいが絶食に慣れていないのはキツイ。いっそまた死んでやろうと思ったがそれはまずいと思いなおした。


 自殺はどの宗教においても業の深い行いとして捉えられている事が頭によぎったからだ。一度あの世で天国と地獄を知る身としては、一時の感情で地獄に向かおうとするのは賢いやり方では無いと頭の中で判断する。


 女神様はどうして魔物として転生させたのだろうか? 何も悪いことはしていないのにこの仕打ちは流石に酷いだろう。

 その発想に対し、あの言葉が突き刺さる。


『何も悪行を成していないからと言って評価がプラスになる訳ではありません』

 俺の溜飲を下げる為に、俺はこれからあの少女の姿をした神をアホ女神と呼ぶことにした。それくらいは許してもらわなければ、やっていけない。


 アホ女神はつまりこう言いたいんだろうな。何もしていないのに恵まれているのが当たり前だと思うな、と。


 逆に考えれば、信賞必罰の論理が神々の中で存在するという訳である。あらかじめ善行を課せられているのなら、どれくらいあるか分からない寿命を使って生きていく指針もおのずと見えていくというものだ。


 そうかそうかいそうですかい。


「全うに生きて人助けなり何なりしなさいって事だろ! やってやるよ! このハードモード人生をよ!」

 アホ女神に聞こえているか定かではないが俺は夜空に大声で叫んだ。


 同時に胃の空くような感覚が戻ってくる。どうやら俺の胃袋は相応に頑丈らしい。生水飲んだくらいじゃ屁でも無い。


 よし第二の人生を始めますか。立ち上がった俺は辺りを見渡し探索する、何か食べる物は無いだろうか。 

 村には当然入れないだろうし、盗みをやった時は自分の身に危機が訪れる。だったら村の外に食えそうな物を片っ端から探すしかないだろう。


「とは言ったものの」

 俺の手持ちは腰の布袋とその中の羊皮紙スクロールのみ。狩りをするにも刃物は無いしこの世界にあるのか分からないがマッチのような火を起こす道具も持っていない。


 サバイバルだ。自然の物を使って何かを作るか、この身一つで頑張るか。

 石を削ってナイフなどどうだろう。それがあるだけでなけなしながらも自衛になるし、便利な筈だ。


「ん?」

 ゴブリンの俺はどうやら人間より耳が良い。草を揺らす程度の僅かな音も聞き分け、何処が音源なのかまで速やかに知る事が出来るみたいだ。


 だから野兎が一瞬顔を出した僅かな動きにも振り向いた。肉だ!

 闇夜にもかかわらずその姿を捉えられたのも、夜目が良いからだ。俺の知っている知識や偏見でもコブリンは夜行性だったり洞窟の中で生息するって話だった。


 獲物がノコノコやって来るという千載一遇のチャンスを逃すつもりも無く、脱兎を俺は必死で追いかける。

「こんの! 逃げるなやオラァ!」


 足元の獣をゴブリンの俺は執拗に追い、何度も何度も空を掴む。

 だが小柄な身体はとてつもなく速い。短距離走ではとても捕まえられそうに無かった。

 しかし根競べだ。木々を抜け、草を突っ切り死に物狂いで兎の背を追う。


 小動物である以上数十分も休ませる事なく走らせると速度が落ちる。だが、ゴブリンの俺は村の逃亡劇でスタミナの高さが実証されているので常にトップスピードで追い立てた。


 巣の中に逃げようとしていたところを、俺は素早く拾い上げた拳大の石で兎の視線の先に投げつける。その障害物に気を取られ、ほんの一瞬立ち止まったところを俺は耳をしっかり捕まえてかっさらった。


「おりゃァごほッ!」

 勢いあまって転倒。一緒に手にあった野兎を地面に叩きつけてしまった。

 当たり所が悪かったのか、普通の兎は力尽きて俺の手にぶら下がる。動悸も聞こえない。


 でも、これは魔物とは違うよな。弱っち過ぎる。追いかけてからで何だが、この世界には普通に動物もいるらしい。ともあれ今日の餌ゲット。

 そこで俺は皮算用に気付いた。この兎をどうやって食べよう? 火を起こして正直に焼くのが一番か? そうだ、血抜きってやつをするんだっけか。


 手頃な物も無いので、俺は人間では出来ないと思っていた事を試みる。

 素手で兎の皮を引き裂いた。ゴブリンの爪は、どうやらそれ自体が鋭く鋭利で簡単にその身体を処理する事が出来た。でも、グロイ。


 首の辺りに切れ込みを入れ、見様見真似で逆さづりにする。流れ出る鮮血が俺の本能を刺激した。

 なんとなくだが、俺はどうやらこのままでもイケるらしい。火を起こす手間を考えると朝日が昇っちまうんじゃないか?


 なので血抜きが終わるや否や、皮を裏返し、腿に当たる部位を生でかじってみた。多分失敗してる。

「うう……」


 獣臭い。それでいてワイルドな味。ゴブリンの生前じゃありえない物を口にしているのだが、俺はそれを美味いと感じてしまっている。

 まるで以前は全く大っ嫌いでありえないと思っていた食べ物が知らず知らずの内に好物に変わっていたみたいな違和感。


 食事中にファンファーレが聞こえてきた。ひどく古典的な楽器の一幕は、どうやらポケットで携帯が鳴るみたいに響いている。

 血をズボンで拭き、心当たりのあるスクロールを広げると音の知らせの意味はすぐにはっきりした。


 グレン:LV2

 職業:戦士 属性:土 HP:27/27 MP:2/2

 武器 なし 防具 旅人の皮服 装飾 なし

 体力:27 腕力:12 頑丈:8 敏捷:19 知力:8

 攻撃力:12 防御力:11


 闘技とうぎ崩拳ほうけんを習得しました。


 うーむ、やはりレベルアップか。兎を殺した事でゲームで言う経験値を貰ったらしい。きっと魔物といった強敵を倒していけば、俺はこの先強くなれる。そして何かを覚えたらしい。


 闘技とうぎというワードを意識していると、また羊皮紙の記載された文字が変化を起こす。


 習得闘技

 崩拳ほうけんLV1 使用MP1 敵に小ダメージを与える。


 レベルが2になった事で俺が使用可能になった技のようだ。スキルっていうやつかな? しかも闘技自身にもレベルがあるという事は成長の見込みがあるんだろう。とにかく腹ごなしが終わったし、試してみよう。


 名前からして純粋な物理攻撃。なので、食事を片付け終わった俺は太い幹の前に立って試みる。

崩拳ほうけん!」


 自分で動こうとしたモーションとは異なり、身体が勝手に動く。腰を捻り、震脚と同時に右腕から半回転させた拳を解き放つ。重々しい手ごたえと同時に、幹が横に亀裂が走る。


 落雷のような太い樹の折れる音と同時に、俺目掛けて倒れる。俺は慌てて飛び退くと、地面が微かに揺れる。

 すかさず巻いていたスクロールを広げてチェック。俺のステータス項目にあるMPは2だったが1に減っていた。これは使用制限があるな。


 だがこれで多少はこころもとなかった丸腰の俺に希望が生まれる。拳でも十分に魔物に闘えるだろうという僅かな自信。

 あれ? と俺はそこで違和感を覚えた。確か俺は職業としては戦士の筈。


 これって武道家じゃない?

 その疑問に答えてくれる者はもちろんいない。

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