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俺の通過、奴隷商

 街中を闊歩していると俺の容姿が忌避を孕んだ視線を集める。

 緑の濁った色味に、人の感覚では最悪の美醜感を持つ顔、そして何よりチビ。俺はまるで汚物に服を着せたような存在だ。


 何であんなものが街中にいるのか。憲兵を呼んで追い払ってもらいましょう。わが物顔でこんな所にいるなんてとても卑しい。そんな声が時に刺さる。


 でも俺は気にしない。それは雑音だ。理解する気が無い者の相手をしたって仕方がないし時間の無駄だ。

 それに自由である点俺はマシだ。何をするにも許されるし、誰にも嫌がられるだけで咎められない。例えば今俺の近くで見つけた存在より恵まれてはいると俺は思った。


 俺を背に人を集めていたのは、商人だった。食糧や雑貨と言ったただの商品を売る者では無い。もっと有効価値のある物……いや者だ。お偉い人が昔(前世の世界で)命のある道具とも称した概念を売る。


 奴隷商。奴隷は俺よりも人権や自由が無い。一口に言ってもピンからキリがあって、馬車馬のようにこき使われるところもあれば政治と言った御役所の手助けになる奴隷もいる。つまり飼い主によって処遇は左右される。


 俺の現代に被れた倫理観ではありえない存在ではあるのだが、この国ではそれも認可されているようでこうして公の場でも競りが行われていた。


 金さえあれば誰でも手にすることが出来る。だが俺にはそれに対して関わりたいとは思っていない。


 まず一つ、こんな公衆の面前で売られているような奴隷は質の良い物ではない。欠損や病、といったいわくつき物件の筈。次に二つ、根無し草で街に定住しない俺が奴隷を買ったところで闘わせる要因にするにしても絶対色んな問題が起こる筈だ。例えば何かの隙に逃げられるとか俺のピンチにも助けてもらえるかとか、忠誠は得難いだろう。


 そして何より三つ目としてゴブリンに買われる奴隷だなんて悲惨過ぎるだろう。俺だったら嫌だ、嫌すぎる。これに関してはもう甘ちゃんだのなんだの言われても構わない。生きる世界によって都合よく何でも順応なんて出来るか。


 ましてや、ちょっとした金が入ったから奴隷を買って楽しようなんて楽観的にもほどがある。さらに言えば生きる為に手に入れた金を慰安目的に大枚はたくとするなら馬鹿げてるだろう。ならソープにでも行け!


 という訳で俺は素通り。知らんぷりで街の外に出ようとした。嫌だからといって、解放宣言なんて事はしないし出来ない。そんな事をしたってリスクしか起きないからだ。


「どけぇ! 邪魔だ!」

 怒涛とともに背中から迫る蹄の音。俺は思わず素直に飛び退いた。突っ走る二頭の馬が俺を横切り、街の外へ走り去った。憲兵も外からは防げるが内からの疾走には堪らず通行を許してしまった。いや、これはあれだな。暗黙の了解なんだろう。


 馬車に乗っていた男の傍らに、猿轡さるぐつわを噛まされた人が担がれていた。公衆の門前で堂々と人さらいだ。

 その風が過ぎたような出来事に想像が追いかける。奴隷商はある意味売るだけでなく観衆を相手に品定めも兼ねていたんだろう。


 奴隷商の奴隷ショーなんつって……に夢中になっている時を利用して、また奴隷にするなり身代金要求なりをする悪い御方が攫い、別の街か何処かまで連れ去ってしまう。おいおい治安悪くないか? たまたまか?


 ほんの一瞬ながら見ることの出来た捕まっていた人物は、身なりの良い少女だった。俺から見てもお金持ちの裕福そうな恰好をしていた。どちらにしろ利益があり捕えやすかったのだろう。


 てかあんな子も、奴隷売買の見物していたんだな。まぁ感覚が違うんだ、もしかしたら彼女だって自分の家に買うつもりだったかもしれないな。ミイラ取りがミイラになってしまったわけだが。いや、違うか?


 まぁ良い。あれが重要な御仁だったとしてもそれを何とかするのも騎士のお仕事だ。あれだけ素振りをしているんだ、こういう時ぐらい役に立てよ。

 俺は自分のペースで外に出る。二人の警備兵は俺に気を構う余裕も無いようで、何やら話し込んでいた。


「ど、どうする? あの御方は確か……」

「ああ。見間違いじゃない。上に報告した方が」

「馬鹿言え! そんな事してみろ!? みすみす取り逃した事がバレたら俺達の首が危ないぞ」

「じゃあどうするんだ? 早くしないと」


 あららら。どうやら国としても重要な人が拉致されちゃったみたいだな。貴族とか豪商の娘さんだったりするのか? この調子じゃあ追跡するのにも相当手間取りそうだ。


 俺にとっては対岸の火事だな。この影響で国がどんな風に傾こうが殆ど寝泊まりも食事も外でしている俺の生活に大きな支障は起きない。

 リスクを冒して人助けなんて、依頼ならまだしも何も得をしないのにする訳にもいかない。自分の身の丈に余った善行であるなら尚更だ。


 新しい蹄の跡がくっきりと残っているのを見下ろしながら、俺は立ち止まる。

 ああ、でも待てよ。これってチャンスじゃあないか?


 こんなこそこそと人を攫うような事をしていないと生きられないような盗賊に大した力量はないだろうし、あのドラゴンと比べれば赤子も同然だ。その気になれば俺でも伏せられると思う。


 アルデバランにとって重要なお偉い人を助ければ、俺の風評も少しは改善されるかもしれない。なんだかんだ言ってこのまま居心地が悪いままでいるのも本意じゃないし、媚を売るのも悪くないな。盗賊くらいの相手なら俺が解決した事に脅威として解釈されない筈だし。


 いや、甘く見てはならん。そんな都合よく行けば苦労しない。

 この手の輩は下っ端で、親分のような強い存在の指示で動いている可能性もある。危険でないとは保証できるか?


 とりあえず今のレベルの時点でそこらへんにいる野生の魔物以外と闘うのはどちらにしろ賢いとは言えない。経験値を稼ぎがてら、まずはひっそりと様子でも見て来よう。


 万が一俺では勝てないと判断した場合は一度退いて、騎士の連中に教えてやれば十分だろうし。その時は、俺がグルに思われないようにしないとな。

 そう、これは俺の用件のついでだ。街の外に出てレベル上げをするがてら助けられそうなら助けてやって、ダメなら撤退。これなら俺としても何も困ることは無い。


 俺は馬の痕跡が残る方角へ軽く走る。馬の足には流石に勝てはしないが、それでも並の人の徒歩よりは断然速い。

 時折立ち塞がる魔物をその場その場でなるべく早く倒しながら俺は進んだ。レベルアップのファンファーレは頭の中で数える。もしもの時に備えて、二桁までいけば上等だろう。


 最初の方はご丁寧な事に行商の馬車などもよく通る道を利用していた為に通過した形跡が残っていた。恐らくはそれが魔物との接触をなるべく避ける為。それで、実戦の少なさを見るにやはり二人の賊だけなら何とかなると確信する。


 道なりに森を横切り、時に川を沿う。だが、その足跡も途中で草原の方へと道から外れた。だが獣道のように、まだ二匹の大きな獣の軌跡は残されていた。植物である以上何度も癖をつけない限り時間と共に消える。少しペースを上げるか。


 ゴブリンは恐らく元来人間と比べれば虚弱だ。冒険者のようには強くなれず、大した特殊能力や戦闘技術を得られない。

 唯一の逃げ足は、まるで食物連鎖ピラミッドの下層動物と同じように天敵から逃げられるように培われているのだろう。俺がゴブリンに転生したばかりから感じていた事だが、走るスタミナは相当ある。夜行性向きで人間より活動時間が長いため、大して休まずに長時間走り続けるという多少の無理も平気で驚いた。


 日中から日が暮れるまで、結果的に俺は走っていた。だがそれでも軽く息が切れる程度で、戦闘に支障はない。

 とはいえ、夜目が利くと言っても足跡もそういった形跡も遂に途絶えてしまい、これはダメだろうかなんて諦観し始めた頃、


「アレか?」

 夜を迎え、草の更地に点として灯りの灯った地点を見つける。野営地だった。

 相手も馬を使っていたとはいえ長時間の移動だ。そこで一晩を過ごすようだ。


 なるべく静かに、慌てず騒がず細心の注意を払いながら俺は易造りに設置されたテントへ近寄る。灯りの正体はその中で照らしているランプの光だった

 二頭の馬はやはり動物として勘が良いようで、俺にすぐに気づいた様子だ。あ、ヤバイかなぁ。俺を魔物と見て大騒ぎするかもしれないと危惧する。


 だがつぶらな瞳は俺を見ても大して恐れおののく仕草も無かった。そこら辺に茂る草を大人しく食んでいる。


「良い子だ。そのままじっとしててくれよ」

 そういや動物は人が動物に好意的かどうかも見ると聞く。馬は乗り手を見定めるという話もよくあるし、俺が危害を加える気配を持っていないのを察知したのかもな。お前等の今の御主人に関しては除くけどな。


 城下町を出た馬と此処にいる数を見る限り、恐らくはこの場所に張ったテントの中いる盗賊も二人のままだろう。追いかけた近隣に村や町は無かったし、立ち寄れる時間は無かった筈だ。


 恐らくは追っ手を撒くまで離れたところで一安心、という感じなのだろう。そして明日辺りに同じくテント内部にいる攫った令嬢を売り捌きにでも行くのだ。


 男の会話が聞こえる。

「思ったより簡単なヤマだったな」

「まったくだ。最初はあんな野郎にとっ掴まって一時はどうなるかと思えば、俺達の懐を潤わせてくれるとは誰が予想できるよ?」

「デカい面してる騎士どもに一泡吹かせてやったんだ。明日にでも買う酒は美味いぜ。見ろよあの入り口塞いでた憲兵たちの間抜け面! 俺達がどうやって忍び込んだかもわかってねぇんだぜ?」


 だろうな、と盗み聞きをしていた俺も賊の言葉に賛同する。アイツらは俺から見ても緊張感が足りない。


「景気祝いにパーッと行きたいねぇ。当分は遊んで暮らせるんだから」

 二人の笑い声が草影に潜む俺にハッキリと届く。だが捕まった少女の声は聞こえない。大人しくしてるが気絶してるのか? 死んでないだろうな?

「ああ、そういやまだ決めて無かったな」

「これの親類に身代金を要求するか、それとも別の奴隷商に高値で売っちまうかの話か?」

「ああ、どうするよ。おい!」


 何かをひっぱたく音が聞こえた。第三の呻き声が後に続く。

「おめぇ何処の家のモンだ? 手こずらせんじゃねぇよ? おら、しゃべらせてやるからよ」


 と、テントに映るぼんやりとした影が蠢くのが見えた。猿轡を解いたようだ。

 そして、先程呻いていた女性が、毅然とした口調で話し出す。


「貴方達。このままタダで済むとは思っておりませんわよね?」

「うるせぇ! 質問にだけ答えろ!」

「おいやめとけ。無駄に傷付けるだけだ」

「へへ、身代なら指一本でも届ければ高い要求でも通りやすくなるんじゃねぇか?」

「奴隷にするときの事も考えろよ。……おい良い事思いついたぞ。喋らせるついでに確認させるんだよ」

「何を……ああ、そうか。そりゃあいいなぁ」


 不穏な男達の会話に、下卑たる物が彩る。おいおいおい! 奴隷ってそういうのにも価値があるって聞くけどな、お前等の欲望を満たす事で価格下げてどうすんだアホか!


 まぁ、その程度だから人さらいの賊なんてやってるんだろうけどな。そろそろ潮時かな。もう確認する情報はなさそうだし。


「わたくしに何かあれば騎士の方が黙ってはおりませんわ!」

「へへへ、此処にゃ騎士もいねぇ。いやおめぇを助けてくれる人なんざ誰もいねぇさ」

「いるさっここに一人な!」


 テントの布に目掛けて、俺は崩拳ほうけんを撃つ態勢を構えた。



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