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俺の行動、偽善

 明滅する光の暗幕が晴れた時、残された物は焦げ付いた匂いと目の前で横たわる大きな影。


 地面に全身を打った俺はその痛みにしかめながらも起き上がる。そして、その大きな亡骸を見てようやく息を吐いた。


「気持ち悪いくらい上手くいった」

 蛇竜はだらしなく口を開け、その虚ろな眼球はゴポゴポと煮え立っていた。珈琲のように熱い血液が徐々に流れ出ている。内部が相当な熱を持っているからか、全身から白煙が噴き上がっていた。運良く破裂はしなさそうだな。


 感電死とは実は焼死でもある。電子レンジの加熱に似ていて電気の流れやすい血管が沸騰し、内部から焼かれるのだ。そういう事故あったな、猫を乾かそうとして電子レンジで温めたとかいうやつ。あれ都市伝説なんだっけ?


 よくある感電事故でも特に死亡率が高い要因として、電圧や電流の高さだけでなく脳や心臓といった局部的な所が近い箇所に強い電流が流れる程死に至りやすいそうだ。


 ドラゴンといえば火を吐く種類の物もいる。こいつはそうではなかったが、かといって仮に相手が火竜がだったとしたらこうはならなかった訳でもない。

 火炎を生み出す臓器がどんなに高い熱に耐えうる組織であったとしても、体内全てが高熱に晒されて平気であるとは考えられない。どんなに肉体を鍛え上げても、臓器を頑丈には出来ない。


 だから俺は頭部にもっとも近い首筋から強い電流を流し込めるように仕向けた。脳が茹でられればどんな生物でも生きてはいけないと踏んだからだ。


「おいレイシア。生きてるな?」

 今回の決め手となった女騎士は、その場でがっくりと膝をついていた。立役者になしからぬ有り様だ。二人も無事だった様子で彼女の許に駆け寄って来る。


「副隊長、大丈夫ですか?」

「マジかよ。マジで……こんなドラゴンをやりやがった。しかも二人で……」

「お前らロックリザードは全部倒したのか」

「それが、あのドラゴンが倒れた途端蜘蛛の子を散らすように土に潜って逃げたみたいでして……」


 支配者がいなくなり、統率が乱れたんだろうな。この鉱山の異常発生もきっとこのドラゴンに棲みついてからだと推測が出来る。奴が呼び寄せていたんだ。

 今後この鉱山がどうなるかは分からないが、ロックリザードが近隣の村を襲うような事態は起こる事は無いだろう。唯一の村が壊滅した以上、後の祭りだけれど。


「副隊長、しっかりしてください。アンタがやったんスよ。あんな大物を!」

「……あ、ああ。それより、目眩が……」

「え、本当に大丈夫スか?」


 オーランドに介抱されてやっとこさ立たされるレイシアだったが、何故かぐったりとしていた。怪我の具合が悪化したのか?

「典型的な魔力酔いですね。一度に膨大な魔力を空になるまで消費するとその反動で起きる症状です。自然に回復を待てば治りますよ」

「それだけデカい魔法をぶつけたんだ。この野郎も堪えたんでしょうねぇ」


 アレイクが彼女の様子を一目見ただけで看破する。ともあれ、全員無事生き残る事が出来た。俺も結構満身創痍気味だが、流石にこれ以上の強敵は現れないだろう。

 静けさを取り戻した洞窟を進み、風の吹く方角を目指す。徐々に外気の匂いが俺の鼻を突く。その懐かしさに目が潤んだ。


 松明からではない光が差し込み、その奥へと進む。そこに広がるのは何かが此処を通ったような大きな跡。あの蛇竜は此処から洞窟を掘って入り込んだのだ。


「出口だ!」

 怪我人レイシアを二人で脇に抱えたままアレイクが叫んだ。そりゃ声に出したくもなる。長い時間閉じ込められて、あんな目に遭いながらようやく出られたんだから。


 俺達はどうやら村の反対側に位置する鉱山の麓に出ていた。木々が周りを生い茂り、穏やかな陽光が何事も無かったように照っている。


「ああ、やっとかー」

 俺も思わずその場でへたり込んだ。洞窟を探索して丸二日、それまでしばらく暗闇にいた分目が眩む。気分は夜勤明けの従業員だ。


「隊に戻りましょう。きっと皆も心配している」

「おう、おいグレン! 休んでるんじゃねぇ、行くぞ!」


 さっきまでドラゴンにビビッていたのがウソみたいなオーランドの態度。それだけは一丁前な奴め。


「いや、俺は此処で別行動をとらせてもらう」

「はぁ?」


 オーランドのそばかすの頬が不可解そうに歪み、アレイクも意図が分からないようでその顔に戸惑いがあった。

「もちろん鉱山には戻るさ。報酬を貰ってないからな。その前に確かめたい事がある」

「勝手だな」

「元々俺達はその場限りのメンバーだろ? 最初から最後まで付き合う事も無い筈だぜ。それとももう一度鉱山に潜る気でいるなら話はべつだが」


 彼の強い物言いは閉口した。正直だな。

「何、悪さはしねぇの分かってんだろ? 出来ればこうして組むのは今回限りにして欲しいぜ」

「……あー、好きにしろよ。構わないっスよね副隊長?」

「グレン」


 顔を上げたレイシア。まだ青い表情をしていたが、話は出来るみたいだった。


「今回、お前が機転を活かしたおかげで皆助かった。その点には礼を言う」

「おう」

「だからアルデバランに戻った時は稽古をつけてやる。貴様、剣の使い方がなっていないからな」


 うへぇスパルタする気満々だ。それに俺の得物はぶっ壊れたんだけどな。


「考えとくわ。じゃ」

 そう言って俺は三人の騎士と別れる。


 そして日が暮れ始めた頃になって、俺はようやく依頼主である炭鉱夫がいるであろうあの小屋を訪れた。そして一日目同様に扉を叩く。

 わずかに隙間を開けてそこから俺を覗き込んだ後、以前のようなぶすっとした表情でぬっと現れる。


「てっきり死んだかと思った。テメェの組の騎士だけが先に戻って来たようだからな。二日目まで一組だけ帰って来ねぇってんで騎士の奴等が大騒ぎしていやがった」

「途中で別行動とったんだよ。色々トラブルが発生して、野暮用が出来た」

「良い度胸じゃねぇか。依頼よりも先に用事を優先するとはな。他の冒険者どもはとっくに報酬を貰って帰っちまったよ。突然ぱたりとロックリザードの群れがいなくなっちまったみてぇでな。もう此処にゃあ誰もいねぇよ」

「それは好都合だ。連中から俺の取り分を狙われなくて済む」


 そう言って俺は今回の討伐したロックリザードの二又舌を出した。数は35枚。積み重なった数を見ていて気持ち悪くなりそうな枚数だ。

 それに数の間違いはないか数え、オヤジが換算を始める。これが元来の目的だった。この為に潜った筈なのに、遭難だの何だのでそれどころではなくなるところだった。


「テメェら、あの中で見たんだって?」

「ああ。倒したよ? ドラゴン」


 こちらを睨むように一瞥してくる。口裏を合わせた嘘をついていないかという猜疑が伝わった。


「分かってるからそう警戒すんな。いくらロックリザードよりも格上の魔物--それがドラゴンでも報酬にはカウントされないっていうのは分かっている。そこは素直にタダ働きって事だ」


 俺が逆の立場でもそうする。がめついだなんて思わない。その件は自己責任というやつだ。


「ディル白金貨26枚とディル銀貨が2枚、それとディル銅貨1枚だ。受け取ったらさっさと失せな」

 硬貨の入った袋が飛んできたのでそれを取る。俺の方も枚数をしっかりと数える。計算だとディルの金額で26250ディル。日本価値で言えば26万円と2500円。額の計算は事前の報酬レート通りだな。


「じゃあもうひとつだけ。ほらよ」

 今度は俺が炭鉱夫に投げ渡す。それはあの洞窟内の深部で発見したペンダントだった。


 男の厳しい表情が、揺れる。

「お……お前……ほんとに! こ、これを何処で!?」

「岩竜のいた場所で拾った。村の人間の物だろうとはその時から分かっていたが、中にある小さな絵は……やっぱりそれと同じだよな」


 オヤジの住んでいる小屋の中に立てられた一枚の額縁の絵。俺がロケットを開いて見た物とサイズが違うも一緒だ。精巧に手間をかけられた記念品だろう。


「…………他に! 他に何か見なかったか!? 誰か! 誰か洞窟の中には」

 俺は首を横に振る。ペンダントを持つゴツゴツした手が震え出した。


「残念だが遺体も無い。ドラゴンが村を襲わせた理由は、間違いなく人間という食糧を集める為だ。食われたんだろうよ……アンタの……」

「うぅ……」


 髭が涙で濡れる様子から俺は目を逸らした。考えれば簡単な話だ。何故この男がそうまでしてこの鉱山にこだわっていたのか。

 連れ去られた家族が本当にいなくなってしまったのか。自分でも疑心暗鬼に囚われ、僅かにでも残された可能性にすがり依頼の仲介人になったのだろう。


「……ぅぅうう……ごめんなぁ……何も出来なかった……こんなふがいない父ちゃんで……。辛かっただろうなぁ……怖かっただろうなぁ…………苦しかっただろうなぁ……」


 記念で額縁とそのロケットの中の絵という形でしか残っていない妻と子に、炭鉱夫の父親は詫び続けていた。俺が出来る事は無い。静かに小屋を後にする。


 遺品という確かな証拠としてその希望は打ち砕かれた。俺がそうした。


 酷く残酷な仕打ちだった。金を渡した相手から後ろ砂をかけられるような真似をされたと受け取られるかもしれない。

 いいや、だから何だと言うんだ。俺はこれを正しいと認識した上で行動した。そのために一度あの村の跡地に寄り、話す覚悟を決めたんだ。打算的に冒険者が去るのを待つ時間を稼ぐためとはいえ。


 この男もあのままでは、ずっとああして家族の帰りを待ち続けるだけだった。それは耽溺たんできしている資格はあれど、それでは生きていけない。


 善行としてなら当人には鬼と思われるような事もしてやる。紛れもなく俺は小鬼ゴブリンだ。そして再びあの世へ迎えた時に備えて、善行を積む為にやったんだ。それを知った奴等がいれば俺のしている事を偽善だと口にするだろう。感謝されない事はただの偽善だ。


 だから罪悪感を受け止める。俺は良い事をする為なら、誰かに憎まれても良い。

 この先、こういう後味の悪い出来事がもっと起きる筈だ。これくらいで挫折してはならない。




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